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エウアンテスと占い

「…………」

「…………」


 にこにこしているネヴィラと、ネヴィラを見つめたまま呆けたように固まったエウアンテス。

 私の視線はネヴィラとエウアンテスの間を何度も行ったり来たりする。

 なんだか仲間外れにされたみたいで面白くないので私も見つめ合いに参加しようかな。

 ……それにしても。


 どうすればいいの?この状況……。


「っ……!!失礼いたしました」


 私が独りごちていると、ハッとしたようにエウアンテスが動き出した。心なしか照れたように早口で占いについての準備が始まった。

 ネヴィラは気にせずにこにこしているし、エウアンテスはやや動きがぎこちなかった。さっきまでは突然の抜擢に慌てた様子もなく不思議な雰囲気だったのに、完全にネヴィラの雰囲気に飲まれているようだ。もはやネヴィラと目が会うたび動きがぎこちなくなっていく。ネヴィラが質問するたびに肩をびくりと震わせた。その反応が見ているとすごく面白い。

 そんな自分を分かっているのだろう、エウアンテスは終始真っ赤になっていた。

 私は我慢できずについにくぴーとひと鳴きしてから疑問を口にした。


 占いってそもそも何?


 先ほどから占う、占うと言われているがそもそも占いが理解できていない。

 ネヴィラに尋ねれば、エウアンテスが教えてくれた。


「誰か、もしくは何かの先にこれから起こることを事前に知ることでございます。大きなことならば数日先の天候を言い当てたり、誰かの死を予見したり、今知ることのできないはずの『先』のことを知る術と思っていただければ御理解いただきやすいかと存じます」


 誰かの死がわかっちゃうの?


 そう聞くとなんだか怖い。

 怪我や危険と背中合わせのカーディーンの守護鳥をしている私としては穏やかでいられないことだ。

 私がちょっと警戒して頬を膨らませると、エウアンテスが私を見てふっと柔らかく眼を細め、穏やかな声音で話しかけてきた。


「真に優れた占い師は仕える主人の死の間際を予見できると言います。しかし時期やどのように、その危機を回避可能なほど正確な出来事を見ることは至難の業だそうです。死を予見することが出来るほどの力を持った占い師は、当代においては我が国の王に仕えるたった一人だけでしょう」


 昔はものすごい力を持った占い師が沢山いたそうだが、今は占い師の数も減って力自体も弱くなって、出来ることが少なくなってしまったのだと言う。

 かつて優れた占い師を味方につけた偉い人たちが争いあったせいなのだそうだ。


 ふぅん。でも危ないことを先に知るのってなんだか怖いね。


 常にカーディーンのそばで災いから守るためにいる私だから言えることだけれど、ずっと警戒し続けているのって結構疲れるのだ。私は野生の勘まかせだしカーディーンは大抵のことに対処可能だけれども、それでもやっぱりいつ来るかわからない危険をずっと気にし続けているのは疲れる。

 だからこそ私は、時折遊んだり思いっきり飛び回ったりして気晴らしをしているのだけれど。


「どうかご安心くださいませ守護鳥様。今回は簡単な、先に起こる出来事を漠然とした形でお伝えさせていただくことになります。どういう道を経てそこへ至るのか。またそこへ至ることを拒まれるか、それらすべては守護鳥様がお決めになられることにございます」


 つまり気にするなってこと?


「はい。一介の占い師の戯言と思いお聞きくださいますれば幸いにございます」


 エウアンテスの言葉に、私はだったら安心だと頷いた。後からリークに教えてもらったのだが、あれは『今後、私に何か起きても自分の占いは関係ないからね』って言う事をうまい言い方で私に納得させただけだと言われてしまった。そういうものなのだろうか。言葉って難しい。

 他にもエウアンテスが事前知識として簡単なペルガニエスにおける占いの発祥などを歴史も交えて説明してくれたのだが、一緒に聞いているネヴィラと目が会うたびに固まったり噛んだりするエウアンテスの動きが面白すぎて、大半は聞き流してしまった。

 なんとか一通りの説明を終えたエウアンテスがこほんと咳払いして仕切り直す。


「では話ばかりでもわかりにくいかと思いますので、実際にこれからお二方を占わせて行わせていただきます」

「えぇ、よろしくお願いいたしますね」


 よろしくね!


 エウアンテスが合図すると、従者が色々な物を運んできた。占い道具らしきそれを確認してから、エウアンテスは足のついた甕の向こう側に座った。私達で丁度甕をぐるりと囲んでいるみたいだ。

 エウアンテスが静かに目を閉じてひと呼吸すると、目を開けた次の瞬間には別人のようになった。別人と言うよりは、部屋に入って来た時の不思議な空気を纏い直したと言うべきかもしれない。

 そうしてエウアンテスは従者の人が運んできた草とか木の枝とかを内側に入れる。ぶつぶつ呟きながら妙な形に組んでいることに意味があるらしい。言葉を発していいのかわからずネヴィラと二人で静かにエウアンテスの木を組みあげる作業を眺めた。

 エウアンテスが手と呟く口をとめて、ようやく準備が整ったようだ。

 甕の横にはゆらゆらゆれる小さな火が乗った小皿と枝が二枝ある。ネヴィラの手首から肘ほどまでの長さの枝とそれの半分にも満たない長さの細い枝、どちらの枝も先には花が一輪だけついている。


 花?


 占い師が用意したのは枝に一輪咲いた花である。ネヴィラやエウアンテス、そのほかの匂いが混ざり合うこの場に置いてまったく匂いのしないやや地味な白いその花は、あまり美味しそうには見えないものの、匂いに辟易していた逆に私にとっては好ましく思えた。


「こちらは赤灰花と申します。燃えると赤い火種の灰を残すのです」


 言っていることがよくわからないながらも、まずは枝を受け取ったネヴィラが先にやるというので見ていることに。手渡す際にエウアンテスが持つ枝がものすごくふるふると震えていたのは見なかったことにした。

 ネヴィラはエウアンテスから枝ごと受け取った赤灰花を、言われるままに火に近づけた。


 ネヴィラ!お花が燃えちゃうよ!?


 私の悲痛な鳴き声もむなしく、火に花が触れるか触れないかのところで花弁に火が燃え移った。

 無情にも炎に包まれた花はじわじわと小さく小さくなって、枝の先にまるで炎を閉じ込めたかのような丸くて赤い玉が出来た。それをネヴィラが慎重に甕の中に組まれた枝や草のすこし上、指先でとんと軽く枝を叩いてぽてりと落とした。

 甕の中に落ちた燃える様な赤い玉は、しばらくじりじりと震える様に表面が動くと、突然ばちっと音を立てて火花を出した。

 私はその様子に驚いてびょんっと跳ねて少し後ずさった。

 赤い玉はばちばちと音を立てて火花を散らし続けている。赤にも橙にもみえる糸の様な針の様な細い線の先から花の様にまた針の様な赤い線が生まれ、その先からまた針の花が咲く。集まってできた小さな火花がさらに小さな火花を産む。そんな連続して火花が生み出される様はなんだか火で出来た花の様だ。

 カーディーン達が砂漠でよく使うチャカの実と違い、この赤い玉の火花は何かを燃やすほどの火力はないらしい。けれど赤い玉が触れている場所から燃えやすい草などがじわりじわりと黒く焦げている。火花の当たった場所も小さな穴が開くように焦げていた。

 じーっと赤い玉を見守ることすこし。勢いよく針の花を咲かせた赤い玉は徐々に徐々に火花を小さくしていき、燃える元気がなくなったのかそのままさらに小さくなって白い灰になった。後には変な燃え方をしてところどころ焦げた様な草と枝が残っている。


 何これ?


「この燃えた形などを見て、その方の先を占わせていただきます」


 エウアンテスがそう説明しながらまじまじと甕の中を見つめている。


「ネヴィラ様のこれからには変化がございます。立ち止まるはよきを産まず。立ちはだかる壁はネヴィラ様が触れ、自ら開くことにより扉となりましょう。誰も足を踏み入れぬ場所に最初の足跡を。それがネヴィラ様に良い未来をもたらします」


 ネヴィラが壁に触ったら扉になって、誰も入ったことのない部屋へ一番に入るの?


 何を言っているかさっぱりである。

 私が首をかしげていれば、ネヴィラがくすくすと笑っている。


「きっと、本当にそのような部屋に入るわけではございませんよ。エウアンテス様が先におっしゃった通り、これはぼんやりとした言葉でわざと深い意味をわからなくしてあるのですよ。その時が来てはじめて意味に気付くくらいでよいのだとか」


 占いとはそういう物らしい。

 ふむふむとネヴィラの話を聞いて、次に私もやってみることになった。

 エウアンテスと従者が甕の中を一度片付けてまた燃やす為の草などを組み直し、用意が整ったところで、私は用意された小さな枝を咥えた。どうやらこれは私専用のかなり短くて軽い特別仕様らしかった。

 ……燃やしたくないなぁ。でもたぶん食べられない感じするし……。

 美味しくなさそうだと思っていたが、針の様な火花が散る様を見て、とてもじゃないが口に入れる気にはならなかった。けれど食べる気にならなくてもお花である。私にとっては食料を燃やすという行為に躊躇していると、何を勘違いしたのか気を利かせたエウアンテスが私を甕の縁に移動させて、甕と足で挟むようにして枝を固定させ、そのまま花に火をともしてしまった。別に咥えているのが大変だったとかそういう理由で躊躇していたんじゃないのに……。

 あぁ、と嘆きつつ枝を落とさないように見守っていると、燃える花が丸くなった赤い玉になったところで私が枝を一度片足で叩くように踏んだ。枝が揺れて、ぽたりと赤い玉が甕の中に落ちる。

 私はすぐさま甕の縁から離れて、用意されていたリークの持つクッションへと飛んで戻る。ほどなくしてまたぱちぱちばちばちと赤い花が咲き、そして短い開花を終えた。綺麗だけれど火花が痛そうで近くで見るのは怖い。

 またエウアンテスが覗き込み、真剣なまなざしで燃え方を観察している。私も甕の中を覗き込むが、先ほどのネヴィラの燃え跡との違いがわからない。一体これのどこから先を見ているのだろう。

 私が首をかしげていると、エウアンテスが小さくつぶやいた。


「おやこれは……」


 え、何?


「いえ、失礼いたしました。守護鳥様のこれからには試練がございます。守りし殻に亀裂あり。求めるものは砂漠においては風の中、その翼にあり。されど、これまでに結びし縁が守護鳥様を助けるでしょう」


 こほんと咳払いをしてからエウアンテスは粛々と告げた。

 うん、さっぱりわからない。そういうものらしいので、とりあえず神妙な顔で頷いておいた。

 何やら私の占い結果はとても興味深かったらしい。エウアンテスがとても熱心にふむふむと見ていた。ネヴィラなどは「やはり守護鳥様であらせられるカティア様は特別なのでしょうね」と我がことのように誇らしそうだった。

 その後は占いに関しての簡単な話をしてもらった。私達が今回受けた占いの他にも様々な種類があって、甕と赤灰花を使ったこの方法は一番簡単で結果が分かりやすく、間違いがない分詳しいことはわからない物なのだそうだ。リーク曰く絶対にアタリサワリノナイという結果が出る占いらしい。王侯貴族が自分のお抱え占い師に依頼する場合、もっと細やかで複雑な手順の占いをすることの方が多いようだ。

 占う本人の血や髪、星や水を使った占いもあって、見る事柄も明日の天候から悩み相談、婚姻相手との相性など多岐にわたるそうだ。へぇ、と思いながら聞いていた。私のためにかなりわかりやすい説明をしてくれたので結構面白かった。愛しい女性と結ばれる為に自慢の髭を全部使って何度も何度も占いをした結果、髭と引き換えに見事愛しい女性を娶った男性の話等の逸話を教えてくれた。

 占い結果の意味がよくわからなかったこと以外は楽しいと思える時間だったので有意義だった。



 カーディーンも占ってもらえばよかったのに。


「私は護衛中だったのでな」


 帰りの道中で私が言えば、カーディーンは興味がありませんと言う顔でさらっと流した。


 私とカーディーンの相性占いやってほしかったな~!


「占わずともそなたがかけがえのない存在であることは変わらない。私にそれ以上の事実は必要ないな」


 そっか。それもそうだね。


「まぁ素敵です!守護鳥様とカーディーン様はいつでも強い月の加護で結ばれていらっしゃるのですね」


 ネヴィラにきらきらした瞳で見つめられた私はくふーと胸を張り、カーディーンから微笑ましいと言った瞳で見られた。


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