隣国の庭園
そんなやりとりをして夜を過ごした次の日。私達はといえば現在ペルガニエスが用意した従者に王宮を案内されているネヴィラの護衛を務めていた。
ねぇ、なんで私達ネヴィラと一緒にまだ宮殿にいるの?
宴が終わったらすぐに帰るかと思っていたと言うと、カーディーンがさりげなく周囲を見回しながら教えてくれた。
「グィンシム家には宴の出席のほかにも国同士の話し合いがあるのだ。普段はマスイールの家を通しているが、やはり王代理のグィンシム家が直接交渉をすると話が早いからな」
そういうわけで今、ナディスはペルガニエスの王族、貴族達と難しい話し合いをしており、ネヴィラはペルガニエスで流行の物やアファルダートからの物で人気が高いものを調べたり、女性同士の交流を深めたりして情報を集めているそうだ。
どちらかといえば宴よりこちらの方が大事なお仕事なのだそうだ。大変だなぁと思う。
そしてカーディーンはネヴィラの護衛でネヴィラと一緒に行動している。
なんでナディスじゃないの?
私が率直な疑問を口にすると、カーディーンが困った様な声音で言った。
「王族の私が王族代理のナディスの護衛として交渉の場にいると、ナディスがやりにくくて仕方がないからだ」
あぁ、そっか。王族の代わりとしているのにそこに王族がいたら、いくら護衛で将軍の身分だと言っても一番偉いのが誰だかわからなくなってしまうからだ。
だからカーディーンの代わりに腕の立つ護衛数人がナディスについて、カーディーンはネヴィラと一緒にいるらしい。
女性のネヴィラならば、交渉事にはさほど関わらないし、交渉相手は女性同士での内容になるので男性のカーディーンが求められないからだそうだ。
そんなわけでカーディーンはとても肩身の狭い思いをしているようだ。
けれど珊瑚樹林で怪しい動きがあった為、王宮まで護衛を続けたのだと言う。
大丈夫だよ!カーディーンには私がついているからね!!
胸を張って言うと、カーディーンから「頼りにしている」という言葉をもらった。まかせて、私頑張るよ!
そんなわけで今もネヴィラが王族の女性との交流を終えて、回廊を移動中だ。
ゆっくり前を進むネヴィラの数歩後ろをカーディーンが歩いていたのだが、急にずいっと音もなく前に出たかと思ったら、目の前のネヴィラの身体がぐらりと揺れたところだった。
「あっ……!」
「大丈夫か」
私が事態を把握した時には既にこけそうになっていたネヴィラをカーディーンが肩を支えて助けたところだった。
カーディーンはすぐにネヴィラから離れた。
「お手を煩わせてしまい申し訳ございません。助けていただいてありがとうございます」
ネヴィラは真っ赤になって謝罪をした。
「今の私はそなたの護衛だ。気にすることはない。そなたに怪我がなくて何よりだった。だが一度、休憩がてら中庭の散策でもいかがか?」
「えぇ、そうですね。あと数刻ほどは予定も入っておりませんし。……お付き合いいただけますか?」
「よろこんで」
そんなわけで庭園の散策が決まった。
どうやらネヴィラが気になる庭園があった様で、そこへ向かう。
ペルガニエスの庭園は水と石の庭だった。
広々した庭園には巧妙に形を合わせて敷かれた石が並び、石柱や石像が多くあった。そしてその石像が持つ壺から緑が顔をのぞかせ、高さを合わせて刈り取られた植物がまるで壁の様にあちらこちらを区切っている。
溢れかえるほどの花を沢山植えるアファルダートと違い、緑が中心で花はちらほらとあるばかりだ。
目に楽しいと言うよりは、柔らかで落ち着いた空間を作っている感じがした。私は庭園を見るとお腹がすくのだが、この庭園はあまりお腹が好かない。たぶんこの中庭なら、私は人間にとても近い目線で庭園を楽しめているのではないだろうか。花々が溢れる庭園は私にとって美味しそうな料理が美しく並ぶ宴の間みたいなものだからなぁ。
石畳の足音を楽しみつつ植物の壁の向こうへと歩くと、そこからは見渡す限り地面を水が占める空間だ。
そこに小さな柱と屋根で出来た家みたいなのがあった。名称があったはずだったのだけれど、忘れてしまったのでまぁいいや。
そこに備え付けてある長椅子に腰をおろして休憩中だ。水の向こうにはやはり緑が広がっていて、どこまでも緑と白で埋め尽くされた庭園だ。
全部緑と水だねー。
「そうだな。花の価値もアファルダートとペルガニエスでは大きく異なるのだ。ペルガニエスでは緑と白をいかに美しく配置するかが庭園の価値なのだろう」
ネヴィラはカーディーンがいるのに一人だけ座るのが申し訳なさそうな顔をしていたが、カーディーンは護衛のお仕事中で身分は将軍だ。
カーディーンが気にするなと言うので、カーディーンにお礼を言いつつ腰を下ろした。
カーディーンは少し背後に立つように控え、私はネヴィラの膝の上にやってきた。
ネヴィラは相変わらず「可愛い」とうっとり呟きながら私をひたすら撫でている。
なんだか若干疲れている様に感じたので大人しく撫でさせてあげた。
しばらくは大人しく撫でられていたのだが、段々退屈になってきたのでつい庭園の散策を始めてしまった。
縁ギリギリの場所に立つと水の中を覗きこんではまた立つ場所を変えて覗きこむ。これの何が楽しいかと問われれば答えられないのだが、なんとなくやめられない。
あっちに行っては水を見て、こっちに行っては水を見る。そんな私をカーディーンとネヴィラが微笑ましそうに眺めていた。
「水の中には何かございましたか?」
うん!お花が咲いていた。
「お花が?……水の中に、ですか?」
何気なく尋ねたネヴィラとしては何もないと言われると思っていたのだろう。目を丸くして立ちあがり、私のそばに来て屈んで水の中を覗き込んで見る。
カーディーンも一緒に近くまでやってきて、視界の端にネヴィラの動きを見つつ水の中を覗いた。
そこには小さくて見えにくいが水の中にひょろりと細長く伸びた茎の様な蔓の様な植物の先、小さな花が幾重にも束ねられた様な花が咲いていた。
「まぁ!あのような花は初めて見ました!水の中に咲く花なのでしょうか?」
カーディーンもネヴィラもその小さな花を覗き込んでびっくりしているようだった。
「あの花の根はどこにあるのだろうな」
「それに水の中で息苦しくはないのでしょうか?」
「だが枯れている様にも沈められているようにも見えぬと言うことは、あれはあるべくしてあそこにあるのだろうな」
水の中に咲く花はアファルダートの花の価値観で言えば最上級だろう。何せ水を花が沈むほど用意しなければならないのだから。
なんとかしてあの水の中に咲く花を食べられないものだろうか……?
私はそんな気持ちで見ていたのだが、二人が珍しい花を見つけて楽しそうにしているのを見て大人しく口をつぐむことにした。
水の中でぷかりぷかりと咲く花をカーディーン達と一緒に並んで見つめた。水の向こうには花が、水面には私達の顔がうっすら映り込んでいる。
二人とも屈んで水面を覗き込んでいるので肩がぶつかりそうなほど近づいている。
……やっぱり、後で花の名前だけリークに調べてもらおう。
そして花を見た喜びのままにカーディーンに話しかけようとしたネヴィラが横を向いて、思ったより隣にいたカーディーンに驚いて声もなく飛びあがった。
カーディーンもかなり驚いていたようだが、ネヴィラが水の中に落ちてしまわないように肩を抱いてすっと後ろへ下がってからすばやく数歩離れた。
「あ、あの……もうしわけありませんでした」
「こちらこそつい珍しい花に心惹かれて不用意に近づき過ぎた。すまない」
真っ赤になってしどろもどろにそう言ったネヴィラに対し、カーディーンは動じることなくいつも通りだ。……と見せかけて、たぶん内心はものすごく動揺しているのだろう。顔には出ないけれど、声が少々驚いていた。
ちなみに二人の行動に驚いて、私が水の中にうっかり落ちそうになった。気づいてくれたのはリークだけだ。
ネヴィラは真っ赤になって私から見ても動揺と驚きが見て取れるのだが、カーディーンが返事をした後眉を申し訳なさそうに下げてしゅんとしてしまった。なんならちょっと顔が青いくらいである。
急にしゅんとしてどうしたのだろう?
休憩中に穏やかな空気が流れていたように感じたし、花を見つめる二人は楽しそうだったと思う。
なのに今流れる空気はぎこちなくて尾羽がもぞもぞする。
私はどうしたものかと座りの悪い尾羽を一度、ふるわせた。