たくさんの交流と黄金の砂
爬虫類が登場します。苦手な方はご注意ください。
いつもとは違う、ぼんやりしててもご飯がなくなったりしない素晴らしい穏やかな食事を終えて、私はカーディーンのお仕事場所に案内された。私がカーディーンを加護の相手に選んだら、今後頻繁に足を運ぶことになる場所らしい。
気に入ったのでカーディーンの頭上に乗っかり移動する私。自分が大物になったような気がする。
案内されたのは本宮殿の正面からは見えない裏側の区画だ。
全体的に飾りがなく、柱の一つでさえやたらと頑丈でしっかりした造りを感じさせる。
ここはカーディーンと同じ、軍人が集まる場所なんだそうだ。道理で周りにいる人も男の人がたくさんでしかもみんな強そうなわけだ。
相変わらず私は物珍しそうに通り過ぎる軍人から見られたけれど、カーディーンの「ここに女性はほとんどいない」という説明で納得した。
なるほど女の子が恋しいのだな!
仕方ない。愛でるだけならば存分に私を愛でてもいいんだよ。「女性は男性に愛でられるのが仕事」って鳥司の雑談で聞いたもんね!
そう思い、私は見せつけるように自慢の胸の羽毛を強調し、自分が一番素敵に見えるようにきりりと姿勢を正す。
モルシャにどお?って聞いたら「ご立派なお姿です」って言われたから間違いない。
私が道行く軍人に潤いを振りまきつつカーディーンの仕事部屋に到着すると、背の高いカーディーンよりも縦にも横にも大きい軍人が目の前に現れた。
カーディーンの頭の上に乗っていた私は、いきなり現れたその軍人の視線を真正面から受けて、迷わずカーディーンの頭上から逃走し、背後のモルシャの手の中に隠れた。
おっきい!おっきいっ!!食べられちゃう!?
「砂殿、砂殿」
いやーっ!!調子に乗ってごめんなさい!おっきくなったと思ったの!強くなったと思っちゃったの!!食べても美味しくないよ!ちっちゃいから食べるとこすくないからぁっ!!
「おちつけ、砂殿。これは私の副官だ。そなたを食べたりはしない」
カーディーンの声に促されて、そろそろとモルシャの手の中から頭だけ出すと、カーディーンの向こうのかなり離れた場所で、先ほどの大きな軍人が頭を下げていた。
カーディーンはモルシャから私を受け取りそっと手の平にのせると、まだ頬をぷくりと膨らませて警戒を解こうとしない私の目を見て、穏やかに問うように尋ねてきた。
「砂殿はあやつの何が怖かったのだ?」
急に目の前に大きなのが来て、至近距離で目があったのが怖かった。
「なるほど。私よりも大きなものがいきなり目の前に現れたから怖かったのだな。」
うん。
「ではあやつを見てみよ。体は大きいが、そなたを食べそうな奴にみえるか?」
私は言われて頭を下げている副官を見た。
カーディーンに命じられて頭を上げた軍人は、確かにとっても大きくて迫力がある。
けれど正直、怖くはないかもしれない。本当に正直なことを言ってしまえば顔の怖さだけならばカーディーンの方が上だ。
カーディーンが怖くない私が、カーディーンより怖くなさそうな副官におびえるなんておかしい。
あ、怖くないね。
私は遠くにいる副官に向かってぱたぱたと飛んで行った。
副官は私が来るのにびっくりして慌てて自分の手を差し出した。私はその手にちょこんと止まる。そしてその手にぐりぐりと自分の額を押し付けた。
副官は私の突然の行動にきょとんとしている。
あ、そうか。兄弟にはこれで通じるけれど、人間にはわからないのか。
えっと、怖がってごめんね。びっくりしたの。
モルシャが通訳してくれると、意味を理解した副官が慌てて、けれど私の止まっている手を動かすことが出来ずにおたおたとした。
「俺……あ、いや、わたくしのようなものに頭を下げないでください!わたくしのほうこそ守護鳥様を驚かせてしまい申し訳ないです」
おたおたと言いながら、私にぺこぺことする副官はもう怖くない。良く見ると、顔にそぐわないつぶらな瞳がとても優しそうだった。なんで怖いと思ったのか今ではわからないほどだ。
副官に一声かけてから、私はまたカーディーンの手の上に戻りカーディーンに言った。
カーディーン。あの人怖くなかったよ!
「そうであろう。今回は驚かせた副官にも非があろう、許してやってほしい。よければ他の者にも、出来れば今度は砂殿の方から声をかけてやってくれると嬉しい。軍のものは他の者達からは恐ろしいものと誤解されやすいのでな。砂殿に声をかけてもらえれば皆喜ぶであろう」
わかった!
「砂殿は寛大だな」
そ、私カンダイだからね!……ところでカンダイってなに?
きょとんと首を傾げた私を見て、その場にいた人達が小さく笑った。
そんなことがあり、人を見かけで判断してはいけないんだと学んだ。副官はおやつにと木の実がたくさん入った袋をくれた。人間が食べれる木の実や、干した果実が入っていた。自分のおやつにと携帯していたのを、お詫びの意味も込めてくれたのだろうとカーディーンが教えてくれた。副官、とてもいい人だ!
袋はモルシャが預かってくれてるので、後で大事に食べよう。私は大きな副官と別れてさらに軍の区画をうろうろした。
「砂漠は昼と夜で姿を変える。私達はどちらの姿も把握しておかねばならん。なので太陽の昇る時間砂漠を駆ける騎獣と、月の昇る時間砂漠の海を渡る騎獣を手懐けている。彼らが私の仕事仲間だ」
夜の騎獣は放し飼いで昼は会えないとのことなので、昼の騎獣に会わせてもらうことにした。
後悔した。
私はモルシャの手の中で頬を膨らませてぶるぶると震えている。
目の前の厩舎小屋に並んで私を睨みつけているのは、ぎょろりとしたようにもつぶらなようにも見える真っ黒な目、愛嬌があるようにもいかつい感じにも見える顔、乾燥してざらざらした体表、ペタンとした人の手にも似たするどい両手足、先にいくほど細くなるしっぽ。
どこからどうみても間違いなく……――――――
トカゲじゃん!!大きなトカゲじゃんっ!!
「大丈夫だ砂殿」
今度こそ食べられちゃうよ!どう見ても肉食な顔してるもん!!小鳥の一羽くらい丸のみ余裕な大きさだよ!
四つん這いみたいな体勢のくせに、トカゲの隣にいる世話をしているらしき軍人の腰上ぐらいの高さがある。全長に至ってはカーディーン三人分くらいはありそうだ。
パニックを起こしている私に向かってカーディーンが淡々と告げた。
「この砂漠トカゲは砂食性だ」
え?砂……食べるの?私じゃなくて?
私がきょとんと聞き返すと、カーディーンが頷きながら答えた。
「肉食ではない。主食は砂漠の砂だ。口を大きく含んで砂を掬いあげるようにして食べる。そしてうがいの様に口の中で何度か動かした後、また足元に吐きだす。その際砂の量が若干減っていることや、同じ足元の砂をもう一度食べないことから、砂の中の何かや砂そのものを食べているのだと考えられている。他には好物はサボテンらしい」
そう言ってカーディーンが世話係の軍人に目で合図すると、軍人は心得たように厚手の手袋をはめ、とげのたくさんついたサボテンを持ってきた。
うわぁ、水分をたくさん含んで美味しそうだけれど、とげがすごく痛そう。私はとげを抜いてもらわなくちゃ食べられないな……。
するとトカゲはかぱりと口を開け、軍人はとげを抜きもせずそのまま無造作にサボテンを口の中へ投げ入れた。
痛い!
他トカゲ事ながら口の中がとげだらけになる様を想像して震えると、トカゲはむちゃむちゃと口を動かして、どうやら普通に咀嚼しているようだ。目をうっすら細め、心なしか嬉しそうですらある。
痛くないんだ……。
私がその様子に感心していると世話係の軍人が、五日前に卵からかえったばかりの子供トカゲを連れて来てくれた。
子供トカゲは全長が軍人の手から肘くらいまでで、しっぽを除けば手の平から少しはみ出す程度のサイズしかなかった。あの大人サイズを見た後だと可愛いと思えるほど小さい。
なので私でも気軽に近づくことが出来た。私の方が先に産まれているけれど、子供トカゲの方が大きいので頭にちょこんと乗ってみた。子供トカゲは無関心なわけではないが、されるがままで動じていないようだ。
この子供大人しいなぁ。
「このトカゲの種類は人懐っこいのが特徴なんですよ」
軍人が教えてくれた。色は二種類あって、褐色で砂に擬態するトカゲと、黒曜石のような色で砂漠の岩に擬態するトカゲらしい。この子供トカゲは黒曜石のような色をしていた。
さすがに子供はとげのあるサボテンは食べられないらしく、とげを抜いた小さく切ったサボテンが与えられるそうだ。与えられたおやつサボテンを、私と子供トカゲがとりあいするのを周りの人間達が微笑ましそうに見ていた。
ちなみに私が負けた。
子供トカゲは勝利の余韻にひたりながら、私に見せつけるようにサボテンをもしゃもしゃしている。……くやしいっ!!
ちなみに後で足は速いの?と聞いたところ、もちろん足も速いが砂漠トカゲのもっともすぐれた所はその持久力にあるそうだ。足の速さとしてならばトップスピードは砂漠狼や虎には勝てないのだが、その代わり持久力が素晴らしく、どれだけ瞬発力で負けても体力が圧倒的に上なので見失わない限り、相手が段々疲弊してスピードが落ちれば必ず捕らえる事が出来る。そして走りまわるのは見晴らしがよく、遮蔽物がほとんど存在しない砂漠だ。
砂漠では軍はひたすら長い距離を移動するので、だく足ほどの速度でその気になれば丸一日歩き回れるトカゲは、非常に騎獣に適しているのだそうだ。さらに食事は足元の砂を食べさせればよいという食費がほとんどかからない仕様だ。
なので昔からこの砂漠トカゲは、砂漠を移動する人間の大切な相棒なのだと言う。
そんな話を聞いて子供トカゲとじゃれていたら夕方に差しかかった。
カーディーンが夕方は行きたい場所があると言うので、厩舎を離れてまた移動した。
到着したのはカーディーンの宮だった。
あれ?戻ってきたよ。
「あぁ、見せたいものはここだ」
お部屋ならお昼にみたけどなと思いながら訝しんでいると、従者が入口の重たい布をあけ、私とカーディーンは薄布をくぐって中に入る。
すると、そこは夕日が差し込んで全てが赤く染まった部屋になっていた。
すごい!真っ赤っだ!!
白かった石柱が差し込む夕日によって赤く輝き、石柱のアーチが長く影を作って伸びている。調度品や装飾品もきらきらと光を反射して黄金に輝いている。
興奮する私を乗せたまま、カーディーンが石柱の方へと近づいた。
石柱の向こうにみえる風景に、私は声が出なかった。
石柱の向こうには、お昼の食事の時も見た何の変哲もない砂漠が広がっているはずだった。
けれど夕陽の中の砂漠は、水平線の向こうに大きな夕陽があって、夕陽と接している水平線は黄金色に輝いて眩しくて見えないほどだ。まるで夕陽が黄金の絨毯の上に寝転んでいるようだと思った。
砂は赤く染まり、粒がきらきらと光を放っている。まるで砂ひとつひとつが黄金の様な輝きだと思った。
「私の宮は街の様子は見えぬ。だが砂漠に広がる夕陽の美しさをもっとも堪能できるのはこの宮なのだ。だからそなたにこの美しさを知ってほしかった。私はこの黄金色の砂漠が、昼や夜よりも一番美しいと思うのだ」
まっすぐに砂漠を見つめて言うカーディーンの横顔は夕陽に照らされていてよく見えないけれど、どこか眩しいような表情で笑っているようだった。
私はまだ夜の砂漠を見たことがないから、この黄金の砂漠が一番かどうかはまだ決められないや。
「そうか」
カーディーンの声は、落胆するでもなくただ自然とそう呟いた。
私もつぶやくようにして言った。
でもね。夜の砂漠も、カーディーンと一緒に見てみたいなって思ったよ。
「そうか」
カーディーンはまた小さく呟いた。その声が、少し嬉しそうだったことが私もなんだか嬉しかった。