11話『俺の異能!』
飛び交う弾丸。
しかし俺は銃を持っていない。
なら何故そんな表現をしたのか。
それはまさに俺を中心に前後左右から弾丸が飛んでくるからだ。
…………おかしい。皇帝は一人じゃん。なんでいろんな方向から同時に飛んでくるんだよ……
――――なんやかんやで戦うこと一時間。既に一人との戦闘は終わり、現在俺は最後の一人である皇帝との戦闘を行っていた。
一人との戦いはなんというか、凄く地味なものだった。
俺が何かで一人を殴りつけると、その殴りつける物が壊れる。その繰り返しだ。
木で殴りつければ木が折れて、落ちていた鉄の棒で殴りつければコンクリートの地面に叩きつけたように跳ね返される。
更に殴られた一人はというと、無傷。
むしろ殴られながら俺に手を伸ばしてきやがった。
結局、一人の異能は分からずじまい。無敵っぽい感じ、とだけ分かった。
全くもって理不尽だ。
攻撃が効かない一人もそうだし、物理的にあり得ないと万人が言うような攻撃を行う皇帝もそう。
だがそんな理不尽が成り立つからこその【異能】。そして俺はそんな理不尽な異能をこれから探さなければいけない。
「くッ!」
俺の頬を弾丸が掠めた。
つい現実逃避で無駄なことを考えたのが祟ったのだろう。少しくらいいいじゃん。
「ダメだ、無駄なことを考えるなら死ね」
「なんで俺の思考を読むんだよッ!」
俺の思考を読んで声をかけてくる皇帝は一切攻撃の手を緩めない。
今もその手にある銃から何発もの弾丸が飛び出してくる。反動とかどうしたよ。物理現象無視か。
だがそれらは俺の体を穿たない。当たらない。
当たり前だ。あんなに狙いすら適当な乱射をしておいて当たる可能性なんて凄く小さいもの。
まあ、当たる可能性はあるっちゃある。むしろ『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』という諺があるように絶対当たらないなんてことはない。
しかし結局の所それは可能性の話。
今この互いに動き回っている時、この遮蔽物多い場所において、一発も当たらない可能性は大いにある。
だから俺はこの説を信じる。肯定する。
「チッ…………やはり当たらん。何故だ、もう四十回は殺してるはずだ」
「え?! 殺しはなしなんじゃねぇのかよ! ちょ、やめだ! 撃方やめぇ!」
「…………確かにもうこれ以上は無駄かもしれないな。貴様も自分の異能に気付きつつあるだろうし」
そう言って皇帝は立ち止まり、撃つのを止めた。やっと命の危機が去った…………
だが俺は皇帝の最後の言葉に引っかかりを感じた。
俺が自らの異能に気付きつつある……? あいつはどうしてそんなことを思ったのか。
立ち止まって俺を見つめる皇帝と、同じように俺も立ち止まると、それについて考える。
皇帝は俺を四十回は殺したと言った。
つまりあいつは殺そうと思って俺を撃ってたわけだ。
しかし俺は生きている。
普通だったらあいつの銃の腕がないだけだと思う。
が、あいつは銃弾に銃弾を当てて軌道を変えるようなやつだ。そんなやつがそこまで酷い腕を持っているのかと聞かれたらそれはノーと言わざるを得ない。
さっきと言っていることが違うと思われるがそれは仕方のないこと。さっきは命の危機が迫っていたのだ。つまり、自分の命が助かる方の説を信じたいと思うのが生物としての正常な判断ということ。
「あ」
その時だ。
俺の中にある言葉が浮かび上がった。
しかしそれは現実には到底あり得ないと言われるもの。言えば馬鹿にされるようなもの。自分に酔っていると嘲笑されるもの。
だが、可能性としてそれがないわけではない。世界とは可能性の塊だ。全ての事柄には可能性があり、不可能はない。
人が空を飛ぶ可能性もある。木が突然巨大化する可能性もある。犬の頭が三つになる可能性もある。水がオレンジジュースになる可能性もある。地球が今爆発する可能性もある。魔法が存在する可能性もある。今見ている景色全てが幻の可能性もある。自分が自分でない可能性もある。世界がまやかしの可能性もある。
全ては可能性。あるかもないかも分からない、しかし確かにあり得ることもあるもの。
だから俺は肯定する。
この御都合主義的な、【自分の信じたものを実現させる異能】を。
それがあり得るものとして。
「…………うん、気付いた。俺の、俺だけの異能について」
「…………なら今回の戦闘は有意義なものだったというだけのこと。あとはそれをしっかりと理解し、使えるようにするだけだ」
皇帝はそう言うと、両腕を素早く動かし、銃を消した。どこに行ったのか、目で追えなかった……
そして、皇帝は踵を返す。その長い黒いマントをはためかせながら。
――面白いことに気付かせてくれたことに僅かばかりの感謝を。
その背に向けてそう心の中で言った俺は小さく会釈した。殺されかけたけど。
そして全ては丸く収まったかのように思われたその時。
「あぁ、そうだ」
数歩進んだ彼は何かを思い出したかのように半身になってこちらを向いた。
その瞳は相変わらずと言うべきか、冷たさを孕んでおり、つい俺は身構える。
しかし皇帝はそんな俺を嘲笑うかのように、最後にこんな言葉を残していった。
「言っておくが、お前の気付いた異能は本物ではない。おそらくそれは上辺だけのものか、もしくは全くの別物の可能性が高い。もっと深く考えることだな」
「え、どういう…………」
しかし皇帝は俺の困惑に満ちた呟きを気にも留めず、再び向こうを向いて歩き出した。
「それじゃね~、楽しかったよ! またボクに新たな経験をプレゼントしに来てね!」
「ばりだんどー。こたぁじゃそこんなころびんせ」
呆然とその後ろ姿を見送る俺に、二人は声をかけてきた。
彼らは皇帝の続くようにこの場を後にする。
結局、最後に残ったのは、皇帝の言葉を受け止め深く考える俺と、静寂だけだった。
「皆バイバイとかなんとか言ってたけど、なんやかんや戻ってくる場所は同じじゃん」
あの後、結局答えの出なかった俺は早々に彼らの後を追っていた。その途中で気付き、呟いたのがこの言葉。
そして結果としてこの言葉通り彼らを追いかけてから数分後に、俺は彼らの元へと辿り着いていた。
彼らは相変わらず各々が好きなことを喋り、行動しているが、どういう訳か一つの纏まりとなって歩いている。あれか、変人という括りで見れば確かに一つの纏まりだが……
そう思った瞬間、俺の左耳が爆音を捉えて機能を麻痺させられた。
「口を謹め」
「いや、俺は何も言ってない筈なんだが?!」
いつものごとく、いつの間にか手に持っていた銃で俺の左耳すぐ側の空間を撃ち抜いた皇帝は俺のツッコミに、ふん、と一つ鼻で笑うと言葉を続けた。
「目は口ほどに物を言う、という諺を知らんのか。屑め」
「理不尽だな、おい! そんなんで納得なんか――――」
俺の言葉を遮るように放たれる鉄の塊。
「納得なんか…………なんだ?」
「イエ、ナンデモナイデス」
くそぅ、飛び道具とか卑怯だぞ…………
俺は何も仕返すことの出来ない自分に歯噛みしながら下を向いて歩く。
俺だって好き好んで撃たれてるわけじゃないんだよ…………でも言われっぱなしって嫌じゃん? だから反抗している。それにプラスして対抗できる手段も確立出来たら良いんだけどな…………俺の異能が役に立ってくれそうだけど、それは確かめようのないことだからな。【信じればその通りになる】という仮定が真実、もしくは近しいものだとして、俺が【皇帝の撃つ弾は当たらない】と信じたとしよう。その後本当に当たらなかったとしてもそれは俺の異能のおかげなのか、はたまた皇帝がわざと外しているのか、分からない。だから結局のところ自分の異能に確信が持てなくなって、撃ち抜かれる、というわけだ。
「……………………」
俺はやや湿った地面を踏みしめ、無言で歩きながら前を悠々と歩く皇帝を眺める。
先ほどはあんな風に考えたけど、やっぱあいつの自己中心的な考えには納得出来ないわけでどうにか意趣返ししたい。
とすれば方法はやはり俺の【異能】頼りになるわけで。
――俺の信じたことが現実に起こるならば…………
「……むむむ」
俺は必死に信じる。
前を進む皇帝が、あのたまに見せるポンコツ皇帝が、いつも自信満々だけど残念な皇帝が、無様に転げることを。
木の根っこでもいい、草に足をとられてもいい、不意に足が湿った地面に絡めとられてもいい。
とにかく転げろ。
「……………………」
しかし俺の願い、もとい信じた現象は待てど暮らせど起きる気配はない。
それが意味すること、即ち俺の考えていた【自分の異能】が間違っていたということ。
……………………早くない? ついさっき『気付いた。俺の、俺だけの異能について』とか言ってたくせに、こんなに早くその気付いた異能が否定されている。しかもこんなしょうもないことに使って。
だがしかし、まだ疑う余地はある、はずだ。
例えば俺の信じ方が悪いのか。信じる力が弱いのか。願いが悪いのか。邪な気持ちがいけないのか。動機が悪いのか。ただ調子が悪いのか。
だがそれらを列挙したものの、俺はなんとなく違う気がするのだ。皇帝も言っていたように、俺の気付いた異能と言うのは、近しいながらも根本的に考え方が違うのではないか。
そんな考えが俺の頭を過ぎる。
しかし、もしもそうだとして結局俺の異能はなんなのか。また振り出しに戻るのか。
…………いや、違う。俺はさっき確かにこう思った。
『近しいながらも根本的に考え方が違う』
つまり【――実現させる】という結果は、考え的に合っているのだ。実際に皇帝の弾が当たらなかったように。
間違っているのは【自分の信じたものを――】。この部分だ。
「…………ふぅ」
俺は一旦、絡まり始めた思考を解す為に息を吐く。
思ったよりも俺は体に力が入っていたのか、息を吐くことで体の緊張まで解れてくれた。
全く、ただでさえ足場の悪い山道だというのに、こんな調子だと置いていかれるな。
俺はそう思い、小さく口を笑みの形に歪めると、再び思考の渦に飛び込んだ。
――さて、あの戦いの後、皇帝はこう言った。
『もう四十回は殺してるはずだ』と。
つまり無意識のうちに俺は自らの異能を発動させるなんらかの条件をクリアし、皇帝の殺すつもりで撃った弾の行く末、即ち着弾点をずらしたことになる。
そして俺はそのなんらかの条件が知りたいわけだ。
今まで見てきた――と言っても三人、もしくは四人だけだが――感じだと、異能の発動条件と言うのは何かしら考えることだと俺は検討をつけている。
皇帝しかり、一人しかり、どういう条件かは分からないが、少なくとも言動、及び行動によって発動しているとは考えづらい。彩禍だけは相手に触れる、という条件も付け加わるが、何かを考えるのは変わるまい。
そこで、だ。
俺は一層思考の渦へと潜り込む。
俺はあの時何を考えていた?
どういう思考をしたことによって皇帝の弾を逸らすことに成功した?
どんな可能性がある?
「……………………」
俺は深く考える。
考えて、考えて、もっと考えて、しかし結論は浮かばない。
「ふぅ」
しょうがない、視点を変えてみよう。
どうしたら今ここで皇帝を無様に、惨めに、情けなく転ばせることが出来るか。
俺の【どうにかして実現させる異能】を使えば出来るだろう。
ではその、どうにかして、というのが何なのか。
何をするのか。どうするのか。
いつも通り考えてみれば俺は【皇帝が今ここで転ぶ】という事実を成すにはどのような小さな可能性の集まりが――――
「――――ぁ」
その時、不意に俺は閃いた。
確かあの時も俺は、皇帝の弾が当たらない結果となる可能性を考えていた。
小さな、小さな可能性の集まりがこの世の中を形作っている。それは俺の思考の根本にある思想だ。
故にこの世に不可能という言葉は似合わない。
全ては実現する可能性のある事柄なのだから。
「……………………」
俺は今の俺の考えが正しいのかどうか確かめるために思考を加速させる。
今ここで皇帝が転ぶという結果に導くための可能性は何か。
例えば皇帝がたまたま学校の屋上に居たsuzakuを見つけて足元が疎かになる。
例えば遠くに野兎がおり、それが皇帝の目に留まり、彼の心の奥底に眠っている動物愛護心に火をつけ、木の根っこに足を引っ掛ける。
例えば空に浮かんだUFOを見た皇帝が動揺して足をもつれさせる。
それぞれがあり得ないと思われる、しかし実際に可能性としてはありえる話だ。
そして俺の思想からして俺はそれらをあり得るものとして考える。
するとどうだろうか。
「む、あれは…………」
俺の思考が一旦止まった時、それを狙ったかのようなタイミングで皇帝が声を上げた。
足元へと下がっていた視線を彼へと向ければ彼は顔を真っ直ぐ遠くの、本当に遠くの微かに見える学校へと向けていた。そんな彼の足元は不安定だ。
「チッ、彼奴め、あんなところから……」
目を凝らして見ると学校の屋上では我らが担任ウザ男が大きく手を振っていた。
そんな彼を見て俺は、全く何をしているんだ、と思うと同時、やはり俺の考えは間違っていない、と確信した。
思わずにやける口元を静かに覆い隠し、俺は俯いて笑いを堪える。
「クソッ、舐め腐りおって……」
カチャ、カチン、という何かを組み立てる音に反応して視線を向ければ皇帝はどこから取り出したのか、一m半にもなろう狙撃銃らしきものを組み立てていた。
本当にどこにそんなものを隠しているのやら……
そして順調に組み立てを行っていく皇帝。
だがそれらの動作は全て歩きながらやっていること。
当然彼の足元は疎かになる。
「……ッ!? クッ!」
そして、それは起こった。
両手で器用に狙撃銃を組み立てていた皇帝は、散漫になった注意の中、足元の木の根っこに気付かず、それに足を引っ掛ける。
皇帝は完全に意識を向こうへと向けていたため、反応が遅れる。
もう体勢の立て直しは無理だ。
「うぶっ!」
そして転んだ。
あの皇帝が転んだ。
傲岸不遜、唯我独尊を地で行く皇帝が転んだ。
――――そう、全ては俺の考えた一つの可能性の通りに。
「――! ――!」
俺はバレないようにこっそりとガッツポーズをとる。バレたらちょっとばかしめんどくさいからね。
俺は無様に狙撃銃の部品を撒き散らしながら転んだ皇帝に、笑いそうになるのを我慢しながら声をかけた。なお、彩禍と一人は当然のように無視して歩いている。
「お、お~い、だいじょうブフっ! かぁ~?」
アカン、破裂音であるブ行で思わず吹いてしまった。
やばい、弾が来る。
俺はそう思いながら、自分の異能を使うために、皇帝の撃つ弾が外れる可能性を無数に思い浮かべた。
だが弾は飛んでこない。
返って来たのはたった一言。
「……………………問題ない」
どうしたんだ、と皇帝を見れば彼はどこか哀愁漂う背中を背負いながら立ち上がっていた。
「うわぁ……」
俺はあまり異能を変なことに使うのはやめようと決心したのだった。