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私の知らない風の話

 ラナーの婚姻を終えて数日は、カーディーンと一緒に砂漠へ行ったり、宮で遊ぶ以外はなるべく外出を控えるようにとお願いされた。

 了承すると、そのかわりカーディーンがいつもより一緒に遊んでくれた。どうやら忙しかったのはラナーの婚姻に向けてだったようで、終わったらいつも通りの日常が戻ってきた。

 たった一日足らずといえど離れて一人でさびしかった私は、それだけでなんだか嬉しかった。

 そういえばシャナンと遊ばないねと言ったら、カーディーンは静かな声で「シャナンの心は、今とても忙しいのだ」と言った。

 カーディーンはちょっとだけ困った様な、悲しい様な、何かに祈る様な、よくわからない顔をしていた。ほんの一瞬だけだったので、どうしたのとも聞けなかった。

 心が忙しいってなんだろう。私は身体が忙しい。あと三つぐらい身体が欲しい。そうしたらカーディーンとリークとモルシャとそれぞれ別々の遊びが出来るのにとリークにぼやいたら、「それなら三人になった自分で遊んだら、ずっと遊んでいられるぞ」って返された。

 リークは天才かもしれないと思った。でも残念ながら私の体は三つにならないので、私は時間の許す限り力いっぱい遊ぼうと思う。

 ねぇ、早く。次の遊びをしよう、カーディーン!



 本日はラナーの婚姻の途中で倒れたらしいイリーンが回復したとの知らせを受けて、仕事終わりにカーディーンと一緒に様子を見に行くことになった。

 長く寝込んでいたから、皆で賑やかしたら気がまぎれるだろうとカーディーンが言った。病気の時は心が弱くなるらしい。だから心を元気にするために見舞うのだと教えてくれた。


 そっか、なら私全力でイリーンをお見舞いするよ!


「あぁ。どんな思いであれ、心からの想いは相手に伝わりやすいものだ。カティアは素直にイリーンの回復を喜んでやってほしい」


 移動しながらカーディーンがそう言ったので、私はまかせて!と頭の上で胸を張った。

 見えていないだろうけれど、カーディーンは小さく笑った。



「まぁ、カーディーンお兄様。それにカティア様も……私に会いに来て下さったのですか?」


 来訪を告げて、イリーンの宮に入る。

 イリーンの寝室へ行くと、ベッドで上半身を起こしたイリーンが少し弱った声で挨拶をしてくれた。

 ラナーの宮は色んな装飾品や調度品があって綺麗で華やかな感じだったが、イリーンの宮は植物が多く置いてあり、白い壁には緑色で描かれた植物の装飾模様があったりと、全体的に瑞々しくて植物関連の飾りがいくつか置いてある部屋だった。白と緑が基調だけれど、所々で緑の中に咲く色とりどりの花が目を惹いて鮮やかで、置いてあるものは少ないのに、広々とした宮の中はあまり寂しい感じがしなかった。

 カーディーンの宮には私の遊び場になってる流木で出来た生き物の像があったけど、イリーンの宮には流木で出来た見事な花の像があった。

 ……あれ食べられないよねぇ。

 じーっと見ていると気付いたイリーンが「あれは食べることはできませんよ」と笑って言った。残念だ。


 イリーンの宮って、とっても美味しそうだね!


「美味し、そう……?」


 私が言うと、イリーンが目を丸くして、口をぎゅっと固く結んだ。

 そしてそのままふるふると小刻みに震えだし、堪え切れなくなったようにころころと笑いだした。


「ふふっ、あははっ!そ、そうですか。そうですよね。守護鳥様にとって、やはり私の宮は美味しそうなんですね!ふふふっ、あぁおかしい。ナヘラ様もこの宮にお越しになられた際に全く同じことを言ったのですよ」


 流木の花を食べれないかと見ていたところまで、そっくり同じだと笑いながら教えてくれた。


「カーディーンお兄様とカティア様の御姿にこみあげてくる想いを必死にこらえておりましたのに、カティア様の一言で耐え切れなくなってしまいました」


 イリーンが目尻に少し浮かんだ涙を従者が渡した布でそっと拭いながら言ったので、私は首をかしげた。


 カーディーンと私、何かおかしなことしたかな?


「カーディーンお兄様の頭の上にカティア様が乗っている姿は、大変愛らしいのですね。カーディーンお兄様も含めて」


 その言葉にそう言えば肩に降りるのを忘れて、頭上のまま入ってきたことを思い出した。

 いつもは直前にカーディーンが教えてくれるので、そこで降りるのだが今回はカーディーンが言い忘れたんだ。

 そして愛らしいと笑われたカーディーンはちょっと苦い口調で言った。


「イリーンが元気になればよいと思いはしたが、この姿に愛らしいと言う言葉をもらうことになるとはな。……まさか皆がカティアと私のこの姿を愛らしいと思っているわけではないだろうな……」


 カーディーンの真剣に考えるその様子に、イリーンはまた笑った。


 その後、イリーンとラナーの着飾った姿を見れなかった寂しさを語り合ったり、私が自分のことをお話してそれをラナーが聞いて笑ったり、うずうずしすぎて流木の花を齧ったりしながらしばらく過ごした。

 そして長くいるのも身体に障るからと言われ、適当な頃合いでイリーンと別れた。


 回廊を移動しつつ、私はカーディーンに頭の上から話しかけた。


 最後まで笑ってたね、イリーン。


「そなたがわざわざ退室する時も迷うことなく私の頭上に飛び乗ったからだろうな。背中を向けていても聞こえるずいぶんと楽しそうな忍び笑いだった」


 カーディーンがちょっと私を窘める様な口調で言いつつも、イリーンの楽しそうな声を喜んでいるようだった。

 二人でイリーンの快癒を喜んでいると、政務をおこなう区画付近の回廊からザイナーヴとナーブが歩いてきた。

 向こうもすぐこちらに気づいたようで、にこやかながらも互いに何とも言えない緊張感が漂った。私はそろりと頭上から滑り降りてカーディーンの肩に留まった。

 ザイナーヴもカーディーンも互いに歩調を乱すことなく進み、回廊途中で互いに立ち止まった。


「カーディーン殿、カティア殿イリーンの宮からいらしたのですか?アリー殿御令室の祝いの儀以来ですね」


 ザイナーヴがにこやかに話しかけてきた。


「左様。ザイナーヴ殿もか」

「えぇ。いざ自分が逆の立場に立つと、気が重いですね」


 ザイナーヴは少しだけ悲しそうに目を伏せた。

 カーディーンも同じように声の調子が少しだけ落ちた。


「しかしこれもイリーンの試練なのだから仕方がないだろう。特にイリーンの場合は最も親しいアリー殿の御令室が、王族の女性としては最も理想的な道を歩まれているだけに、見極めには慎重を期すことだろう」

「そう考えれば、いつもカーディーン殿がその行動と言葉で支えてくれた私などは、イリーンに比べとても恵まれていたのですね」


 ザイナーヴが眩しいものを見るように目を細めながら懐かしむ口調で言った。


「私はただただ必死だったにすぎぬ。そなたが見極めを乗り越えたのはそなたの心延え故のことだ」


 カーディーンもまた、穏やかな口調で話をしていた。

 しかし話がまったくわからない。見極めって何?イリーンのお見舞いの話じゃないの?

 視線でリークに「アリー殿御令室って誰?」って聞いたら、小声で「この間ご結婚なさったイリーン殿下の御令姉様です」と教えてくれた。

 あぁ、ラナーのことだ!

 そういえば、カーディーンから婚姻をしたら男女ともに身分が少し上がると教えてもらったっけ。

 守護鳥には関係ないから私は今まで通りラナーと呼んでいいけど、カーディーンやイリーンにとっては異母妹や姉ではなく、伴侶となった従兄弟の妻として扱わなければならないとかなんとか……。

 自分に関係ないからさらっと忘れていた。リークに目で感謝を伝えてくるりと振りかえると、同じように自分の鳥司に目で感謝してるナーブがいた。

 忘れてるのが私だけじゃなくってよかった。婚姻の儀式に出席したナーブですら忘れてるんだから私が忘れてても仕方ないよね。ラナーが番った相手の名前、アリーだったんだ。初めて知った。

 互いに確認を終えひと呼吸おいたところで、ナーブが意を決したようにザイナーヴの手に降りてきた。

 私も真似をして、するりとカーディーンの手に降りる。

 するとカーディーンとザイナーヴは互いの手をゆっくりと近づけた。私達を手の平にのせた二人の手は、拳ひとつ分の距離を開けてぴたりと止まった。

 ナーブはじっと私を見ている。私はなんだか気おされて動けない。

 ナーブは私から離れるように手の端ぎりぎりに立ったまま、おろおろ私とザイナーヴへ交互に視線を送っている。

 ザイナーヴの優しい目線に促されるようにして、ナーブがこわごわとした顔で妙に腰が引けた体勢のまま、私の方へ一歩一歩ゆっくりと近寄ってきた。私はぐっと腰を低くして逃げる準備をしている。

 すりすりの挨拶が出来るほど私に近づいたナーブは、私をきょろきょろとあちらこちら丹念に見ている。そして今度はふんふんと匂いを嗅ぐ。何度も何度も確認するように匂いを嗅いでからすりりと身体をあわせて挨拶の仕草をした。


 あぁ、よかった。いつもの知ってるカティアだ。


 そう言ってナーブはほっとしたようで、緊張は解けていた。

 どうやらナーブ視点だと、おかしかったのは私だったらしい。近づくと甘い花の様な、でも何やら興奮する様な不思議な匂いがして、なんだか番いたくなったらしい。番いたくなる匂いって何?

 今は私が不思議な匂いを出していないとわかると安心したようだ。


 俺の唯一はレーヴなのに、カティアが唯一になってしまったのかと後ですごく不安になった。


 思い出したのか、ぺしょりと尾羽を下げながらそう言った。ナーブにとって大事なのはそこらしい。

 大丈夫だった!とザイナーヴにくぴーくぴーと鳴きながら嬉しそうに報告している。

 よくわかんないけどもしかしたら月の兄弟にとって、一時的にでも他の相手と番うことは、単純に離れることも嫌だが、唯一大切な加護相手への愛情がなくなってしまうようで不安なのかもしれない。

 そう考えると自然のセツリっていうものらしいので私は悪くないんだけど、なんだかちょっと申し訳なく思えてしまう。

 そんなことを考えながら目の前の二人を眺めていると、思い出したかのようにナーブが私に向き直って言った。


 そうだ!カティアに言いたいことがあった。


 ん?なあに。


 私が聞くと、ナーブは一度ぴくりと尾羽を震わせてからちょっとだけ下げて、カーディーンとザイナーヴを交互に見た。正しくはカーディーンをちらっと見た後、ザイナーヴをじーっと見た。

 誰もナーブの言いたいことが分からずに、カーディーンは微動だにせず、ザイナーヴは不思議そうにナーブを見ている。

 言いたいことがあるなら言えばいいのにと思いながら私は首をかしげつつ待っていると、ナーブが思いついたとばかりに言った。


 カティア、俺と風を閉じ込めに行こう。カティアと……俺で。


 ナーブが何を言っているのかわからなくて、私はきょとんと首をかしげた。妙に言い慣れた様子だったので、何か言葉を間違えたわけではないのだろう。

 その証拠に王族二人は意味がわかったようで、ザイナーヴはちょっと驚いたように目を開き、カーディーンは少しだけ眉を動かした。


 カーディーン、どういうこと?


「……宮殿には語らいの庭園や囁きの回廊のように話をする場所がいくつか設けられているが、それらはすべてひらけた場所だ。人気がなくとも姿や音を拾うことはさほど難しくはない。

 しかし誰にも聞かせたくない話をしたいこともある。そしてそのための場所がある。ナーブ殿の言葉はそこに相手を誘う言葉だ。風も、噂すらも閉じ込める場所だ。そこに、カティアだけを誘っているのだ」


 つまり、私は何か秘密のお話をしようと誘われたようだ。それも、カーディーンやザイナーヴにすら内緒のお話。

 ……なんだろう?

 私は何となく不安になり、そわそわと尾羽を揺らした。


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