第141話 北方より出るもの
ポルネシア西部、レヴァリオ平原よりさらに西。
ポルネシア王国が誇る対バドラキア、ガルレアン要塞。デッサガルデ要塞。
オリオン軍対ガルレアン軍の決戦より二週間以上前、奮戦の末陥落した要塞内にて、占領した帝国軍の兵達が守っていた。
「ふぁー暇だなぁ」
デッサガルデ要塞の北門の城壁の上で一人の兵士が大きな欠伸をしながら呟く。それをみた横の兵士がそれを諌める。
「おい、まだ戦争中だぞ」
「すまんすまん。しかし、代わり映えのしない風景を半日も見させられるとつい、な」
「分からんでもないが隊長に見つかったらどやされるぞ」
「おお、怖い怖い」
欠伸をした兵士は肩をすくめながら軽く周りを見渡す。どうやら自分が欠伸をしたのをみられたのは横の兵士だけだと分かると背筋を伸ばして前を向くポーズをする。
「暇が嫌なら前線に志願でもしたらどうだ?」
「断固断る」
「だな」
前線とは言わずもがな、対オリオン軍との戦である。
「オリオンとの戦争は毎回万の死者が出るからな。しかも今回のオリオンは15万も率いてやがる。きっと合わせて10万は死ぬだろう」
「ひぇー、全く嫌になるぜ。武功も欲しいが命あっての物種だ」
帝国がいくら世界有数の大国であると言っても30万近い兵を専門で育てることは出来ない。彼らの多くは農民や町民であり、半強制的に戦争に参加させられた者達だ。
士気は低くはないものの、決して高いとはいえないのだ。
「あー、早く戦争終わらせて家に帰りてぇ」
そうぼやいた時だった。
目の前の平地の奥、まだ微かにしか見えない距離ではあったが、何かがこちらに向かってくるのが見えた。
「お、おいあれなんだ?」
「ん? なんだ夢でもみてるのか。どれ……」
そう言って先程の欠伸をした兵士を諌めた兵士が前を見る。
「ありゃ軍……か? ポルネシア王国軍? いや違う! あの旗は!」
「敵襲ぅーーーーーー!!!!」
望楼の上から別の兵の叫び声が聞こえ、一気に慌ただしくなる。
「敵襲だ! 配置につけ!」
「どこの軍だ? もうポルネシアにこの要塞を落とす戦力はないはずだ!」
「ポルネシア軍じゃない! あれは……あれはリュミオン軍だ!」
北方にうっすら見える旗印。それは確かに旧リュミオン王国の国旗であった。
「リュミオン軍だと? なら北方警備隊は何をしていたんだ!?」
元リュミオン王国にして、現在はポルネシア王国領となった土地からの増兵は当然帝国も警戒していた。
ポルネシアと元リュミオン王国国境付近には大量の斥候が配備され、時間稼ぎできるだけの軍隊が配備されていたのだ。
だがしかし、国境を抜かれたという報告はないにも関わらず、大軍が目の前に迫ってきていた。
「全員今すぐ壁に集まれ! 隊列を組む!」
楼閣の上の将軍が叫び、緊急事態の鐘が鳴らされ、人のいない元民家で休んでいた非番の兵も続々と集まってくる。
「敵影二万五千……いや、三万! 敵リュミオン兵三万! 後続不明!」
「攻城兵器多数確認! 梯子、衝車、霹靂車を確認!」
「対兵器陣形! 魔法兵、弓兵配置急がせろ!」
「火を起こせ! 水も大量に用意しろ!」
先程までの静寂が嘘のように水をひっくり返したような騒ぎとなる。
「くそ! 平和に終われると思ったのに!」
「全くだ。それにしてもあいつらどうやってここまで来やがったんだ?」
配置につきながら二人は目の前に展開するリュミオン軍に備えるのだった。
ガルレアン帝国西部制圧軍にてーー。
帝国本軍の後方司令部で将軍達による作戦会議中であった。
ピリピリとした空気を切り裂くように一人の男が天幕を破かんばかりの勢いで入ってくる。
「騒々しい! 作戦会議中であるぞ!」
「緊急事態を知らせる鳥がデッサガルデ要塞より複数飛んできました!」
人を射殺さんばかりの瞳で睨みつける将軍達に恐れることなく、入ってきた伝令兵は用件を伝える。緊急事態の報告はあらゆる状況の中で最優先のものなのだ。
「何? デッサガルデ要塞から?」
「こちらになります!」
サッと手に持っていた魔印がされた巻物を差し出す。
魔印とは、魔印璽という魔道具によって施される、現代でいう封蝋である。
この世界でも封蝋は存在するが、魔道具によって蝋を傷付けずに中身を確認される恐れがあるため、通常は魔印を使う。
この魔印璽も封と最低限中身を隠すだけのレベルのものもあれば、正規の方法以外で中身を確認しようとすると手紙自体を燃やしてしまう最高クラスのセキュリティの物まで様々だ。
軍では魔印璽のレベルによってその緊急度合いを分けている。
渡された巻物に押されていたのは、親子印璽と呼ばれるゼーガッハ大将軍が持つ対となる魔印璽のみで開封出来る最高クラスの魔印璽だった。
巻物を渡されたゼーガッハは早速封を開封し、中身を確認する。
「大将軍、中には一体何が?」
「……デッサガルデ要塞がリュミオン国旗を掲げる軍に攻められているようだ。しかも既に陥落寸前であると」
「なっ!?」
ゼーガッハによってもたらされた情報によって一瞬の間ができる司令部。
だがすぐに思考を回転させた参謀の一人が声を張り上げる。
「リュミオンとの国境には軍を配備しております。さらには多くの斥候もです! デッサガルデ要塞を落とせるような軍、絶対に見逃すはずがありません!」
「そ、そうです。誤報の可能性もあります! 再度デッサガルデ要塞に確認を……」
そこまで言った時だった。
先程の伝令兵と同様に天幕を切り裂かんばかりの勢いで一人の男がゼーガッハが持つものと同じ魔封がされた巻物を持って飛び込んできた。
「緊急! リュミオン国境警備軍より緊急事態を知らせる鳥が参りました!」
「……なんだと?」
待ちきれんとばかりにゼーガッハが直接伝令兵から奪うように巻物を取り、中身を確認する。
「「「……」」」
沈黙する司令部。
暑くもないのにゼーガッハの額に大量の汗が流れ出ていた。
「な、なんと?」
「……デッサガルデ要塞を攻めている軍とは別で、北部よりリュミオン残党軍と思わしき軍が南下し、この戦場に向かってきているそうだ。その数、約四万」
「四万……ですと……」
デッサガルデ要塞を攻めている軍とは別に、リュミオン残党軍が、一万五千からなる帝国北方警備軍を蹴散らし、既に南下し続けているという報告だった。
「……大将軍、作戦の練り直しが必要かと」
いち早く立ち直った参謀の一人が作戦の変更を具申する。
「ああ、しかも恐らくこれはオリオンの……」
「作戦会議中失礼致します!」
先程までの二人と違い、少し慌てているもの急ぎではないと言う感じで一人の伝令兵が入ってきた。
状況が分からない伝令兵は、自分を見る異質な視線に思わず立ち止まる。
「よい、何だ?」
「はっ! ポルネシア西部軍の陣形が変更になりましたのでそれを知らせに参りました!」
「……」
それを聞いたゼーガッハは無言のまま早足で天幕の外に出る。
そして、眼下に広がるポルネシア西部軍の陣形を見て歯をむき出しにして唸るように声を絞り出す。
「これを狙ってやがったのか、オリオン!」
そこに広がっていたのは一見少し風変わりな鶴翼陣形。しかし、対オリオンとして何十年も戦ってきたゼーガッハにはわかる。あの要所要所に配備された魔法兵や特殊工作兵、陣を複雑に変形させるための要となる儀仗兵が。
そして、そんなゼーガッハですら見たことがない部隊が最前線に配置されていた。
ここより東、ハドレ城門前にてバドラキア軍を壊滅させたオリオンの戦車隊である。
ここからが本番だと言わんばかりの超攻撃型陣形。
この時ゼーガッハの頭によぎったのは二つの案だった。
一つは撤退。そしてもう一つは……。
「伝令! 六魔将のお二人をお呼びしろ!」
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