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立ち込める異国の香り

更新に伴い前話を改稿しました。


 あぁ、よく寝た!


「然もありなん。結局一度たりとも起きてくることがなかったな」

「他国の貴人の前なのに、いくらなんでも寝過ぎだ!」


 私がいそいそと起きて袋から出てくると、リークが呆れた様な目で、カーディーンが苦笑するような目で私を出迎えた。

 既に話し合いは終わって、ここはカーディーンに与えられた部屋のようだ。


「ナディスとペルガニエスの者達の会話はさぞ退屈だったことだろう」


 カーディーンは小さく笑いながら、私の頭をつんとつつくように撫でた。


 あの後、どこかの部屋に移動した私達は、主にカーディーンが中心となって今回の出来事に巻き込まれたクレイウスに対して、王族の災いについての事情説明をした。クレイウスには話を大きく広めないように、みたいな軽い口止めも兼ねていたらしい。

 私にはクレイウスが相変わらずの大仰な反応で「おぉ、大変でしたね」みたいなことを言って、それに対してこっちが「心配どうも」みたいなことを言っていたようにしか聞こえなかった。しかし口から出てくる言葉とは裏腹に、どちらの笑顔もあまりそう思っているようには私は感じなかった。私が意味を取り間違えてなければの話だけれど……。たぶん、大体は合っていると思う。

 私はカーディーンの肩にいたので、背後に控えているリークに気になることを逐一尋ねることもできず、言葉の意味を理解しようと必死に考えを巡らせている間にまた謎の言葉が増えて、余計にわからないことが増えてを繰り返し、早々に考えるのを放棄してからは退屈だった。

 一通りの事情説明が終わったので、今度はナディスが中心になってクレイウスともう一人、途中の話し合いから合流したペルガニエスの王族の人と難しい言葉を使ってやりとりをはじめた。

 先ほどまではカーディーンの身に起こった出来事の説明だったから私もなんとなく理解出来た。しかし相変わらず貴族の言葉が沢山使われる交渉事などは何を言っているのかさっぱりだ。もってまわったような言い方をしないで、言いたいことだけを言えばいいのにと思ってしまう。

 探り合うように笑いあいながらぐるぐると回るような言葉を、半分も理解できぬまま聞き流しているうちに、とうとう私の限界がやってきた。

 災いを受けた直後、しかも異国と言うこともあり、私もカーディーン達の話し合いに同席して、きちんとカーディーンの肩で話を聞いていた。

 退屈になって膝に降りて、膝の手の平の上でカーディーンの指を噛んだりしながら時折構ってもらいつつ、私はきちんとお話を聞いていたのだ。

 しかしそこにきて、私にはよくわからない呪文の様な言葉のやりとりが交わされ始めると、退屈を通り越して眠たくなってきた。頭が重くて体がぐらぐらする。

 カーディーンの手からうっかり落ちてしまいそうになったので、これはだめだと思った私は素早くカーディーンの首の袋にもぞもぞと潜り、眠ることにした。視界の端でリークが小さく首を振っているのが見えたけれど、限界だったのだ……。

 そしてよく寝た私が起きてきたらすでに話し合いは終わって、部屋も移動していたようだ。


 結局どういう話になったの?


「私の災いは存在しないことになった。この国に現在『王族』はいないからな。いない王族が災いを起こしてもこの国にはなんの落ち度もない。無論こちら側にもだ。そなたもあの不幸な事故は忘れなさい。あれは災いではないからそなたにも何の落ち度もない。先ほどのことも『何もなかった』という話で落ち着いた」


 でもあれは私がカーディーンのそばを離れたから起きたことでしょう?


 それに……人影を見た気がするのだ。カーディーンに向かって倒れてくる柱の後ろに。


「そなたがそばを離れたのは、私がネヴィラを守ってくれと頼んだのだからだ。気にすることのない様に」


 なんだか腑に落ちない結論になったようだ。


 守護鳥の私が国賓なのに、その加護相手であるカーディーンが王族と認められてないだなんてやっぱりおかしいと思うな……。


 私が頬を膨らませて抗議すると、カーディーンが困ったような眼差しで優しく私を撫でた。


「……本当はグィンシム家という『王族代理』の一族がいる現状で、本物の王族たる私の存在は邪魔でしかないのだ」


 うん、教えてもらったから覚えてるよ。だからカーディーンはナディスじゃなくて、ネヴィラの護衛についてるんだよね?


「そうだ。本来ならば私はマスイール邸に滞在し、登城しない方が望ましくあった。事実当初の予定ではそうするつもりで部下達に指示を出していた」


 ん、あれ?じゃあなんで今ここにいるの?


「そもそもは私が護衛としてきていると知ったペルガニエス側が打診してきたのだ。ぜひ本物の王族に宴に来てほしいとな」


 カーディーンはその宴に参加する代わりにペルガニエス側にお願い事をしたのだという。今回のカーディーンを王族扱いしないと言うのはそのお願い事の内に入るのだとか。

 そこで私はふと首をかしげる。


 でもカーディーンが王族の人と会ったのって、お城についてからが初めてだよね?私そんな話聞いてない気がする。


 さすがにカーディーンが他国の王族と会うなら私も一緒に会っているはずだ。もしかして私はその時も寝てたのだろうかと首をかしげて考えていると、リークが答えをくれた。


「カティアはラジーフ様の邸宅でずっとカーディーン様と一緒にいたわけじゃないだろう?政の話をするときは庭園の散策とかしていたからな。その時にカーディーン様はペルガニエスの使者と話をなさっていたんだよ」


 私が遊んでいる間にカーディーンはずっと難しい顔でラジーフやナディス達と話をしていると思っていたけれど、どうやらあの時から既に様々な交渉が始まっていたようだ。

 むしろ王宮についてからのやり取りは、あらかじめ決まった内容を確認の意味を込めて改めて繰り返していただけなのだと教えてもらった。なるほどと頷いていたが、ペルガニエスに来てから私につきっきりで一緒に遊んでいたリークが何故きちんと把握しているのだろうか……とか考えていたらリークに「何か失礼なことを考えているな」と睨まれた。鋭い。


 だったら別に私もこの国には今いないはずの守護鳥でもいいよ?それでも私がカーディーンのそばにいることには変わりないし!


 私がそう言えば、カーディーンは少しだけ嬉しそうに目を細めながら、しかし私の意見を否定するように首を振った。


「私は王族という立場がなくとも将軍と言う立場がある。しかしカティアは国賓の立場がなければ危ういのだ。ネヴィラ達よりも立場を高くしているのはそなたを守るためだ。理解してほしい」


 カーディーンがそう締めくくり、この話は終わりになった。別に私はカーディーンのそばにいるのが役割だからカーディーンを守ることが出来ればそれでいいのだけれどさ。やっぱり目の前にいるのにいない者扱いされるのはなんだか違う気がする。特にその約束に忠実に従っているのか知らないが、クレイウスの態度に不満が募る。

 もやもやしたものを抱えつつも、それがカーディーン達の決めたことならと私は不満を飲みこんだ。

 カーディーンが申し訳なさそうにまた私をひと撫でした。



 今から占い師と会うの?


 呼び出しを受けてカーディーンとともにネヴィラの部屋を訪ねれば、呼びだしたネヴィラが恐縮しつつ応接間に私達を招き入れた。そしてネヴィラが発した言葉を聞いて、私はきょとんと聞き返した。


「左様にございます、カティア様。ペルガニエスの占い師は優れた者になると王に意見することが出来るほどの特別な存在で、今回私が会うのはペルガニエス国の王族に仕える占い師と伺っております」


 私が首をかしげて問えば、ネヴィラがこくりと頷いて説明してくれた。

 災いに見舞われ事後説明の為に急遽時間をもうけた為、時間をとられた私達……というより主にネヴィラの予定がずれ込んでしまった為、近郊にあると言うアファルダートから嫁いだ王女が療養していた離宮を訪問するはずだった時間がとれなくなってしまったらしい。そこで移動の少ない王宮内で出来る予定の内、変更することが容易な占い師との文化交流をしようという話になったそうだ。

 どうやら占い師と言うのは、立ち位置としては守護鳥と鳥司を混ぜた様な特別な立場の人らしい。特殊な能力を用いて、王や貴人の未来に起こり得る出来事を見通すそうだ。


「ペルガニエスの方々が、カティア様も国賓としてよろしければ是非御一緒に、と申しておりました」


 いいよー。せっかくだから色々見てみたい!


 ネヴィラからお誘いを受けて、一緒に行動することになった。まぁカーディーンがネヴィラの護衛をしている以上私も一緒にいるから、それならばついでにということなのだろう。

 ペルガニエスの者の案内でネヴィラ達と王宮をぞろぞろ移動する。歩けばよくわかるのだが、アファルダートより大きい王宮だ。飛び回ってあちらこちらを見て回りたい衝動を必死に抑えて、大人しくカーディーンの肩にいた。

 相変わらずペルガニエス風な一室に案内されて、私はネヴィラの隣に用意されたクッションに座る。

 部屋には何やら重そうな足つきの口の広い甕の様な白い器が置いてあり、覗き込むとその内側は何かを焼いたように煤けている。

 何をする物なのだろうと首をかしげていると、私達が入ってきたのとは別の扉から不思議な衣装の人が現れた。ペルガニエスの衣装だと思うのだが形が少し違う。それにアファルダートの貴族の女性の様に頭に布を被っていた。そして複数の香草を燻して纏っているみたいだ。匂いが強いのでちょっと近づきたくない。

 その匂いを纏った人物がゆっくりと……それはゆっくりと、優雅と言うよりもうひとつだけ遅い速度で静かに近づいてくる。


 ……なんであんなにきついにおいをいっぱい纏っているの?あとすごくゆっくりだね。


「雰囲気で相手を圧倒するのはとても大事なことなのです」


 ぼそりと言えば小声でリークから通訳されたネヴィラがそう言った。

 どうやらカーディーンの威圧や、ネヴィラが豪奢な衣装を纏うのに通ずるものがあるらしい。

 リークに匂いがきつい!くさい!と抗議したがそれは小さく首を振って通訳を拒否された。耐えてほしいと目で懇願されて私は尾羽をぺしょりと下げて大人しくする。ほんの少しだけ後ずさってクッションのぎりぎりまで逃げておいた。

 私がじりじりと後退していたら、いつの間にやらするっと近づいていたらしい占い師が挨拶を始めた。


「守護鳥様並びにネヴィラ様に於かれましては、この様な場に御足労いただき恐縮にございます。私は本日、お二方の先見をする栄誉を賜りました占い師のエウアンテスと申します。はからずも御目通り叶いまして光栄の至りと存じます」


 匂いのきつい人が少し低めの穏やかな声音で名乗った。視線を少し伏せているのでまつ毛の長さがよくわかる。布を被っているし顔の下半分を薄布で覆っているので一瞬迷ったが、声と背の高さで若い男性だと思う。たぶんザイナーヴと同じか少し下じゃないだろうか。リークよりは年上だと思うけれど線の細さはリーク並で、カーディーンや軍の人達を見慣れた私にはかなり細身に見える。彼が占い師らしい。

 どうやらエウアンテスは本来予定していた占い師ではないらしく、予定の変更にあわせて急遽抜擢された占い師だそうだ。すぐに動くことが出来て貴人の相手が出来る格の高い占い師に心当たりがあると、クレイウスが自ら話をもってきたそうだ。

 それにしても妙に堂が入ったようにも見えるゆっくりした動きだなぁと思う。あれは私も見習うべきだ。あの若干やる気のなさそうに感じる力の抜け具合がいいと思う。そう考えると声も穏やかと言うよりはやる気なさげなだけに聞こえる。でも不思議とあんまり失礼だと思えない。その匙加減が絶妙だと思う。

 不思議な空気感の中、挨拶を受けたネヴィラがその存在を主張するかのように凛とした声で言葉を返す。


「急な予定の変更にも関わらず歓待いただき、感謝します。エウアンテス様、本日はよろしくお願いいたしますね」


 ネヴィラがにこやかにほほ笑んで挨拶を返すとエウアンテスがゆっくりと視線をあげてネヴィラを見つめ、そこでぱちくりと目を開いたまま固まったように動きをとめた。

 ネヴィラは次の言葉を待ってにっこりと微笑んだまま小首をかしげ、エウアンテスは呼吸が止まったかのようにネヴィラを見つめている。


 ……あれ?


 ネヴィラが雰囲気でエウアンテスを圧倒するのに成功したようだ。


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