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カーディーンを愛する、心の器

 ナーブに内緒の話があると言われたものの、ナーブはこれからザイナーヴと一緒にイリーンの見舞いに行かなければならない。

 ナーブは別に興味がないと言っていたが、今回は一緒に来てほしいとザイナーヴに言われれば、喜んでと意見を翻したようだ。

 そしてイリーンへの見舞いをずらすことは出来ないので、私とカーディーンはその間少しだけ時間を潰すことにした。

 近くにあった語らいの水路で遊ぶのだ。私はカーディーンににぎにぎされてうっとりと眼を閉じていた。


 ナーブは私に何を話したいんだろうね。


 特に意味のない会話として、私はそう言った。

 けれど、カーディーンは少しだけ考えるように眉を寄せてから言った。


「おそらく……シャナンのことだろう」


 私は目をぱちりと開いてカーディーンを見た。


 なんでわかるの?


「何故だろうな。そんな気がしたのだ」


 カーディーンはどことなく、ぼんやりとした口調で言った。

 私はちょっと遠くを見たカーディーンの握られた手から這い出る様にして、つんつんと嘴で手を柔らかくつついて私に注意を向けた。


 カーディーンはシャナンと番うんでしょ?


「そうなればよいと私は願っているな」


 シャナンといつ番うの?カーディーンもラナー達みたいな儀式をすれば番えるの?


「……正確には、まだ私はシャナンに求婚をしていないことになっている。あの儀式は求婚しなければ出来ぬからな」


 じゃあ求愛すればいいのに。シャナンはきっといやって言わないよ!


 私が頬を膨らませて言うと、カーディーンは小さく笑って同意した。


「左様。私がシャナンに求婚すれば、シャナンは断ることが出来ぬ。だから私はシャナンに求婚せぬのだ。ただシャナンを手に入れるだけならば、シャナンの父に私がシャナン宛ての首飾りを贈ればそれでいい」


 婚姻は家の長たる父親と、求婚者たる男性の合意があれば行われる。

 そこに伴侶たる女性の意思や拒絶など存在しない。だからカーディーンがシャナンを望むならば、まず父親に話を通せばいいだけなのだ。

 そうすれば父親は了承するだろう。そうしてカーディーンが自身の紋章入りの首飾りをシャナンに贈れば求婚が成立する。

 そこまで教えてもらい、私は首をかしげた。


 だったらなんでシャナンの父親に話をしないの?シャナンはカーディーンのこと好きみたいだし、すぐに番えばいいのに。


 私がそう言うと、カーディーンはちょっと悲しそうな顔をした。


「私はシャナンからも愛情が欲しいんだ。彼女が望んで私を伴侶にと、その言葉が欲しいんだ」


 愛情が欲しいと、たしか以前もそんな言葉を言っていた気がする。


 ねぇ、カーディーン。どうしてカーディーンは愛情が欲しいの?貴族は結婚してから相手を好きになるのが普通だって言ってなかった?


 私が尋ねると、カーディーンは少しだけ息を吐いてから、言った。


「私の母親、現国王の末妃ハビイェラのことは知っているか?」


 なんかすごい人だったらしいってことだけだね。名前は初めて知ったよ。将軍妃だっけ?


 私がそう言うと、カーディーンは私の背をゆっくりと撫でながら言った。


「アファルダートでは国王のみが複数の伴侶を持つことが許されている。そしてその伴侶達は今は亡きファディオラ殿のもつ王妃という称号の他は、本来序列や順番などは与えられないよう配慮されている。伴侶は等しく扱うのが王の義務だ」


 それはそれで大変だな、と思った。


「現国王の妃はかつては四人。一人は以前に月の元へ行き、王妃ファディオラ殿が月の元に向かわれた今は二人だ。現国王は歴代で最も伴侶が少ないのでな。そして王の隣にあるを許された王妃と言う称号のほかに、現国王が唯一、他の妃より下であるとの証に与えられた名が、我が母の末妃だ」


 本来平等でなければならない妃に与えた末妃という名の意味を、カーディーンは静かな口調で教えてくれた。


「さして面白い話でもないので簡潔にまとめるが、当時将軍として絶大な名声と信頼を得ていた我が母ハビイェラは、当時王太子であり仕えるべき主であった現国王の寝所に忍び込み、王太子と番ったそうだ。そして本来であれば即座に処刑されるべきところを、あまりに将軍として有名であったため助命嘆願を求める声が多く、意見が大きく割れて長く獄中生活を送っていたところ、身ごもっていることがわかった。

 王族の子を身ごもったのならば殺すわけにはいかず、しかたなく王太子の伴侶となった。しかし罰として将軍の身分を奪い、生涯与えられた宮での幽閉生活を強いられ、国王と会うことを禁じられた」


 末妃という名も、ハビイェラが他の妃とは違うと言うことを周知するための称号なのだそうだ。ほとんど呼ばれることもなく、悪意ある人間も将軍時代のハビイェラの強さに憧れる人間も将軍妃と言う俗称を使うため、半分意味がない名だがな、とカーディーンは言った。

 さらに生まれた子供のカーディーンはハビイェラ似であった。王族の象徴たる目に見える美しさを何一つ備えていなかったことも大きな問題になったそうだ。

 かろうじて父親似と言えたのは薄い青の瞳だけだ。それがあったから、ハビイェラとカーディーンはかろうじて処刑されずにいたらしい。

 しかし、それゆえハビイェラの命を救うため、誰かが牢獄の彼女を身籠らせたのではという噂が絶えなかった。何せ牢獄を監視する軍は彼女が率いる部下たちだ。手引きをすることはたやすいだろう。

 元々武の名門の家に生まれたとはいえ、女だてらに力を重んじる軍の猛者達を従えていたのは間違いなくハビイェラ自身の才で、軍の者達は皆、将軍としてハビイェラを認め、慕っていたのだから。


「ゆえに、王家の血の災いがわかるまで、私は『托卵の王子』と呼ばれた」


 タクランって何?


 私は聞き慣れない言葉に首をかしげた。

 カーディーンは思い出す様な表情で言った。


「違う親に子供を預け、育てさせることだな。つまり我が母は誰か別の男と番い、その子供を国王の息子と偽ったのではと長らく言われ続けた。

 そして私は母には愛されているだろうと自負しているが、国王が私を愛しているかはわからない。私にとって国王とは父ではなく、将軍として仕えるべき国の王だ」


 実際にハビイェラの宮に国王が足を運ぶことはなく、ハビイェラは宮から出ることを禁じられているので、幼いカーディーンは十歳の王族籍へ移る儀式の際に初めて王と対面したそうだ。


「私の王族としての儀式はイリーンの様に皆が集まってと言うわけではなく。国王と見届け人としてファディオラ殿のみがおり、儀式を済ませれば私はすぐに宮へと戻った。ファディオラ殿より言葉を賜ったものの、国王とは私的な言葉を何も交わさなかった」


 カーディーンは少しさびしそうに言った。

 私の背を撫でる手が、ほんの少し弱弱しく思えた。

 ザイナーヴやラナーなど、カーディーンの異母兄弟には同腹の兄弟がいるのに、カーディーンには一人もいないのにはそんな理由があったんだ……。

 私は尾羽をしゅんと下げた。


「貴族としては、私の願いが風変わりなことは理解している。必要とあらば喜んですぐにでも私にふさわしい伴侶を迎えよう。

 しかし……出来れば私は愛した女性に愛されて、その上で子を為したいのだ。結婚した女性を愛し、伴侶たる女性は夫を愛するものだということが私には信じられぬ。我が母と父の間にそのようなものは存在しなかったからな」


 そうあるべきが当然の貴族の夫婦の中で、愛をはぐくむこともなく、信頼関係や互いを尊重し合うこともないハビイェラと国王の関係はあまりにも異質で、ハビイェラはそれほどの罪を犯したのだとそう教えられて育ったそうだ。


「私が王子として……王族として扱われ、他の兄弟達と忌憚なく接することが出来るのは、ファディオラ殿や他の御令室の方々の温情によるものだ。我が異母弟妹達も、かような身である私のことも年の離れた兄としてよく慕ってくれた。私はこのご恩を、ザイナーヴをはじめ他の弟妹達を守り仕えることで返して行ける。そのための力も手に入れた。

 ……あぁ、私は周囲の愛情にとても恵まれた存在だ」


 カーディーン……。


 私は小さくくぴーと鳴いた。

 その言葉が心からのものであるからこそ、なんだかとても悲しいことのような気がした。


「しかし私は……我が子には罪の証でも、救済の証でもなく。愛情の証であってほしいのだ」


 私はカーディーンの肩に留まり、その頬にぺとりと身を寄せた。


 カーディーンは……寂しかったんだね。


 ファディオラ達から国王の息子として扱われても、母親の愛を感じていても、ザイナーヴ達に慕われていても、きっと寂しかったのだ。

 カーディーンは答えずに、目を閉じて私に少しだけ頬をすり、と寄せた。

 私はほんの少しだけカーディーンの重みを受け止めた。

 カーディーンがシャナンを伴侶にと望んだ理由が、何となくわかった気がした。

 カーディーンに怯えず、そっと心に寄り添う様な柔らかさで温かい言葉をくれる。ありのままの己をまっすぐに受け止めて、優しい頬笑みで包んでくれる。

 そんなシャナンだからこそカーディーンは伴侶にと望み、さらにシャナンからの愛情を求めたのかもしれない。

 でも……だとしたら、ナーブが内緒で私に伝えたいことがシャナンのことかもしれないってどういうことなんだろう。

 けれど、ここでこれ以上考えても答えは出ない気がした。

 私はもうひとつだけ、気になっていたことを聞いてみた。


 ねぇ、カーディーン。その『タクランの王子』って言われていたことを私に言わなかったのって、私が砂だから……気にすると思ったの?


 カーディーンはまた何も言わなかった。

 たぶん、肯定の意味だろう。カーディーンは優しいから、きっとまた私が気にして、傷つくかと思ったんだ。

 私が守護鳥として中途半端な存在であることをずっと気にしていたことを、カーディーンはよく知っている。だから自分が偽物の王子だと噂されていたことを内緒にしていた。

 私はぴょんとカーディーンの手に乗って、くるりと向き直った。


 馬鹿だなぁ、カーディーンは。


 きょとんとしたカーディーンに、私はくぴーと鳴いてそっと見上げるように視線を合わせた。

 カーディーンの薄い青の瞳には、砂色の私が確かに映っている。


 私はちゃんと守護鳥で、カーディーンはちゃんと王子様で、私はカーディーンの守護鳥なんだよ。今度誰かがそんなこと言ったら、私が言いかえしてやるんだから!カーディーンは守護鳥の私が認めた王子様なんだよって!


 そんなことぐらいで、私は揺らがない。

 誇らしく思いこそすれ、傷つくことなど何もない。

 だって私はカーディーンの守護鳥だと誓ったのだ。月の綺麗な、あの夜に。

 びっくりして言葉もなく固まっているカーディーンに、私は言葉を重ねた。


 それにね、ナーブ達がカーディーンを怖がってるのは、カーディーンがちゃんと王族の血をひいているのを感じてるからなんだって。他の守護鳥達も、カーディーンが王族であることはちゃんと認めているの。だって認めていなければ、そもそも怖がったりなんかしないんだから。


 守護鳥にとって、王族以外への興味などほとんどないに等しいのだから。

 月の兄弟が認めて、私が守護鳥をしてるんだから間違いないよ!と、くぴーと胸を張って言うと、カーディーンが少しだけ目を大きく開いた後、何か眩しいものを見るように目を細めた。


「カティアは知らぬ間に、とても成長していたのだな……」


 え?ほんと?私大きくなった?美しい?かっこいい?


 カーディーンの思わぬ言葉に、私は自分の足や翼を見ながら、そわそわとカーディーンに聞いた。

 カーディーンはそんな私の様子になんだか肩の力が抜けたように笑った。


「あぁ、守護鳥としての心の器がとても大きくなっていたのだな」


 カーディーンの柔らかな声音で言われたその言葉に、しかし私はせっかく上がりかけていた尾羽をちょっとだけ下げた。


 心かぁ……心は大きくなっても見えないから、私は身体が大きくなって欲しかったなぁ……。


 不満げに言うと、「そこは相変わらず気にしているのだな」と言われた。

 するよ。兄妹達と同じ大きさになるまでは、ずっと気にしてるんだ……。

 私はまた、カーディーンににぎにぎしてもらいながら、心が大きくなったら身体も大きくならないかなぁと呟いた。

 モルシャが「心の器の大きな方は、身体も大きく見えるものですよ」と教えてくれてちょっとだけ気分が浮上した。


 つまり私、ちょっと大きくなったってことだね!


 大きくなったと喜ぶ私を、カーディーン達が微笑ましげに見ていた。


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