異国を感じる
感動的な風景に出迎えられた私達がすんなりペルガニエスに入ったかと言えば少し違う。
私が少しだけ草花の絨毯を踏みしめて歩きたいと駄々をこねたので、カーディーンが少しだけだからなと釘をさして大トカゲの足をとめてくれたのだが、ひょいと気楽な気持ちで草花の上に着地した私はその素晴らしさに心奪われた。
アファルダートの森よりも土が素晴らしいのだと感じた。
誰が手を入れたわけでもなく草花が自然にのびのびとしていて、大小の虫が草にも花にも土にもいる。
雨があったからだろう少し地面は湿っているが、べとっと濡れてはおらずしっとりと水分を含んでいた。柔らかな土の感触が久々に森を思い出させて懐かしくなる。……二度と会いたくはないが、あの蛇は元気にしているかなぁ。
そんな感慨にふけりつつ、私は気持ちがよくてくぴーと鳴いた。
そうして、しばらく草花の絨毯にしがみついて離れようとしない私をなんとかなだめて引きはがす為に、草の上に膝をついて滾々と小鳥に向かって背を丸めて語りかけるカーディーンと通訳のリークが他の人の目にどう映ったかは知らないが、そんな感じで少し足をとめる事態があったものの、隣国からの大事な客人ということで私達は一応恙無くペルガニエスに入国した。
ペルガニエスも石造りの建物が多いという印象はあるが、こちらの石の方がやや白い。まっ白な石は宮殿や富豪の邸宅には使われているが、城下の色が全体的に砂色に統一されているアファルダートと違い、こちらは全体的に白っぽい色でまとめられている。行き交う人々が敷き詰められている濃い灰色の石を踏む足音がここはアファルダートではないんだなぁと感じた。
町を歩く人の服装も異なる。アファルダートでは女性が身体に大きな布を巻きつけるような服装をしているが、ペルガニエスでは男性も女性ほどではないにしろ身体に布を巻きつけるのが主流の様だ。
服装自体は色とりどりだが巻きつける布は共布か同色で、たまにお金持ちでお洒落らしいネヴィラなどが違う色の布を巻いていることなど見かける程度なアファルダートと違い、こちらでは町の人々は大抵白い服に鮮やかな色を巻きつけることで個性を出しているらしい。そうなるとネヴィラの色の合わせ方は、こちらの色合わせを真似してアファルダート風にしたものなのかもしれない。
夜になろうという時間なので今は白い町並みはうっすら青暗く、すでにあちらこちらで灯りが点っている。灯りにも違いがあった。
ほんのりと温かく、ゆらゆらと揺れている。
灯り魚じゃないんだね?
「アファルダート以外では灯りと言えば火だな。木材や油が豊富にある故わざわざ魚に頼る必要がないのだろう。他にも細やかな違いまで上げれば数限りないだろうな。違うと言うことを楽しめば良い。どちらにもそれぞれのよいところがあるのだ」
カーディーンはそう言って自身も楽しそうに異国の風景を眺めていた。
どちらかというと自国独特の文化が強く根付いたアファルダートとは異なる異国情緒のあふれる雰囲気が、潮風に乗って私達の目や耳を楽しませた。
「ようこそお越しくださいました、懐かしきアファルダートの皆々様。私はラジーフ・アヌバ・イークス・マスイール。此度ペルガニエスでの案内を仰せつかりましたマスイール当主にございます」
「ラジーフか、我が守護鳥カティアにとっては初の異国である。カティアが恙無く過ごせるよう取り計らいなさい」
滞在施設である大きな屋敷に到着すると、私達を出迎えて挨拶をしたのはこの屋敷の主でペルガニエスとアファルダートの交易に関する責任者だと言う年配の男性だった。
御魂名まで名乗って深々とお辞儀をしたのは一応この旅団の中で一番高貴なグィンシム兄妹ではなく私とカーディーンに対してだ。旅の間も割と将軍に徹していたカーディーンが王族として普通に挨拶を受けていたので、私もわからないなりにくふーっと胸をはってリークの手の上でそれらしく挨拶を受け取った。
後でネヴィラに教えてもらったのだが、この土地で暮らしていてもアファルダートの民だと言う意識を強く持っているラジーフにとって、めったに会えない自国の王族と国鳥の守護鳥だったので魂の帰郷を求めて最上礼をしたのではないかと言っていた。
何を言っているかさっぱりだったので首をかしげていたら、リークが「つまり会えてうれしいよって言うのを丁寧な挨拶で示したんだ」って教えてくれた。
それならかっこよくじゃなくて親しく一鳴きした方がよかったかなぁとちょっと考えた。
「やぁラジーフ、此度もよろしく頼むよ」
「ご無沙汰しております、ラジーフおじ様」
「おぉ、こちらこそまた一段と凛々しくなられてグィンシム家の当主様に一層似てこられましたな。ネヴィラ様は見違えるほど美しい女性におなりだ」
仰々しい挨拶を交わしたカーディーンとは違いグィンシム兄妹は気心の知れた挨拶で、これに返すラジーフも年の離れた親戚の様な気さくさを見せている。
それもそのはずで、どうやらラジーフのマスイール家とグィンシム家とは先祖が同じ間柄で、隣国との交渉役として他国に王族の代わりに赴くグィンシム家の為に、隣国に残った者が代々隣国に根を張って文化や宗教の違いを実地で覚えて交流を支えてきたのがマスイール家になるらしい。一応グィンシムが本流のような扱いらしく、マスイールの様に現地で根を張って支えてくれる親戚が他にもあるらしい。
軽く挨拶と紹介を済ませた後、私達はラジーフから歓待を受けることになり、ひとまず旅の疲れをいやす為にお風呂に入って着替えることとなった。
わぁ、まっ白!
私が案内された部屋について一番初めに言ったことはそれだった。
壁は同じように白くても、その造りは似ているようでかなり異なっていた。天井の一部分がアーチを描くようにまぁるくなっているのも面白いなと感じたし、壁はつるんとまっすぐで、模様が彫刻されていたりはしない。
カーディーンの宮では、壁は白でも絨毯や沢山ある調度品が赤や黄色で木目の色が印象に残っているので全体的なイメージは赤色なのだが、ペルガニエスはほとんどを白で統一してある。たまに彩りを添える様にあるのは青や薄緑だ。どうやら水や草に似た色合いが好まれるらしい。
白い長椅子や寝台の上に添えてあるにしてはやや沢山あるクッションは薄い緑色や青色で、たぶん絨毯がないから床におけないので乗せられる場所に沢山乗せたのだろう。相手を歓迎する意を示すアファルダートの文化だ。
絨毯がなくむき出しの床はつるつると磨かれた模様のついた石で、色の違う石を交互に並べて組み合わせているのが面白い。思わずたどって歩きそうになるが、つるつるした床は私の足に相性があまりよくなさそうなので床には降りないようにしよう。
私はお部屋探検をひとしきり終えてからリークと一緒に部屋で水浴びだ。カーディーンはお風呂に入っている。
どうも月明かりで砂風呂を楽しむアファルダートと違い、小窓はあるが部屋を閉め切って湯気で部屋を暖かくしているので、私が入ると蒸されてものすごく熱いため一緒には入らなかった。
お風呂からほっかほかの湯気と共に出てきたカーディーンは、てきぱきと着替えて食事の用意がなされている場所へと向かった。正装とまではいかないまでもきっちりとした王族の服を着ている。
せっかくお風呂でさっぱりしてもまたかっちりした服を着るなんて面倒だね。
「そうだな。こういう時はゆったりと布を弛ませるペルガニエス風の衣装が羨ましくあるな」
困ったように笑う声音でそう返したカーディーンの肩に乗って御飯のお部屋へと移動した。
御飯の部屋もやっぱり白が基調だったが、料理は色とりどりだった。
料理も基本的に赤くて煮込み料理が多くなりがちなアファルダートと違い、食への関心が強く、料理に様々な種類があるというペルガニエスには色とりどりの料理が溢れんばかりに並んでいる。
私に遠慮してか鳥料理は一品もない。別に私は気にしないんだけどね。あとアファルダートの料理もいくつか並んでいた。
私が特に素晴らしいと思うのが野菜を生のままソースをかけて食べるお野菜料理だ。
私の御飯をどうするべきか悩みに悩んだのだろう。
数少ない情報から花や果実等の植物を食べると調べたらしいが、アファルダートとペルガニエスでは育つ植物も違うので私に出して問題ない花や果実がわからなかったようだ。
私の従者扱いされているリークに確認して、とりあえず人間が食べて問題ない生野菜の料理に剥いた新鮮な果物をつけて味付けソース抜きで小さな器に盛って出された。
出された料理をあらゆる角度から眺めてからぱくりと食べる。
正直カーディーンやグィンシム兄妹の食事よりよほど気になっていたのか妙に視線が私に集まっている。
もっさもっさ食べる。美味しい。だが果実と花、特に花が欲しいなぁ。
何かないかときょろきょろと探して、テーブルの中央に飾られていた花をじっと見る。
あれ!あれはたぶん食べられると思うからあれ頂戴?
私がねだるとラジーフが「中庭で育てている花ですので摘みたてをすぐご用意いたします」と言って従者の人を走らせた。
少しして持ってきてもらった花をリークにお願いして野菜料理の上に乗せてもらう。ついでに別の料理についていた果汁を搾ってかける為の果物を上から絞ってもらう。
私の為の御飯ペルガニエス風!
うまうま頬張る私の姿にほっと息をついているラジーフの姿が視界の端に映った。
アファルダートでは難しい生野菜の料理に舌鼓を打ちつつ一心不乱に食べていると、カーディーン達もお酒を飲みつつ談笑しながらペルガニエスの料理を食べていた。
「ペルガニエスの夜に」
「魂の同郷者との夜に」
「恵みの雨を下さったアファルダートの夜に」
どうやら輪になって杯を掲げて今日の出会いを謳う挨拶をしているようだ。
一人がまず杯を飲みほして一言告げて、皆で真似をして声を重ねるらしい。これをラジーフ夫婦とグィンシム兄妹、カーディーンで順に全員やるようだ。
夜に、とつけるのが礼儀なのだろうか?
とりあえず私もくぴーと鳴いて注目を集めてから器にたまった果汁をごくごく飲む、そして皆の真似をして花弁を咥えてくいっと高らかに嘴をもちあげる。
気付いたカーディーンが私に向かって小さく杯を掲げてくれた。
美味しいお野菜料理の夜に!
「美味しいお野菜料理の夜に!」
私の言葉を皆が声を重ねて唱和して私も挨拶に参加した。
違うお部屋に違うお料理、初めての出会いの挨拶。
とても異国っぽくてなんだかわくわくして、私はしゃくりしゃくりと花とお野菜料理に舌鼓を打った。