おそろいの色
隣国で鳥司の卵と出会うという不思議体験があったが、カーディーンにも話した所マスイールの血筋にはこの場所での役割があるしわざわざたった一人の鳥司をアファルダートに連れ帰るのも大変だから、記録として登録はされても鳥司になることはないだろうと言われた。
一応両親にはカーディーンが伝えておくと言っていた。
リトゥ……モニーレと言うべきだろうか。どちらにせよあの女の子が鳥司にならないと決まった時にリークがものすごくほっとした顔をしていた。
そういえばリークが鳥司になったきっかけも私とおしゃべりしたことだった。通訳士という立ち場だからカーディーンに報告したけれども、内心は黙っていたかったのかもしれない。
そう考えると私としては少し複雑な気持ちになる。
「どうした、カティア?」
リークは私と出会ったあの思い出、嫌な記憶?
私が何を聞きたいのか察したのだろう。
リークは「あぁ」と息をこぼしてから一度目を伏せて、そして私に柔らかな笑顔で言った。
「一時は嫌な出来事だと思ったけれどな。今は大切な思い出だ。ペルガニエスの風景も、砂漠の夕陽の美しさも、すべてカティアの友として一緒に見たものだ。だからそんな顔するな」
そういって私の頭をちょんちょんつついた。
そんな顔ってどんな顔?
「尾羽が自信なさげにぺたりと下がった顔」
顔じゃないじゃん!
「いいんだよ。カティアの表情は読めなくても尾羽の具合でわかるからな」
からからと笑ってからかってくるリークとじゃれて追いかけっこをしていたら、それを見ていたカーディーンに「仲がいいことだ」と二人とも笑われた。
しばらくラジーフの屋敷に滞在していたが、宴に出席するための荷物も夜に届いていたので馬車で移動することになった。
わぁ!遊び場の像が動いてるよ!!
私が大興奮したのは、遊び場と化しているカーディーンの宮にある流木で出来た角馬の像そのままの生き物が目の前にいたことだ。
ずんとした胴に細くて長い脚、鼻の長い顔に枝分かれしたからまりそうに複雑な角、優しげな眼、ときおりぶるぶると鼻を鳴らしている。
私が角の上に乗って飛び跳ねてものほほんとしている。頭の上で飛び跳ねても気にしないのは大トカゲも同じだが、下手をすると乗ってることにすら気づいてなさそうな我関せず具合の大トカゲと違って、乗っていることはわかっていてもあえて許されているような感じがする。
カーディーンがその長い首を叩いて挨拶をしていた。
私がくぴーと鳴いて挨拶をしたら、耳をパタパタ振って返事をくれた。
「歓迎しているようですね」
リークが私とカーディーンにそう言った。
そんな馬に乗っての移動だ。本来ならばカーディーンもネヴィラ達と一緒に馬車に乗るべき身分なのだが、あくまでここでは将軍で通すらしい。
将軍として警護の為に馬に乗っている。
カーディーンは馬にも乗れるんだね。
「数は少ないがアファルダートにも馬はいるからな。暑さに強く、とても賢い動物だ」
しかしアファルダートでは大トカゲの方が何かと利点が多いので、馬は婚姻の儀式と農耕で活躍しているらしい。
そんなことを教えてもらいながら大きな宮殿に向かって大きな道をまっすぐ進んだ。
ペルガニエスの宮殿は一言でいえば大きい柱、それに尽きた。
アファルダートの宮殿が私の今まで見た建物で一番大きなものだったのだけれど、それを遥かに超える巨大さだ。
そしてカーディーンが何人いればぐるりと囲むことが出来るだろうかというほどの白い柱がまっすぐにそびえ立っていた。
ペルガニエスの宮殿は大きな水が建物の周囲をぐるりと囲んでいる。まるで宮殿が水たまりに半分沈んでいるようだ。
カーディーン曰く堀という水に囲まれたペルガニエス宮殿は長く大きな橋が入口と繋がっていて、そこからしか出入りが出来ないようだ。
馬車が何十台横に並んで行進できそうなその橋を渡ってペルガニエス宮殿へと入った。
橋を渡って階段を上り柱の間を抜ける様にして中に入ると、まっ白一色の外側とは違い、中は同じく白を基調としているけれども華やかな石造りの緑と青がいっぱいある空間だった。
ペルガニエスの王族の人達が出迎えてくれる。
対応はグィンシム兄妹が受けていてカーディーンは将軍として少し後ろに控えていたのだが、カーディーンが王族でなおかつ私が守護鳥だと知ったペルガニエスの王族が、ぜひカーディーンにも宴に参加してほしいと言ってきた。
カーディーンは将軍として護衛の任務があることと、宴に出るための相手がいないからと辞退したのだが、だったら護衛対象の一人であるネヴィラを相手につけて兄のナディスにはこちらから問題がなくて身分が釣り合う女性を用意すると言うことで、カーディーンは宴の間だけ一時的に王子様として扱われることが決まってしまった。
カーディーンは煩わしいことが多くて面倒だと言って憂鬱そうにしていた。でもちゃんと王族用の衣装を持ってきているあたり、もしかしたらの可能性をちゃんと想定していたようだ。白地に金の糸で刺しゅうがなされている丈の長い上衣に赤色のズボンと、同じ色の額布をちょっと複雑な結い方で首周りに垂らしている。大ぶりの飾りもたくさんつけていた。
私もカーディーンの額布と揃いの布を片足に巻いて、ここ最近ずっとつけ続けている鱗石の首飾りも磨き直してつけなおした。リークは私の通訳士として必要なので、鳥司用の白地に銀の刺繍と青の帯の正装を纏っていた。
準備が終わった私達は、別室で同じく準備をしているネヴィラを続きの間で待つ。
「お待たせいたしまして申し訳ございません」
声と共に現れたネヴィラはペルガニエス風からアファルダートの衣装になっていた。
深くて濃い赤に金の刺繍がびっしりと施されている。赤い宝石を中心に金の花弁を連ねたような花の装飾品をあちらこちらにつけている。全体的に赤と金だ。黒くて長い髪と灰色の瞳を持つ派手な相貌のネヴィラには一番似合う色だと思う。
身体に巻きつけている布を少し工夫してお腹が見えない様にしているのは、お腹周りを露出させないペルガニエスの文化に合わせた配慮だと思う。ペルガニエスの服装と比べたことで、アファルダートの服は途方もないほどの刺繍がびっしり入っているのだと再認識した。
ネヴィラが近づいてきたのでカーディーンは長椅子から立ち上がり、ネヴィラの前で一度挨拶する。
「美しい夕陽の女神を伴えることを幸運に思う」
「恐れ入ります。異国の地でカーディーン様とご一緒する機会があるとは不思議な縁でございますね。カティア様も、今宵はどうぞよろしくお願いいたします」
よろしくね。見て、カーディーンとお揃いなんだよ。私のことも褒めてー!
「まぁ、とっても愛らしいお姿でいらっしゃいますね!カーディーン様と並ぶお姿が一層素晴らしいです」
足をひょこっと持ち上げて見せると、ネヴィラが心からの賛美をくれた。
美しいと言ってほしい私の心は複雑だ。私のやや不満そうな内心を察知したのかカーディーンが静かに言った。
「美しい砂漠と夕陽の美女を我が手にふたつも伴うことが出来るなど、始祖の王でも叶わぬ栄誉だろう」
美女だって!私美しい雌だって!!その言葉に機嫌をよくして、私はくぴーと鳴いた。
カーディーンが目を柔らかく細めてちょいちょいと私を指で撫でた。
それにしても同じような赤色なんだね。
厳密にいえばカーディーンの方が少し鮮やかな赤でネヴィラの方が深い赤だがどちらも赤色だ。
私が言うと、二人は互いの衣装を見てネヴィラが小さく笑い、カーディーンが私に教えてくれた。
「これは意図的に合わせたと言っても過言ではないだろうな」
「白地に青や緑が主流のこの国でアファルダートらしさをだそうとしたら必然色は赤系統に落ち着くのです。色合いが似ていれば隣にいて自然に見えますしね」
偶然かと思っていたのだが、カーディーンはネヴィラが着る色を想定して似た色を合わせたらしかった。というか白地に青と緑がペルガニエスらしい色で、赤や黄色がアファルダートらしい色合いという印象が国同士の間であるらしい。
まぁ色が似ていてお揃いにみえるからいいんだけれどね。
カーディーンは無表情で、ネヴィラはにこやかにほほ笑んで、私はくふーと胸を張って並んで宴の会場に向かった。