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離宮の不思議な花と色

 タンナーナに会った後は、離宮の散策になる。エウアンテスの案内で主だった部屋の役割あの調度品がどうとかこの調度品はどんな経緯で献上されて等と聞きながら、私達はゆったりとした歩調で回廊を進んでいる。

 うずうずしてじっとしていることに耐えきれなくなった私はカーディーンの肩を離れ、目に見える範囲にカーディーン達を置きつつもあっちへ飛んでは調度品に乗り、こっちへ飛んでは壺の中を覗き込んだりして、そのたびにリークがはらはらとしていた。

 白基調の内装はペルガニエス風だが、回廊のいたるところに石で出来た長椅子と豪奢で背の高い壺が必ず揃いで設置されていた。

 これは立ち話をはしたないと拒んで逐一床に絨毯を敷いてほしいと主張するタンナーナと、貴人が床に腰を下ろすだなんてはしたないとするペルガニエス側の意見がぶつかり、どちらの文化でもタンナーナに恥をかかせないようにと用意された長椅子と、いつでも長椅子のそばに絨毯を巻いて入れておけるように設置された壺だとエウアンテスが教えてくれた。

 タンナーナの気持ちがよくわかるのだろうアファルダートの貴人であるネヴィラが、なるほどと頷きながら相槌を打っていた。


「ペルガニエスでは絨毯を持ち歩く役割の従者などおりませんものね」

「アファルダートでは従者一人一人に役割があって、多くの者を従えるのだと伺いました。ペルガニエスでは王族でもとても身軽に過ごしますし、王宮の中でも信頼できる護衛や従者をわずかばかりしか連れ歩きませんから、タンナーナ様はさぞ困惑されたことでしょう」


 二人が話す文化の違いを、私もなるほどと思いながら聞いていた。先ほど覗き込んで落ちそうになった壺は絨毯を入れる壺だったのだ。

 あとはペルガニエスでは女性のうなじが魅力的な部分だと言われ、女性は積極的に複雑な髪型に結いあげるのだが、アファルダートで育ったタンナーナにとって髪を結い上げてうなじをみせるだなんてとんでもないと言うやりとりもあったそうだ。会話の端々から見えるタンナーナの生活は、文化や習慣の違いでかなり苦労が多かったようだ。


「ネヴィラ様はこちらでの滞在中、何か不自由などはございませんか?」

「不自由だなんて、そのようなことはございません。行き届いた配慮にペルガニエスの方々の歓待の意を感じております。とくに私の滞在する部屋の大窓より望むどこまでも広がる様な草花の光景は、言葉にできない美しさですね。アファルダートでは決して見ることのできない風景です。朝と夜に眺めるのが私の密かな楽しみなのです」

「ネヴィラ様にそれほど喜んでいただけたのならば、草花も望外の喜びでしょう」

「それに調度品や宝飾品も素晴らしいですね。優美で繊細な細工はアファルダートの職人には真似できない技術でしょう」


 タンナーナが食事をとっていた部屋だという場所で、ネヴィラはタンナーナが愛用していた食器類を眺めていた。

 私は器に勝手に触らぬようにと、ネヴィラ達から少し離されてカーディーンのそばにいるリークの手の上にいる。

 先ほどの壺散策の時に爪で小さなひっかき傷を作ってしまったのが私を追いかけまわしていたリークにばれて、青ざめたリークから「頼むから器にまで傷をつけないでほしい」と切にお願いされてしまったからだ。アファルダートだと怒られることはないがペルガニエスでは違うのだと言われて、先ほどの探索で満足していたし素直に大人しくすることにした。けれど私の名誉のために言っておきたい。あの壺の傷全部私がつけたわけじゃないから。たぶんタンナーナの守護鳥ナーリアがつけた傷がほとんどだからね!

 私の見つめる先では、エウアンテスに加え離宮の食器専門の管理人だという使用人が、この器に使われている技術がどんなものでやら、この色を出す為の特別な加工が何だと細やかな解説をネヴィラにしている。

 私はさっぱりわからないので聞き流しているが、ネヴィラは造形を褒めるだけでなくエウアンテスや使用人に小難しい質問をしたり意見を言ったりと、彼らと楽しそうに会話を繰り広げていた。


 カーディーン、ネヴィラ達の言ってることわかる?


「私も王族として一通りの教養は身につけている。あの会話に加わることは出来るがネヴィラに代わることは難しいだろうな。ペルガニエスの技術や芸術についての知識は私よりネヴィラの方が……というよりグィンシム家の長きにわたる交流の賜物だろう」


 良い点を理解して褒めつつ、相手が満足するような質問や受け答えをするのは難しいそうだ。事前にある程度の知識がないと大変だと教えてもらい、なるほどと頷く。

 カーディーンの様に護衛をしたりナディスの様に直接的な交渉をしたりしているわけではなかったから、ただ楽しそうにお喋りしているだけだと思っていたのだが、ネヴィラの交流も欠かすことが出来ないほど重要な役割なのだそうだ。知らなかった。

 今ネヴィラが見ている赤い器とナディスの部屋にあった赤い器、どちらもただの綺麗な器にしか見えないし、形以外の違いがわからないなと思いながら私が器をじーっと睨んでいると、カーディーンが私に「美術品の価値や目利きは出来るものの……」と前置きして「武人として日夜砂漠にいる私にとっては、器など丈夫で使うことが出来ればそれでいいだろうと言う思いはある」とこっそり本音を教えてくれた。


 そうだよね!ペルガニエスでは私の食事すらもとっても綺麗に盛りつけてくれるけれど、あれって食べにくいよね。普通に新鮮なお花や果実をどんと盛りつけてくれる方が私は食べやすいし!


 私がくぴーと元気よく言えば、それをリークから小声で伝えられたカーディーンがペルガニエスの者には内密にな、と困ったような笑い声で囁いた。内緒話をしていたのに気づいたのか、エウアンテスがちらりと私達の方を見て小首を傾げたので真似して小首を傾げ返しておく。

 ちなみにリークは美術品の目利きはさっぱりだと言っていた。とりあえず全部綺麗だと言うことしかわからないとの感想を小声でくれたので、私と一緒だねと言ったら微妙な顔をされた。解せない。


 離宮を色々案内されて回ったネヴィラは、ペルガニエスの優れた美術文化に感動したらしい。タンナーナは特に美術品を見る目が肥えていたので、離宮には彼女が集めた数々の美しい物が沢山あったらしく、ペルガニエスの優れた品々を目にすることが出来てネヴィラが喜んでいた。

 その中でもネヴィラは特に宝飾品や調度品の細工や、草花をふんだんに使った染色技術とそれによって作られた美しい布を讃えていた。

 タンナーナはきのこで染めた色合いが好みだったらしく、これらの布はすべてきのこで染めましたとエウアンテスが見せてくれた布の多さにびっくりした。赤に黄色に茶色に青、どれも微妙に色が異なって並べるとまるで徐々に色が変化しているようだ。

 アファルダートのきのことは違うのと私が聞けば、両国の環境がかなり異なるので形は似通っていても違う生態の植物だとエウアンテスが教えてくれた。木の根元や枯れ木から芽を出して、花を咲かせることもなく繁殖するらしい。アファルダートでは岩や砂から生えるきのこがほとんどだとカーディーンやリークから聞いたことがある。私は口にしないのであまり興味がなかった。ペルガニエスのきのこも花が咲かないのなら食べられないかもしれない……。


「植物を贅沢に使って染めた布はとても深みのある美しい色合いをしておりますね。アファルダートでこれほど植物の色を綺麗に出す染めの技術はないでしょう」

「恐れ入ります。そういえば、ネヴィラ様のお召しになられている衣装はアファルダートの衣ですね。アファルダートにはその美しい赤色になる特別な植物があるのですか?」


 ネヴィラが今日纏っているのは鮮やかな赤から濃い紫に色が変化する布に、鮮やかで大振りな刺繍をたっぷりと施した衣装だ。どちらかといえば赤と赤紫の中間の様な、華やかだけれど形容しにくい色合いをしている。

 問われたネヴィラが自身の纏う布をちょいとつまんでから説明した。


「これはアファルダートの苔から染められた布です」

「苔からこのような鮮やかな色が出来るのですね!アファルダート独自の染色技術なのでしょうか」

「植物が貴重な我が国では植物に代わる物で布を染めておりますので、その技法はペルガニエスの技法とはまた別のようですね」


 アファルダートでは岩についた苔や岩そのものから色を染めるらしい。ネヴィラの話をエウアンテスと一緒にへぇ~と思いながら聞いていたら、不意打ちの様にエウアンテスが「守護鳥様はご存知でしたか?」と聞いてきたのでもちろんと頷いておいた。私の内情が完全にばれているリークが私にちろりと目線をやってからしれっと伝えたら、私達の様子から何かを察したのかエウアンテスがくすくすと笑っていた。……あとでカーディーンに詳しく教えてもらおう。

 タンナーナの着ていた衣装に使われた布等を見てネヴィラがうっとりとしていた。

 エウアンテスはネヴィラの嬉しそうな表情を見てうっとりしている。

 カーディーンは静かにそんな二人を見守りつつ周囲に気を配っているし、リークは私が何をやらかすかとじっと見つめていた。

 私はお腹が減ったんだけれど、ちょっとあそこの花を食べてきちゃだめかな……?


 主にネヴィラとエウアンテスが様々な話をしながら次に到着した所は、画廊と呼ばれる場所らしい。

 装飾の少ない壁には大小様々な絵画が並び、四角い枠の中に鮮やかな景色や花等が描かれている。建物や美術品の絵もあるが、とりわけ美しい花の絵が多い。どれもこれも食べてみたいほど美味しそうだ。

 ちなみにきのこの絵もあった。潰れたみたいな頭が大きく傘になっていて、葉がなく茎が妙に太い、変な形の植物だ。絵だから判別が難しいけれど、緑色じゃないし私は食べてみたいとは思わなかった。


 わぁ!この花の絵、匂いがしないことを除けば本物みたいだね!!


「守護鳥様にそうおっしゃっていただけて、タンナーナ様もお喜びになられることでしょう」


 私がきのこ以外の花の絵を見て言えば、笑みを深めてエウアンテスがそう言った。


 え?この絵ってタンナーナが描いたの?


「タンナーナ様は優れた絵画の才能をお持ちだったそうです。ペルガニエス風の描き方を修められてからは、特に花とご自身の守護鳥様を描かれたようで、花と守護鳥様の絵画がひと際多く残されております。芸術と美をこよなく愛する姫君だと言われていたそうです」


 エウアンテスの言った通り、どれもこれもが私にとって美味しそうな花と、月の兄弟達に似た白に青の美しい鳥が描かれている。花と守護鳥ナーリアが並ぶ絵画があるが、たぶん絵が完成する頃には、となりに並べた花はすべてナーリアに食べられていたのではないだろうか。花の絵が多いのは絶対にナーリアがあれ描いて、これ描いてと言ったに違いない。

 こちらを見つめるナーリアの瞳が見たこともないほどまっすぐでゆるぎなく、雄弁にその愛情を語るようなのは見つめる先にタンナーナがいたからだろう。


「まるで守護鳥ナーリア様の愛情が伝わってくるかのような素晴らしい絵です……。守護鳥様方はこの様な目でお相手をみつめていらっしゃるのですね」


 ネヴィラも感じ入ったようにじっと見つめている。カーディーンもじっと絵画を見つめていた。静かな瞳にはかつてカーディーンが焦がれた月の守護鳥がいる。

 私はなんとなくナーリアと見つめ合うカーディーンを見たくなくて、すりりとカーディーンの頬に寄り添った。

 カーディーンは絵画から目を話して肩に乗った私を見た後、本当に小さく、だけれどもとても柔らかく笑って私をそっと撫でてくれた。

 それだけでなんだかとても満足した気持ちになって、私はくぴーと小さく鳴いた。


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