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もし、本当に魔法があったら  作者: ぬるはち
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山で修行をしなくても天狗とはエンカウントできる。

 詰んだ。



 派遣会社からの連絡はなく、携帯料金も払えず、家族からの支援は無く、次の働き先も見つからないまま、生活保護の申請は通らず、手持ちの金は漫画喫茶で一夜を過ごすには圧倒的に足りない。


 そんな生活が3日。

 もう、公園のベンチで夜を過ごすのにも慣れた。

 アリが俺の足を噛もうと気にせず眠れる。

 煙草の吸殻を拾って火をつけて気を紛らわし、一斤百円に満たない食パンを二日かけて大事に食べる。

 太陽が明るい内は職を探すが、俺みたいな学のない二十五歳など雇ってくれるところなんかない。

 なんせ、住所も電話番号も無いのだ。連絡のつかない奴なんて雇うほうがどうかしてる。

 飛び込みで何店か飲食店にお願いしてみたが、返って来たのは哀れみの視線とか、罵声とか、物理的にはお玉とか。



 もうだめだ。


 何が悪かったのか…

 子どもの頃はそこそこなんでも出来た。

 そのせいで努力らしい努力なんぞ経験しないまま成人してしまった。

 だからだろうか、俺には頑張るとか努力とかいまいち解らない。

 部活もそこそこ。家に帰ってはゲーム三昧。

 ある日を境にイジメのターゲットになって高校中退。

 それでも親には面倒をかけたくないと、バイトや派遣で一人で今まで食いつないできた。

 世の中に対する閉塞感と、自分の能力の無さに怖くなって資格を取ろうと本を買ったりしたけど、一つとして身につかなかった。


 そんなこんなしてると派遣の期限が切れ、更新がなく、別の所を斡旋すると言われていたが連絡が来ず、勤めていた工場の寮から締め出された。


 こちからから派遣会社に連絡しても今探していますの一点張りで、漫画喫茶で寝泊りしながらハロワ通い。

 貯金もなんてすぐに消えた。



 ああ、なんか考えが纏まらない。

 こんな過去のことより今どうするかだ。

 といっても、こんな事を何回も繰り返し考えて、答えなんか出てこないんだが。

 いっそ死のうか。


 俺なんかが生きていたって、家族に迷惑をかけるだけだ。

 兄弟達はみんな結婚して、子供もいる。

 俺に金を貸す余裕なんか無いのは知ってる。

 この考えも何回も繰り返した。

 だめだ。もうだめだ。何も出ない。




 ああ、ただ死ぬのなら、山の中がいい。

 子供の頃、まだ活発だった時、山菜なんかを探して遊んでいた地元のあの山のような。

 春の風が吹き抜けて、遠くの木々の枝葉がざわめき、波濤のように押し寄せる風圧と音と緑の匂い。

 あんな風の中で死にたい。


 さぁ、とりあえず歩こう。

 山を探してみよう。


 そうして3日慣れ親しんだベンチを離れようと力の入らなくなった足に激を入れたその時だ。



「君、魔法使ってみない?」




 天狗のお面をつけた大男が、俺の前にいつの間にか立っていた。


 言ってる事が理解できず、脳みそが目の前の【仮称・天狗】を怪しいと判断したのだろう。おののく。

 立ち上がりかけた俺はすとんとベンチに腰を落とし、足に力が入らないのを契機にアタフタとパニックになり、ゴソゴソと破れたジーンズのポケットをまさぐって携帯を取り出して110番しようとしたが繋がっていないので、機械的な女性の声しか聞こえてこない。


「あー、えっと、大丈夫?」


 天狗の仮面の奥、その表情は読めないが、最近聞きなれた哀れみの混じった声色が聞こえると、一週回って落ち着いた。


「な、なん、なんの御用ですか・・・?」


 最近録に人と喋って無かったせいか、酷く吃ってしまった。

 恥ずかしさと、目の前の異様さで、また少しパニックが戻ってくる。



「もう一度言うね。君、魔法使えるようになりたくない?」


 怪しい。

 その一言に尽きる。

 魔法とか。お前の格好なら行者ニンニクの取り方とかだろうが。


「携帯料金が払え無ければ、職に就くどころか通報もできないとは…」


 一人が長いと、独り言が出やすくなる。

 思ってなくても口は動く。

 そして、気づいて、三度目のパニックがちょろりと顔を出す。


「あー、あー、大丈夫、落ち着いて」


 天狗が俺に寄ってきて、肩に手を置こうとしてるのだろう。手を俺に伸ばしてくる。

 怖い。

 俺、山に行く前に死ぬのかもしれない。

 そんな考えがよぎって、肩に手が触れそうになったその時、バサバサと音を出しながら、カラスが1羽俺と天狗の間に降り立った。


「おい、お前の格好が場にあってないからこんなに怖がっているのだろうさ」


 喋った?

 カラスが?

 いや、昔朝のテレビ番組で喋るカラスを見たような…って、そんなもんじゃない。

 状況を理解して喋ってる?

 マジで?


「はは、私の格好もそうだが、君が喋った事でもっと混乱したようだ」

「あ? ああ。 浮世離れが激しいお前を注意しようと降りてきたが、俺も大概か」




 もう、良く分からない。

 というか力がはいらない。やばい。

 こんな怪しい輩の前で、倒れたくなんかないんだが、体は冷たく、力なんぞ入らない。

 頭が回らない。という…支えられない…





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