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広がる世界と隠れた心

連続投稿その1

 カーディーンが変だ。

 何がどうおかしいと言うわけではないのだが、変だと思った。


 ネヴィラと話をして気分転換し、宮に戻るといつも通りのカーディーンが既に宮に戻っていて、いつものように出迎えてくれた。

 結局あの箱はどうしたのかと聞いたら、必要なくなったから処分したと淡々と言った。

 綺麗な箱だったからいらないのならば私にくれればよかったのに……。私の宝物置場にしたかった。

 それは別にいいのだが、その日以来ちょっとカーディーンが変なのだ。

 いつものように起きて朝のにぎにぎをしてもらい、着替えるのを眺めつつたまに指でちょいちょいと構ってもらう。

 軍の区画に向かい砂漠の巡回をする。

 そこまでに何も問題はない。カーディーンの動きが鈍いとか、変な指示をするだとかしているわけでもない。

 ただ休憩のときにほんの少しだけ深く呼吸をするのだ。

 ゆっくりと長く鼻から息をこぼしている。

 ただそれだけだ。

 それだけだけど……なんとなく、気になった。


 カーディーンどうしたの?疲れてるの?


「疲労感はないぞ?砂漠にいるのだから緊張感は常に持っているがな」


 声音も普通で、首でもかしげそうなきょとんとした様子で聞き返してくるから、私の気のせいかもしれない。

 そんなカーディーンがちょっと変な日は二、三日程続いたが、ある日珍しく会議でもないのに私を連れず一人で出て行ってしまったことがあって、私はカーディーンが怪我をしてしまわないかはらはらそわそわしながら待っていたのだが、何事もなく無事に戻ってきた。

 どこに行っていたのかと尋ねたら「風を掴まえに行っていた」と言ったので、詳細は聞けなかった。誰と風を掴まえに行っていたのか気になったが、リークに誰だと思う?とこっそりたずねると「可能性としてはシャナン様かザイナーヴ殿下が相手かな」と言われ、カーディーンに直接聞くのがはばかられたので、すごく気になったけれどそっとしておいた。

 その後はほとんど深く呼吸することもなく、いつも通りのカーディーンだったように思う。たぶん……。



 そしてそれからしばらくしたある日、私はなるべくさりげなさを装ってくぴーと鳴きながらカーディーンに問いかけた。


 ところでカーディーン、伴侶探さないの?もうすぐ半月経つよ?


 カーディーンは現在一向に伴侶探しをしていないのだ。

 誰も聞きたそうで、しかし聞けない顔をしていたのでずばり聞いてみた。

 宮で寛いでいる時に尋ねると、カーディーンは私を撫でていた手をとめてじっと考えるように黙ってしまった。

 カーディーンの従者の人達もひそかに動きをとめて、ものすごく聞き耳を立てているのを感じた。


「……そうだな。探さねばならないな」


 カーディーンはそれだけをぽつりとつぶやいた。

 しかし私はカーディーンが極力縁談を持ちかけてくる貴族を避けていることは知っていた。

 だっていつもより軍の区画へ行くのに遠回りしているもんね。私は何も言わずに頭の上で振動を楽しんでいた。


 せっかくカーディーンと一緒に軍の区画に来たのに急な会議が入ってしまい、カーディーンから遊んでおいでと言われた。なのでいつものように宮殿を散策中だ。

 ちなみにリークは笑顔のマフディルに連れて行かれてしまった。

 リークはマフディルの笑顔に何を感じ取ったのか、遠くを見る様な眼で私にしばらく離れる挨拶をして、どこか哀愁漂う背中を見せつつ行ってしまった。

 私は祈りを込めてくぴーと鳴いて見送った。



 モルシャが一緒なのでモルシャの手の平に乗りつつ、ゆっくりした散策だ。

 心の赴くままぶらぶらと歩いていると、シャナンとばったり出くわした。

 シャナンはじっと私を見つめたままだし、私は茫然としたまま互いに緊張が走るのがわかった。


 ……何してるの?


 私はちょっとだけ頬を膨らませつつ、尋ねてみた。


「……ザイナーヴ殿下の宮に赴くところです」


 ここ、軍の区画の近くだよ。ザイナーヴの宮がある王族の区画は反対側。


 私が指摘すると、シャナンは「あ……」と小さくつぶやいてうなだれた。

 どうやら自覚のない迷子だったらしい。

 恥ずかしそうな姿に毒気を抜かれて、膨らんでいた頬が元に戻るのがわかった。

 シャナンが変わらず道に迷っていることに、少しだけ安堵している自分がいた。

 そうだよね。シャナンが、シャナン自身が変わってしまったわけではないのだ。

 変わったのはシャナンを取り巻く周囲だけで、シャナン自身は何も変化していないのだと察した。今もかわらず、迷子になっていることにも気付かないシャナンのままだ。

 私がモルシャに頼んで適当な人を呼んでもらい、シャナンを案内するようにお願いした。

 シャナンは申し訳なさそうな表情で、私にお礼を言った。

 モルシャから言付かった鳥司が手近な人間を呼んで案内につけ、シャナンが私にお礼を言って背を向けたところで私はその背中に声をかけた。


 シャナン。


「はい?いかがいたしましたか、カティア様」


 くるりとシャナンが振り返った。

 私は意を決してシャナンに告げた。


 あのね、ほんの少しだけ……。もう一度だけシャナンの周りの人を信じてみてほしいの。シャナンが『違う』ってことを受け入れてくれて、必要とするかもしれない人は絶対いると思うから。私がカーディーンにとってそうであったように……だから、だから……迷子の時は、ちゃんと周囲の人に道を聞いたらいいと思うの。宮殿の人はみんな笑ったりしないでちゃんと教えてくれると思うよ!みんないい人だから!


 私がまとまらない考えのまま言葉を紡ぐと、シャナンは私の姿を見てにこりと微笑んだ。

 そして「ありがとうございます」と言ってふわりと一礼してから、そのまま案内の人と行ってしまった。

 私は小さくなるシャナンの背中を見つめながら呟いた。


 誰も迷子のシャナンに道を教えてくれなかったらどうしよう……。


「『昼の旅人は渡り鳥に方角を尋ねなさい。行くべき道を教えてくれる。夜の旅人は灯り魚に教えを請いなさい。帰るべき道を示してくれる』という言葉がございます。月の守護鳥たるカティア様が迷えるシャナン様に道をお示しになったのです。渡り鳥などよりまっすぐに、シャナン様は己の道を歩くことでしょう」


 アファルダートにおいて鳥は祈りと感謝を捧げる存在ですからねぇ。モルシャが柔らかくそう言った。

 鳥は祈るもの。道を教えるもの。


「それに……カティア様から賜りました誉れの言葉に泥をつける様な真似をする者は宮殿に仕えておりませんよ。モルシャはそう信じております」


 モルシャは誇らしげにそう言って、少し後ろに控える鳥司の人達、私達を静かに見守る兵士の人達や従者の人達もどこか誇らしげに温かいまなざしをしていた。

 くふーっとした気分になって、私はくぴーと鳴いて尾羽をふりふりと振った。



 その日はそれ以降、特に真新しい発見などはなかった。

 新しい発見がなかったことを残念だと思いながらカーディーンの元に戻ってくると、カーディーンが「何か楽しいことはあったか」と尋ねてきたが、シャナンに会いましたとは言いにくかったので「特に新しいものは見つけなかった」と返しておいた。


 カーディーンは何していたの?


「……仕事、だな」


 半分本当で半分嘘って顔をしていた。

 でもちょっと食い下がって聞いてみてもはぐらかされたので、ちょっとだけ面白くなくて拗ねてしまった。

 最近、お互いに言いたくても言えないとか、言わない方がいいようなことがたくさん増えてきたと思う。

 それを少しだけさみしいと思った。

 あんまり秘密とか持つの好きじゃないなぁと思ったので、こっそりリークだけには今日シャナンと会ってちょっとだけ話をしたと言い、カーディーンに言えないことが増えるってやだなとリークに零すと、リークがちょっと考えた後にこう言った。


「それだけカティア自身の付き合いが増えたってことだろ。関わる人が増えた分だけそれぞれの秘密を受け取るんだ。大切にしたいから簡単に人には話せないこともあるだろうし、俺やカーディーン様だってカティアに言わないこと、言えないことも多くある。それは別にカティアをないがしろにしているわけじゃなくて、秘密にすることで大切にしたい何かがあるってことだ」


 と言った。

 世界が広がる、かぁ……。私はくぴーとひとつ鳴いた。

 世界が広がるってわくわくするものだとばかり思っていたけれど、人と関わって世界が広がるのって窮屈にもなるのだと知った。


 世界が広がるはずなのに、身動きするのが難しくなるって変な感じだね。


「そうだな。でも大きな部屋に一人でいるよりは、沢山の人と身体を寄せ合ったり話をしたり出来る方が楽しいものなんじゃないか?」


 たしかに、そうかもね。夜は誰かとひっついていた方があったかいよね!


 私とリークが二人でそう結論付けていると、モルシャがにこにこしながら一言添えた。


「秘密が増えるのも人と関わることも素晴らしいことで、リョンドの言うとおりですねぇ。ですがリョンドは本来鳥司に準ずる役割です。堂々とカティア様に隠しごとをしているなどという発言はなりませんよ」


 鳥司がお仕えする守護鳥様に隠し事や謀り事などあってはならぬことですよ、と笑顔で釘をさしていた。

 以前モルシャも私に王族の血に関する話を内緒にしていたよね?と言うと、笑顔で「えぇ、大罪でございます。あの時はいかなる処分も覚悟しておりましたねぇ」とふんわり言われた。

 尾羽から背中に静かな震えが走った。

 二度とこの話はしてはならないと固く決意した。


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