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雨の音と豊かな変化

 静寂の中現れた海砂を静かに眺めている時間はほんのわずかで、しばし見とれた後は私とカーディーンは海砂を睨むようにして周囲を警戒していた。

 ちなみに周囲にはカーディーン達が呼んだ亀鯱達が、周囲を威嚇するかのようにぐるぐるしている。

 亀鯱って呼べばここまでやってくるんだと初めて知った。亀鯱はとても耳がいいのだろうか。

 大トカゲは岩場の周囲に固まる様にして浮いている。目を細めている姿はどこか気持ちよさそうにも見えるが、肉食の亀鯱が周囲にいるので実はものすごく警戒していることだろう。

 カーディーンにきいたところ、亀鯱は大トカゲも食べるらしい。

 夜を越える際は海砂に浮かぶことしかできない大トカゲを守らせるために亀鯱を呼ぶのだが、その亀鯱が大トカゲを捕食対象として見ていると言う事実。

 一応大トカゲも亀鯱も訓練によって慣らされているようなのだが、それでも食べる食べられる関係というのは動かし様がない。

 亀鯱と目が合うと未だにびくりと警戒をあらわにする一番若いリークの大トカゲの気持ちがものすごくわかる。私も亀鯱がじっと私を見ていると気が気ではないのだ。

 そんな騎獣同士の緊張が海砂の様に漂う中、カーディーン達は役割を三つに分けて周囲への威嚇、警戒と索敵、休憩をこなしていた。

 月に雲がかかっていつもの夜より暗いので、岩場の上では消えぬよう火を焚いて、クラゲの灯りで周囲を照らしつつの行動だ。これを一晩中続けるのだと言う。

 私はカーディーンの首元の袋で眠くなったら寝ていいと言われているので危なくなさそうな時を狙って時折眠っている。いざというときは亀鯱が威嚇するので、その気配で起きれるんじゃないかなと私の野性に期待しつつ眠った。時折起きて袋から顔を出すとカーディーンに「ぐっすり寝ていたな」と言われた。私の羽毛がふかふかしていて温かいと笑っていた。

 私の野性もどうやら眠っていたようだ。

 軍の人達は私と違って、寝る時間がいつもよりずっと少ない中で緊張状態を維持しなければならないので大変だなぁと眠い頭の中で考えていた。

 そんなカーディーンの元に意外な相手がやってきた。

 渡しの一族のスーハだ。

 しかも今回は他の一族の者達も一緒だ。

 小ぶりな船が数艘とその周囲を走る砂走り達の群れだ。

 こうやって渡しの一族が集まると砂走りの数がおびただしいことになっている。

 あと空にも相棒の猛禽達がくるくると旋回している。どこにも私の逃げ場がない!

 もう今夜は絶対カーディーンの首の袋から出ないでおこうと固く誓った。

 その船から一人の人物が岩場まで上がって来て私とカーディーンの元までやってきた。


 スーハじゃない?どうしたの?あ、美味しい種頂戴!


「カティア様、久方ぶりですね。はい、どうぞ」


 顔を見るなり条件反射で種をねだったのだが、現在通訳のリークは眠っているので私の声は誰にも聞こえていない。

 しかしスーハの顔を見るなりよくねだっていたのが功を奏したのか、私が口をかぱりとあけてじっと見上げるだけで察したスーハは慣れた様子で種をくれる。

 リークはさすがに現役軍人と同じ睡眠時間で動くことは出来ないと判断され、睡眠を少し多めにもらっていたのだ。

 岩場で丸くなって眠っている姿を見つけたのだろう。スーハが呆れた様な目でリークを見ていた。

 私の通訳であることも含め、スーハがよくしゃべる相手ってリークだもんね。


 ところでなんでスーハがここにいるの?しかも一族の皆を連れて。


 首をかしげて尋ねてみたのだが無論伝わらない。スーハは私と一緒に首をかしげるが、カーディーンが口を開こうとするとそちらに向き直った。


「渡しの一族がずいぶんと遅かったな。我らを見つけるのは難しかったか」

「当初聞いていた道からはかなりそれていたから……。大方理由はあの卵の存在だろう」

「数人を卵の見張りとして残してある。大蛇に動きがあれば、仲間の知らせですぐわかる。それよりもこれだけの数の渡しを動員したのだ。きちんと支払いはしてもらうぞ」

「そなた達が見事役割を果たした暁には事前の交渉通りの額を払おう。安くない支払いだ。相応の働きをみせよ」

「心得た。ひとつ忠告をしておく。月に雲がかかっている。……杞憂で終わればいいのだが、ひと雨来るかもしれない」

「森になるか……。そういえばカティアの羽毛も膨らんでいたな。あれは雨の前触れであったか」

「恵みの雨だが今は森にならねばいいと願うばかりだ。一応、渡しは森に備えた装備できた」


 そうやり取りを交わして、スーハは私に向かって「それでは月夜にカティア様のご加護を。次はあれを叩き起こしておいてください。カティア様とお言葉を交わしたいので」と言って去っていった。

 どうやらカーディーンが夜の護衛として雇ったようだ。

 相変わらずスーハが仲介役となっていい関係を築けているようでなによりだ。私は口の中の種を堪能しながらそう思った。


 カーディーンが休憩の時間になったので、岩場の上で一緒に月を眺めつつゆっくりしている。


 カーディーン、眠らなくていいの?


「あぁ、雲の様子を見たいのでな。雨が降るのであれば寝てもいられぬ」


 リークが起きたのでカーディーンとお話できる。

 そんな私は現在リークに砂風呂に入れてもらっている。私の大きさだと器さえあればどこでも変わらず砂風呂が楽しめる。

 リークに羽根の付け根をそっとさわさわ擦られるのが気持ちいい。

 カーディーンは男らしくざばっと頭から海砂を被って汗とか汚れを落としていた。

 互いに砂風呂に入り終えてカーディーンは片膝を立てて座り、私はその立てた膝頭の上にちょこんと座りゆっくりしていると、そっと私達の元へ背後から声がかかった。


「カーディーン様、カティア様お寒くはございませんか?厚手の布を持ってまいりました。よろしければお使いください」


 ネヴィラが折りたたまれた布を持った従者の人を一人連れてやってきた。


「いや、私もカティアも寒さには耐性がある。その気持ちだけ頂戴しよう」

「恐れ入ります。……お隣に座ってもよろしいですか?」


 聞けば馬車の中で寝ていたのだが途中で目が覚めて、しばらく起きていたのだが波が荒くて揺れが酷く気分が悪くなってきたので外の空気を吸いに来たらしい。

 ネヴィラの言葉にカーディーンがちょっとびっくりしたように眉をぴくりと動かした。

 カーディーンが座っているのでネヴィラは私達を見下ろす位置になっていたから、カーディーンの眉の動きがわかったのだろう。ちょっとだけ肩を震わせた。


「申し訳ございません。お気に触りましたか?」

「いや、少しばかり驚いただけだ。しかしあいにく、ここには絨毯もそのかわりになりそうなものもないな……」


 カーディーンが言うと、ネヴィラが小さく笑ってからカーディーンの隣に人半分ぐらい開けた距離でぺたりと座った。


「私、旅は初めてではございませんので絨毯がなければ座れません!などとは申しません」

「……そなたは存外たくましいのだな」

「ナイフも使えるのですよ。旅の間、果物を剥く程度ではございますが」


 そう言って二人で小さく笑っていた。

 カーディーンは休憩と言いながら、じっと海砂の様子や空の様子を眺めていた。

 一拍の間をおいて、ネヴィラが同じように雲に覆われた月を見つめながら口を開いた。


「月が陰っておりますね。雨が降るかもしれないと兄から聞きました」

「あぁ、そなたも心構えだけはしておいてくれ」

「畏まりました。……カーディーン様は珊瑚樹林をご覧になったことがあるのですよね」

「あぁ」


 私もあるよ!


 私がすかさず主張すると、ネヴィラが私を見て「まぁ、羨ましいです」と笑った。


「私は珊瑚樹林の加工された装飾品ならばいくらでも拝見したことがあるのですが、珊瑚樹林そのものは遠く屋敷から眺めたことしかないのです」


 砂漠がいつのまにか真っ白になっていることは知っていても、具体的にどこがどうやって白くなっているのかは知らないのだと言う。


 そう言えば私も知らないなぁ。ねぇ、カーディーンどうやって森が出来るの?


 私がネヴィラと一緒にカーディーンを見上げると、カーディーンが空の様子を一度見て、砂走り達や亀鯱の様子を見てからネヴィラの従者から布を受け取り、私をネヴィラの手に乗せてから布を広げてネヴィラの頭にかぶせる様にかけた。


「カーディーン様?」

「そなた達の目で見てみるとよいだろう。……雨がくる」


 そう言ったカーディーンの言葉通りに空からぽたり、とネヴィラの足元にしずくが一滴落ちた。

 また続けてぽたりと水滴が落ちる。そしてぽたりぽたりがぽたぽたになって、ざぁざぁと落ちてくる音になった。ネヴィラの被った布からは雨を受け止める音が聞こえていた。


「カーディーン様が濡れてしまいます!この布はカーディーン様がお使いください」

「布をとってはならない。手の上のカティアが濡れるぞ」


 布を取ろうとするネヴィラにそう言ってしまえば、ネヴィラは手の中の私を濡らさないようにするしかない。

 そんなネヴィラの様子を見ながら、カーディーンが私達に言った。


「そのように案じずとも大丈夫だ。私とて備えはしてある」


 そう言ってカーディーンは首にゆるく巻きつけていた額布の余った部分を広げて頭に被せた。

 意外と幅があり、巻きつけておくほど長さに余裕のある額布は、頭を覆うこともできる様だ。あの部分ただ余らせて巻いてるわけじゃなかったんだ。

 見ればそばにいたリークも、他の部下の人達も似た様にして頭に額布の余った部分を広げて被っていた。額布は男性がいつでもつけているものだから、男性は皆急な雨でも対応できると言うわけだ。

 軍の旅装は雨にも対応しているし今は厚手の夜仕様なのでそれで事足りるらしい。


「それよりも砂漠をよく見ていた方がいい。そろそろ始まるだろう」


 カーディーンの言葉にちょっと首をかしげつつ砂漠を見る。

 降り続ける雨を受け止めている海砂は、せわしなくぐらぐらと揺れている。

 そんな海砂からにょきにょきと白や赤の細い棒がいくつも顔を出した。

 細い岩の様な珊瑚が音もなく上に上に向かってあちらこちらに枝を伸ばしている。

 植物ですらその成長はささやかでゆっくりなのに、珊瑚はまるで産声を上げるかのようににょきにょき、にょきにょきと生えてきた。


「珊瑚礁の発芽だ。雨を吸収して急成長する」


 カーディーンがそう教えてくれる間にもさらににょきにょきと赤や薄桃色や白が高らかに伸びてゆく。

 複雑な規則性で持って互いに絡み合うことなく、ぶつかることなく枝を伸ばしている。

 そうしてある一定の高さまで来ると、今度は伸ばした枝の真ん中あたりから小さな芽を出した。

 その芽が枝のあちらこちらに下から上へと増えてゆく。

 芽は次に蕾となり、今度はどんどん膨らんでゆく。蕾は花ひらくように綻び広がって、白い葉となった。

 このあたりまで来ると雨音にも変化があった。

 それまで海砂と私達が乗っている岩場の様な場所に落ちる音だったものが、葉が雨を受け止め、珊瑚の枝が雨をはじく音に変化した。

 そして葉の間からするすると伸びるように魚のひれに似た透明な葉がきらきらと雨粒を受けて濡れている。

 赤い葉脈は今は暗くて影の様で白い葉だけが月明かりに浮かび上がるようだ。

 さらに葉の間からはたわわに実った二枚貝の蕾が見え隠れしている。あの中に弾ける様な食感の美味しい実が入っていることを知っている私は急にお腹が減ってくる。

 すべてが雨を受け止めて、あちらこちらで小さな滝のように水が流れ落ちている。

 葉が成長しきって砂漠が森にかわるのに一刻とかからなかった。


「……このように砂漠は森となるのですね。不思議で、とても美しい光景です」


 ちょっと呆けたようなネヴィラの声は雨にまぎれて消えそうだったが、珊瑚樹林を見つめたままのネヴィラはとても静かに興奮している表情だった。

 しかし嬉しそうな声と表情はすぐになりを潜め、ハッとした様子でカーディーンに告げた。


「申し訳ありません。想定外の出来事は道中を預かる護衛の方々にとってもっとも憂うべき事態でしたのに、守られる身でありながら浅慮に喜ぶなどと不謹慎でした」


 しゅんと申し訳なさそうに告げるネヴィラに、カーディーンが柔らかい声で言った。


「珊瑚樹林の発芽の様子を見る機会は軍の者や旅商人でない限り稀なことだろう。旅で新たなことを見つけることが出来るのは幸運なことだ。それに旅の道中でなければこれはアファルダートにとって恵みを運ぶ雨だ。

 そなたは珊瑚樹林を見たことがないと言っていただろう。ならば本当の珊瑚樹林の姿を見ることで、加工された装飾品を見る目も少し変わることだろう。その変化はそなたの心を豊かにする」

「ですが……」

「たしかに武人としての私にとっては、今この瞬間の雨と森は喜ばしい物ではない。だが、ひとりの男としての私は隣にある美しい女性が喜ぶ顔が見れるのであれば、雨も森もさほど悪くないと思っている」


 カーディーンがネヴィラにさらりと告げた言葉に、私とネヴィラがぽかんとカーディーンを見上げた。


「……な、なんだ?」


 じっと見られてカーディーンが珍しくちょっとたじろいだ。


 カーディーンって……女性のこと口説けたんだね……。


 私が心のままに告げると、リークがすごく言いにくそうな顔で通訳していた。

 カーディーンが不貞腐れたような目でぼそりと反論した。


「私とて女性を喜ばせる言葉のひとつやふたつは言えるつもりだ。私がその言葉を口にする前に女性が怯えて気絶するのでその機会を得られないだけでな」


 わりと口数が少ないし、あんまりそういうこと言わない人だと思っていたので意外だ。だが意外な理由は非常にカーディーンらしかった。

 ネヴィラも口説かれたことに照れているわけではないようなので、純粋にカーディーンから口説かれたことにびっくりしたのだと思う。


「初めてカーディーン様からそのようなお言葉を頂戴しました……」

「そなたは私の顔を見ると怯えるのでな」


 あ、ネヴィラってカーディーンのこと眩しいの?


「カーディーン様が、眩しい?」


 思い出したので私が尋ねると、ネヴィラが言葉を繰り返してきょとんと首をかしげた。


 そう!女性が男性から目をそらすのは怖いか眩しいかのどっちかだって言うから!


「カティア、その話はやめなさい」


 カーディーンがネヴィラの手からそっと私を雨に濡れないように自分の手に乗せ換えて首の袋に移した。

 ネヴィラは私が言った言葉の意味を察したのだろう。言いにくそうにカーディーンに言った。


「あの……初めてお会いした時倒れたことでしたら、あれは殿下が恐ろしくて気絶したわけではなかったのです」

「違うのか?私の顔を見て気絶したと記憶しているが」

「あの時は殿下のお顔に流れる血と怪我に驚いて気を失ったのです。謝罪に伺った時もおびただしい怪我や痣がありました」

「そうだったのか……」


 意外な事実を知ったと言わんばかりの表情を浮かべるカーディーンと違って、私は話が見えなくて面白くない。


 ねぇ何の話?


「私とカーディーン様が初めてお会いした時の話です。恐れ多くも私が蛇に追い回されていたところを助けていただいたのですが、私はカーディーン様の額から流れる血に驚いて倒れてしまい、とてもご迷惑をおかけしてしまったのです」


 私が尋ねると、ネヴィラがつらつらと答えてくれた。

 なるほど、蛇に助けられたところを……あれ?

 私はそれによく似た話をカーディーンから聞いたことがある。


 もしかしてカーディーンが蛇から助けて気絶された初恋の女の子ってネヴィラだったの?


 私が思い当たってくぴーと鳴くと、カーディーンが片手で顔を覆って俯いた。

 ネヴィラはびっくりしすぎて真っ赤になっていた。

 その後、動揺しすぎて濡れた岩場で足を滑らせそうになったネヴィラをカーディーンが馬車まで送って行ったが、二人とも終始無言だった。

 私はカーディーンにちょんと頭をつついて怒られた。雨で皆あちらこちらで固まって静かにしていたとはいえ、あの場には他の人だっていたのだ。私は思いついたまま言ってしまったことを少しだけ反省した。



 カーディーンと一緒に仮眠や偵察を繰り返して夜を過ごした夜明け前。海砂が落ち着いて砂漠に戻ったら今度は珊瑚樹林を移動することになるのだが、森の中を馬車や荷馬車が通ることが出来ないという問題がある。

 仕方ないので荷物はくくれるだけ大トカゲ達に直接乗せて、新鮮な森の恵みを直前に収穫することで急ごしらえの祝いの品にすることになった。

 他の荷物は遅れて渡しの一族が運び込んでくれると言ってくれたので、最低限の荷物だけ持っての出発となる。日程には余裕を持って出発しているので、宴には荷物も間に合うだろうとの話だ。

 荷馬車などを曳いていた角豚や鼠犀に荷物を括りつけて大半の人は徒歩での移動の準備を既に終えて夜明けを待っている。

 しかしグィンシム兄妹はさすがに徒歩で移動させることは出来ない。

 なのでカーディーンの予定では一番重要な立場の兄ナディスをカーディーン、妹のネヴィラはカーディーンの副部隊長に乗せることになっていたのだが、ナディスが変更を申し出てきた。

 曰く「未婚の妹を同乗させるのだから、身分のしっかりしているカーディーンに任せたい」とのことだ。

 そういうわけでカーディーンの同乗者はネヴィラとなった。

 私が口を滑らせてから時間としては半日もたっていないのだ。二人とも何事もなかったかのような顔でそつなく挨拶など交わしているが、私にはカーディーンがちょっと眉を強張らせて若干恥ずかしいと思っているのがよくわかった。

 ごめんね、カーディーン。


「そなたは本当に私でよかったのか?」


 カーディーンがネヴィラに尋ねた。


「そなたが純粋に私の顔を恐ろしいと思っていることは知っている。いくら身分がしっかりしているとはいえ、私と共に長時間大トカゲの上で肩を並べるのは辛いだろう」


 カーディーンが努めて穏やかな声音で言うと、ネヴィラは一度だけ自分の足元をじっと見てからカーディーンをまっすぐ見て答えた。


「……おっしゃる通り、私はほんの少しだけカーディーン様の目を見つめることが恐ろしく思います。ですが、カーディーン様はおっしゃいました。『旅の中で新しいことを見つけることは幸運だ。本当の姿を見ることで、見る目が変わる』と」

「……珊瑚樹林の話だ」

「いいえ、きっと私が知ろうとせずにいた素晴らしいことがあるかもしれないと思ったのです。だから、私は貴方様を見つめてみたいと思いました」


 まっすぐに見つめるネヴィラの瞳にはカーディーンの少し驚いた様な表情が映っている。

 朝日に照らされて、ネヴィラの頬は少しだけ赤い。それが緊張から来る興奮か、朝日のせいかはよくわからなかった。

 ネヴィラは言いきって少しして、ぱっとまた目を伏せた。

 今はここが限界らしい。

 カーディーンがふっと小さく笑った。

 そしてまたいつもの無表情に戻って柔らかな声で言った。


「ならば私はそなたの変化がそなたにとって素晴らしい物であるよう努めよう。さぁ、手を」


 そうして差し出された手を見て、ネヴィラがまたちらりとカーディーンを見てその手を取った。


「恐れ入ります」


 ネヴィラを大トカゲに乗せて自分も乗って、出立の合図を出した。

 カーディーンの貴重な笑顔をネヴィラが見ていなかったのが非常に残念だ。とっても素敵なのに。

 でも二人の間に起こった変化が、心を豊かにしてくれればいいなと私はトカゲの頭の上でそう思った。


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