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魅力的な女性の色香

連続投稿です。前話からお読みください。

そして前回からの話がまだ続いております。ご注意ください。

「どういうことだ?ナーブ殿がカティアと番おうとした?」


 会場を抜け出してきたカーディーンが、モルシャに険しい表情で問い質す。

 私は今はカーディーンの手に包まれていた。


「そんなばかな!ナーブはすでに生え換わりも終え、落ち着いていた。第一ここは森ではない。そんなことがあるはずないだろう!」


 ザイナーヴが信じられないと言った表情でモルシャに言う。

 今はナーブには別室へと移ってもらった。いると私に近づこうとするからだ。今も別室で大興奮しているらしい。


「おっしゃる通りにございます。守護鳥様は森でのみ次代の守護鳥様をお産みになられる。それ以外の場所、宮殿などでは生え換わりの時期を終えれば番うことなどないはずでございました」


 モルシャは静かにザイナーヴの言葉を肯定した。

 その言葉に反応したのはカーディーンだった。


「カティアが砂であるからか……」


 カーディーンの絞り出すような声に、私は手の中でびくりと震えた。私の震えが伝わったのだろう、カーディーンが柔らかく私の背を撫でた。


「僭越ながら、月様方は加護される御方への愛情が非常に深く、それゆえ種族を残すと言う意識が本能に働きかけないようでございます。それが意識的に森へ向かわねば番うと言う行為が起きぬ原因かと存じます。

 それに対してカティア様は非常に鳥と言う種族の本能が強くいらっしゃるのではと愚考いたします。ナーブ様の鳥司も花嫁会場でのナーブ様の御様子を見たことがないと申しておりました」

「たしかに話を聞く限り、ナーブが美しく着飾ったとはいえ王族ではない女性に見惚れたり、自分の美しさを誇示するなど普段は決してないだろうな」

「おそらくわたくしどもがナーブ様の踊りだと思った行動は、守護鳥様が森で行う求愛の行動だったのやもしれませぬ。喜びや怒り、威嚇のさえずりとは異なる鳴き方でございましたし」

「なるほどな。その行動が求愛だと言う理屈ならば、本能が強いのはナーブでは?」

「種族を問わず、殿方を狂わせるのは魅力的な女性の色香かと」


 モルシャは静かに言った。


「この様なことは例年になかったとは言え、事前に気づくことの出来なかった我ら鳥司の不徳の致すところにございます」


 モルシャは深々と頭を下げて言った。その手には血のにじんだ布が巻かれている。ナーブが傷つけた場所だ。カーディーン達に会う前に、血が垂れると見苦しいからと簡単に布でまいて隠しただけだ。


「此度のことはよい。しかし次があってはならぬ。ひとまずカティアと他の守護鳥との接触をしばらくの間控えよう」

「ナーブもしばらく他の守護鳥との接触を控えさせた方がよいだろう。興奮がいつまで続くかわからぬ以上、ナーブの体力や持て余した熱が心配だ。他の守護鳥持ちの王族にも報せを徹底しよう」

「問題は明日も続く宴への参加だな。我らも参加する以上、守護鳥が不在では示しがつかぬし危険が伴う。イリーンが倒れた今、守護鳥の加護持ちの我らが倒れるわけにはゆかぬ。ラナーの祝福の儀式であるのに、よからぬ不安と混乱を招くだろう」


 カーディーンとザイナーヴが口々に言いながら話していた。


 結局、私は話の半分もわからなかった。

 けれどひとつだけわかっていることがある。


 ねぇ、私が悪いんだよね?


 カーディーンをおそるおそる見上げると、カーディーンが私を見て柔らかな声で言った。


「子を産む能力があることに悪いことなど何もない。カティアはナーブと番うことを望むか?」


 今は子供はいらないよ。私はカーディーンのそばにいたいの。


「ならば今はその能力は必要なかったと言うだけだ。いずれ必要になる能力なのだからあって悪いはずもないだろう」


 うん……。でもナーブおかしくなっちゃった。


「ナーブのことならば心配いらないだろう。おそらくしばらく離れていれば元に戻るだろうね。それより、どうかナーブを嫌わないでやって欲しいな」


 ザイナーヴが私に目線を合わせるようにかがんで優しく言った。


 うん。今はちょっと怖いけど……しばらくしたら、またナーブと遊ぶね


 私が答えるとザイナーヴはにこりと頬笑み、私をひと撫でしてナーブの様子を見に行った。

 次いでカーディーンが私に言った。


「すまぬな、カティア。私もそろそろ会場に戻らねばならぬ。そなたは我が宮に戻り、リョンドとモルシャとともに過ごして欲しい。一晩中宴は続くので、私は戻ることが出来ぬ。そなたを一人にするのは心苦しいが……」


 平気。だって大事なラナーのお祝いだもんね。


 私は一度カーディーンの頬にすりすりしてから、会場に戻るカーディーンの後姿を見送って、宮に戻った。



 私はゆらゆらと均衡を取りながら歩きつつ、綱渡りをしている。最近また角に渡す紐が一本増えた、私の遊び場たる馬に似た生物の像で遊んでいるのだ。

 リークが私についていてくれてる。

 モルシャはにこやかに笑って控えている。

 私はモルシャに尋ねた。


 ねぇ、今まではこんなこと起こらなかったの?


 モルシャは少しだけ目を細めて、穏やかで優しい声で答えた。


「左様でございますねぇ。羽の生え換わりを終えた性別の異なる守護鳥様方がお傍にいらして、番うと言う行動が行われたことはこれまで一度たりとも、少なくともわたくしの知る限り文献にすらございません」


 じゃあやっぱり、原因は私なんだね。


「これまでカティア様と同じ砂様がこのように新たな年を迎えるほど長く宮殿にいたことがございませんでしたので、カティア様にはご不便をおかけいたしまして、誠に申し訳ございません」


 モルシャは眉を寄せて、悲しそうな顔でそう言った。

 そっと前で隠すように握られた手はまだ布を巻かれただけのままだった。


 モルシャ、手大丈夫?痛くない?


 モルシャは私の言葉に、思い出したように自分の手を見て、そしていつものようににっこり微笑みながら、そっと血の滲む布を撫でた。


「鳥司たるわたくしが、恐れ多くもナーブ様の行動を阻んでしまったのですから、これくらいの怪我は罰にもなりません。それに、ナーブ様はとてもお優しい気質をお持ちですので、見た目よりも傷は浅いのですよ。この老いたる体が少し大げさに驚いただけなのです。

 わたくしの不徳故、お二方の御心に傷を作ってしまったことに比べれば、何ほどのこともございません」


 でも……。


 私がもごもごと言うと、モルシャは目尻の皺を深めて柔らかく言った。


「ですが……カティア様さえよろしければ、手当てのために一度御前を退くことをお許し願えますでしょうか」


 お許しするよ!だからちゃんと手当てして戻って来て!


 私がわたわたと鳴いて同意すると、モルシャは「恐れ入ります」と言って退室した。


 私は再びリークと一緒に遊ぶ。

 私が乗っているブランコを、リークが揺らすのだ。こう、不規則な揺れに対応して身体を動かすのがちょっと楽しい。

 私はぶらぶらしながらリークに尋ねた。


 ねぇ、リーク。


「なんだ?」


 リークはつんつんと揺らしながら答える。たまに揺らすふりをして揺らさなかったりするから侮れない。

 私はリークの指に意識を集中しつつ重心を低くしながら言った。


 守護鳥ってどういう風に番うの?


「……一応、昔に鳥司が聞いてみたことがあるらしいが、そもそも種族を残すと言う本能が薄い守護鳥様は興味がないと一蹴したそうだ。人間に置きかえれば、閨の作法や求婚方法を尋ねる様なものだからと、鳥司達も何度も聞いたりはしなかったらしい。

 でも今回の様なことがあるならば、今一度番った経験のある守護鳥様に話を聞く必要があるかもな。鳥司はその時期森に立ち入ることが許されないし、それにカティアの次の砂色の守護鳥様のこともあるし、な」


 リークは少し考えながらそう言った。

 私の次の砂色の守護鳥かぁ……。


 次の砂色は出会えるかなぁ。カーディーンみたいに、私がいいって言ってくれる様な王族に。


「きっと出会えるさ。その時はカティアが守護鳥として次の砂色の守護鳥様を導いて差し上げたらいいんだから」


 リークの言葉に私は少し考える。

 まだ雛のくぴーくぴー言ってる小さな砂色に、大きな私が美しい尾羽をぴんとはって守護鳥として教えてあげるのだ。

 それは……すごく、いいかもしれない!!

 私はくふーと胸を張った。

 想像に忙しすぎて、ブランコからぽたりと落ちて、リークがすっと出してくれた手の上にころんと落ちた。

 手の平の上で起き上がって、もじもじと足をふみならしながらリークに言った。


 今ブランコから落ちたこと……次の砂には言わないでね?


 リークはにやにやと意地悪に笑いながら「はいはい」と言った。

 絶対言う気だ!



 その日、カーディーンは一度だけ宮に戻って私の様子を見に来てくれたけれど、すぐに宴に戻ってしまった。

 夜通し続く宴なので、カーディーンは戻ってこれない。

 私は一人で眠るのは嫌だと駄々をこねて、今夜はリークと一緒に眠った。


 あのね、あのね、リーク。私が一人で眠るの嫌だってことも、次の砂に言っちゃだめだよ?


 リークはくすくす笑って「はいはい」と言った。

 ナーブが早く元に戻って、早くカーディーンと一緒にいたいなと思った。


 けれどその願いもむなしく、結局私は翌日のラナーの婚姻の儀式には参加できなかった。

 ナーブは参加したようなので、興奮は元に戻ったらしい。それは素直によかったと思った。

 カーディーンとザイナーヴ、身体が強いのはカーディーンの方で、呪いで体調を崩す可能性が強いのも、倒れたら困るのもザイナーヴの方だ。

 それに今回のナーブの興奮は私が原因なので、私がいない方が影響が出ないだろうということだ。

 私にもわからないなりにナーブが興奮したのは私のせいという負い目があったので、頬を膨らませつつも大人しく宮で待機していた。

 国中が王族の婚姻で大賑わいしていたのに、私だけが仲間外れでとてもさみしかった。

 今日行われているはずだったカーディーンとシャナンの演奏も、色んな儀式も、ラナーの着飾った姿や従兄弟の王族の顔も全部見逃した。


 ……魅力的な女の色香なんて、嫌いだ……!


 私はお気に入りのクッションの房をぶちぶちとひっぱりながら、宮で一人頬を膨らませて一日を過ごした。


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