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蛇の話と噂は動く

 カーディーンは最近機嫌がいい。

 ネヴィラとシャナンを宮に招いて以降、カーディーンに番いを催促する声がぴたりと止まったのだ。

 おそらくどちらかを伴侶にするのではと、カーディーンの動きを待って静観しているからだとカーディーンは言っていた。

 私達は今日も砂漠でのお仕事を終えて、カーディーンと宮殿内を移動している。移動は声をかけてくる人が減ったので、変に遠回りしたりしない道を歩いている。

 私は迫りくる砂の風から魔力の膜でカーディーンの視界を守ったり、食事中に落ちてきた石の塊を魔力の壁ではじいたりと言う大役を務めて、今は心地よい疲労感に包まれながらカーディーンの頭の上で振動を楽しんでいる。


 カーディーン!早く宮へ帰ろう!今すぐに!!


「カティア、そのように慌てなくても花は逃げない」


 カーディーンに笑いながら窘められながらも、私はうきうきと後ろを振り返った。

 従者の人が運んでいるのは、籠いっぱいの花だ。夜の部隊が持ってきてくれた処理を施されたムーンローズや、砂漠の珍しい花などをマフディル経由で受け取ったのだ。

 全部が私のご飯になるわけではないが、いくつかはくれるとカーディーンが約束してくれたので、私は早く食べたくてうずうずしている。サボテンの花などなかなか食べる機会がないのだ。あの薄い紅色の小さな花はどんな味がするだろう。

 私が楽しい想像を巡らせていると、カーディーンが気がついたように立ち止まった。

 振動が止まったのでなんだろうと見てみると、回廊の途中にシャナンがいた。

 シャナンもこちらに気づいたようで、廊下の端に寄って立ち止まっている。

 カーディーンはゆっくりシャナンに向かって歩き、カーディーンが近づくとシャナンは頭を下げた。シャナンの従者も一緒に頭を下げている。


「面を上げよ。久しいな、シャナン。息災か」

「はい、お心遣い恐れ入ります。カーディーン殿下におかれましては御壮健であらせられる御様子、私どもにとって何よりの報せでございます」


 シャナンはにこりと微笑んで、カーディーンをまっすぐみつめて挨拶をした。


「今日はネヴィラとは一緒ではないのだな」

「はい。本日は私一人が招かれておりましたので」


 ラナーの宮に行ってきたの?


 私が尋ねると、シャナンは「本日は違います」と微笑んで言った。


「今帰りか?」

「はい」

「それにしては何故ここにいる?そなたが進もうとしていた方向に出口はないぞ」


 カーディーンが言うと、シャナンが「え?」と言った。

 宮へ向かう私達と出会ったのだから、シャナンは完全に真逆の方向に進んできている。


「あの……こちらは出口とは違うのですか?」

「ここは王族の居住区に向かう回廊だ。もう少し進めば兵に止められるだろうな」


 カーディーンが言うと、シャナンがかぁっと頬を染めて俯いた。


「も、申し訳ございません。いつもはネヴィラ様と共に参りますので、あまり一人で移動したことがなくて……」


 どうやら完全に勘違いして、奥深くまでうろうろと進んできてしまったらしい。恥ずかしそうに言い訳していた。


 後ろの従者は教えてくれないの?


 私がシャナンと共にいる従者を見て尋ねると答えはカーディーンから返ってきた。


「貴族が連れ歩く家の従者は、宮殿ではなるべく目を伏せて足元を見て歩くよう言い含められている。主人より身分の高い者と目を会わせないための配慮であり、不用意に宮殿の配置を覚えてはならないと言う暗黙の了解があるのだ」


 だから従者も道がわからない、というかわかってはいけないのだそうだ。なので主人のシャナンが迷うと従者も一緒に迷うしかないらしい。

 シャナンが耳まで真っ赤になって俯いているところを見ると、たぶん貴族としてはちょっと恥ずかしいことなのだと思う。

 どうするのかなと思って見ていると、少し考え込んだカーディーンが、すっとシャナンに手を差し伸べた。


「よければ私に出口まで案内させてくれ」


 カーディーンの言葉に、シャナンは差し出された手とカーディーンに交互に視線を送りながらおそるおそる尋ねた。


「カーディーン様は……よろしいのですか?」

「構わぬ。どうせ宮に戻るだけだったのだ少し遠回りをしても問題ない」


 ちょっといつもより硬い口調で告げられた声音に答える様に、シャナンの手がおそるおそるカーディーンの手の上にそっと重ねられた。

 カーディーンがちょっとだけほっと息を吐いたのがわかった。

 逆にシャナンはちょっとだけ緊張しているようだった。息遣いがちょっと硬いし、顔もまだほんのり赤い。

 この張り詰めたような空気が無性にうずうずしたので、私もひらりとカーディーンの頭の上から降りて重なったシャナンの手の甲にちょこんと飛び乗った。


 私が案内してあげる!


 胸を張って言うと、ちょっとだけ目を丸くした二人が一呼吸遅れて小さく笑う声が聞こえた。


「そうだな。カティアに案内を任せるとしよう」

「よろしくお願いいたしますね、カティア様」


 ぴんと張った空気の糸がたわんだような気がして、私はほっとした。


 私はカーディーンの肩に乗って、シャナンは私が乗っている肩側の隣を歩いて、通訳の為のリークがすぐ後ろにいて、カーディーンとシャナンの従者達が少し離れて後ろを歩いて来ていた。

 私は本日の活躍をシャナンに語る。

 シャナンは私の話に時々相槌を打ちながら聞いてくれた。


「それでは砂漠ではその様なことが起こるのですね。皆様にお怪我はございませんか?」

「皆、鍛え抜かれた精鋭ばかりだ。めったなことでは怪我などしない」


 みんなすごいからね!


「カーディーン様もカティア様も、部下の皆様をとても信頼していらっしゃるのですね。お二方から信頼を賜って、部下の方々はさぞ誇らしいことでございましょう」


 ふんわりと笑ってシャナンが言った。

 気負いなく、なんでもないことの様に言うシャナンの言葉はお世辞の様に聞こえないので、とてもくすぐったくて嬉しい気分になる。


「お話を聞いていると、私も砂漠に赴いてみたくなります」


 砂漠って危ないよ。素敵なこともいっぱいあるけど。こんなに大きな大蛇とかいるし!


 私が羽をばっと広げて言うと、シャナンは好奇心いっぱいの明るい口調で言った。


「私、蛇は平気ですのよ?ネヴィラ様との出会いも小さな蛇を緑に帰したことがきっかけなのです」

「私もネヴィラとの最初の出会いは、ネヴィラが蛇に纏わりつかれていたところだったな」


 カーディーンが思い出すような口調で言った。


 なんだかネヴィラはよく蛇に追いかけられてるんだね。


「私が見たのはその一度だけですが……ネヴィラ様は蛇すら見惚れる美しさなのでしょう」


 シャナンがうーんと考える様にしてからそう言ったので、私も聞いてみる。


 私も森で蛇に襲われたことがあるよ?


「カティア様も、蛇が見惚れる美しさをお持ちでいらっしゃるからでしょうね」


 そうかな?純粋な命の危機を感じたけれど、そう言われて悪い気はしないので、美しかったからということにしておく。

 大蛇にしょっちゅう襲われたこともあるし、きっと私は絶世の美貌なのかもしれない!


「ではやはりそなたは砂漠には連れてゆけぬな」


 カーディーンがそっと口を挟んだ。

 シャナンはちょっとだけ残念そうに眉を下げた。


「そなたを砂漠へ連れてゆけば、きっと蛇に襲われてしまうからな」


 カーディーンはシャナンの目を見てまっすぐ言った。


「砂色の大蛇は怖いか?」


 シャナンも同じようにカーディーンの目をまっすぐ見つめて、それからちょっと頬を染めて笑った。


「いいえ。彼らは大切な卵と住処を守るためにしか牙を向けぬと伺いました。私は砂色の蛇を恐ろしいとは思いません。とても愛情深い生き物だと思います。私の目には、薄い青の瞳はとても優しそうに映ります」

「そうか……」


 シャナンもカーディーンもそう言ったきり、黙ってしまった。

 そうかなぁ、私は蛇に襲われるのは怖いし嫌だけどなぁ……。あと私は薄い青の瞳の蛇なんてみたことないけど。



 そんな話をしながらも、私の案内で無事出口にたどり着いた。


「カティア様はとてもお詳しいのですね」


 そうなんだよ!私、宮殿の色んな場所を知ってるんだから!!


 シャナンが尊敬のまなざしで私を見た。とっても気分がいい。思わずくふーっと胸を張ってしまう。

 シャナンはカーディーンと私に向き直り、丁寧にお辞儀をして感謝の言葉を述べた。


「シャナン、そなたにこれを」


 カーディーンが籠を持つ従者から受け取った小さな薄い紅色の花を一輪シャナンに手渡した。


「これもカティア様からの贈りものですか?」


 シャナンが花を受け取って口元を綻ばせてから、伺うようにカーディーンに問いかけた。


「これは私からの贈り物だ」

「よろしいのですか?」

「私がそなたに贈りたいと思ったのだ。私はもっとよくそなたのことを知りたい。これはその気持ちだ」

「……ありがとうございます」


 シャナンは頬を染めて目を細め、ふわりと笑った。

 カーディーンはシャナンと同じように、小さく目を細めた。


 シャナンと別れて、カーディーンともう一度宮に戻る。


 カーディーン、なんだか嬉しそうだね。シャナンとお友達になるの?


「そうだな。まずは友になるところからだな。しかし噂は動き出すだろうな。仕方ないだろう」


 カーディーンの声は、どこか楽しそうだった。


「カティアは何やら不満があるようだな。頬を膨らませてどうした?」


 カーディーンが私の頬をつつきながら尋ねてくる。

 私は頬を膨らませたままぎろりと睨むようにしてカーディーンに言った。


 あの薄い紅色の花は私が食べたかったのに……。


 私の頬は食事にムーンローズが出てくるまで膨らんだままだった。


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