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幼い子供と庭の出来事

 私がもしゃもしゃとお野菜を堪能し、ネヴィラとラジーフの伴侶と紹介された女性が私のたべっぷりにうっとりしている間も、カーディーンと男性達は何やら難しい話し合いをしていた。

 たぶん『政治』の話をしているのだ。何を言っているのかさっぱりなため私はカーディーンがその話をするときは極力関わらないようにしている。

 以前一度だけ理解しようとリークに教えてもらったのだが、まったく理解できなかった上私がすぐに忘れてしまうため「もう覚えるのを諦めよう。呪文だと思って寝ていればいいさ」とリークが早々に投げ出して、私も覚えるだけ無意味だなと気付いて諦めた。覚えてもお腹が膨れるわけでもないから私に必要ない。

 食事を終えても男性陣の政治のお話はまだ続いているようだったので、ラジーフの二人の子供がいるから彼らに会いに行くのだと私に挨拶をして、ネヴィラとラジーフの伴侶は先に退室してしまった。

 私はカーディーンの膝に移動して呪文の様な言葉を聞き流していた。

 耳に入ってくるいくつかの単語から、樹林で出会った隣国の人達の話が出ていたことだけわかった。

 私なりに要約すれば『アファルダートの珊瑚樹林を勝手に取ったので怒っている。これをペルガニエスにどうやって伝えよう』と言ったことだろうか。そんなのペルガニエスの王様に言えばいいだけじゃないかと思うのだが……政治って難しいね。

 私が本格的にうとうとしだしたところで話し合いが終わった。

 私はそのままカーディーンの手に乗せられて半分まどろんだ状態でペルガニエスのベッドで眠りについた。



 朝、ベッドの感触やら匂いがいつもと違うことに気がついてはっと目を覚ました。

 隣で眠っているカーディーンに少し安堵して、それから部屋を見まわして、ようやく自分がカーディーンの宮ではないペルガニエスの客間で眠っていたのだと思いだした。

 匂いや感触のわずかな違いで起きてしまったようだ。ほどよい弾力の枕やクッションは素晴らしいと思うけれども、やはり私にとってはカーディーンの宮で寝るのが一番安堵できるんだと再確認した。

 それでも隣にあるカーディーンの匂いがあるだけであまり不安にはならなかった。

 首にすりすりと身体を寄せてもう一度寝ようかと考えていたら、くすぐったさでカーディーンが起きてしまったようだ。


「ん……カティアか。どうした」


 寝起きのかすれた声で問われたけれど、通訳のリークは続きの間にある従者の部屋で眠っているので私はくぴーと鳴くことしかできなかった。

 私の鳴き声が構って、と聞こえたのだろうか。ううん、と獣の様にうなりながらカーディーンはゆっくりと私に手を伸ばす。


「さすがに私も旅の疲労がありまだ少し眠い。昼までは休息の時間と決まっているからそなたももう少し眠りなさい」


 まだ眠くてたまらないのだろう、ちょいちょいと手全体で雑に撫でられた。

 私はまたくぴーと鳴いてカーディーンの胸元にひょいと移ると、撫でていた手から私が逃げ出したのに気づいたカーディーンがちらりと重い瞼をあけた。

 私が自分の胸元にちょこんと座って大人しくしているのを確認したカーディーンは、私を潰さんばかりの勢いで手の平で覆うように撫でてから、また目を閉じた。しばらくしてすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえた。

 私はしばらく呼吸に合わせて上下する胸に乗っていたのだがほどなく飽きてしまい、部屋の探検に勤しんだ。


 私が探索をしたりたまに休憩してうとうとしたりしていると、ようやくカーディーンが起きてきた。


 おはようカーディーン!


「あぁ、カティア……それにリョンドか」


 リークは既に起きていたので、私と一緒に遊んで過ごしていた。

 リークも丁寧にお辞儀してカーディーンに挨拶した。

 どうやら今日一日はゆっくりと身体を休めつつ珊瑚樹林においてきた様々な荷物の到着を待つことになるらしい。明日、ラジーフなどと打ち合わせをしてから王都へと移動する予定だと聞いている。

 驚くことに街中で馬車に乗るというのだ。

 馬と言う生き物に乗るらしい。お金持ちはこの馬を何頭も用意して馬車をひかせるのが権威の象徴なのだと聞いた。


 街中で馬車が走ったら他の人が歩けないんじゃないの?


 アファルダートでも宮殿に続くまっすぐな道は大きくて広いけれど、それ以外の場所は道幅が狭くなっていたと記憶している。


「わずかな土地に密集する様なアファルダートと違い、ペルガニエスは土地に余裕があるので道幅も非常に広いのだ」


 そんなことを教えてもらいながら朝なのかお昼なのかよくわからないご飯を食べた。

 昨日で少し要領がわかったのか、私のご飯には最初から花と生野菜の器が果汁をかけて用意されていた。

 守護鳥に対する敬意の表れなのだろうか、束ねる様に小さく丸めた葉野菜を花弁で包み美しく並べている。小さな果実が彩りを添える様に花弁包みの野菜の周囲に規則的に並べられている。

 カーディーンがペルガニエスは美食に飽くなき関心を持つ国で、料理にはとてもこだわりがあるのだと言っていた。きっと見た目を美しく飾ることも文化のひとつなのかもしれない。

 しかし綺麗だと思うのだが非常に食べにくい形をしていたので、私が食べる瞬間にすぐさまばらばらに崩した。

 カーディーンが苦笑しながら、私が花弁から葉野菜をぶちぶちと豪快に千切って引っぱり出しているのを眺めていた。味はよかったよ!

 その後またラジーフと難しい話をすると言うので、私はリークと途中で出会ったネヴィラも一緒に、庭の散策に赴くこととなった。ネヴィラは、今日はペルガニエスの衣装を纏っていたのでいつもとちょっと雰囲気が違って面白かった。

 ペルガニエスの女性の服もやはり白が基調で、胸の下で衣を縛ってあとは流れるままに足元まですらりと布が流れている。これにネヴィラは青緑の布を合わせて身に着けていた。ペルガニエスでは肩や胸は出すがお腹は出さない様だ。

 服装に金色を好んで使う部分は共通しているが、やたらと刺繍をほどこして派手な布が高級品とされるアファルダートの服装と違ってペルガニエス風は白い衣も青緑の纏う布もほとんど刺繍がなされていなかった。

 そのかわりにところどころにひだの様なしわがあり、絞られたり止められたりした部分でくしゃりとゆがむ布の流れる姿が綺麗だと思った。しわをつくるとみっともないアファルダート風と違い、たるませたり絞ったりした皺こそが美しいとされるのがペルガニエス風らしい。刺繍に爪を引っ掛ける心配がなくてとても良いと私は思う。

 服装を変えるだけでちょっと別人のように見えるから不思議だと思う。けれどあんまり服装を変えられると見分けがつかないのでちょっと困惑してしまった。

 昨日食べた花を見つけたり、これは美味しそうと会話に花を咲かせたりしながらまったり過ごす。

 会話に花を咲かせるって表現すごく素敵だと思う。こう、すごく美味しそうに聞こえる。

 庭園に絨毯を敷いてお喋りしていた私達の元に軽やかな声とせわしない足音が聞こえてきた。

 ぱたぱたとラジーフの伴侶の手を引いてやってきたのは、二人の子供達だ。似通った顔立ちの幼い男の子と女の子がそれぞれ片方ずつ手を引いて走ってくれない伴侶をぐいぐいと引っ張っている。


「お母様はやく、はやくー」

「こちらのお花がとってもきれいだったのです!あ、ネヴィラお姉さまもいるー!」


 はしゃいでやってくる幼い子供二人に、あらあらと困った様な嬉しそうな笑顔でひっぱられてやってきたラジーフの伴侶は、私達に気づいてはっと立ち止まる。


「お邪魔をして申し訳ございませんでした。私達はすぐ別の場所に参りますのでどうぞごゆっくりなさってくださいな。さぁあなた達、お母様と一緒に別の場所に行きましょうね」


 申し訳なさそうに無作法を詫びて、ラジーフの伴侶は子供達の手を引いて促したが、子供達はやや不満げな表情だ。


「どうして?ネヴィラお姉さまもごいっしょにお花を見たいです」

「お父様もおきゃくさまもいらっしゃらないのにどうして去らねばならないのですか?」


 しかしそんな不満げな表情はネヴィラの手に乗っていた私を見た瞬間にぱぁっと輝きだす。私の背にはぞくぞくと寒気の様な震えが走る。

 本能的に恐怖を覚えた。

 好奇心いっぱいに私を撫でまわしたいと考えているネヴィラの数倍危険な表情だ。


「あー!小鳥さんだぁ!!」

「あなた達いけません!!」


 伴侶の制止も間に合わず、示し合わせたかのように発せられた大きな声と私に駆け寄ろうとする姿に、私は悲鳴を上げて本能が告げるままにリークへと飛び付くように逃げた。


「うわっと、カティア様!」


 慌ててリークが私を受け止めたのを確認して私はすばやく魔力の壁を作る。

 駆け寄ってきた子供達が突然不可視の壁にぶつかってその場にぺたんと尻もちをついた後、火がついたように泣きだした。

 その場は大慌てである。


「何事だ!」


 程なくしてカーディーンとラジーフが駆けつけたときには、子供達をなんとか下がらせてひたすら私に頭を下げている伴侶と、私をなだめようと必死なリークとネヴィラがいた。


 結局、ネヴィラが事情を話してラジーフから謝罪を受けてカーディーンに慰めてもらって、子供達に関しては実害があったわけではなかったので、滞在中私の前に姿を現さないということでお咎めなしということになった。

 ラジーフが子供達をこっぴどく叱ったようで、子供達は現在部屋でずっと泣きっぱなしで伴侶が慰めているという話を聞くと私にも罪悪感がこみあげてくる。

 ここの中庭には時折鳥も訪れるらしく、子供達はその鳥を追いかけまわして遊んでいることがあるのだと言う。たぶん守護鳥らしくない私の姿がその鳥に似て見えたから間違えたのだろう。


「宮殿には守護鳥の立ち入る場所に幼子は一切立ち入れないようになっている。故にカティアが幼子をみたのも初めてのことなのでさぞ驚いたことだろう」


 純粋な好奇心を持つ子供に守護鳥だから敬意を払わねばならないと言い聞かせることはとても難しい。まず他の鳥との違いを理解させることすら大変なのだと言う。

 双方にとってよくないからという理由で子供と守護鳥は徹底的に会わせないようにされているらしかった。守護鳥が一番初めに会う子供は基本的に加護の相手の子供であるはずなのだ。

 言われて考えたら、宮殿で私の会ったことがある中で一番幼いのはカーディーンの異母妹イリーンで、それより幼い者を見たこともなかった。

 不思議にすら思わなかったが、徹底的に離されていたのならば納得だ。子供の持つ好奇心って怖いんだと改めて思った。

 あと私が守護鳥で普通の鳥と違うんだってことを徹底して周知するため、私はペルガニエスにいる間、ずっと鱗石とカーディーンの紋章付きの首飾りをつけていなければならないことになった。まぁ、仕方ないよね。



 その夜、カーディーンのお風呂中に私がリークを伴って中庭散策をしていると、夜の中庭に小さくなってしゃがんでいるふたつの影があった。

 思わず近くの柱に隠れる。リークも早く隠れて!

 不満げに従うリークと柱の陰からそっと頭だけをのぞかせてふたつの影を眺める。

 お昼に出会った二人の子供達だ。

 しょんぼりした様子で夜の花を眺めている。


「お母様に喜んでもらおうと思ったのにね」

「怒られちゃった。見えない壁にぶつかってすごく怒られたし」


 しょんぼりした様子で花をぶちぶちと千切っている。


 あぁ、お花が可哀そう。ぐしゃぐしゃにするぐらいなら私に頂戴……。


 私がこっそり嘆くとリークが私を呆れたような目で見ていた。

 いいじゃない。どうせリークにしか聞こえないよ。

 そう思っていると、子供の一人、女の子の方がすくっと立ち上がってきょろきょろとあたりを探し始める。

 私とリークは慌てて柱の影へと引っ込んだ。


「どうしたのリトゥ?」


 しゃがんでいた男の子が女の子に向かって呼びかける。


「あの声が聞こえたのジャド。おしゃべりする小鳥さんの声!」


 言われて私はびくぅっとする。

 リークはぎょっとして私を見ている。


「出てきてー!ねぇ、またおしゃべりしましょう?出てきて小鳥さん!」

「出てきてー!今度は追いかけたりしないから!ちゃんと約束守るから!!」


 どうやらジャドと呼ばれた男の子は聞こえていないようだが、リトゥと一緒にきょろきょろと見まわしている。


 本当に追いかけない?私はまだあなたたちが怖いから、こっちにこようとしたら逃げるからね?


「返事来たよジャド!追いかけたら逃げるから絶対追いかけちゃだめ!わかった、約束するから!!」


 嬉しそうにジャドに通訳してから私に向かって返事をする。

 私は意を決して二人の前にひょこひょこと跳んで姿を見せた。

 リークはいつでも跳び出せるようにしながら柱の裏で見ていてもらうことにした。

 私が姿を現すと、兄妹は両手をぎゅっと握った姿で立っていた。


「守護鳥さ、ま……」

「砂色の、守護鳥さまだ」


 私がいざ姿を現すと、子供達は昼にこっぴどく叱られたことを思い出したのだろう、みるみるうちに顔が青ざめていった。

 大きな目に涙をいっぱいに溜めて今にもこぼれそうになってきた。


 怒ってない!誰も怒らないから!!だから泣かないで!


 私が慌てて言い募ると、リトゥが「守護鳥さまは怒ってないって」とジャドに通訳している。


 ねぇ、私の言っていることがわかるの?


 リトゥがこくんと頷いた。

 ジャドはリトゥの様子をちらちらと見ながら首をかしげている。


 名前、教えてちょうだい?


「私は、えと、モニーレ・リトゥ・マスイールです。ジャド、名前だって」

「僕はモデーフ・ジャド・マスイールです」


 私はカティアって言うの。カーディーンの守護鳥をしているんだよ。


「カティア……さま」


 リトゥは「カティアさまって言うんだって」とジャドに伝えて、それからわからないと言った風に首をかしげた。


「あの……なんでカティアさまは白くないんですか?」


 おずおずとお母様に聞いても教えてくれなかったんだとリトゥが言った。


「僕達お国にいらっしゃる守護鳥さまは真っ白な鳥さまなんだって教えてもらいました」


 だけどカティアさまは白くないのに守護鳥さまだって、とジャドももぞもぞしながら言う。

 二人からの思わぬ質問に私はちょっとだけ尾羽を震わせて、少しだけ自分の足元を見て、それから胸を張って答えた。


 私がなんで砂色で、白くないのかはわからないの。けど私はカーディーンの守護鳥になるために砂色なんだよ。砂色の私じゃないと、きっとカーディーンが怖くて逃げだしてしまうから。


「砂色じゃないとだめなの?」


 だめなの!


 くふーと胸を張って答えてみたものの、子供達には首をかしげられてしまった。

 私もこれ以上は上手く伝えられなくて同じように首をかしげる。


 白くない守護鳥は変?


「変じゃないよ!小鳥さんみたいで可愛い!」

「そうだよ!まっ白よりも可愛いよ!」


 リトゥはすぐに、リトゥに通訳してもらったジャドが少し遅れて返事をする。


 ……うん。だから私は砂色の守護鳥でいいんだよ。


 二人がきらきらした瞳でみつめてくるのでたぶん好意的な答えなのだろうが、正直不満だ。

 可愛いんじゃない。私は美しいんだよ……。ちょっとだけ尾羽が下を向いた。

 話が一段落したと思ったのだろう、柱の陰からそっとリークが出てきた。

 大人が出てきた!と気付いた子供達が真っ青になる。

 二人にリークは私の友達だから大丈夫!告げ口しないと約束してなんとか泣かずに済んだ。

 リークが私をそっと手に乗せた。


「では私達はこのあたりで失礼させていただきます。今日の夜のことは私達だけの秘密です。ご両親にばれたら今度こそものすごく怒られてしまいますからね」


 リークがにっこり笑ってそう言うと、二人は秘密、秘密と口をふさぐようにもぐもぐ言っている。

 そのまま立ち去ろうとすると、二人がリークの背中に声をかけた。


「カティアさま!」


 なあに?


「その、お昼にね」

「びっくりさせてごめんなさい」


 二人はぺこりと謝罪した。


 私も、魔力の壁でびっくりさせてごめんね。


 真似をしてリークの手の上でぺこりと頭を下げる。

 兄妹はそれを見て何やら満足そうな顔でぱたぱたと廊下をかけていった。

 私の耳には小声で兄妹を探す大人の声と足音が聞こえていたからすぐに二人は大人に見つかることだろう。


 私達も戻ろ!


「そうだな。こんなアファルダートから離れた場所に鳥司の卵がいたとはなぁ」


 しみじみした様子で呟くリークを促して、カーディーンの元へと戻った。

 仲直りが出来てよかったなと思った。


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