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もし、本当に魔法があったら  作者: ぬるはち
2/2

悪の組織の戦闘員じゃなくても改造人間にはなれる

 風が身体をまさぐる。


 サァーと木の葉の擦れる音が聞こえる。


 木の枝が生き物みたいに揺れて、隣の木と会話してるのではないかと思っていたのはいつの頃だったろうか。


 体は動き出す。

 何を求めるでなく、ただ、足が動く。

 歩く。


 何処とも解らず歩いていると、胡桃が落ちていた。

 しゃがんで摘みあげ、虫食いの穴がないか確認する。

 ラッキーだ。まだ虫はついていないようだ。

 ポケットに胡桃を乱雑に詰めると、また歩き出す。


 つくし、わらび、たらの芽、よもぎ、笹竹、ふきのとう。


 目に映る物全てが懐かしく、色んなものをとって歩く。


 ふきの葉っぱで簡単にくるんで、またポケットに詰め込む。


 ああ、水溜まりだ。

 オタマジャクシが居るかもしれない。

 名前もわからない背の低い草を分けて進み、屈んでのぞき込む。


 残念だ。オタマジャクシがいない。

 ふと、お日様を雲が隠して、強かった水面の光が和らぐ。


 俺の顔が写り込む。


 写ったのは、スポーツ刈りの子供。

 ぼうと眺めると、気づく。

 5歳の俺だ。


 なんだか怖くなって、そこから逃げるように走り出す。

 土から盛り上がった木の根に足を取られ、転んだ。

 泣きそうになって、顔を上げると、沢山の家が斜面越しに見える。




 あぁ、ここは家の裏の里山だ。

 懐かしさで胸が締めつけられる。


 転んだ時に左足をくじいたのか、やけに痛い。

 ふくらはぎに力がはいる。

 だんだんと自分では使わないような力が入り、終いには万力で筋肉を引っ張られているような痛みが襲う。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!



「んごぅぅ!!」


 声にならない声がでて、足を伸ばしたまま力が抜けるよう祈る。

 目をやれば、すね毛の生えたいつもの足だった。

 ゆっくりと足を曲げて、伸ばして、平常運転に持っていく。

 まともな物を食べていないせいか、最近多い。こむら返り。



 どうやら夢を見ていたようだ。


 こむら返りの疲労感と、血が足りないのか、血圧が下がり過ぎてるのか、頭を起こそうとするとグラグラと揺れる。

 酷い虚脱感と、数秒の目眩が襲ってくるが、なんとか起き上がる。

 寝不足と栄養失調だろう。酷い目覚めだ。

 体力がないと長く眠れない。ここ数日の目覚めの最悪さといったら筆舌に…


 はて? ここ数日は公園暮らしだったはずだが、ここは何処だろうか?



 見渡せば、昭和から建ってます! 木造二階建てです! と主張するような、良く言えば趣のある、悪く言えば煤けた部屋だ。

 いつの間にか俺は布団に横たわってたようだ。解せない。

 畳の色が褪せていて、擦り切れそうだなと危機感もなくぼーっと考えていると、ガタガタと引き戸を開ける人影が見える。



 て、天狗だ!!

 そういえば、公園で天狗に遭遇してる最中に、パニックで気を失ったのだったか!

 ヤバイ、連れ去られてるじゃん俺。

 非日常過ぎて、おしっこ漏れそう。

 録に力も入らない身体で、プルプルと身構えると、手に持っていたお盆を布団の前に下ろす天狗。


 漂う米と魚の香り。

 目ん玉が自分の意思を離れてそこを凝視する。

 お粥。味噌汁、おまけに笹竹の筍入り。白菜の煮浸し。メインは岩魚の塩焼き。

 腹でも下したのかと思うくらい、腸が蠢いて不快な音をならし、胃はその存在を知らせるように、きゅうと縮んで締めつけられるような感覚。


「君が倒れて焦ったよ。驚かせ過ぎたようだね。これは、そのお詫びだ。食べていいよ」


 瞬間、手を伸ばし、しかし自制する。

 空中をわきわきと何かを掴むように動かした後、引き戻す。


「気にしなくていいんだよ? これは本当にお詫びだ。別に何か請求したりはしないし、どうせ払えないだろう?」


 パニックで気付かなかったが、存外若い声だ。

 天狗の方にヨロヨロと向き直る。


「なにが目的でしょうか…? マグロ漁船にでも乗せられるのですか…?」

「ふ。ははっ!」

「??」

「いや、済まないね。このご飯に関しては本当に気にしなくていい。ただ、その後話を聞いて欲しいんだ。その話を聞いても、別にどうこうしたりはしない。ただ、今後の君の為にはなるかもしれないよ? さぁ、冷めてしまう前に食べて、活力を付けた方がいい。私の話はショッキングだからね」

「…正直、限界です。 施し感謝します。 頂きます」


 もはや、考える事なんて出来なかった。話の真贋なんかわかるわけがない。

 三大欲求恐るべし。奇怪な事態だろうが、危険か迫っていようが、空腹では頭も回らない。


 箸を乱雑に掴み取ると、自分でも引くくらい、獣のように平らげた。

 魚の頭や骨すら噛み砕いた。

 全てを嚥下し終えると、頭に靄でもかかったように眠気が襲う。


「眠っていいよ。その状態じゃ話も出来ないだろう」


 許しが出た。

 礼を言う事もままならず、布団に崩れ落ちる。


「君ならたぶん…」


 天狗が何を言っているか、俺には判別がつかないまま、底なし沼のような眠気に身を委ねた。












 カエルの鳴き声が忙しなく聞こえる。


 薄明るい部屋を見渡せば、昭和風なのは変わらない。

 カエルの鳴き声がするという事は、田んぼでも近いのだろうか。

 もぞりと起き上がる。

 かつてないほど、爽やかな目覚めだ。

 俺の寝起きはすこぶる悪い。だというのに、驚くほど意識がするりと切り替わっていく。


 夏前だというのに、ひんやりとした夜の冷気が寝起きの熱い肌を心地よく冷ます。

 布団を畳んで、引き戸の方へ歩く。

 引き戸の磨ガラスからは、まだ人が起きている事を示す灯りが見える。

 建て付けの悪い引き戸に苦戦しながら開けると、そこは混沌としていた。


 虫の標本。今にも倒れそうになるほど積まれた本たち。

 色んなお面。読めない字で書かれた御札。

 六芒星の刺繍された黒い布。何かの印が刻まれた石。

 得体の知れない液体の入ったフラスコ。脳みその標本。

 意味があるのか解らない数字の羅列を記した黒板。


 そして、部屋の真ん中に置かれたテーブルには、三人の個性的な方々。

 山伏風の天狗面大男。

 神主さんのような格好の初老くらいの男性

 沢山の数珠を身につけたボリューミーなお胸の女性。


 …うん。

 俺は引き戸を閉めた。



 バサリと音がすると、暗い部屋でも目立って黒い、カラスがタンスの上に居た。


「そりゃ閉めるよ。俺も手があれば閉める」

「だよね… 公園のカラスさん? って普通に聞くのもおかしいけど、もうおかしすぎてなんにがなんだか…」

「おう。とりあえず開けて話を聞いてやれ。このご時世に行き倒れ手前の公園暮らししてたお前さんは、今が最悪だ。今が最悪なら、これ以上悪くはならん」

「なんだろう。天狗よりカラスのほうが説得力のある話をしている気がする。まだ寝てんのかな。寝覚めも異様に良かったし」



「「「入って(((きなさい)おいで)いらっしゃい)」」」


 ああ、お呼ばれしてしまった。

 飯と寝床を借りておいてなんだが、すごく逃げたい。


 ひとつ深呼吸して、気持ちを切り替える。

 おかしな事に、喫煙を初めてから一度も感じなかった、酸素が肺に取り込まれてるのが解るような、心地の良い深呼吸が出来た。

 まぁ、おかしな事だらけだけど。




 引き戸を再度開ける。

 左側に座っている初老の男性が目の前の椅子を手で示す。

 座れと。


 椅子に座ると、正面の天狗面が話を始めた。


「ここは株式会社ミスティック 日本支社の社員寮だよ。新山(にいやま) 彦一(ひこいち)君。名前はお財布から保険証を見せてもらったんだけど、悪用はしないから安心して?」

「その言い方は誤解をまねくぞ?」

「同意しますね」




「こほん。さて、君に最初に言ったことを覚えてるかな?」

「魔法がどうとか… 新手の宗教ですか?」

「いや、違うといいたいけど、否定はしきれないなぁ。まあとりあえず口上を聞いておくれよ。この世界には不思議な逸話が溢れてる。不思議な現象が溢れてる。そして、ここに居る三人はね、彦一君。その一端を担っている」

「…回りくどいな」


 初老の男性は強めにそう言うと、文字通り懐に手を入れて一枚、白い正方形の紙を取り出した。

 十秒もかからない早業で、鶴を折り上げると、ひょいとご自分の左の手のひらに乗せて口を開く。


「遊んであげなさい右鶴(うかく)


 かさり。


 紙の擦れる音がしたと思えば、鶴はその翼を羽ばたかせ、なんと俺に向かってゆっくりと飛んでくるではないか。


「へ?」


 呆けて鶴の飛行を見つめていた俺の頭にかさりと着地した鶴は、髪の毛を少し翼で弄ったあと、満足したのか初老の男性に向かって飛んでいった。


 言葉も出ないとはこの事だろう。

 俺は完全にフリーズしている。


「青年。陰陽道の式神という奴だ。昨今は物語にもそこそこ出るから通じるだろうと思うたが?」


 無言でこくこく頷く俺。


「そこの天狗面は山伏とか修験者とか言えば解りやすかろう。まぁ、ちと不思議さを演出するには地味でな」

「酷いなぁ安倍さん」

「ふん。本当の事だ。 まぁ、お前さんの身体の治療をしておったから後で礼でも言っておけ。それと、そこの数珠を宝飾かなにかと勘違いしてそうな女は、降霊師、イタコ、外国風に言えばシャーマンになるのか?」

「死んだ貴方の奥さんを降ろしましょうか?」

「…すまんかった」

「あー、もう。 彦一君が固まってるじゃないか」

「まぁ、この前みたいに話してる途中で逃げ出さない分いいじゃない」


「はぁ〜。もう。ごめんね彦一君、それでね…」


 





 古来から世界中に『彼等』は居た。

 最初こそちょっと不思議な力を持つ『人』だった。

 だが、時が進むにつれて彼等は『人』という枠組みから外される。

『魔女』、『鬼』、『悪魔』、『妖怪』エトセトラえとせとら…

 名前が変われば扱いも変わる。

 石を投げられた。殺してもいない人の死の原因として扱われた。病が流行ると睨まれ、罵声を浴び、果ては原因はお前だと家を焼かれる。


「まぁ、僕みたいな修験者や、中国の仙人とか引きこもって上手く立ち回ったタイプも居るけどね。あと、未開の部族のシャーマンとかは今も尊敬の対象だね。けど、魔女狩りは歴史の教科書に載っているくらいあったのは事実だし、悪魔祓いと称して隔離されたタイプもいたのも事実」


 それでも彼等は生きるのを諦めなかった。

 迫害や戦争の影響で数が減った。近親同士で子を作り、能力を失わないよう努めた。

 しかし、身体の土台は普通の人間となんら変わらない。次第にまともな子供が出来なくなっていく。

 衰退の一途をたどる彼等は、国ごとのコミュニティを作り、時に集まって知恵を絞り、現状を打破せんと意見を出し合う。


 そんな中である。

 錬金術師と陰陽師の間に産まれた、稀有な子供が言う。


『みんなおんなじにしちゃえばいいんだよ』


 当初はできっこないと鼻で笑われた。

 しかし、その子供は錬金術と陰陽道の二つを巧みに扱い、次の会議には動物での実験の成果を引っ下げて同じセリフを言い放った。


『みんなおんなじにしちゃえばいいんだよ』

「若いな儂。しかも天才」

「…あなた?」

「ひっ」




『人類皆兄弟計画』

 と、発案した子供に題されたその計画は、簡単に言えば、普通の人間を彼等のように特異な能力に目覚めさせるという安直なものだった。

 こんな安直な計画には賛同したくない。

 しかし、彼等には後がなかった。

 血が濃くなりすぎて絶える一族、他と混ざり合い血が薄くなりすぎて消える奇跡の能力。

 他に考えも出なかった。他に成果のある物が無かった。



 預言者の一族の伝手で世界的大富豪から金を引っ張った。

 医療系研究機関としてひっそりと各国に研究所を作り、公には研究者として彼等は振舞った。

 一族の中だけだった秘術も、惜しげもなく公開しあった。

 元から研究が命題のような彼等は、案外早く成果を出す。


 動物での実験に二十年。

 人体実験に五年。


 だったの四半世紀。

 完成してしまった。

 しかし、ここで計画は終わりではない。

 この星のあまねく人々全てを変えなけれはならない。

 そこからの方が長かった。

 色んな根回し。政府機関。教会。

 長い交渉の末、やっと認可が降りる国がチラホラと現れた。

 そして今この状況に繋がる。





「簡単に説明すると、錬金術というか錬丹術で作った、彦一君には無くて僕らにはある不可思議現象を感知する器官と、それを操る器官の(もと)を注射で打ち込む。その素に付けたルーン文字?っていう奴で身体の何処にあるのか感知しながら、式神で素を操って脳みそに送る」


 コンコンと天狗面の額を人差し指でたたく。


「脳みそに送った素を使って器官を脳に作る。そこから各神経に接続。終わり。公にはされてないけど、色んな国の極悪人を研究材料として引き渡して貰って人体への影響もしらべてるから大丈夫だよ」



 …何も大丈夫な気はしないんだが。


「青年。なにも君を捕まえて改造しようって訳じゃあない」

「…政府はテストケースを欲しがっているの。お金も出る」


「へ?」


 天狗面の男が机に何枚かの書類を出し、俺の目の前に滑らせる。

「これが、君がこの話を受けてくれた場合の待遇だよ」



 ……

「実験の成功、失敗に関わらず一億円の支払いの確約。死亡時は遺族に均等に分配。

 1年間の政府監視下の元で生活。月額20万の給付。食事、住居は別途保証。

 特定異能力の習熟の際は、今後政府が発足する異能力学習機関での終身雇用を確約。

 …胡散臭い」


 けれど、けれど、もし、これが本当なら。

 俺は死ななくてもいいのかもしれない。

 このまま、ここを出ても状況は最悪だ。

 だったら、騙されたと思ってこの蜘蛛の糸を掴んでみても、最悪の度合いはたいして変わらないじゃないか。

 どれだけ騙されたって、最悪もう死ぬだけだ。

 どうせここを出ても、野垂れ死にが待っているのだから。



「や、やります」



 ああ、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、死んだばあちゃん。

 不甲斐ない僕は金に釣られて得体の知れない改造人間になります。

 ごめんなさい。


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