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不穏を告げる影

内容を少々変更しました。

☆クレイウスはアファルダートの王族にあったことがない→ある


「おや、これはこれはネヴィラ様ではありませんか!」


 声の方向に振り返ると、一人の男性が立っていた。私は即座にカーディーンの肩へひらりと飛んで戻り、すました顔をする。

 男性はにこやかな表情でネヴィラに挨拶をしている。


「まぁ、クレイウス様。宴の席以来でございますね」


 ネヴィラも丁寧に挨拶をする。


「後ろ姿ですぐにわかりましたよ。輝く様な美しさは太陽のもとでも変わりませんなぁ!」

「お上手ですね」

「アファルダートは珍しい食材も多いですが美女も多いと伺っております。アファルダートの王族はそれはもう言葉に出来ぬ美しさだと我が国の使者も伝えておりましたな。この国にも以前、王女が嫁いでこられたことがございました。私も昔一度だけ目通りが叶いまして……えぇ、あの時の記憶は今も鮮明に覚えておりますとも!当時最も名を馳せた画家による肖像画も残っておりますが、絵などでは表現しきれない圧倒的な、まさに目がくらむほどの美しさでした。あれ以来、私は敬虔なる美の信奉者となったのです。叶うことならぜひもう一度、この目でアファルダートの王族に目通り願いたいものですな。あの太陽を紡いだかのような金の髪、空と海を映しこんだような青い瞳。我が国の貴族にはさして珍しくもない色合いだからこそその違い、その圧倒的な美しさがよくわかると言う物です」


 突然どこか遠くを見つめるかのような眼差しで、クレイウスは熱く美しさについて語り始めた。

 カーディーンは静かに目を伏せているし、ネヴィラはちょっとびっくりして半歩距離をとっている。とりあえずクレイウスがアファルダートの王族にものすごく憧れを抱いていることだけはよくわかった。ザイナーヴやイリーンに会わせたら喜びそうだ……。

 しかし、滔々と朗らかにアファルダートの王族を称えるクレイウスに、私はちょっと引っかかりを覚えた。


 ……実物の王族ならここに一人いるんだけど?


 ちょっとむっとなったので頬を膨らませて抗議するも、カーディーンにちょいちょいと指でなだめられた。

 いくらカーディーンが今現在は将軍の身分だからと言ったって失礼だと思う。


「えぇ。王族の方々は、アファルダートの民として心より敬愛する素晴らしい方々ばかりでございます。今、この瞬間も、私はその素晴らしさを感じております」

「ネヴィラ様は実に忠誠心溢れる貴族の鑑でいらっしゃる。しかし私は目の前のネヴィラ殿より美しいと言う女性を、かの王女以外に想像することができませんな」

「きっとクレイウス様は少々視野が狭くなっていらっしゃるのでしょうね。ペルガニエスにおいて私の風貌は異国めいてよく目立つので物珍しく思われるのでしょう」


 ささやかに抗議したネヴィラの言葉もさらりと流されて、またクレイウスはネヴィラの美しさを語っている。

 ひたすらネヴィラを称賛している姿で思い出したが、たしか宴の席で熱心にネヴィラが美しいと話しかけていた男性だ。


「よろしければ私にこの庭園を案内させてもらえませんか?私も王宮には出入りしておりますので、この庭園にもよく足を運ぶのです。美しいアファルダートの美女を口説く機会をくださいますか?」

「クレイウス様には宴で私もご挨拶した伴侶の方がいらっしゃいますでしょう?賛美されることは光栄に思いますが、口説くと言う言葉は冗談でも受け取ることは出来かねます」


 ネヴィラが断ると、クレイウスはおや?とばかりに目を丸くして軽やかな口調で言った。


「ネヴィラ様はこちらの夫婦のあり方についてはご存じなかったのですかな?ペルガニエスでは妻を三人まで持つことが許されているのですよ」


 今度はネヴィラが目を丸くして驚いている。


「無論複数の妻を迎えるにあたって様々な誓約はありますが、私は現在妻二人と婚姻を結んでおります。アファルダートの国王も妃を複数持つと伺っております。ペルガニエスでは複数の美しい妻を持つことは富と権力、幸福を呼ぶと言われており男の誉れなのです」


 そうしてアファルダートの国王はすごいと褒めちぎっているのだが、アファルダートでは国王だけが特殊な理由で複数の伴侶を迎えるけれど、それ以外の国民は誰であろうと伴侶は一人だ。

 文化の違いで婚姻事情まで変わるのかと感心していたが、現在口説かれているネヴィラにとっては他人事ではない。


「文化の違いとは面白いですね。我がアファルダートでは一生を添い遂げる相手は一人なのですよ?」

「ですが国王と次期国王は複数の伴侶を迎えるのですよね。やはりどの国においても権力者は様々な花を愛でることが世の常なのでしょうな。ですので私にもぜひ、アファルダートの美しき花を口説き落とす権利をいただけないでしょうか」


 感心したように持論を語っているクレイウスは人の話を聞かない人なのだろうか。びっくりするほど押しが強い。

 そしてネヴィラはこの流れでクレイウスの複数の伴侶を理由に口説かれることを拒むことは出来ない。他の誰かならばともかく、ネヴィラは少し前までは次期国王と言われているザイナーヴに嫁ぐ予定だった身の上だ。少し前までそれを受け入れていたネヴィラの立場で、正面から複数の伴侶を持つことを否定は出来ないのだろう。


「……庭園を案内していただく時間でしたら構いません。けれどアファルダートの花は他国への持ち出しが禁じられていることはご存知ですね」

「グィンシム家の庭に咲く花は我が国からの友好の証だと伺ったことがございます。異国の木もそこに根を張れば立派に咲き誇ることでしょう」


 にっこり笑ってネヴィラが言うとクレイウスはにこやかな笑顔でネヴィラを庭園に案内し始めた。

 私とカーディーンは少し後ろをつき従うように歩いている。

 クレイウスがあれはどんな木でこんな植物の名前で、この石柱は……などと色々な知識を面白い語り口で話していた。

 私も花や植物の名前は興味があったので、興味津々に聞いていた。

 ところがしばらく案内したところで、クレイウスがくるりとこちらを振り返って言った。


「申し訳ありませんが、カーディーン将軍。しばらくネヴィラ様と二人きりにしていただけませんか?」


 にこやかにほほ笑んで尋ねる口調だが、有無を言わさない感じがした。


「申し訳ないがそれは出来かねる。私はネヴィラ殿の護衛としてこの場にいるのだ。離れるわけにはいかない」


 カーディーンは毅然とした態度を崩さずにそう返した。


「私をお疑いですか?」

「私は全てのことからネヴィラ殿を守る義務がある。それにアファルダートでは貴人が従者を連れ歩くことは当然のことだ。特に異性といるならば最低でも一人は従者をそばに控えさせておくものだ。ご理解いただきたい」

「ここはペルガニエスなのです。王宮にいる間は等しく王宮の兵が貴人を守る義務と責任があり、用事は王宮の従者が対応します。客人であるネヴィラ様方の文化の違いと警護の点に配慮して認められているだけで、本来王宮に自分の従者は連れて歩きません。現に私は従者を一人として連れておりませんし、意中の女性を口説く言葉を他の者に聞かせる趣味などないのですよ。

 それにネヴィラ様は国賓です。ネヴィラ様が危ない目に遭われるのであれば、ペルガニエスの民としてわが身を呈してでもお守りいたしますよ」


 結局二人が一向に自分の意見を曲げないため、ネヴィラの折衷案でカーディーンは二人が普通にお喋りしていても声が届かないぎりぎりの範囲まで下がるということで納得することになった。

 カーディーンが下がろうとする直前、クレイウスが私に声をかけた。


「国賓としてネヴィラ様をご案内するのですから、同じく国賓としてお越しくださった守護鳥様もご案内すべきでしょう。ぜひ私めに守護鳥様に庭園を案内する栄誉をいただけますかな」


 にこにこと笑顔で提案するクレイウスに私が断りを入れようとすると、それより早くカーディーンが私をひょいとネヴィラに預けた。


 え?カーディーン!


 ネヴィラの手に乗った私はくるりと振り返ってカーディーンを見上げた。


「カティア。ネヴィラを守ってくれ」


 小さな声で言われた言葉をしっかり拾った私は、くぴーと鳴いてネヴィラの肩にぴとりと留まった。私はネヴィラと一緒にいるけれど私の通訳であるリークは、クレイウスにカーディーンと同じ理由で遠ざけられたので私はお話が出来ない。ちょっとつまらないなぁ。

 クレイウスは私をじっと見たあと「では参りましょうか」と言いながらネヴィラと私を案内することになった。


 ペルガニエスでは男女の距離が近いらしく、案内を申し出たクレイウスがネヴィラに近づこうとしたところ、ネヴィラにはっきりと拒絶されたことで現在はネヴィラの身体半分ぐらいの間隔を開けて並んで歩いている。

 先ほどと同じようにクレイウスが庭園のあれそれを説明するのを耳にしながら、私はゆっくりと歩みに合わせて流れる風景を楽しんでいる。


「ネヴィラ様はご存知でしょうか。この庭園には希少で美しい花があるのですよ。花の価値が高いと言うアファルダートの方ならばさぞ喜んでいただけるだろう珍しい花です」

「そのように珍しい花があるのですか?この庭園にはあまり花はないようですけれど」


 少し興味があるのだろう、ネヴィラが小首をかしげながら尋ねた。

 ネヴィラの興味をひけたことに機嫌をよくしつつクレイウスがにこやかに教えてくれた。


「はい。ではよろしければこの足元にある水の中をご覧いただけますでしょうかな?あぁ足元に気をつけて、よろしければ私の手を支えに掴んでください」


 クレイウスの差し出した手は笑顔で断りつつネヴィラが身をかがめて水の中を覗いた。

 私も一緒に見てみた。

 見た場所が違うので別の花だけれど、先ほどカーディーンとも一緒に見た花である。相変わらず水の中をぷかりと揺れている。クレイウスに食べ方を聞けないかな?

 私とネヴィラが覗いたことを確認して、クレイウスも一緒に花を覗き込みながら説明をしてくれる。


「これは水恋花という花で、火山の神が想いあう恋人達が仲を引き裂こうとする者達から逃して水の中に匿い、二人の恋が実った時に咲いたのがこの花だと言われております。以来、この花を男女で見るのは『恋の始まり』と申しまして意中の相手に想いを伝える手段として使われることもあるのですよ。私もかの花にあやかってネヴィラ様と懇意になれるようにと願っております」

「恋の始まりですか……?」

「えぇ、左様です。特に一番初めに見ると良いとされており、『私と最初に恋の花を見ませんか?』と言うのは男女問わず人気の誘い文句ですな」

「そ、そうだったのですか……」


 水の中にちらほらと咲いている珍しい花だと思ったら、とんでもない曰くつきの花だった。食べるのはやめておこう……。

 そしてクレイウスの説明にネヴィラがちらりとカーディーンを見て、警護のために当然こちらをしっかり見ていたカーディーンと目があって、ばっと伏せた。ネヴィラの顔は真っ赤になっている。

 カーディーンは理由がわからずに不思議そうな目でこちらを見ている。

 だってクレイウスの説明で言えば、ネヴィラが最初に水恋花を一緒に見た相手はカーディーンだ。


 リーク、リーク!ネヴィラとカーディーンの恋が始まるかもしれないよ!!


 私がこっそりリークに伝えると、私の声が聞こえたのだろうリークが首をかしげているのが見えた。

 クレイウスの説明をそのまま伝えると、リークがそのままカーディーンに伝えた。カーディーンが珍しくびっくりしている姿が見えた。

 びっくりしたカーディーンがこちらを見る。ネヴィラの顔はまだ赤いままだ。まるでネヴィラの熱が伝わったかのようにカーディーンもちょっと赤くなった。

 今!今カーディーンを見てよ、ネヴィラ!早く!!

 私は貴重なカーディーンの照れた顔をネヴィラに見せたくて髪をひっぱって振り向かせようとしたのだけれど、ネヴィラは髪を引っ張った私を手に移動させてなだめる様に撫ではしても、赤い頬が元に戻るまでがんとしてカーディーンの方を向かなかった。

 途中そんなことがあり、ネヴィラの反応が思いのほかよくて上機嫌なクレイウスの話は、庭園の説明とネヴィラの美しさを例える言葉に加え、途中から交易品の話とグィンシム家とペルガニエスの交流についてまで及んでいた。ネヴィラもその後すぐ調子を戻したらしく、そつなくクレイウスの話を聞いている。私はクレイウスの交渉話に興味がないので庭園を眺め続けている。あそこに咲いているお花は食べちゃだめなんだろうか……。


「ナディス様の指輪やネヴィラ様の胸元に輝く宝石を見るに、グィンシム家は素晴らしい宝石も数多く所有してらっしゃるご様子。よろしければ我が家とも個人的に宝石の取引をいたしませんか?希少な花も食料も可能な限り交渉させていただきますよ。我が家は優秀な細工師を抱えております。ネヴィラ様の美しさをさらに引きたてる宝飾品を贈らせていただきたい」


 細かい話は聞き流していたが、このあたりで私はようやくネヴィラの胸元を飾るきらきらした石が価値のある物なのだと知った。

 後でカーディーンやリークに教えてもらったところによると、アファルダートはたくさんの金や大きな宝石がよく採れる国として有名なのだそうだ。カーディーンが王族の正装で金の装飾品をたくさんつけているのも、金を沢山持っていますということを示していたらしい。……金色が好きだから金の装飾品をいっぱいつけていたんだと思っていた。ちゃんと意味があったんだね。

 私がそんな考え事をしている間にもクレイウスとネヴィラの話し合いは続いている。


「交渉事は兄のナディスが担っておりますので私におっしゃられても困ります」

「一度ネヴィラ様からナディス様にご紹介いただけましたら、ナディス様にも必ず興味を持っていただけますよ」

「クレイウス様が口説きたいのは兄でいらっしゃるご様子……。でしたら私ではなく直接兄を訪ねて下さいませ。私が兄に紹介する男性は夫となる方だけですので」


 ネヴィラはわかりやすくそっけなくしているのだが、クレイウスは気にした様子もない。嘘か本当かわからないが「つれない態度も美しいとは罪ですね」と微笑んでいる。めげないなぁ。

 めげないクレイウスは我が意を得たりとばかりに口を開いた。


「ですからご紹介いただきたいのです。私はナディス様ではなくネヴィラ様を口説いているのですよ。たしかアファルダートでは求婚の際に首飾りを贈るのでしたかな?ではのちほど我が国の技術の粋を誇る美しい首飾りを届けさせましょう」


 にこにこと言いきったクレイウスにネヴィラがしまったと言う顔をした。

 これで本当にナディスにクレイウスを紹介しなければならないようだ。

 私はどうしようとカーディーンの方をちらりと見た。カーディーンはまっすぐこちらを見ていたが、私はカーディーンよりもその背後にあった大きな飾りの石柱の背後に何か動く影がちらりとみえて、それを目で追おうとした時には柱がぐらりと揺れたことに気付いて、くぴーと叫びながら慌ててカーディーンの元へと飛んだ。


 危ないカーディーン!


 私が急にカーディーンめがけて飛んだことで身の危険を察知したのだろう、カーディーンが自分のそばにいたリークやネヴィラの従者を倒れる柱から遠くへ突き飛ばした。そして自身も転がるように柱を回避する。

 しかし倒れた衝撃で崩れた柱の破片が勢いよくカーディーンめがけて転がった。カーディーンが驚いた顔で、腕で顔を守る様に覆った。

 私はひらりとカーディーンと破片の間に飛び込んで魔力の壁を作った。破片は魔力の壁に当たって割れて落ちた。


「皆、怪我はないか」


 一瞬の静寂の後、すくっと立ちあがり声を上げたのはカーディーンだった。

 そして次にカーディーンの災いに慣れているリークが立ち直った。そして周囲の従者に怪我の有無を確認した後、カーディーンはネヴィラの元へと歩いた。


「カーディーン様!お怪我はございませんか!?」


 カーディーンの災いを初めて目の前で見たネヴィラは、動揺しつつも全身に視線をくまなく走らせながら尋ねた。


「私に傷はないが、至急ナディス殿の元へと戻らせていただこう。私の災いが現れたことについて話しあわねばならなくなった。申し訳ないがクレイウス殿もご一緒に来ていただこう。よろしいか」


 カーディーンは有無を言わせぬ静かな口調で皆に告げた。



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