私の不満とお散歩へのお誘い
クレイウスがエウアンテスの大叔父上だったなんて……!!
「俺はカティアが知らなかったことに驚いた。……俺やカーディーン様が何度か話していたはずなんだが」
リークの言葉に私がはて、と首をかしげると、リークが「つまり、まるで聞いていなかったんだな」とひとつ、溜息をついた。
宴が終わり、王宮の客間に戻ってきた私はお気に入りのクッションの房を引っ張りながら、リーク相手に複雑な気持ちを零していた。
カーディーンはナディスと難しい話をするそうで、私にしばらく部屋で遊んでいるようにと言い残し、リークと部下の人を数人残して部屋を出て行った。
宴の間で、エウアンテスからクレイウスが大叔父上だと伝えられた私が、人間でいえば「な、なんだって!?」と言わんばかりの驚きを体全身で表現していると、私達の視線に気づいたのかクレイウスとネヴィラ達がこちらへとやってきた。
やってきたクレイウスは私の驚きが伝わらなかったのだろう、わずかに眉をしかめる様な動きをしたあとすぐに張りつけたような笑顔になって、相変わらず大仰な美辞麗句でもって私に挨拶をしてくれたが、私はクレイウスとエウアンテスを何度も見比べて「全然似ていないじゃない!」とずっと呟いていた。リークがあえて言葉にしなくて良かったと思う。一緒にやってきたネヴィラは私の見かけたことのない姿にきょとんとしたものの、一緒にいるリークやカーディーンが気にしていない様子で悪いことではないのだろうと判断したのか、終始微笑ましそうに私を見つめていた。
私の呟きが聞こえたわけではないだろうが、エウアンテスが律義にクレイウスはエウアンテスの母方の祖父の末妹の娘を伴侶にしたから直接的な血の繋がりはないが大叔父上にあたるのだと説明をしてくれたが、私の中で二人が親しいと言う事実が結びつかなかった。
しかしその言葉を受けて思い返してみれば、エウアンテスはタンナーナの離宮で大叔父上について美しいものが好きだと言っていたし、クレイウスは美しい人や珍しい食べ物、美術品などが大好きだと言っていた。それにクレイウスはアファルダートから嫁いだ王女を見たことがあると言っていた。それがタンナーナのことだったのだろう。なるほど、たしかに大叔父上とクレイウスが一致した。
絵画や美術品のたくさんあるタンナーナの離宮は、美しいものが大好きなクレイウスにとって素晴らしい場所だったのかもしれない。エウアンテスの話から想像するなら、誰よりも詳しいと言うほどの知識を持つほどに足繁く通ったのだろうし、それをエウアンテスが覚えるほどには、一緒に離宮へ足を運んでエウアンテスに語り聞かせたのだろう。
自分の頭の中で必死で繋がった事実を飲み込もうとしたけれど、やはり何度言い聞かせても二人が親しかったのだと言う事実が私には納得できなかった。
「カティアは何がそんなに不満そうなんだ?」
リークに問われて、私はうぅんと悩みながら言葉を探しつつ口を開いた。
エウアンテスのことは嫌いじゃないけれど、クレイウスのことはそんなに好きじゃない……。だって、クレイウスはなんだかカーディーンに対してすごく嫌な感じがする。
その二人が仲が良かっただなんて……。変な気分。
「それはただ単にカティアがエウアンテス様は好きだけれど、クレイウス様はあまり好きじゃないから、お二人の仲がいいことが複雑って言うカティアの勝手な思いじゃないのか?」
私がやや面白くない気持ちのまま、ぼそぼそになってきた房をぱっと嘴から放して「わかってるけど」と言えば、リークも「まぁ気持ちはわかるな」と呟いた。
「あくまで表向きは将軍とは言え、カーディーン様が王族であることはまぎれもない事実なのに、クレイウス様は建前をそのままに、本気でカーディーン様を軽んじる様な言動を取られるところが腹立たしい。カーディーン様の他の部下もそこには皆不満を持っていたしな」
どうやら私の気のせいではなく、クレイウスはカーディーンに対して少々失礼な態度をとっていたようだ。
ただ、表向き、やら建前、やらのカーディーンの立場と、あくまで表面上の言葉や態度に無礼を問うほどのことはないので強く出られないらしい。
ほんのわずかなまなざしや言葉に乗せる感情に、カーディーンに対して友好的でない、軽んじているという気持ちが透けて見えるのが腹立たしいとリーク達は言っていた。
あと……なんだかリークに向ける視線もなんだか変な気がする。
私が話していると言っても実際に言葉を発しているのは通訳士のリークだ。
私が話しかけると言うことはつまりリークが言葉を出しているわけだが、クレイウスは……というよりペルガニエスの人は皆リークを見る。
当然の様に私を見るカーディーンやネヴィラ達と違い、最初は私に向けて挨拶をしても、必ずリークに視線が向く。ちゃんと私を見つめ続けたまま会話を続けるのなんてエウアンテスぐらいだ。実は私がエウアンテスを好ましく思っている理由の一つがこれだったりする。
最初はリークが美しいから皆見惚れているのかと思っていたのだが、どうもリークが発言すること自体に違和感を覚えているような表情だった。
たいていのペルガニエスの人はそれをなんとなく飲み込んで普通にしているが、クレイウスはあからさまにリークに不快そうな視線を向けている。まるで発言するなとでも言いたげだ。
しゃべっているのは私でリークは言葉を伝えているだけなのにあの感じはなんだかすごく嫌だよ!
私が憤慨して再び房をひっぱりながら言えば、まさか自分のことについて私が考えていたと思わなかったのか、リークがちょっと照れくさそうに「俺のことは気にしなくていいんだよ」とちょっと乱暴に私の頭をぐりぐりした。
ネヴィラやナディスに対してはすごく丁寧なのにね。とくにネヴィラ相手だと大げさなくらいずっと褒めてるよね。
「建前上護衛のカーディーン様と違い、グィンシム家のお二方は国賓だからな。それに美しい女性が好きと言うならネヴィラ様に友好的なのは当然だろう。クレイウス様はグィンシム家とつながりが欲しいから、ナディス様によく話を持ちかけようとしているしな」
カーディーンもちょっとは怒ったらいいと思う!もちろんリークもだよ!
「カーディーン様にはきっと何かお考えがあるのだろう。……ちなみに俺は本来あの場で発言する立場にないから、守護鳥と言う文化がないペルガニエスの貴人が不快に思うのはある程度仕方がないことなんだから仕方ないんだ」
カーディーンは……ってリークは何か知っているの?
私が期待を込めてリークを見上げると、残念そうな仕草で嘆きながらリークがつぶやく。
「ここがアファルダートなら俺もある程度は把握しているかもしれないが……今、俺はカティアのそばを離れるわけにはいかないからなぁ」
ここに鳥司の立場でいるのはリークのみだ。いつもは部屋の壁際に大勢控えている鳥司の人達やモルシャがいない。
そしてリークと難しい話をすることで気を紛らわせていたが、実はずっとそのことで不満に思っていたことがある。
王宮を探検したい!ずっとここにいるのつまんないよ!!
私が唸りながらイ~っ!!と勢いよく房をひっぱりつつ抗議するとリークが困った様に眉を寄せた。
「ここはアファルダートじゃないんだ。カーディーン様も言っていただろ?危険だからカティア一人で探検したりは駄目だ」
他国の城で勝手に私が飛びまわってはいけないと諭される。
それ自体はわかっているから今も私は大人しく部屋で遊んでいるのだ。だけど……だけど……!!
だってカーディーンはずぅ~っと仕事で全然一緒に遊んでくれないよ。
今までは長くても数日であったし、こんな風にずっと護衛として動いたりはしていなかったからカーディーンは私と一緒に遊んだりする時間を細かく作ってくれた。
それにアファルダートであれば私はカーディーンが書類とにらめっこしているような時間は、好き勝手に宮殿内を飛び回っていたから退屈したりはしなかった。構ってくれる鳥司だってたくさんいたし。
思いっきり飛び回りたい気持ちと知らない王宮を探検したい気持ちと、カーディーンのそばを勝手に離れちゃだめだと言う気持ちでずっとイライラし続けている。
「この部屋の中なら自由に飛びまわっても構わないから」
この部屋はもう全部調べ尽くしたの!もっと大きいところでいっぱい飛びたい!知らないところに行きたい!!
くぴーと唸るように鳴く私がリークとそんな話をしていると、扉の向こうから声がかかった。
「ネヴィラ様がいらっしゃったようだ。どうする?」
突然のネヴィラの来訪に、噛んでいた房を口からぱっと放して私は喜んで返事をする。私が引っ張り続けていた房はちょっと形がよれていた。そっと足で体の下に隠した。
ネヴィラ?会うよ!
とっても退屈していたので大歓迎である。
「じゃあ続きの間へ移動しよう。ネヴィラ様をそちらの部屋へお願いします」
私の返事をうけて、リークが部屋の侍従の人に指示を出す。
私はリークと一緒にぱたぱたとネヴィラの待つ部屋へと移動した。
「カティア様に御挨拶を。月の輝きが海の深きを照らす中、突然の訪問にも関わらず快くお招きくださりありがとうございます」
私の登場に、にこりと笑みを深くして優雅にお辞儀をしたネヴィラと向かいあうように、私はリークの置いたクッションの上にお尻を乗せた。クッションが置いてあるのはネヴィラの座る椅子の前にある机の上である。
退屈してたからネヴィラが来てくれて嬉しいよ!
「まぁ、カティア様にそうおっしゃっていただけて光栄です。それにしてもペルガニエスの訪問はとても簡略ですね。お会いしたいと思ってから、こうしてすぐにお訪ねすることが出来るのですもの」
こうした時にはとても素敵ですね、とネヴィラはころころと悪戯っ子の様な笑顔で言った。
たしかに、アファルダートで会おうと思ったらまず謁見の先触れ云々と面倒なことが多い。そう言う意味ではこうしてネヴィラ本人が直接先触れも兼ねて会いに来るペルガニエスって結構自由だなぁと思う。
ネヴィラが私を訪ねてきた理由は単純で、カーディーンから私を訪ねてほしいと頼まれたからだそうだ。そろそろ退屈しているだろうから話相手になってほしいとお願いされたらしい。
ここで過ごしてると話相手とか、すごく少ないもんね。
「カティア様もですか?私もずっと感じていたのです。周囲に人がいないとやはり落ち着かない気持ちになります」
すごくわかる!!
ネヴィラと意気投合して、私はくふーと胸をはってぱたぱたと羽を広げてこの喜びを伝えた。
「私もカティア様にお会いしたかったので、カーディーン様からお言葉をいただいて、すぐにカティア様の元に来てしまいました」
ネヴィラがいるし、カーディーンのおかげでしばらくの間退屈せずに過ごせそうだ。ありがとうカーディーン!
これで王宮を冒険出来たらもっといいんだけれどなぁ……。
……あ、ひらめいた!!
私はネヴィラの膝にぴょんと飛び移って見上げる様にくぴーと鳴いた。
ネヴィラ、一緒に王宮をお散歩しようよ!
「お散歩、ですか?」
私は外に出たくて冒険したくて仕方がないこと、でもカーディーンとの約束もあり一人で勝手に出歩いてはいけないからずっと退屈していたということをネヴィラに切々と訴えた。私一人ならだめでも、ネヴィラと一緒ならば出歩いてもいいかもしれない!
ネヴィラは私の話を口元にそっと手を添えて「まぁ」と労しそうに聞いた後、少し考える様なそぶりをしてからリークに話しかけた。
「カティア様はそれほどまでに辛い思いをなさっているの?」
「僭越ながら……カティア様はアファルダートでは遮るものなく自由に宮殿内を飛びまわり、カーディーン様と砂漠に出られることもございます。普段その様に過ごされているカティア様が自由に羽ばたくことを抑圧され続けていると、やはり酷くお気持ちを塞いでしまわれるのでしょう」
「そうよね。カティア様の御心は自由であらせられるべきですもの。カティア様、私がご一緒にお散歩させていただくことでカティア様のお気持ちが晴れるならば、喜んでお供いたします」
リークが神妙な表情で目を伏せつつそう言えば、ネヴィラは独白の様にぽつりとつぶやいた後、しっかりと頷きながら私にそう言った。
わぁい!ありがとうネヴィラ!!
私はネヴィラの膝の上で小さくくるくる回りながら喜びを示した。
カーディーンとナディスがいる部屋にお散歩しますと使いを出してから、私はネヴィラを急かす様にして扉を開けてもらい回廊へと飛び出した。
ネヴィラと一緒にお散歩できると言ってもここは他国でネヴィラもあくまで賓客の立場なので、自由にどこへでも行けると言うわけではない。
ネヴィラが行くことを許されている範囲を一緒に歩くことになった。お散歩と言ってもほとんど私が好きに飛びまわっているのを、ネヴィラがゆっくりと追いかけたり立ち止まって見ていたりといった状態だけれど。
ネヴィラとリークと、従者の人や部屋にいた護衛のカーディーンの部下の人、ネヴィラの侍女達もつれてここならば自由に長い距離を飛べるだろうと言うネヴィラの言葉で大回廊へと歩いて来て、ネヴィラと護衛の人達が私を見つめられる範囲で、との約束を取り付けて大回廊を端から端まで飛びまわったり、柱の間をじぐざぐに縫うように飛んではこれまでに少しずつ積もっていたもやもやを晴らした。
とっても気持ちいい!
くぴーと鳴きながらぐるぐると大回廊を飛び続ける私を、ネヴィラがほとんど目で追えていないながらもにこにこと見守っている。
ひとしきり私が満足したところで、ネヴィラが中庭に咲いている花がとてもきれいでいい匂いがすると言うので一緒に見に行くことになった。今度こそお散歩らしいお散歩になりそうだ。