第125話 板挟み
あわわわわわわ。
俺の今の内心を表すならばまさにそれだ。
そういえば、毎年王族は少し遅れて登場しているのだった。
どうすればいいのだろうか。
そんな俺の動揺をよそに、王女はつかつかとゆっくりとしかし真っ直ぐに俺の方に向かってくる。
その視線もはっきりと俺を見据えているのだ。
トイレに逃げ込むか。
いや、今ここで背を向けたら明らかに逃げたように思われるだろう。
それはオリオン家としてまずい。
同様に横にずれるのもダメだ。
このまま王女を待ち受けるのがベストなのだろうか。
だが、そもそも王女に足を運ばせて、公爵家である俺が待っているだけというのもおかしな話だ。
しかし、プリムが横にいる以上、王女に近づいて行くというのも憚れる。
そんな内心のせめぎ合いの結果、結局俺は全く動くことができなかった。
つかつかとこちら側に歩いてくる王女だが、その周りには当たり前のように人が集まってくる。
ところが王女はそれらは軽くあしらい続けながらじわじわと歩み寄ってくる。
暫くすると、彼女がどこに向かっているのかを察した貴族たちは道を開けてしまう。
立ち塞がってくれてもいいのに。
そう思いながらも、俺は微笑みながら王女を迎え入れる。
「御機嫌よう、レイン様」
「ご機嫌麗しく、アリアンロッド王女殿下。本日の衣装も大変お美しく輝いております」
「そう?それにしてはレイン様は突っ立ったままだったようだけど。レイン様の方から歩み寄って下さってもよろしかったのよ?」
ぐぅ、と俺は心の中で呻く。
会場内で他の貴族の目もあるだけに丁寧言葉ではあるが、言い方が刺々しい。
しかし、この程度で慌てる俺ではない。
「アリアンロッド王女殿下があまりにも美しく、つい見惚れてしまいました」
「あらそう?それにしてはレイン様は他の女性に夢中だったようでしたけど?」
「いえ、そのようなことはありませんよ」
俺は涼しい顔をしながら王女の言葉を受け流す。
これくらいは想定内。俺の表情を崩すには足りない。
だが、次の王女の言葉によって俺の余裕は崩されることとなる。
「それにしては、まるで私から隠すように立ち塞がっておりますわね?」
そんなことはない。王女が歩いてきた道の直線上にたまたま俺とプリムが被っていただけだ。
しかし、そう見えてもおかしくない立ち位置にいるのは確かである。
「いえ、それは誤解ですよ。たまたまです」
「そうかしら?なら、私にも紹介してくださる?」
「畏まりました」
そう言うと、俺は一歩横にずれ、同時にさっきから俺の服を掴んでいるプリムも横にずれ、結果、小さいながらもすぐ近くに立っていたハーバー士爵への道が開ける。
「お初にお目にかかります、アリアンロッド王女殿下。私の名はバックス・シュバリエ・ド・ハーバーと申します」
「……そう、でしたか。初めまして、ハーバー士爵。私はアリアンロッド・アンプルール・ポルネシア。以後お見知り置きを」
そう言ってお互いに挨拶をした後、ハーバー士爵が訝しげな表情で王女に質問をする。
「それで、プリムにはどのようなご用件でしょうか?」
そんなハーバー士爵の鈍感な質問に、王女の目がキラリと光った気がした。
「ええ、私のフィアンセであるレイン様と仲良くお話をしていらっしゃったご様子ですので、私も仲良くさせていただきたいなと思いまして」
私のフィアンセの部分をやけに強調しながら、ハーバー士爵に話しかける。
ここでハーバー士爵があっさり断ってくれればいいのだが、立場上それも難しいだろう。
俺は一歩前に出ながら、
「お話の最中、失礼します。彼女へのご紹介でしたら、僭越ながら私の方からさせていただきたいと思うのですが、如何でしょうか?」
完璧な対応をしたという自信を持ちながら、俺は爽やかな笑みを王女に見せる。
しかし、王女の顔は笑顔のままなのに、目が全く笑っていなかった。
怖いんだが……。
「うーん、そうだねー」
そんな棒読みに危険を感じた俺は、すぐさま機転をきかせる。
「こ、こんなところではプリムさんも王女殿下も周りの目が気になりますでしょう。も、もしよろしければバルコニーに移動しませんか?」
さすがの俺もアドリブが利かなくなってきており、正直内心ビクビクしながら提案する。
一応念のため、断られた時のことも考えておかなければ。
そんな俺の不安をよそに、少しだけ考えた王女は頷き了承してくれた。
それを見た俺は安堵しながらプリムの方に振り向き、安心させるように出来るだけ優しい声で質問をする。
「プリムさんも大丈夫ですか?」
「……え、うう……」
可愛い。
俺の服の裾を掴みながら、状況がよく分からず涙目になっているプリムを見ながら、俺はそう思ってしまった。
しかし、いつまでも見つめているわけにはいかない。
「安心してください。王女殿下はとても優しくて気さくなお方ですので。さぁお二方とも、あちらに行きましょう」
「は、はい!」
「つーん……」
そんな俺のエスコートの何が問題なのか、王女は顔を背けてそっぽを向いている。
何故だ。何がいけなかったんだ。
そんな不安を抱えながら、俺たちは人目を避けるようにバルコニーへと出る。
「え、ええっとー、ゴホン!では、改めまして、プリムさん、こちらポルネシア王国第二王女、アリアンロッド・アンプルール・ポルネシア様であらせられます。アリアンロッド王女殿下、こちらはプリム・ハーバーです」
プリムは女性で、かつ魔眼のような特別なスキルもないので家名を受け継ぐ立場にはない為、シュバリエはつかない。
俺は少し緊張しながらも二人の様子を見守る。
プリムは少し怯えながら、王女はデンとした態度でプリムを見つめている。
あんまりプリムをイジメないでくれ。
「ねぇ、貴女、レインとはどんな関係なの?」
「ふぇ!?」
ホワッツ?!
なんでそんな事を聞くんだよ。俺とプリムの関係?そんなの両思いのカップルに決まっているじゃないか。
少し鼻を高くしながら馬鹿な妄想に浸っていた俺の眼の前では、王女の一方的な攻めが始まっていた。
「レインと最初に出会ったのはいつなの?」
「え、ええっとー……そのー……」
あとさっき突っ込まなかったけど、いつの間にか呼び捨てになっている。あと、プリムは一応年上なんだから敬語をつけなさい。
「ええっと、その?」
「あ……」
王女に念を押されたプリムは挙動不審に震えている。
その目にはうっすらと涙を浮かべていた。
もう見ていられない。
そう思った俺は少し強引にプリムと王女の間に割って入る。
「お話を割ってしまい申し訳有りません。失礼とは存じますが、プリムさんをあまりイジメないでくださいませんでしょうか?彼女は……」
「バカッ!」
それとなく察してもらおうと遠回しな言い方を考えていた俺の右頬を突然衝撃が走った。
「えっ……」
「君って本当に馬鹿!信じられないよ!」
ゆっくりと顔を戻した俺の目に映ったのは、怒りで表情を歪めた王女の姿だった。
「す、すいません……」
よく分からないがとりあえず謝っておいた。
しかし……。
「何が悪かったのか分かっているの?!」
「え、ええっとー、いじめと決めつけた事でしょう、うぐっ!」
必死に言葉をひねり出したのだが、今度は左頬を叩かれてしまった。
「君は本当に何も分かってないよ!帰る!」
「えっ?あ、ちょっ……」
そう言って王女はのっしのっしと城の中に入っていってしまった。
その光景を、俺はただ黙って見送るしかなかった。