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なれない場所

 宴の間は色とりどりの料理で溢れていた。

 よくわからない焼いた生地の上に様々な焼いたお肉とつけあわせの野菜がのった料理だとか、何層にも生地を重ねて間にいろいろな野菜や肉を詰めて焼いた料理だとか、葉っぱで包んで煮込んだスープもあれば煮込み料理などどう考えても食べきれないほどの料理が美しい器に綺麗に盛られてずらりと並んでいた。さすが美食文化の国である。

 ちなみに私に対する配慮なのか、元々食べない文化なのかはわからないが、鳥を使った料理だけはなかったようだ。私は気にしないから作ってくれたらよかったのにねとカーディーンに言うと、「カティアを肩に乗せて鳥肉を食べるのは外聞が悪くて出来ないな」と苦笑された。

 私が一番関心のある生野菜の料理もたくさんあった。ただ私が食べるとなると、かかっている汁や混ざっている食材の関係でかなり限定されてしまいそうだ。

 大皿に沢山のっていて、皆従者に欲しいものを自分の器に取らせ、好き勝手に食べるようだ。同じ皿から分けることで毒殺の危険を防ぐなどと物騒な話も事前に聞かされた。怖いなぁ。リークが私の為に特別につけられた専属の従者に確認しつつ私の料理を選んでくれた。

 私の為にと特別にベルガニエスの料理人が用意したのが、生野菜が美しく切って盛られて複数の果実を混ぜ合わせたソースからなる野菜料理と、火を通した果物を形が崩れてなくなるまで煮込んだ後よくよく冷やしたスープだ。

 これは是非にと推されて、私の本能にも危険な匂いはしなかったので食べてみた。

 美味しかった。さすが美食文化!

 出来れば果物はいっそ生で絞ってほしかったぐらいだけれど、

 私が料理に気を取られている間に色々あったらしい。気が付いたらカーディーンとネヴィラのそばには今回の主役と思しき二人の男女と、さらにその背後に年かさの女性に大事そうに抱かれた子供がいた。

 そう言えばこの子が生まれたことを祝う宴なんだっけ。

 二人の王族はネヴィラとカーディーンに何やら話しかけていた。

 たぶん難しい言葉で「おめでとう」「ありがとう」とか言っているのだろう。

 ネヴィラがいつの間にやら従者から受け取ったらしき珊瑚樹林の枝を腕に抱いていた。

 薄桃色の枝に白い葉がついている。どうやら見栄えがいい様にいくつか葉をむしってあるようだ。私にとっては見慣れた姿でも、アファルダートの衣装で普段目にすることのない珊瑚樹林の枝を持つネヴィラと、私を肩に乗せて堂々たる姿で静かに存在感を放つカーディーンはペルガニエスの人々からは物珍しく映るのだろう。さっきからものすごく注目を集めている。

 ネヴィラもカーディーンも注目されることには慣れているので、視線を受け止めて堂々としている。二人と同じぐらいか相手の女性がいない分、下手をするとそれより目立っている鳥司の正装を纏ったリークは、自分より身分の高い大勢の人間から注目されることにやや困惑しているようだ。まぁリークは従者なので相手がいないのは普通なのだが、従者にしては綺麗な装いと目立つ容姿で何をするわけでもなくカーディーンのそばに立ち、時折発言をしているから何者なのだと訝しまれているのだろう。私の友達で通訳士なんだよって声を大にして言いたいが、リークから頼むからやめてくれと懇願された。

 私の通訳士で友達はこの国では通用しないと言われてしまった。

 そんなリークの存在も相まって、私達が気安く話しかけられないのは、今主役の二人とお話していて他の人達が簡単に割って入れないからだろう。

 私は事前にリークから「守護鳥らしく偉そうにしてるといい」と言われているので胸をはっていつもよりちょっと守護鳥らしくしていた。

 月の兄妹達が目を細めて静かに佇んでいる姿を思い出す。そしてあの姿が静謐で神秘的で美しいと思われているのも知っている。そしてあれが退屈だけれど大人しくじっとしていて眠くて仕方がないだけだと言うことも知っている。真似をするのは得意だ。

 私今美しいかなぁと思いながら尾羽と背筋をぴんと伸ばしてそれらしく振舞っていた。

 そんな私の努力は「守護鳥様はお花を召しあがると伺いました」とペルガニエスの王族の女性が、私に手ずから渡した小さな器に乗った綺麗な花を見た瞬間すぐ消えた。


 お花だー!!


 リークが恭しく受け取るや否や、もっしゃもしゃとお花を食べる。

 器を抱えているリークがにこやかにほほ笑みながら冷や汗を流していた。その目が「がっつくなよ!」と言っていた。もう遅いよ。


 美味しいよ!ありがとう。


「守護鳥様に喜んでいただけて何よりです」


 王族の女性がくすくすと笑っていた。

 王族の人達と一通り会話が終わるとカーディーンとネヴィラは大勢の貴族と挨拶を交わしていた。

 今お喋りしているのはペルガニエスの中でもかなり力を持った貴族のようだ。

 カーディーンと同じくらいかもしかしたらもう少し上かもしれない。触り心地のよさそうなたっぷりとした布を纏っているので、きっと大貴族だ。

 クレイウスと名乗ったその男はどうやらものすごく美食に目がない様で、カーディーン達が偶然手に入れた珊瑚樹林の恵みをことのほか賛美していた。


「いやぁ、お二方に置かれましては大変な旅路となられましたが、希少な珊瑚樹林の一枝を拝見する幸運に出会えたことを私としては感謝しても足りぬほどですなぁ」


 こんなことを言いながら「私も食べたいので購入したい」という話を貴族の言い回しでずっと言っていたらしいのだが、カーディーンが「交渉についてはナディスと話してくれ」と断ったため、今度はネヴィラの美しさを讃えている。

 クレイウスはやたらとネヴィラを賛美しているが、ネヴィラは笑顔でさらりと受け流していた。

 ネヴィラをものすごく色んな話題で気を引こうとしていたのだが、さすがに見かねたカーディーンがネヴィラを連れてさっさと別の場所に移動した。


「お手を煩わせてしまって申し訳ございません」

「気にするな。私が下手に関与すると余計話がこじれる故、そなたを矢面に立たせることになるのが辛い」

「カーディーン様、他国との交渉事は我が一族が古き王より賜った役目でございます。私こそカーディーン様を難しい立場に立たせてしまっていることを申し訳なく思っております」


 二人がお互いに謝りながらネヴィラの滞在する部屋まで行って、部屋に入るのを見送ってからカーディーンは自分の部屋に戻る。

 私は人目がなくなったので、ようやくいそいそとカーディーンの頭上に移動する。やはりここが一番しっくりくる。アファルダートならいざ知らず、ペルガニエスではさすがにカーディーンの頭にずっといるわけにもいかないので肩にいたが、私はやっぱり頭の上が一番好きだ。なんとなく私の場所って感じがする。それにカーディーンを守ってる感じがする。まぁどこにいても守ってることは変わらないと思うけれど。

 ここが一番落ち着くと言うと、カーディーンがくつくつと笑った。


「そなたも慣れぬ場所で慣れぬ視線にさらされるとさすがに疲れるだろう」


 うん。でも美味しいものもあったし楽しかったよ。王族の人ともちょっとだけお喋りしたしね!


 あれ?隣国の王族とおしゃべりした王族や守護鳥って、もしかして私達が初めてじゃないだろうか。

 私がどんな料理が美味しかったか、私もネヴィラの様に美しいと称賛を受けたかったとか語りかけると、カーディーンは楽しそうに聞いてくれた。


「それならば良かった」


 カーディーンはあんまりおしゃべりしなかったね。ペルガニエスの人が苦手なの?


 カーディーンがおしゃべりしたのは王族だけで、それ以外はほぼネヴィラが対応していた。


「決してそのようなことはないのだがな。王族の私が他国で王族としての務めを果たすと余計に話がこじれてしまうのだ」


 その後カーディーンが説明してくれたことをまとめると、本来は王族が隣国へと出向くことが出来ないが故のグィンシム家という王族代理の一族があるのだ。

 それなのに本物の王族なカーディーンがいると、交渉役であるグィンシム家の立場がなくなってしまう。

 だからペルガニエスにおけるカーディーンの滞在身分はあくまでも『護衛の将軍』なのだそうだ。宴の間だけ一時的に『王子』の立場に立ったがそれですらグィンシム家の立場を揺るがしかねないので、ナディスは妹のネヴィラをカーディーンにつけた。

 貴族との挨拶はあくまでグィンシム家のネヴィラが受けているという体裁を作った。

 そしてアファルダートとの交渉事はすべてナディスが受けるようにしていたのだ。カーディーンも自分がグィンシム家の立場を揺るがす危険を理解していたから、王子として表立った行動や貴族と挨拶以上の会話をしなかったのだと言う。


「そもそも私は本来ここまで護衛に来る予定はなかったからな」


 そうなの?


「あぁ、本当はマスイールの屋敷に滞在する予定であった。今の私は将軍としての身分で滞在しているので王族ではない。グィンシム兄妹が私に敬意を払っているからわかりにくいが、私は現在王族代理である彼らより立場がやや下なのだ。あくまで私は護衛だ」


 どうやら血の災いが隣国で起きた場合、問題がカーディーン一人の生死では済まなくなるので将軍の身分にあるらしい。

 昔に隣国と縁を結ぶため、王族が他国へ赴きそこで災いにあって亡くなってしまったそうだ。そこから沢山の問題が出てきたため、王族代理という役割が生まれたらしい。

 婚姻も同じで、守護鳥と一緒にこの国にも王女が嫁いだことがあったそうだが、それも世継ぎを残す間もなく亡くなってしまったそうだ。

 ……どうやら隣国にやってきた王族も守護鳥も私達がはじめてではなかったみたいだ。


 どうして守護鳥もいたのにすぐ月の元へ行ってしまったの?


「この国では豊かな自然の恵みに支えられて美食の文化が優れている様に、わが国の医療技術は王族のために長い歴史の中で磨かれてきたものだ。優れた医療技術と守護鳥という特殊な存在。その二つがあってはじめて我が国と王族は成り立っている。どちらかが欠ければ、生き抜くことは難しいだろう」


 だから王族はアファルダートでしか生きられないのだと言われた。

 難しい話に混乱しながらも、私は自分なりに話をまとめてみた。


 つまりカーディーンは今、王子様してないんだね。じゃあ私は?守護鳥してないの?


「いや、そなたの立場は守護鳥のままだ。むしろ守護鳥でないとカティアを賓客として扱えぬからな」


 つまり実は私が一番身分が高いのだと言われて、私はうずうずしながら尾羽と胸を高らかに持ち上げて精一杯自分をえらく見せる。


 私偉いんだね!


「左様。しかし守護鳥が王族と並ぶ存在であることは別の神を信仰するこの国では理解されないのだ」


 理解されない?されないとどうなるのだろう。

 別に私は偉くなくても気にしないけれどね。さっき威張って見せたけれど。


「それにそなたにとっても私にとっても隣国というのはとても危うい場所なのだ。だからなるべく私から離れぬようにな」


 はぁい。


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