流れる時と動きゆく人
シャナンに花を贈った日以降、カーディーンが最近時折シャナンと会うようになった。
会う場所は囁きの回廊とか語らいの庭園と呼ばれる、奥まっていて人気のない場所ばかりだ。
なんで宮に呼ばないんだろうとリークに尋ねると、モルシャが教えてくれた。
「未婚の女性を一人で宮に招くとあらぬ噂が立ちますので、女性の立場を守る為に用意された場所なのです。カーディーン様はまだ求婚の話をシャナン様の御尊父になさっていないので、シャナン様のお立場を守られる為の配慮でございましょう」
リークと二人でなるほどと話を聞いていた。
その翌日、私はリークとまた中庭散策に出ていた。最近会議が多すぎるよ。
すると、水路で世話係の鳥司と遊んでいるナーブを見つけた。
珍しくザイナーヴと一緒じゃない。
私はナーブの元へと飛んで行き、声をかけた。
ナーブ!一人なの?
私に気付いたナーブがぎょっとしたようにあたりを見まわし、ほっとした様子で近くに降り立った私に気付いたようにすりすりと挨拶をした。
久しいな、カティア。一人でよかった!
……なにを探していたの?
いや、探してない!俺は何も探してないからな!!お前の加護相手に言っちゃだめだからな!
?……うん。
カーディーンに言っちゃだめらしい。何を?
そして相変わらずナーブはカーディーンが怖いらしい。優しいんだけどなぁ……。
今はザイナーヴが会議なので俺はちょっと散策だ。ザイナーヴがいないとつまらない。
ナーブは頬を膨らませながらそう言った。
遊んでもらえない寂しさはよくわかるので、私も遊んでくれないカーディーンのことを思い、一緒に頬を膨らませた。
一緒に飛びまわったり、リークをめぐって攻防を繰り広げたりした後、休憩を兼ねてお互いの話をした。
私はカーディーンと一緒に砂漠を渡る話や、夜の摘まれていない咲いたままのムーンローズが零す蜜の話をした。ムーンローズがどれほど美味しいかについて語ると、ナーブは非常に悔しそうな顔をしながら尾羽をぺたりと下げていた。
欲しいならカーディーンに直接言えばくれると思うよ。
私達にとっては御飯だが、人間にとっては貴重な財産だ。
しかし守護鳥のナーブが直接お願いすれば、カーディーンは快くムーンローズを分けてくれるかもしれない。ムーンローズは軍とカーディーンが所有している財産なのだから。
全然関係ないが、私も将来的にムーンローズを所有できると教えてもらった。私の名前がついた麦の木がある。麦の木のそばにはムーンローズが群生するので、私のムーンローズになるのだという。
素晴らしい響きだと思う。私のムーンローズ!!
ちなみに私からお願いするのは絶対に嫌だ。私のご飯が減るかもしれない。
私がそう言うと、ナーブはそれは嫌だとばかりにぶるぶると震えている。
はっきり言ってカーディーンに失礼だと思う。私は頬を膨らませて抗議した。
カーディーンが美しくないからって失礼だよ!
煩い!怖いものは怖いんだ!むしろカティアが平気なのがおかしいんだ!!
ぎゃあぎゃあと言い合いになり、そこから自分の加護の相手の方が素晴らしいと言う口喧嘩に発展した。
レーヴは身も心も美しいんだ!声や指先ひとつで相手を虜にできるんだからな!
カーディーンは声ひとつ、指先ひとつでたーっくさんの部下を動かせるもん!
まっすぐ見つめたら女性が愛の告白をするくらいなんだからな!
まっすぐ睨んだら悪い人が泣いて罪を告白するんだからね!
毎日書類の山を片付けてるんだぞ!
カーディーンだって書類とにらめっこしてるもん!
守護鳥同士のやり取りは通訳の必要がないので、互いの鳥司は私達の喧嘩を微笑ましげに眺めながら背後に控えている。
私達はその眼差しにむっとして、二人で鳥司達に抗議をする。
お前達もレーヴの素晴らしさを語るんだ!
そうだよ。にこにこしてないで手伝ってよ!
こうしてしばらくの間、カーディーンとザイナーヴの褒めちぎり大会が宮殿の片隅の庭でひっそりと起こっていた。
口喧嘩に疲れてナーブと一緒に昼寝をした後、先に起きたらしいナーブが慌ててばたばたと飛んで言った為、もたれかかって眠っていた私は体勢を崩してぼたりとこけた。
うとうとした頭で恨めしげにナーブを睨もうと目で探すと、遠くの回廊に向かって飛び立つ後ろ姿があった。
急になんだと思って見ていると、回廊を進む人物の目の前にナーブが飛びだし、びっくりして立ち止まった人物が慌てて手を出すと、ナーブはそこに留まってその人物に何やら話しかけていた。
その人物を見て、私は小首をかしげながらつぶやいた。
シャナン……?ナーブと知り合いなの?
そういえばシャナンが一度ザイナーヴと会ったことがあると言っていたっけ。その時にナーブとも仲良くなったのかもしれない。
ナーブは何やらわたわたと話をしているが、シャナンはきょとんとしている。
ようやくナーブに追いついた鳥司が通訳を初めて、シャナンがナーブと話をしていた。
話そのものは短かった。ナーブが一言二言何か言って、シャナンが笑って何か返事をした。それにまたナーブが一言返して終わりだ。
何を話していたんだろう。さすがに遠すぎて私でも二人の声を拾うことが出来なかった。
何やらご機嫌な様子で戻ってきたナーブが、私を見て言った。
なんだ、カティア。起きたのか。
ナーブが急に動いたせいで起こされたんだよ。ねぇ、ナーブってシャナンと知り合いなの?
……以前に会ったことがある。あの女はシャナンって言う名前なのか……。
シャナン、シャナンと何度か呟いて名前を覚えようとしていたが、めんどくさくなったのか世話係に代わりに覚えておくように言っていた。
本当にザイナーヴ以外に興味がないなぁ……。
そういえば、ザイナーヴは番う準備のために伴侶を選んでるんでしょ?綺麗な人がいっぱいやってくるのっていいなぁ。
私がそう言うと、ナーブはつまらなさそうに言った。
美しい者など来ていない。皆レーヴの隣に並ぶのにふさわしい美しさなどない!
頬を膨らませて言うナーブの基準は高い。
その割には、さっきシャナンと仲良さげに話をしていたのが少し気になった。
シャナンは美人なの?
お前には美人に映るのか?
私と同じ茶色い髪だしにこにこしてるし美人だとは思うけれど、リークやネヴィラの方が美人だと思うよ。
ネヴィラは知らないが、リークの方がよほど美しいと言うのには同意だな。いきなりなんだ?
さっき楽しそうに話してたじゃない。
私が言うと、ナーブがぎくりと尾羽を震わせた。
さっきの話聞いていたのか!?
聞こえなかったけど楽しそうな感じがしたから。
私が言うと、ナーブはややホッとしながら「カティアには教えない!」と逃げる様に去っていった。
教えてくれてもいいのに……。
私はばたばたと去ったナーブの方を見つめながら、背後に控えるモルシャに尋ねた。
ねぇ、モルシャ。
「いかがいたしました、カティア様?」
なんでナーブはあんなにカーディーンを怖がるんだろう?
「おそらく、ナーブ様は特別血筋を見分ける能力が優れていらっしゃるからではないかと存じます」
何それ?
モルシャは柔らかく目を細めて教えてくれた。
「守護鳥様は、お姿で王族を把握してると認識されておりますが、実はきちんと血筋を認識する能力があるのではというのが鳥司の見解です。
王族の血が強く出れば出るほど美しい。ですから守護鳥様は美しさに惹かれる様に見受けられます。リョンドのような美しさに惹かれるのは、王族に近いと錯覚なされるからでしょう」
私はリークをじっと見てみる。
ナーブが特別カーディーンを怖がる理由は、ナーブが特別血筋を認識する能力が強いからではないかとモルシャが言った。
つまりカーディーンは一応王族として認識されていて、でも怖がられている、という複雑な感情を持たれているらしい。
それなら一応、仕方ないってことになるのかなぁ……。
私はむぅっと頬を膨らませたまま考える。
でも私、そんな血筋とかカーディーンにもザイナーヴにも感じたことないんだけど。
「それはまぁ……。感じないなら仕方ないんじゃないか」
「カティア様は、血筋ではなく人の心を見る力が特別強ぅございますから、血筋を認識する能力は必要なかったのでございましょう」
私が言うと、リークはちょっと言葉を濁す様にそう言って、モルシャはにこにことおっとり言った。
意外な認識の違いを発見した。
でもナーブはそういう能力もあるだろうけれど、美形に煩いのは単純に美しい人が大好きなだけだと思うのは私だけかな?
しばらくして、またカーディーンが会議なので私は一人中庭散策だ。
本当に会議が多すぎない?カーディーンは会議だし、書類仕事を任されているマフディルとリークが終わらない書類の山に、どこか遠くを見つめる顔をしていた。
私が散策に出ようとすると、リークが解放された!と言わんばかりの顔で立ち上がり、マフディルにそっと腕を掴まれて引き戻されていた。
リークが助けて!って顔をしていたけれど、モルシャが笑顔で私に参りましょうと言ったので、私はリークにがんばれとひと鳴きして部屋を出た。
そんなわけでモルシャや他の鳥司を連れての散策だ。
今日はどこに行こうかな。
ぼんやりと考えながら回廊を歩いていると、ネヴィラと出会った。
「カティア様。お会いできて光栄でございます」
そう言ってにこっと微笑むネヴィラにちょっと違和感を覚えた。
いつもより声の調子が少し低いように感じる。
どこか行ってたの?
「ザイナーヴ殿下とお会いしておりました」
あぁ、わかった。伴侶の話だ。
「はい。左様でございます」
だがどことなくへこんでる様子を見ると、たぶんうまくいかなかったのだろう。
「ナーブ様に認めていただくのは難しいのですね……」
私もくぴーと鳴いて頷いた。
ナーブは美しさに関しては絶対に譲らないので、美しさを認めてもらうのは難しいだろう。そして、この間聞いた話だと、そもそも守護鳥は王族以外の血筋に関心が薄いようだし。
ネヴィラの美しさでもだめとか、本当に最低でもリーク並の美貌が必要なようだ。一度気に入られれば、尾羽を振ってすり寄ってくる単純さなんだけれどね……。
私がナーブの複雑な単純さに呆れていると、ネヴィラがふと思いだしたと言うように、何気ない口調で私に尋ねてきた。
「……そう言えば、カティア様。シャナンとカーディーン様は仲睦まじくいらっしゃいますか?」
うん。楽しそうにお喋りしてるよ。とっても仲良し!
カーディーンがわざわざ忙しい合間を縫っては、ちゃっかりシャナンと遊んでいるのを知ってるもん。
基本的には私も一緒だけれど、時折私を仲間外れにして、二人で遊んでいるほど仲がいいのだから。ずるい。私も遊びたい!
「それを聞いて安心いたしました」
ネヴィラはにっこり笑ってそう言った。
私は「ナーブ様に認めていただけるように精進いたします」と言ったネヴィラを激励して別れた。
去り際に、ふと気になったことがあったので、ネヴィラを呼びとめて尋ねてみた。
ネヴィラ、蛇は好き?
私が聞くと、振り返ったネヴィラは少し小首を傾げた後、「蛇?」と呟きながら少し眉を寄せて答えた。
「申し訳ありません。私は蛇の姿が恐ろしくて苦手なのです。昔から何故か蛇に好かれるらしく、よく追い回されて泣きながら逃げておりました」
どうせならカティア様方の様に愛らしいお姿の生き物に好かれたかった、と長いまつげで目に影を落としながら告げた。
ネヴィラが蛇に妙に好かれていると言う話は本当だったようだ。
大丈夫、私も蛇は怖いと思うから。
私は美人仲間として、同じように蛇に好かれるネヴィラに心からそう言った。
「カティア様、今の問いかけはどのような意味があったのか伺ってもよろしいでしょうか?」
ネヴィラと別れた後、モルシャに聞かれた。
特に意味はないよ?以前カーディーンとシャナンがお喋りしてたけれど、意味がわからなかったから真似してみただけ。私はネヴィラの意見に賛成かなぁ。やっぱり青い目の蛇なんていないと思うんだよね。
「左様にございましたか」
モルシャには意味がわかった?
「わたくしにもわかりかねます。ですが青い目の蛇がいらっしゃるのでしたら、きっとカティア様をお守りくださる蛇かもしれませんねぇ」
えー、蛇が守ってくれるかなぁ。
私が胡乱な目でモルシャを見ると、モルシャはほっほと笑っていた。
ラナーの婚姻?
「そうだ。ラナーと従兄弟が夫婦になる宴だな」
ついにラナーと従兄弟が灯り魚を交わす仲になったようだ。
というより、ようやく互いの守護鳥が相手を認めたと言うべきか。
じゃあもしかして、その宴の準備で沢山会議してたの?
「そうだ。とにかく人が集まる宴だからな。準備しすぎて足りぬと言うことはないんだ」
そしてカーディーンは軍の責任者として、その準備に追われているらしい。
ついでに言えば、ラナーたっての希望でカーディーンとシャナンの演奏が組まれているらしい。
「噂を聞いたラナーが、気を利かせてシャナンとの時間を取れる名目をくれたのか、単純に仕事を増やしてきたのかわからないな」
困ったようにそう言いながらも、カーディーンはどことなく嬉しそうな声だ。
婚姻の儀式の前日には、また儀式クラゲと月光浴をしなければならないようだ。
儀式クラゲと言われ、ファディオラの葬儀を少しだけ思いだした。
どこかさびしい気持ちになってぺたりと尾羽が落ちる。
私の様子を見たカーディーンは、私を包むように大きな手でそっと背中を撫でながら、囁くように言った。
「カティア。儀式クラゲは身を清める為にあるのだから、その先に待つのは悲しい別ればかりではない。次の儀式クラゲと会うときは、喜ばしい儀式が待っているからそう心を落としてはならない」
カーディーンに言われて、私は小さくくぴーと鳴いた。
「婚姻の儀式を楽しみに待つといい。眠れぬほど賑やかな宴だ」
そしてそれまではずっと忙しくなると言われ、先ほどとは異なる意味を込めてくぴーと鳴いた。
カーディーン、ちゃんと私とも遊んでね……?