お部屋とご飯には楽しいがいっぱい
本日の顔合わせが終わり、兄弟達はそれぞれ気に入った相手の元で数日共に過ごしてみることになった。
私はカーディーンの宮へと向かうことが決定した。
カーディーンがでは案内しようと言ってくれたので、私は思い切ってカーディーンに尋ねてみた。
カーディーン。あのね、頭に乗ってみたい……だめ?
実はさっきからものすごく気になっていたのだ。ふわふわと波打つこげ茶色の髪。カーディーンは背が高いし、乗ったらすごく大きくなったように感じるんじゃないかと思う。
「砂殿がそうしたいのならば構わない。好きにするといい」
許可が出たので、さっそく私はぱたぱたと飛んでカーディーンの頭上にちょこんと乗った。
モルシャの手の平や肩とは違う、全てのものを上から見下ろすような視界はなんとも新鮮で、自分がとっても強くなったかのようで、私は大興奮で尾羽をぱたぱたと震わせた。
ふおぉ~!!おっきい!高いっ!私今すごくおっきいよ!見て見てモルシャ!
「まぁまぁ砂様。とてもご立派でいらっしゃいますねぇ」
のほほんと見上げてにっこり笑うモルシャに両の翼を広げてアピールし、ついでとばかりに近くにいたカーディーンの従者達にも自分の姿を見せるように頭上で振り返って誇らしげに胸の羽毛を見せつけたのだが、従者達はむずむずとかゆそうな口をして何かを堪えるように引き結んでいる。肩も小刻みに震え、数人は俯いてしまった。
その姿に私は不安になって、カーディーンの髪の毛に潜るように頭を低くしながら問うた。
お、怒ってる?私がカーディーンの頭に乗ったのって何か駄目だったの?
「彼らは怒っているわけではない。砂殿が気にすることなど何もないのだ」
そう?だったらいいんだけれど……。
カーディーンがそう言ってくれたので、私はまたそろそろと頭を上げて従者達の様子をうかがった。従者達はもう俯いていないし笑顔だ。
よかった。でもなんで肩が震えてるんだろう。あと口の端がぴくぴくしてるよ?怒ってないならいいんだけどさ。
そんなやり取りを経て、現在私はカーディーンの頭に乗ったまま宮殿を移動している。カーディンは私が落ちないように、なるべく頭を動かさないようにしてくれているみたいだけれど、それでも歩く振動が頭に伝わって微妙に揺れる。私は規則的に訪れるその振動で体が揺れるのを楽しんでいた。
長い長い廊下を、カーディーンを先頭にモルシャや幾人かの鳥司とカーディーンの従者が追従して歩く。
廊下にいた人達が、私達に気づいて頭を下げようとするのだけれど、みんな私を二度見してから慌てたように頭を下げる。
ねぇカーディーン。私なんか変なのかな?
私が問うと、モルシャの通訳を受けたカーディーンが真面目な口調で答えてくれる。頭の上にいるので顔が見えないけれど、たぶん表情も変わっていないのだろう。
「私の宮の者達は砂殿を見るのが物珍しいのだろう。そしてその砂殿を連れている私の姿にも、慣れておらぬのだ。いずれ慣れよう。砂殿においては、それまではしばし不快な思いをするかもしれない」
変じゃないならいいよ。だって守護鳥が王族と一緒にいるのって当然のことなんだしね。
「そうだな。後ほど私の方からも皆に通達しておこう。砂殿は我が宮では自由にふるまってくれて構わない」
わかったー。
そんな話をしながら、カーディーンの宮に到着した。
カーディーンの宮も壁自体は本宮殿や守護鳥の巣と変わらない白い石柱とアーチを描く天井だ。
けれど、カーディーンの私室だと言って通された部屋は、金と赤で複雑な模様が織られた絨毯が広がり、大きな長椅子と房がついた豪奢なクッションが沢山置いてある。
長椅子が沢山あるのはお金持ちの象徴で、クッションが沢山あるのは、部屋に招く客を部屋自身が歓迎しているのだと言う証だとモルシャが教えてくれた。
私は我慢できずに、カーディーンの頭から飛び立ち、部屋の中を自由に飛びまわって散策した。
カーディーンはそんな私の様子を無言で、モルシャはにこにこと壁際に控えるようにして眺めていた。他の従者は最低限の人以外は下がったらしい。
部屋は広くて扉はなく、いくつかのアーチで用途別に区切られているようだ。私室そのものの入口は、重たい房のたくさんついた布と、薄くて透けるような布が天井から垂れさがっていて重たい布は入口の脇でひとまとめにされていた。あれを降ろすと中が見えないようになって、音もある程度吸収されるらしい。
部屋には調度品が飾ってあって、色味は落ち着いた暗い赤、明るい赤、鮮やかな黄色、暗い黄色、白が中心になっている。大きなベッドがある寝室は壁に緻密な月の意匠が彫り込まれていた。
私は壺の中に出たり入ったり、装飾品の穴を覗き込んだり、壁に布をまとめている紐の房にぶら下がったり引っ張ったりして遊んだ。
ひとしきり散策し終わって、私は目をつけていたクッションめがけてぽふんと着地した。程良い弾力に体が弾き返されて、その反動で同じくつるつるで柔らかな長椅子にころんころんと転がり落ちた。
これは楽しい!
私が何度かクッションの上を飛び跳ねて遊んでいるのを見て、カーディーンが私が転がって遊ぶ場所を十分に開けて長椅子の端に座った。
「我が宮は気に入ったか?」
気に入った~!色んなものがいっぱいあって楽しいよ!
「ふむ、そうか?我が宮は他の兄弟達と比べると、どちらかと言えば簡素なつくりであると思っていたのだが……」
そうなの?巣よりいっぱい色んなものがあるし、色んな色があるよ?
「砂様のお住まいの巣の区画は、調度品や家具がほとんどございません。絨毯とクッション以外はほとんどむき出しの壁と石柱でございましたので、砂様にとっては全てが珍しく感じられるのでしょう」
モルシャが静かにそう注釈を挟んでくれたので、カーディーンと二人でなるほどと納得した。
丁度良い時間だったので、そのままお昼ご飯を一緒に食べることになった。
外の見晴らしの良い場所にテーブルといすを運んで外での食事だ。私の席はテーブルの上の、カーディーンの対面にたたんで置かれた柔らかい布の上らしい。つるつるテーブルの上に直接だと私の足が痛いし、座るとお尻が冷たくなっちゃうからね。
この国は雨がほとんど降らないので、生活に余裕のある人間は外で食事をとることが多いらしい。
テーブルの中央に色とりどりの料理と沢山の飾り花が乗せられた大皿が運ばれてきた。最初の切り分けは招待した主が切り分けて取り皿に盛りつけるのが慣習らしく、私に食事を取り分けるために飾り花がたくさん盛られているらしい。
カーディーンが飾り花をいくつか私用らしき小さいお皿に乗せてくれた。
「砂殿と食事を共にする出会いと糧に感謝を」
カーディーンがそう言って杯を少し掲げたので、私も真似して自分のお皿の大きめの花弁の端を咥えて、くいっと上を向いてみた。
真似する私に、カーディーンが少し目を細めて柔らかいまなざしで私を見つめた。
そこからはそれぞれ従者と鳥司が食事の世話を焼きつつ、私とカーディーンはそれぞれのお皿のご飯を食べながら談笑をしていた。
鳥司達は私達兄弟の前で食事をとらないので、私は人の食事風景が珍しく、自分の食事をそっちのけでカーディーンの食事をわくわくと見ていた。カーディーンはたまにお皿のまわりをうろついて覗き込んだり、カーディーンを凝視している私を気にするでもなく普通に食べているようだった。
お魚って美味しいの?そのお魚、スープの中で全然泳いでないよ?ちゃんと生きてるの?
カーディーンが食べている赤いスープの中で、くたくたの香草や煮た豆と一緒にぷかりと浮かんだままぴくりともしない魚を見つめながら私が言うと、カーディーンが食事の手をとめて、少し考えるようにしてから答えた。
「この魚は火が通って既に生きていないから、泳ぎはしないな。だが私は美味だと思うな」
ふぅん。虫とか花とか葉っぱとか、鮮度が命だと思うんだけど、人って生きたままは食べられないんだね。
この美味しさがわからないなんて可哀そう、と思いながら私は自分の皿の生の香草をもしゃもしゃする。うん、歯ごたえと草そのものの水分と、香りがいい!
そんな私の食べる様子を少し眺めたカーディーンが、私の言葉にうなずくようにして言った。
「そうだな。基本的に食べ物は火を通すな。果物や葉の一部はそのまま食べるが……」
あ、果物おいしいよね!
「そうだな」
そういえばこの間ね、鳥司がおやつにこっそりコムの実をくれたの!
「それはよかったな」
でもね、あれ美味しくないね。なんかすごく苦い。辛苦い!私はもうちょっと苦みが少ない方が好きだな。あれが大好きな一の兄がよくわかんなくなっちゃった。
「守護鳥にもそれぞれ好みがあるのだな。人間はコムの実は乾燥させて粉に挽いて隠し味として使うことはあるな。生で食べることは出来ないな。確か、私のこの魚料理にも使われているはずだ。味に深みが出るらしい」
へぇー。じゃあ今度コムの実を他の実や花と混ぜて食べてみようかな。でも乾燥なんかさせてたら、その間に他の兄弟達にとられちゃうかも……。
そんな話をしながら、カーディーンとの食事は穏やかに終わった。
ほとんど私がカーディーンを質問攻めしていたけれど、カーディーンはひとつひとつにきちんと返事をしてくれたので、会話が途切れることはなかった。
兄弟達と食事をするときは奪い合いの戦いなので、和やかに会話などしていられない。なので自分の食事が確保されていてカーディーンとおしゃべりしていても、自分の食べ物がなくならないのってすごいと思った。
人間と食事をするのも悪くないなぁと思った。