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相容れぬ、異なる存在

 翌日、私はシャナンに風を捕まえようとお手紙を出した。

 今回は通訳がいないと話が出来ないので、リークとモルシャにも一緒にきてもらった。

 シャナンはふわりといつもの頬笑みで私に挨拶をしてくれた。私は緊張しながらもくぴーと鳴いて挨拶をした。

 鳥司は会話に必要なので来てもらったが、本来風の留め箱の中には話をする人以外は入らないきまりなのでシャナンの従者はいない。なので絨毯も敷かない。

 私は以前と同じく水の湧き出る杯の縁に足をかけ、シャナンはその向かい側に立っていた。


「私にお話があると伺い馳せ参じました。何かとても大切なお話なのですね」


 シャナンが穏やかな声音で水を向けたので、私はその声に背中を押されるように切りだした。


 あのね……。シャナンは今、カーディーンと仲良くなろうとしているんだよね。カーディーンはシャナンを伴侶にしたいって言ってたよ。けどナーブが……えっと……。


「ナーブ様が私をザイナーヴ様の伴侶に、とおっしゃいましたか?」


 私が歯切れ悪くもごもごしていると、シャナンが少し目を伏せて静かに言葉を続けた。


 そう!それ!!だから私はシャナンのことを知りたいの。ちゃんと本当の、心からの気持ち。シャナンは誰が好きで、どうしたいの?


 私はじっとシャナンの返事を待った。

 シャナンは少しだけ目を伏せたまま、何の表情も浮かべないまま言葉を探しているようだった。

 そうして私にとっては長い長い沈黙の後、シャナンはにっこり微笑んで私に言った。


「カティア様。私は誰もが……とても好きなのです。カティア様のこともカーディーン様のことも、ネヴィラ様やナーブ様もザイナーヴ様のことも、皆様のことがとても好きなのです」


 それは……私の欲しい答えじゃないよ。


 私はそっとシャナンの言葉を否定した。

 すると、今度はシャナンが私の言葉を否定した。


「いいえ。私にとってはこれが間違いなく答えなのです」


 どういうこと?


「私は……私という存在は、カティア様の瞳にどのように写りますか?」


 逆に問い返されて、私は困惑しながらも答えた。


 優しくてふわふわしてて、いつも微笑んでいて……お話を楽しそうに聞いてくれて、へこんでるときとかにそっと背中を押す言葉をくれる人。


 私がおずおずとそう言うと、シャナンは目を細めて言った。


「カティア様には私がその様に映ったのですね」


 映った?


「私にはあまり強い感情や欲求と言うものがありません。いえ、幼いころは確かにあったはずなのですが、私の感情や価値観は人とは少し異なっていたようなのです。人と同じ場所に怒りがなく、人と同じ場所に悲しみがなく、人と同じ場所に喜びがありませんでした。そしてそれゆえ、私の価値観や言動は歪なものだったそうです」


 まるで守護鳥の様だ。守護鳥も月と砂でその心の在り方がまるで違った。

 シャナンもそうだったのかな?


「これは私がしでかしたことのほんの一部に過ぎないのですが……アファルダートの女性は例外なく皆髪を伸ばします。うなじに住まう神の遣いを守るためだと小さいころから当たり前のように教わる習慣です。

 ですがある時皆で遊びまわっている時私の髪にかなり匂いのきつい果実の汁がかかってしまったのです。共に遊んでいた皆は嫌がるし、私も匂いに辟易していたので近くにいた大人に刃物を借りて、うなじが隠れるぎりぎりの部分まで汁のかかった髪を切り落としました」


 私はそれの何がいけないのかよくわからずに首をかしげ、リーク達を見るとリークは露骨に信じられないと言わんばかりに顔をしかめていたし、モルシャは少しだけ目を丸くして口元を手でそっと押さえるように隠していた。

 人間にとっては髪を切り落とすのってすごくびっくりするようなことらしい。


「周囲の大人達が悲鳴を上げるほどの騒ぎになりました。その後は髪が伸びるまで家に閉じ込められて叱られ続けました。けれどなぜ髪を切ってはいけないのか、幼い私が納得する答えは誰も答えてくれませんでした。私としてはうなじが隠れている長さは残っているのだし軽くていいじゃないかと言ったのですが、私の言い分は通用しなかったようですね。人に聞くことも憚られることだと学んだので今は人に尋ねたりはしませんが、どうしてなのか未だに疑問に思っております」


 人に話すことが出来る一番軽い出来事がこれだとシャナンは言った。

 その他にもシャナンのなぜ?どうして?は幼子が尋ねる範疇を超えており、そして大人達は彼女を納得させられる答えを持たず、ならば自分で出来ることは試してみようと行動に移すと羽交い絞めで家族に止められたとシャナンは話した。

 その他会話があちらこちらに飛んだり、突飛で不可思議なことを言っては周囲からおかしいものを見る目で見られたとシャナンはなんでもないことの様に話してくれた。


「それゆえ私は周囲との差が年を経るごとに強くなり、次第に他者と傷つき傷つけあうことしかできなくなりました。けれど家族はそんな周囲と違う私を理解して、愛してくれました。『あなたは私達の家族だから』と、私がその言葉にどれほど救われたか……。

 けれど私が周囲と諍いを起こすことで周囲の者達から愛する家族すらも笑われてしまうことが、私には辛くてたまらなかったのです。私はどうすれば誰も傷つけないのか、受け入れてもらえるのか考えて考えて……そして誰かがひとつの答えをくれたのです」


 シャナンはひと呼吸おいてから、私にその答えを告げた。


「私は『異端で異質な人形』なのだから、『人形は人形らしく人の真似をしていればいいのに』と……」


 そんな誰が……そんなのあんまりだよ!


 私が不快に尾羽を震わせながら言うと、シャナンはさきほどまでとはうってかわって正反対に明るい笑顔と声で続きを語った。


「誰かがそう教えてくれたのです。私は人の真似をすればいいのだと!そうすれば私は皆に受け入れてもらえるのだと。……事実私が懸命に皆の心を暴かんとするかのごとく必死で読み取り、彼の心を真似するかのようにふるまえば誰もが私を受け入れて下さいました。それどころか私の言葉に心救われたと、私を大切に思ってくれる人すらも現れたのです。

 そして唯一私の理解者であったはずの家族ですらも、私の変化をとても喜びました。『あなたは私達の家族だから、いつかは自然に皆と同じような価値観を持てると信じていた』と」


 そこまで言ってから、シャナンは熱がすぅっとひいたかのように静かに微笑んで私を見つめ直した。


「ですので……私はその喜びを知ってから、人の真似をするようになりました。どうふるまえば好ましいと思っていただけるのか、どう言えばその心に届くのか、表情、瞬きの数、目の動き、声の調子、それら全てをくまなく探り続けて相手の心の内を私なりに見つけるのです。そして見つけた心にそっと寄り添う様な感情と言葉を捧げれば、大抵の方は好意的に受け取ってくださるのです。心を理解できずとも、寄り添い、労わることは出来るのだと知りました。

 とりわけ私がその心に寄り添いやすいのは高貴な方々でした。ネヴィラ様やカーディーン様、ザイナーヴ様……そしてカティア様も、高貴な身分の方ほど他者からの特別な理解を求めていらっしゃいました。ですから私はその御心に沿うよう、求めていらっしゃる言葉を探し続けたのです」


 シャナンは……えぇと相手に合わせて嘘をついているってこと?


 私はぐるぐるする考えをまとめるように尋ねた。


「私はどなたかに告げる言葉に常に嘘はついておりません。私の心は常に目の前にいらっしゃる方のことを考え続けております」


 じゃあシャナンは自分に嘘つきなんだね?


 私が重ねて言うと、シャナンはその言葉に対しては何も言わなかった。

 やっぱり、嘘つきなんだ。


 自分に嘘をついて、そうまでしてまわりと同じでなければならなかったの?


 周囲が月の兄弟ばかりの中で、それでも砂の守護鳥として生きている私にとっては、自分に嘘をついて否定する様なあり方のシャナンの言葉が嫌だった。

 私をシャナンに置きかえるなら月の兄弟の理解が得られずに、月の兄弟のフリをして生きるってことだ。


 シャナンは私の言葉に対して小さく何かを言いかけて、そして一度唇を小さく噛みしめて、凪いだ瞳で柔らかく告げた。


「そうまでしても、私は愛されたかったのです」


 その言葉が悲しかった。

 私は確かにシャナンが好きで、その言葉に心を軽くしてもらったことだってあるんだ。

 優しくて穏やかなシャナンが、ずっと嘘をつき続けて生きてきたのだ。

 自分を否定して。

 偽って。


 ナーブはシャナンが私とナーブに似ていると言っていた。

 私はそれをふわふわした髪の色が似ているのだと思っていた。けれど、ナーブが言いたかったのはシャナンのこの中身のことだったのかもしれない。

 守護鳥の中にあって、一羽だけ兄妹と異なる砂の守護鳥だった私に似て、その価値観が人とは違う月の守護鳥のナーブに似ている。

 ほんの少し仲間外れであった苦しみに共感出来ると思ったからこそ、シャナンが嘘をつき続ける様な生き方をしてきたことが許せなかった。

 私が尾羽を下げて黙っていると、リークが私をなだめるようにそっと背を撫でた。


「カティア様、私にシャナン様と言葉を交わすことをお許しいただけますでしょうか」


 リークが私に尋ねたので私が小さくうなずくと、リークは小さく頭を下げてからシャナンに向き直った。


「あなたはカーディーン様の求婚をどう思っていらしたのですか?」


 静かに問いかけたリークに、シャナンは一度視線を伏せてからもう一度まっすぐ見つめ直して答えた。


「カーディーン様は私に『心から』を望まれました。カーディーン様の御心は、私が心からカーディーン様を愛しているか、いないのか。たったそれだけでした」


 カーディーンが自身の過去から願ったことだ。伴侶にはきちんと自分を愛して求めてほしいのだと、カーディーンは何度か私にもそう言った。


「カーディーン様は大きく身分の差があり、しかも本来婚姻に関して決定権のない私の決断を最も重視されていらっしゃいました。カーディーン様は私に婚姻を拒む逃げ道すら掲示してくださいました。その上で、私自身に選んでほしいとそうおっしゃいました」


 それがカーディーンなりのシャナンへの誠意だったのだと思う。

 男性優位で決定される婚姻に、当人であるシャナンの意思を大切にしたいカーディーンに出来る精一杯であったはずだ。

 けれどシャナンは透き通るように何も映さない瞳で静かに答えた。


「私は……わからなかったのです。カーディーン様の心には答えがなかったのですから……。これまでは、私は誰かの望むままであることだけを求められてきました。だからその想いを探すだけでよかった。そこに私の想いは必要、なかった。誰かの心に従えばよかった。けれど……はじめて、私は『どうしたいか』と問われました。そして……私は、どうしたいのか、が……わからないのです。

 私は……誰かに答えを聞くことも、自分で答えを探すことも、幼いころにやめてしまったのです。今の私にできることは、誰かの心にある答えを見つけようとすることだけ……それが私の答えであると信じることだけなのです……。なのにカーディーン様の御心には私の答えがないのです……。私は、なんと御答すればよかったのでしょうか」


 シャナンは途切れ途切れにつぶやいた。

 ぼんやりとした瞳は何も映していない。いつだって誰かをまっすぐ見つめ、赤銅色の瞳に映していたシャナンはそこにはいなかった。

 シャナンはいつだってほとんど言葉に詰まることがなくて、流れるようにそうっと言葉を紡ぐ人だった。

 それがたった一言どうしたいか選べと言われて、これほど途切れる様な言葉になるものなのだろうか。

 私はシャナンがどうして異質で、何が違うのかなんて知らない、わからない。

 けれど、それほどまでに自分を見失うそのあり方こそが異質だと思った。


 シャナン。シャナンは……誰が好き?


 私は震えそうな尾羽をぐっと奮い立たせて尋ねた。

 シャナンはしっかりと私を見つめて、けれどその瞳には何も映さずに何度か唇を開いたり閉じたりしながら、最後にぽつりとつぶやいた。


「私は皆様が平等に好きです。等しくその御心が羨ましく、そのあり方が好ましく、それぞれに素晴らしく…………そして、私にはどなたも等しく理解できないのです」


 そう呟いたシャナンに、私は静かに言った。


 シャナンは理解できないことを悲しいと思わないの?


 私の問いにシャナンは少しだけ首をかしげてから、その瞳に私を映してから悲しげに微笑んだ。

 それが答えなのだと思った。



 たぶんこれ以上聞いても私にはシャナンの心がさっぱりわからないだろうと思い、考え事をしたいからとシャナンに別れを告げて帰ってもらった。

 シャナンは何も言わずに深く頭を下げてから、別れの言葉を述べて静かに出て言った。


 その場に残った私はちょろちょろと流れ続ける水をじっと見ていた。

 流れる水には私の姿が歪んで映っていた。


 リーク、シャナンは結局嘘をついてたのかな?


 私がぽつりと言うと、リークは考えてから言葉を選ぶように言った。


「たぶん嘘ではないんだろうな。嘘だってそこに理由や想いがなければつけないのだから。彼女は本人の言うとおり、誰かの都合のよい人形だったんだ」


 人形?


「言い方は悪いがネヴィラ様やカーディーン様に媚びていたんだろ。身分の高いお二人に守っていただくために、自分をよく見せたいがゆえにそうふるまっていたんだろ。身分の低いものが意見を貫くのはほとんどない。身分が低いがゆえにままならず、己の心のままでいられなかった部分は理解できなくもないが、それでも自分がわからなくなるほどに相手の望むままでいるなら、それはもはや媚だと思う」


 リークはちょっと顔をしかめてそう言った。

 嫌そうなのか、悲しいのかよくわからない表情だった。


 違っていて何がいけなかったんだろう。怒らせたら謝ればいいし、悔しかったら怒ったらよかったんだよ。嘘つかれるよりも、笑って遊んで喧嘩した方がずっといいと思うの。


「それが出来なかったからあぁなったんだろう。彼女ははっきり『叱られた』と言っただろ。喧嘩すらさせてもらえないほど一方的に拒絶されたんだろう」


 女性が髪を切ることってそんなにいけないの?うなじはちゃんと見えない長さだったみたいだけど。


「それでもありえない。女性は髪が長いのが当然で、大抵は背中を隠すほどの長さを保つのが普通だ。髪の短い女性は女性ではないと言われるほどに当然のことだ」


 なんで長くないといけないの?


 私が尋ねると、リークは困ったような表情になりながら言った。


「なんでと言われれば答えることが出来ないな。昔からそうで、そうあるべき習慣だからとしか言えない」


 そうあるべきと言われてしまえばそうなのだろう。

 私は人間ではないのでさっぱりわからないが、人間にとっては大事な決まりごとなのだろう。

 しかしシャナンはそれでは納得できなかったと、そういうことなのだろうか。


 でもやっぱりそれでもシャナンが少しかわってるぐらいいいんじゃないかな?


「皆が同じ身分の人間だったらそれでもよかったかもな。でもそうじゃない。人はあちこちで様々な群れを作る。そうすることで自分や相手を守ったりするんだ。俺だってカティアとカーディーン様の率いる群れの一人だと言えるな。だからこそ俺はカティアとカーディーン様に逆らっちゃいけない。守ってもらえなくなるからだ」


 でもリークは鳥司になった最初は怒ってたし、今でもしょっちゅう私と喧嘩するじゃん。


 私が指摘すると、リークがばつが悪そうにぼそぼそ言った。


「あぁ……あれはな、どうせ家の名前もはく奪されたから、俺が不興を買ってもその咎を受けるのは俺だけだ。自暴自棄になって怖いもの知らずに周囲に当たり散らした結果だな。俺が許されているのはカティアがそう望み、カーディーン様のお許しがあったからだ。カーディーン様もカティアも、誠実であることを尊ばれる」


 誠実であること……。


「だからそう言う意味で言えば彼女は、カティアの言うとおりカーディーン様にずっと偽り続けていたようなものだろ」


 リークがそう言った。やっぱりシャナンのすべては偽りだったのかなぁ。

 私が尾羽を下げて考え込んで、それから今度はモルシャに尋ねてみた。


 モルシャ、モルシャはシャナンのことどう思った?


 私がじっと見上げると、モルシャは笑みを絶やさぬままにそっと私に答えた。


「わたくしには誰かに優しくありたいだけの、自信がなくて不器用な少女の様に感じましたねぇ」


 モルシャにはシャナンがそう見えたの?


 私が呟くように言うと、モルシャは目を細めて頷いた。


「えぇ、左様にございます。シャナン様が嘘をお付きでないならば、シャナン様はご自身の価値観やあり方に自信が全くないのでしょうねぇ。だから自分がどうしたいかではなく、相手がどうして欲しいかを必死に探して言葉になさっていたのでしょう。そう言う意味でたしかにシャナン様は常に誰かに阿っていらっしゃいます。

 ですが少なくとも……カティア様に包み隠さずすべてをお話になられたこと、カーディーン様の申し出にすぐにお返事をなさらなかったのは、あの方がお二人に誠実であったからではと、わたくしはそう信じてみとうございますねぇ」


 モルシャはそれ以上は何も言わなかった。

 リークもモルシャも、シャナンの言動を媚だと言った。

 私はもう一度、水に映る自分を見た。

 私もシャナンもどちらも他者と異なるものだった。

 けれど私は砂の自分を誇らしく思っている。月の兄弟達の考えは理解できないけれど、それでも仲良く遊ぶし好きだ。

 流れ続ける水に映る私の姿はぐにゃりぐにゃりと歪んでいた。

 覗きこむ者の姿を映す、形がなくて透明な水。誰の姿も映し、その渇きを潤し、その味は人によってほんのり甘くも辛くも感じる。誰もが拒むことなく求めるものだ。

 けれどどんなものにも染まることのできる水は、唯一水に染まることが出来ない。

 シャナンはずっと水の中に己の姿を探し続けていたのだろうか。水に映らない己の姿を。


 私とシャナンの違いってなんだろうね。


 答えが出ないまま、私はカーディーンの宮へと戻った。



 私は宮でカーディーンの姿を見つけると、その顔に飛び込むように抱きついた。

 カーディーンは慣れた手つきでそれを受け止めて、大きな掌の中に私を包み込んだ。


「なぜそなたはいつも顔めがけて飛びついてくるのだろうな。胸元あたりに狙いをつけてくれた方が受け止めやすいのだが」


 困ったような笑っているような声音で私をにぎにぎしながらカーディーンはそう言った。

 私は心地よい圧迫感に押されるようにくぴーと鳴き声をこぼした。


 ねぇ、カーディーン。カーディーンは王族の中で自分だけがあんまり似てないことで自信なくしたり嫌って思ったりことあった?


 私が聞くと、カーディーンはにぎにぎをやめてそっと手を開いたので、私は手の平にちょこんと立ってカーディーンを見つめた。

 カーディーンは少し思い出す様なそぶりで考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「私が王族として至らぬことが多かったことに不甲斐なさを感じることはあったな。しかしそんな私を慕う弟妹がいて、軍の者達は私の力を認めていた。周囲には愛し、愛される者達がいた。故に些細なことで私が私たるべき誇りは揺るぎはしなかったな」


 誇り……カーディーンはカーディーンでいることが誇らしい?


「あぁ。王に仕え、民を守る力を持ち、信頼に足る部下達を得、そして唯一たる私の守護鳥に出会えたからな」


 カーディーンは自信に満ちた声でそう言った。

 あぁ、そっか。

 私だってそうだ。モルシャが私を最初に尊重してくれた。

 カーディーンは私のままでいいと言ってくれた。リークはまっすぐ私とケンカして、一緒に笑ってくれる。

 私を大好きでいてくれる。私が大好きな人達だ。

 彼らがいたから、私は砂であってもカーディーンの守護鳥だと胸を張れる。

 シャナンにはそんな人達がいなかったんだね。

 私はシャナンに感じるもやもやを、そんな風に結論付けた。


 その日の夜。

 いつものようにリークやモルシャから就寝の挨拶を受け、カーディーンと眠りの挨拶をして、私はカーディーンの首元にぺとりとひっつくように小さくなって身を寄せた。そしてカーディーンのぬくもりを感じつつ考えた。


 私はシャナンを好きなんだろうか。嫌いなんだろうか。

 そしてカーディーンはシャナンのそんな内面を知っていて求婚したのだろうか。

 もし知らないのならば、私は教えてあげた方がいいのかな……?でもあれは風の留め箱で話したことだ。あそこでの話は言っちゃだめなはずだ。

 だからカーディーンだって何も聞かなかったのだから。

 でも知らなかったらどうしよう。

 それに結局、シャナンはカーディーンの求婚にどう返事をするのかな。

 自分の心がわからないって言っていた。

 それを悲しいと思うことすら、シャナンは私の心を見つめなければ答えることが出来なかった。

 考えることがいっぱいでぐるぐるする。

 私はどうしたらいいんだろう?


 わからなくってもやもやしていると、カーディーンが目を閉じたまま「月が逃げてしまうぞ。眠りなさい」と少し眠そうな声で言って、私をぐりぐり撫でた。

 頭をふるふるふってやや乱暴なその手をどけてもらい、今度こそ寝ようと私は考えるのをやめた。


 時間はあるのだからいっぱい悩めばいいんだ。

 そうすれば私もシャナンもきっと答えが出るだろう。


 カーディーンにもシャナンにも私にも、一番いい答えが出るといいな。


 そう考えて自分を納得させた時には、自然と眠りが降りてきた。



 けれど結局答えは出ないまま、あっけないほどあっさりとすべてに決着がついてしまった。



 数日後、シャナンとザイナーヴの婚姻が整ったと宮殿中に広がったのだ。


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