両国の王族と共通点
さらに歩を進めると、回廊の奥には人物画が増えてきた。
この辺りから描き手がタンナーナから変わったようだ。
「こちらが、タンナーナ様が婚姻されて比較的すぐの頃に描かれた物ですね」
カーディーンほどもある大きな絵画にはネヴィラと同じ年ごろにみえる一人の女性がゆったりと椅子に座ってこちらを見ている。
太陽の様に輝く豊かな金の髪をゆったりと背中に流して、頭に花冠を乗せていた。
首を隠す細工の飾りと鮮やかで大きな宝石、アファルダート風の胸元やお腹が露出している意匠には金の刺繍と沢山の鱗石がついている。
深くて青い瞳には少しばかり緊張の色が感じ取れたが、表情自体はそっと微笑んでおり、肩に乗ったナーリアが偉そうに胸を張っている絵だ。
大きな椅子の背に体がすっぽりと収まってしまい小柄に見えるし頬には少女の様な丸みが残るものの、背筋がまっすぐ伸びたその姿に凛とした気品を感じさせる女性だった。
わぁ、綺麗……。
「これはアファルダートの花嫁衣装ですね。多少ペルガニエス風になっておりますが。……なんて美しい御姿でしょう」
うっとりとネヴィラが呟いた。
「あちらにある絵はそれより後に描かれた絵ですね」
エウアンテスが示す奥の方向にある絵画を見ればこちらにもタンナーナが座っている。
しかしこちらは髪を半分ほど結い上げて複雑な形をつくり、ペルガニエスの意匠を纏って小さな宝石がいくつもいくつもあしらわれたペルガニエスの装飾品を身にまとっている。
ペルガニエスに慣れた頃なのか、ゆったりと座る姿は堂々としていて先ほどの花嫁姿より少し大人っぽく見えた。ナーリアはタンナーナの膝の上に置かれた両手に大人しく座っていた。これは退屈で眠い時の顔だ。
こちらが照れてしまうほど、すべらかな頬を赤く染めて柔らかく微笑む姿が花の様に美しかった。
綺麗だね。カーディーンの弟妹によく似ている気がする。
「そうだな」
「僭越ながら、カーディーン将軍とタンナーナ様は血縁関係がおありなのですか?アファルダート国の王位は継嗣によって選ばれるわけではないと伺っております」
私とカーディーンの言葉を聞いたらしきエウアンテスがおずおずと訪ねてきた。
たぶんカーディーンとタンナーナが似ていないため、私の発言が気になったのだろう。
「私の異母弟妹達だ。たしかに我が国は直系の血と言う物を重視せぬが、王族であること自体には重きを置いている。恐れながら、私とタンナーナ様も辿ればわずかばかりの繋がりはあるだろう」
「差し出口を大変失礼いたしました。お詫び申し上げます」
「いや、気になさることはない。エウアンテス殿が不思議に思うのも無理はないだろう。私以外の王族は皆よく似ているのだ」
「それほどによく似ていらっしゃるのですか?我が国としては友好の証として国一番の美姫を、と思っておりました」
「タンナーナ様は王女であられた故、血筋として最も優れていたかもしれぬが、最も美しいかどうかは定かではないだろう」
確かにタンナーナは美人だけど、似たくらいの美人は王族にいっぱいいるし、もっと美人な人もいるよ。
ネヴィラやカーディーンが答えにくそうにしていたので、私から率直な感想を述べてみる。
タンナーナとイリーン、ラナーやファディオラを比べるならば、私には優劣がつけにくいくらいには皆美しい。しかし私には大体同じ顔にみえる金の髪と青い瞳の美貌でも、守護鳥的には美しさの順位があるらしい。
私以外の月の兄弟……というより本来、守護鳥はとにかく美形が好きなのだ。そして守護鳥の好む美しさと言うのは大体似通った傾向がある。だからカーディーンの言う通り、カーディーン以外の王族は皆同腹の兄弟だと言われても納得できてしまうくらいにはよく似ているのだ。
私の感覚では十分に美人なネヴィラがナーブにすげなくあしらわれて、リークがでれでれと擦り寄られている辺り、月の兄弟達には共通の美的な感覚があるのだろう。
守護鳥が加護を与える王族の顔を思い浮かべれば、好みの顔の系統が何となくわかる。その感覚に照らし合わせてみれば簡単なことだ。
王家の血が濃くなればなるほど災いが強く、守護鳥が好む美しさに近くなるということならば、タンナーナは隣国に渡ることが出来るくらいには災いが強くない程度の美しさと言うことになる。
私は元気な時にしか会ったことがないので知らないのだが、基本的に王族は寝込んだり倒れたりすることがよくあるらしい。カーディーン以外の王族が宮殿から出ることすら困難だと言うのは比喩ではないのだ。
……まぁこれ全部、リークが私に言ったことなんだけれどね……。
私がリークの推測をさも持論であるかのようにしれっと言えば、エウアンテスがなるほどと興味深そうに聞いていた。静かな表情で通訳していたリークには後で謝っておこう。
「成程、アファルダートの宮殿にはタンナーナ様によく似た姫君が多くいらっしゃるのですね。それにタンナーナ様よりも美しい王族の方がいらっしゃるとは……さぞ絶世の美姫なのでしょう」
にこにこと言うエウアンテスに、私もカーディーンもネヴィラもちょっと視線をそらした。
アファルダートの皆が明確にタンナーナより美人だと思う人物で頭によぎったのはたった一人だ。
……国一番の美人って言えるのはカーディーンの異母『弟』なんだなんて……言えない。美しさにうるさい白い守護鳥がしたり顔でくふーっと胸を張っている姿を幻視して、私は慌ててふるふると首を振って幻を追い払う。
エウアンテスはタンナーナの絵画を見つめつつ、穏やかに言葉を続けた。
「アファルダート国一番の姫君も気になるところですが、私はお会いできるならばやはり、幼いころよりよく話を聞いていたタンナーナ様にお会いしてみたいですね。実物はさぞ美しかったことでしょう。大叔父上がこの絵画を見るたび絶世の美しさだった、と……あらゆる言葉を尽くしても表現できない美しさだとよく私に零しておりました。それを聞いて私も一度お会いできたらとずっと思っていたのです」
大叔父上?
「私の母方の繋がりで直接の血縁関係には当たらないのですが、昔から何かと目をかけて下さった方なのです。美しいものがお好きでこの離宮に足繁く通っていらっしゃるので、自分は離宮の使用人よりも離宮について詳しいだろうとよくおっしゃっています。私もよくお供させていただいていたので大叔父上ほどではありませんが詳しくなりました」
くすくすと笑いながらエウアンテスが大叔父上について教えてくれた。案内役のエウアンテスが説明した知識は全部大叔父上からの受け売りらしい。来歴や作った職人の話、タンナーナにまつわる話など、占い師のエウアンテスが美術品やタンナーナについて細かなことまで詳しいなぁと思っていたのだが、その話を聞いて納得した。
エウアンテスの母方の祖父の末妹の娘を伴侶に持っているので大叔父上と呼んでいるらしい。正式な関係性の名称も教えてくれたが聞いてすぐさま忘れた。必要になったらリークに聞けば大丈夫だ。
私の疑問から両国の兄弟や親戚関係の話になった。
アファルダートでは大抵兄弟がいるものだが、ペルガニエスでも似た様なものらしい。正しく言うならばペルガニエスの貴族は伴侶を複数持つので、それぞれの伴侶につき一人は子供を産む為異母兄弟が多いようだ。この辺はカーディーンの兄弟関係に近いので私にとっては理解しやすかった。むしろ同じ母から生まれた兄弟が当然な感覚のネヴィラの方が理解しにくかったようだ。
アファルダートも兄弟が多くてややこしいが、ペルガニエスも負けていないくらいややこしいことが分かった。
へぇ、エウアンテスは一人っ子なんだね。
「左様にございます。ただ父が他の夫人との間に子をもうけております故、母の異なる弟妹がそれぞれ一人ずつおります」
異母弟とは折り合いが悪いが、異母妹のことは可愛がっているそうだ。
「異母兄弟との仲は母親同士の関係性に大きく影響を受けると思いますね」
「エウアンテス殿の推測は一理あるかと。私も付き合いの良い弟妹は幼いころから積極的に母親が交流を持たせたことから始まったのだと思います」
初対面の距離感の掴み方や第一声をどうすべきかとか、自分に懐いているのがわかる異母妹のわがままは何とかして叶えてやりたくなるくらいには可愛いとか、エウアンテスとカーディーンの間で、異母兄弟関係で通じる話で少しだけ盛りあがった。エウアンテスとカーディーンってあまり似てないと思っていたのだが、不思議な共通点だなぁと私はおそらく同じ気持ちなのだろうネヴィラと一緒に二人を眺めた。
カーディーンの兄弟の話から自然とタンナーナの兄弟の話になり、そこからはネヴィラも会話に加わってネヴィラとエウアンテスが主体で話をする形に戻って行った。
「そういえば……アファルダートでは例え王族が臣下に就こうとも、女性の王族が降嫁することになるとしても、王族籍は変わらないと伺いました」
ふと疑問を口にしたエウアンテスの話によれば、ペルガニエスでは将軍や宰相などの臣下の役職につくと王族籍から降りて貴族にならなくてはいけないらしい。説明しながらエウアンテスがちらりとカーディーンを見つめた。カーディーンはその視線を堂々と受け止めている。
「はい、その通りです。アファルダートの王族籍は個人に与えられるものですから、降嫁することで変わることはありませんし、逆に王族の方に嫁ごうとも王族籍に入るわけではありません。王族籍から降りると言うことがまずないのです」
ネヴィラの言葉は、暗にアファルダートの王族は死ぬまで王族であり続けなければならないということをさしているのだろう。
「では王族同士の生まれた子供はどうなるのですか?」
「王族としての資質を持ってお生まれになり、十歳でお披露目の儀式を無事に終えればそこで初めて王族と認められるそうです。たとえ王族から生まれた子供であっても資質がなければ王族と認められることはなく、上級貴族の家の子供として育てられます」
基本的には一定以上の濃い始祖王の血を持ち、青い瞳に金の髪、そして災いがでること。そしてそれらを踏まえた上で十歳まで年を重ねることが出来ることこそが王族の条件だとネヴィラが説明する。ちなみに上級貴族同士の子供が王族として籍に入ることも稀にあるらしい。
たしかカーディーンは金色の髪ではなかったから、薄い青の瞳と災いが出たことで王族として認められたのだと以前に聞いた記憶がある。
「アファルダートの王族の皆様は血筋や親の家名ではなく、すべてが始祖王の血を濃く受け継いだか否かによって決定するのですね」
「えぇ、私はそのように伝え聞いております。始祖王の血に選ばれた者が試練を受ける為王族となる。その身を国に捧げるから王族は尊き存在なのだと私はそう聞かされて育ちました」
「その身を国に捧げるから王族、ですか……。ペルガニエスとは王族の在り方が異なるのですね。ペルガニエスでは国を統べる血を持って生まれるから王族なのだと言われています」
エウアンテスはどこか寂しそうにそう言った。
基本的にちょんとつつけばぱたりと倒れそうな、どことなくやる気な下げでけだるげな雰囲気のエウアンテスが寂しそうな顔をすると漂う悲壮感がすごい。
そっと肩を落とす仕草がここまで似合う人もそう言ないと思う。まぁネヴィラの前では肩は落ちることなく固く緊張しているのだけれど。
「確かに我が国の王族の方々の在り方とは異なりますね。そういえば土地が変われば国も変わるという言葉を聞いたことがございます。それこそ大地から異なるアファルダートとペルガニエスの王族もその在り方が違って当然なのでしょう」
ネヴィラがそう言ったけれど、エウアンテスはそれに対して、どこか曖昧な相槌を打った。
会話をしているのはネヴィラとエウアンテスだが、エウアンテスが意識しているのはおそらくカーディーンのことだろうと言うのがなんとなくわかった。
私はしばらくじっと二人を眺めていたが、どこか悲しげな瞳でタンナーナを見つめるエウアンテスが気になって、ネヴィラの肩に飛んでいってエウアンテスに色々と話しかけることにした。
へぇ~。じゃあペルガニエスの王族って複数あるんだね。
「左様にございます」
相変わらずエウアンテスの説明はゆったりとけだるげだが、不思議と興味を引かれる話が多かった。語り上手なのかもしれない。
どうやらペルガニエスの王族はいくつかの血筋に分かれているのだと言う。
タンナーナが嫁いだ国王はポリオノンテという王族だと教えてくれた。そう言えばお墓に刻まれていたタンナーナの名前もそんな感じだった気がする。ポリオノンテの他にもアイオヌーンという名前等あって、さらにその名前をもつ一族の間でも主筋があったりなかったりと複雑に枝分かれしているようだ。
「タンナーナ様が嫁がれたのはポリオノンテの主筋からなる王で、現国王もタンナーナ様が嫁がれた王と同じポリオノンテ家の血筋からなります」
ネヴィラから名前が同じだがグィンシム家とマスイール家がみたいなものですと補足をうけてふむふむと頷く。つまり上下関係のある親戚ということのようだ。
ちなみにエウアンテスは何て名前の血筋なの?
「私は……今は家の名はありません。占い師となった時に家の名は名乗れなくなるのです」
エウアンテスは申し訳なさそうにそう言った。
以前にも占い師と鳥司は似たような立場だと聞いたが、家の名前を捨てるところも同じようだ。ただし鳥司は名前と幼名を名乗るけれど、ペルガニエスには幼名と言う風習がないので完全に名前だけになるらしい。
鳥司も家の名前は名乗らないんだよ。幼名はあるから名乗るけれど、基本的に幼名は家族しか呼ばない名前だから呼んではだめなんだよ!
リークは名乗る時は「リョンド・セイニ」と名乗るし、モルシャは……たしか「モルシャ・カーニャ」だったはずだ。けれど名乗っているのにリークのことをセイニと呼んだりモルシャのことをカーニャと呼んだりはしない。してはいけないのだ。
この辺りはペルガニエス人のエウアンテスにはよくわからない感覚だと思う。「呼んではいけないのに名乗るのですね」とエウアンテスが不思議そうに言ったのが印象的だった。よく考えればそうかもしれない。
私がここぞとばかりに知っている知識を得意げに説明すれば、エウアンテスが感心したように「守護鳥様は鳥司について深い造詣をお持ちなのですね」と言った。
ゾウケイってなんだろう?たぶん褒められているはずだ。胸を張っておこう!
したり顔で尾羽をぴんと伸ばしつつエウアンテスに鳥司について語る私を、ネヴィラが微笑ましそうに眺めていた。