表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/106

芸の披露と後悔する尾羽

 さて、私がカーディーンのお話をして満足した所で、ようやく芸の披露が始まった。


「ではまず私から参りますね」


 と一人の女性が斜笛を携えて前に出た。

 そして一曲吹いた。皆がそれぞれ曲に聞き入っている。

 終わるとお辞儀をして次の人だ。次の人は弦箱、さらに次の人は弓で擦って音を出す楽器を弾いた。その次の人は弦箱だが一緒に歌を歌っていた。


「次は私の順なので失礼いたしますね」


 そういってシャナンが弦箱を持って移動した。

 私はモルシャの手にぴょんと戻る。自分の元に来てくれると思っていたらしいネヴィラが、ちょっとしゅんとしていた。

 ごめん、ネヴィラ。でもたぶんネヴィラの手に乗ると、お花の匂いを探して髪や胸にもぐりこみたい衝動が抑えられない気がするんだ。

 だってお花の匂いがするのにお花がないなんて、どこかに隠し持っているかもしれないじゃない!

 そんな言い訳をしつつ心の中でそっとネヴィラに謝っていると、シャナンの演奏が始まった。

 シャナンは歌なしの演奏だ。今回はしっとりした曲を演奏している。

『揺れる海砂』と言う曲だとネヴィラがそっと教えてくれた。

 海砂がざざんと静かに揺れる様を現すように、シャナンの弦がしゃしゃんと鳴る。月明かりが静かに降り注ぐような、月明かりを受けてそっと揺れるムーンローズがあるような、真っ暗な麦の木が月明かりに浮かび上がってくるような曲だった。

 どこまでも静かでしっとりしているのに、なんだか怖くない。

 カーディーンと、亀鯱に乗って見上げる青い月の夜が浮かび上がってくるような曲だった。静かに弾いているシャナンの露出が少なめなので、薄い斜を被っている姿が月の光を布にして纏った女神のようだった。

 曲を終えて戻ってきたシャナンにすごいすごいと言うと、はにかむように微笑みながら「ありがとうございます」と言った。

 次の女性は歌を歌った。後ろで楽師が演奏している曲に合わせて歌っていた。

 一緒に歌ってみたくなる。しかしたぶん邪魔したら駄目だと思うので、大人しくシャナンの手の上で歌を聞いていた。


「では私も行ってまいりますね」


 次はネヴィラの順番の様だ。ネヴィラが立ち上がり、準備をする。

 準備を待っている間に私はシャナンとお話する。


 ネヴィラは何をするか知ってる?


「ネヴィラ様は踊りをなさるようですね」


 ネヴィラが踊るの?


「はい。今、従者が絨毯を敷いておりますでしょう?あの絨毯の上で踊るのです。『絨毯の踊り』と呼ばれておりますね」


 ふぅん。だからいつもとちょっと服装が違うの?


「はい。女性の曲線的な美しさが求められる踊りですので露出はかなり高くなりますし、腰や腕、手首には飾りをたっぷりつけますが、それ以外は邪魔になるので極力装飾を省きます。

 さらに本来女性はうなじを見せないものですので、髪は下ろすか半分だけ結いあげるか編み込んで垂らすのが主流ですが、踊る時は高く結いあげます。その上で、括った根元から首周りまで布をたらして首の前で留めることで、頭の後ろとうなじを見えないようにするのです」


 なら髪を下ろしたまま踊ればいいと思うんだけど?


「それだと激しくまわったり動いたりしときに見えてしまうことがあるのです。それに背中を見せたりするので髪をかきあげる仕草もございます」


 ふぅん。よくわからないね。


「ご覧になればすぐにおわかりになりますよ」


 シャナンとお喋りしている間に準備が終わったようで、ネヴィラが人一人寝られるかどうかという広さの四角い絨毯の上に静かに立っている。

 絨毯の周りに楽器を持った従者の人がいる。今日の集いに合わせて呼んだ、女性のみの楽師だそうだ。

 曲が始まると、音に合わせてネヴィラの身体が動きだした。

 打楽器が早鐘を打つ心臓の音の様に、とことこと軽快な調子で動き回るような情熱的な曲で、ネヴィラは曲に合わせてお腹と胸と腰が別々に動いているかのように、くねくねカクカクと踊っていた。


 すごいすごーい!身体の上と下が別の生き物みたい!なんで足と肩が動いてないのにお尻がずっと揺れてるの?


 私も音に合わせてふりふりぶんぶんと尾羽を振る。楽しい曲だ。シャナンが私をにこにこしながら見ている。

 ネヴィラがちらりと私を見て、妙に色っぽくくすりと笑った。大人だ!

 ネヴィラの腰の飾りがきらきらと光を反射して揺れている。あの腰に集中した飾りは揺れる為にあったんだ。

 ネヴィラは蛇のようにくねくねと、時に柔らかく、時に力強く絨毯の上をくるくるとまわったり立ち止まったりして踊る。

 曲に合わせて腰からお尻の曲線がくねくねと動き、お腹が膨らんだりへこんだりする動きはとても不思議だ。手は波の様にうねったり、指が複雑な形を作ったりしている。どうやっているのだろう。

 踊り終ってお辞儀をしたネヴィラが帰ってきた。


 すごいすごい、ネヴィラ!なんかくねくねしてたよ!ふりふり素敵だね!


「まぁ、カティア様におほめいただき光栄です」


 ネヴィラは上気した頬で軽やかに笑ってシャナンの隣に座った。


「とても素晴らしかったです、ネヴィラ様」

「ありがとう。でも私は楽器が素晴らしい方が羨ましいわね」


 なんで?踊りが上手でもいいと思うんだけれど……?


 私が小首をかしげると、ネヴィラが教えてくれた。


「たとえ踊りが上手でも、同じ女性にしか特技として言えないのです。踊りは異性にみせるものではありませんので。異性であれば家族ですら、私が踊りを得意としていることを知らないのです」


 異性が、特に女性が踊りを見せていいのは自分の夫だけと決められているそうだ。絨毯の踊りは女性の身体の美しさを見せる踊りなので、異性に見せることは誘惑しているようでふしだらとされるらしい。

 だからたとえ従者であっても、異性がいる場所では決して踊ってはいけないのだと言う。今日の集いが従者も含め女性しか許されないのは、踊りを披露する人がいるからだと教えてもらった。

 つまり踊りが上手でも、特技として数えられないらしい。


「ですから私が踊れることは、殿方のいるところでは決しておっしゃらないでくださいませ」


 わかった!言わないよ。


 ネヴィラが内緒、と言うようにお願いしたので鳴いて返事をした。


 最後はラナーが絨毯の踊りを披露した。

 ラナーは大きな薄い布を持って踊っていた。

 ラナーがくるくる回ると、布が一緒にくるくる回る。ネヴィラと違ってゆったりした曲だったけれど、布が軽やかに舞ってこれはこれで綺麗だなと思った。

 ネヴィラもだったけれど、あの絨毯からはみ出さないように動くのがすごいと思う。なんであんなにくるくるまわっているのに、絨毯から一歩も出ないのだろう。

 ラナーの踊りは神秘的で、ため息が零れるほど美しかった。


 それからまたラナー達はお喋りする予定だったらしいが、私はモルシャにそろそろカーディーンの会議が終わると言われたので、ラナーに挨拶して戻ることにした。

 ラナーの手にお別れの挨拶をして、シャナンとネヴィラにくぴーと鳴いて挨拶して宮を出た。



 カーディーン、戻ったよ!


「ずいぶん長かったな。どこを探検してきた?」


 執務室でカーディーンの姿を見つけて飛び付くと、カーディーンが心得た様にそっと受け止めて撫でながら問いかけられた。


 えっとね、ラナーの宮で女性だけの集いに参加したの!


「それはまた……すごい場所に行ったのだな」


 うん。シャナンとネヴィラもいたよ!皆でお喋りしてきたの。


「そうか」


 えっとね、シャナンの弦箱が綺麗でね!ネヴィラの踊りがすごかったの!ふりふりしてた!!


 言ってからネヴィラのお願いを思い出して、ハッとした。

 あ、踊りは言っちゃだめなんだった!!

 しかしモルシャが普段通りの頬笑みのまま、さらりとネヴィラの部分だけを伝えなかった。


「そうか。シャナンの弦箱は見事だったからな。さぞ素晴らしかったことだろう」


 カーディーンや、一緒にいたマフディルに気付かれることはなかった。……リークだけは私の言葉にぎょっと目を丸くして、そのあと俯いて耳まで真っ赤になっていた。

 後でリークにいっぱいお願いして忘れてもらおう。……ごめんなさい、ネヴィラ。

 その日、私の尾羽はずっと下を向いていた。



 その日の夜、やっぱりネヴィラのことをうっかり言ってしまったことが気になって、就寝の挨拶をする前にこそっとモルシャにお礼を言おうと話しかけた。


 あの……モルシャ。執務室に戻った時の、シャナンの後の言葉なんだけど……。


 私が何と言って切り出したらいいのか迷っていいあぐねていると、モルシャがほっほと笑いながら口を開いた。


「まぁまぁ、いかがいたしました、カティア様。わたくしは最近物覚えが悪ぅございまして、あの時シャナン様のお話以外に、カティア様は何か申しておりましたでしょうか?もしございましたら、鳥司としてお伝え忘れたモルシャの咎でございますねぇ」


 モルシャはおっとり笑ってそう言った。


 え?な、なんでもないよ!私何も言ってないから、モルシャの咎なんて何もないよ!!


 私が慌てて言うと、モルシャは「それはようございました」と安心したように言った。

 モルシャが忘れてしまっているなら、言わない方がいいだろう。モルシャの咎になっちゃうし。


「それではおやすみなさいませ、カティア様。月の導きでカティア様に安らかな眠りが訪れますように」


 うん。おやすみモルシャ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ