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巡り合わせた、二人の関係

連続投稿その5

連続投稿はここまでです。

 私が心の声を吐き出してしまったことで庭園にそぐわない重い空気が漂い続けた。

 私が悪いとは思わないしネヴィラが悪いとも思わないが、もうこの話題やめたいしこの空気が羽に心地が悪いと思ったのでどうしようかと考えていると、ネヴィラが「場所を移動しませんか?」と言ってくれたので移動することになった。

 移動中私を手にのせながら、ネヴィラがさりげなさを必死に装った口調で「何も知らぬ身で勝手な意見を申し上げたこと、大変申し訳ありませんでした」と静かに言った。

 ネヴィラなりに色々言ってしまったこと、それにたいして何も出来ないことに責任を感じているのだろう。

 私は「うん」とひと鳴きして、ネヴィラの言葉を受け取った。

 八つ当たりに近いことをしてしまったのは私だし、ネヴィラと喧嘩したかったわけではない。

 ちょっとだけ仲直りしてから別れようと思う。

 せっかくなので少し足を伸ばして普段はあまり行かない宮殿の中央付近に位置する庭園まで来てみた。私は軍の区画やカーディーンの宮を中心とした庭園や水路はよく知っているのだけれど、ネヴィラの様な宮殿にやってきた人達が使ったりする区画はまた趣が違うと教えてもらったので見てみたくなったのだ。

 ネヴィラの案内で見ごろの花が咲いていると言う庭園にやってきた。

 柔らかに敷き詰められた様な緑色の短い植物の絨毯と、花の種類や色を計算して種を植えたり育てたりしたのだろうと想像できる見事な庭園だった。白い石柱に絡みつく様な若々しい緑の蔓が特にいいと思う。登ったりぶらさがったりしやすそうだ。

 庭園の半分が水路の様になっていて、沢山の緑と流れる水の音や美しさを堪能できる庭園だった。

 どちらかと言えばあまり飾らない自然な育ち方をしている王族の居住区画や軍の区画周辺の庭園より、華やかで見栄えがいいなと感じた。

 あとでカーディーンに聞いたら、ネヴィラの様な来訪者が訪れる場所として利用される中央付近の庭園は最初におもてなしするための場所なのだから華やかで当たり前なのだ。

 そして居住区画は王族と親しい相手や王族の休憩の場として利用されることが多いから、心が落ち着いて穏やかな気分になるように、あまり飾らない私室の延長線のように自然な空間になるように計算されて造られていたらしい。


「私の好きな庭園のひとつなのです」


 ネヴィラが努めて明るい声で庭園を見まわしながらそう言った。

 私もさくさくと足で草の感触を楽しみながら歩き回る。ネヴィラは私の少し後ろをちょろちょろとゆっくりついてまわり、モルシャ以外の鳥司やネヴィラの従者達はまた端に控えている。

 私はちょっとだけ引きずったままの重たい空気を払しょくすべく、ネヴィラに明るく話しかける。


 ほらみて!虫!くにゃくにゃ曲がる虫がいるよ、ネヴィラ!


「ひゃ……っ!!か、カティア様!!む、虫です!緑の担い手ですからどうかそっとしておきましょう。口になさらないでください、口になさらないでください!!きゃあこちらに虫がやってきますカティア様!!」


 私が小さな蛇の様な動きの虫を追いかけまわしてつついていると、ネヴィラが泣きそうな顔で少し後ずさりながら小さな悲鳴を上げつつ必死で止めようとしている。

 ネヴィラには申し訳ないけれど、気分転換にはものすごくなった。楽しい。


 そうやって虫とネヴィラをからかいながら遊んでいると、私がそろそろカーディーンの元へ戻る時間になったのでネヴィラと別れることになった。

 別れを惜しんだネヴィラが少しだけついてくると言うので、許可を出して一緒に軍の区画の方へと向かった。

 普段はカーディーンが道を決めちゃうのでいつも決まった回廊を進むのだが、せっかく私が自由に歩いていいのだからまわり道になってもいいので知らない道を行こうと、少し遠回りしてみることにした。宮殿の中央の方ってあまりこないから、こういう小さな機会に道を覚えておきたい。

 ネヴィラは遠回りすることで私と少しでも長く一緒にいられることを喜んでいた。ネヴィラ……本当に可愛いものとか綺麗なものが好きで、そして縁がないんだなぁとしみじみ思った。綺麗な守護鳥として愛でられて上げようと思う。可愛いんじゃない。綺麗だから。

 ネヴィラは惜しむように手の平にのせた私を撫でながら私があっち、こっちと指示を出す方向に歩いている。

 構わないけれど、こけたりしないでね?


 そんなことを考えながら回廊をあっちにこっちに歩きつつ道を把握していると、回廊の向こう側から声が聞こえてきた。

 まぁ宮殿なので誰かしらの声は常に聞こえているのだが、今回は男女の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。ふたつとも知っている声のような気がする。

 回廊の端にかなりの人数の従者が控えているからそれなりに立場のある人物だろうと思いながら近づくと、声の持ち主たちの姿が見えてきた。

 庭園で仲良く笑い合っているシャナンとザイナーヴだ。二人はお喋りに夢中なようでこちらにはまだ気づいていない。

 私とネヴィラはその場に立ち尽くして二人の姿を眺めた。


「あんな子供の様に笑うシャナンを……私は初めて見ました」


 思わず口から零れたと言うようなネヴィラの呟きに、私も無言で同意した。

 シャナンはころころと笑い、頬を染めて嬉しそうな表情でザイナーヴに何かを一生懸命に話していた。

 ザイナーヴはそれを聞き、たまに驚きに目を見開きながら考え込むような顔をしたり、意見を交わし合うようにシャナンと言葉を交えていた。

 ナーブがその肩の上で、飽きることなくザイナーヴの表情をうっとりと眺めている。うん、ナーブはいつも通りだ。

 男女の愛の語らいというものを私は知らないが、二人の姿は幼い子供がとにかく自分を相手にぶつけるように遊んでいるように見えた。

 どちらかと言えばいつでもにこにこと笑っている表情の多い落ち着いた二人がそんな表情をすることが珍しく、そしてとても純粋に相手といるのが楽しいのだろうなと思える雰囲気だった。

 シャナンもザイナーヴも、こんなに子供っぽくて楽しそうな表情が出来たのだなと思うのと同時に、シャナンはカーディーンの前ではこんな表情になれなかったのだろうか、カーディーンはこんな表情をしなかったのかとさみしく思った。


「レーヴ様」


 シャナンがザイナーヴをそう呼ぶ声だけがはっきりと聞こえた。


「シルニア」


 応えるように、ザイナーヴもシャナンをそう呼んだ。

 御魂名だ、とわかった。

 ネヴィラがびくりと震えた。

 あぁ二人は既に御魂名を交わしたのか、とどこかぼんやり考えた。

 伴侶となるものだけが呼べる名前だ。

 そっか、シャナンの御魂名はシルニアって言うんだ。

 そんなことを考えながら邪魔をしては悪いから道を引き返そうと言おうとしてネヴィラを見上げると、ネヴィラが茫然とした表情をしていてぎょっとした。


 ネヴィラ?


「シャナンの御魂名が……シルニア……?そんな、まさか……」


 私が声をかけると、手に乗せていた私の存在を思い出したのかハッとしたけれど、まだどこかおかしかった。


 どうしたの、ネヴィラ?


「いいえ、大したことではございませんので」


 そう言ってネヴィラはにこりと笑ったけれど、ごまかすのが下手だなぁと思うくらいわかりやすく動揺していた。



 その後二人の邪魔をするのは悪いからと道を変えて軍の区画の近くまで来て、ネヴィラとは別れた。

 私はモルシャの手に乗りながら考える。


 ネヴィラの様子が変だったのはなんでだろう……。シャナンの御魂名を聞いたあたりでものすごくびっくりしていたみたいなんだけれどなぁ。


 私は唸りつつモルシャに尋ねてみた。


 モルシャはなんでだと思う?


「僭越ながら、他人の御魂名で驚く様なことがあるとすれば、ひとつしかないでしょうねぇ」


 ひとつ……。


 モルシャから助言をもらい、もう一度考える。

 御魂名は特別な名前で、伴侶か守護鳥ぐらいしか呼ばない名前で……あと相手に同じ御魂名を持つ同性の兄弟がいる場合、その人とは絶対結婚できない。


 あ……もしかして……!!


 ネヴィラとシャナンの御魂名、同じなの!?

 私が言うと、モルシャが「おそらくそうなのでしょうねぇ」と答えた。

 元々伴侶候補だったネヴィラは、ザイナーヴの伴侶候補の御魂名が自分と異なることは知っていたのだろう。無論他の伴侶候補達もだ。

 だけれどシャナンは突然ザイナーヴの伴侶となることが決まった。だからまだ御魂名を確認していなかったのかもしれない、とモルシャが言った。


「本来、御魂名が一致する複数の伴侶という状況がめったに起こり得ない出来事ですので、ネヴィラ様もさぞ驚いたことでしょう」


 つまりネヴィラとシャナンの御魂名が同じということは、ネヴィラはザイナーヴには絶対嫁げないのだ。

 嫁げたとしても、自分の御魂名を別の相手に向かって呼ばれるのだ。二人ともさぞ複雑な想いをすることだろう。

 私は目に見えて動揺していたネヴィラの姿を思い出した。

 自分が何も悪くないことでいきなり婚姻が出来なくなったというのは辛いだろう。

 出来ればネヴィラにも素敵な相手が現れることを願っておこう。

 ん……?

 私はふと気付いた。


 ねぇ、モルシャ。同じ御魂名をもつ兄弟がいる相手には絶対嫁げないんだよね。


「左様にございます」


 じゃあ、兄弟の伴侶が同じ御魂名を持っていたらどうなるの?


「御魂名が同じ兄弟というのはあくまで婚姻を結びたい相手と血を等しくする親と兄弟に限りますので、その相手までは考慮いたしません。よって極々稀に、兄弟で同じ御魂名の伴侶を持っているということもあるそうでございます」


 アファルダートでは兄弟がいるのが一般的で、特に王族などは国王が複数の伴侶と複数の子を持つので、ただでさえ兄弟が多い上にその兄弟の婚姻相手まで考慮に入れていると、とんでもなく大変になってしまうという事情があるそうだ。

 なるほどつまり……。


 ネヴィラはカーディーンに嫁げるわけだね。


 私が確認すると、モルシャが深くうなずいた。

 見つけた!

 誰もが納得する条件の伴侶。

 私はこのことを真っ先にカーディーンに告げるべく、翼を広げてカーディーンの元へと飛び立った。



 カーディーン!ネヴィラを伴侶にしたらいいんだよ!!


「カティア、まず落ち着いた方がよいだろう。なぜそのような考えになったのか話してくれるか」


 顔に張り付かんばかりの勢いでカーディーンにネヴィラネヴィラと言うと、きゅっと手の中に包むようにしてなだめられた。

 なだめようとする手をもがもがと押しのけて、手の上で小さく飛び跳ねながら説明する。

 話がまとまっていない私の言葉に通訳のリークが首をひねっていたが、私に遅れながら転がり込むように走ってきた鳥司の一人が息も絶え絶えに大まかな流れを補足して、その補足でようやくリークとカーディーンが私の言いたいことに納得したようだ。


 私見つけたよ!ネヴィラならいいでしょ?褒めて!!


 くっふーと胸と尾羽を高らかに持ち上げてカーディーンを見上げると、カーディーンが困った様な目で私を撫でた。


「誰が見てもシャナンより優れているとわかる女性という条件だけならば、な。しかしネヴィラが私を怖がっていることはカティアも知っていることだろう」


 あ、忘れてた。


 私はくぴ、と間抜けな声で鳴いた。

 私にはいつもにこにこしているし、基本的にカーディーンがいないときに会うことが多いので完全に忘れていた。

 ネヴィラってカーディーンのことちょっと怖いと思っていたんだっけ?たしかちょっとだけカーディーンと視線が合うと目を伏せてしまいがち、だったような気がする。

 まぁ綺麗なもの可愛いもの大好きなネヴィラの性格を考えると、カーディーンの顔はちょっと怖いのかもしれない。


 でもほら、目は伏せるかもしれないけどだからって怖いと思っているかはわからないよ。


「私が他の兄弟ほどの美しさであれば、あまりの眩しさに直視できないという可能性もあっただろうが、あいにく私に恐ろしい以外の理由で目を伏せられたことなどない」


 ネヴィラにはあんがいカーディーンが眩しく見えてるかもしれないよ!


 私が言い募ると、カーディーンが「それはないだろう」ときっぱり言い切った。

 私も向きになってむぅっと頬をふくらませる。

 この機会を逃せば他の条件の良い伴侶が現れるかどうかわからないのだ。

 それに自分で気づいたときにものすごくいい案だと思っただけに、簡単に却下されてしまったことが面白くなかった。

 結局その日はカーディーンが「私も少し考えたい。この話はここまでだ」と終わらせてしまっただけに、私はカーディーンにそれ以上何も言うことが出来なかった。



 カーディーンのわからずや!


 私はリークと宮で遊びながらくぴーと鳴いた。

 足元の遊び場となっている彫像の角部分には私の噛み痕がいっぱいついていた。


「まぁまぁ、カティア。カーディーン様やネヴィラ様の気持ちも考えた方がいい」


 二人の気持ち?


「俺には貴族的な感覚はよくわからないのだけれど、事実だけ見れば兄弟で互いの伴侶候補を入れ替えたみたいにならないか?」


 もしカーディーン様とネヴィラ様が婚姻を結べばの話だがな、とリークは言った。

 まったくそんなことに気付かなかった。


 私の感覚ではそんなこと全く気にならなかったけど……人間ってそういうものなの?


 ネヴィラも急に相手がいなくなったのだから丁度いいじゃないかと思った私の考えって、カーディーンにとってはあまり嬉しくなかったのだろうか?


「兄弟で番うことも珍しくないという動物の感覚と、人間のそれは少し違うかもな」


 リークもこればかりはわからないと言わんばかりに首を振った。


「それにネヴィラ様と婚姻を考えようかとなった場合、シャナン様の時の様にゆっくりと恋心を育てている暇などないと思うぞ。期限があると言うこともひとつだが、競争相手のいなかったシャナン様と違って、ザイナーヴ殿下の伴侶候補から外れたネヴィラ様には他の縁談が殺到すると思うぞ」


 すぐに首飾りを贈るなり当主に話を通して縁談の話をしなければ、誰かとすぐに婚姻が整ってしまうだろうとリークは言った。

 ネヴィラ自身も父の考えが変われば別の方に嫁ぐかもしれないと言っていた。


「カーディーン様は『妥協』のような形で伴侶を選ばれたくはないのだと思う……」


 リークがちょっとだけ辛そうな表情でそう言った。

 それは私もそう思う。そんな選び方をすればネヴィラにだって失礼だし。


 でも、私はネヴィラがいいよ。条件に適していて、私とも仲がいい。


 なんとなくだけど他の誰かよりは、私はネヴィラがいいなと思ったのだ。

 でも結局、私の思い込みでしかないことはわかっている。もしかしたらカーディーンにもネヴィラにも、他にふさわしい相手がいるのかもしれない。

 というよりそもそも私の狭い世界ではカーディーンと結婚できそうなネヴィラ以外の貴族の女性を知らない。

 何も力になれないって辛いなぁと思いながら私はぺたりと尾羽を下げた。



「カティア。近く大規模な砂漠の移動がある。そなたも心構えをしておいてほしい」


 カーディーンが私にそう言ったのは執務室で書類とのにらめっこがひと段落したころだ。

 私はカーディーンの背中の服を咥えてよじ登って遊んでいるところだったのだが、カーディーンの纏う空気が少しだけ変化したのに気がついて、机の上にひらりと着地して話を聞く体制でカーディーンを見上げた。


「カティアにとっては初めてのことだが、隣国への護送任務だ。隣国との交流の為にグィンシム家の次期当主とその妹、さらに彼らの従者達や贈り物を隣国へと送り届けるのだ」


 今回は隣国の王子とその妃の間に子供が生まれたことを祝うために赴くらしい。

 たしか呪いの為に王族が宮殿から出られないかわりに、昔から他国との交渉を一手に担っているのがグィンシム家だ。他国との交渉に限り王家に匹敵する権力をもっていたはずだ。

 そして……―――


 たしかグィンシム家って……。


「そう……ネヴィラの家だ。そして次期当主の妹とはネヴィラのことだ」


 目下私にとって一番関心のある人物が隣国へと向かい、さらにそれを護送するのがカーディーンらしい。


 それは……すごい巡り合わせだね。


「……そうだな」


 この場合、巡り合わせという言葉には良いと言うべきか悪いと言うべきか、どちらを冠して使えばいいか私は少しだけ困ってしまった。


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