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蕾の名前と王族の噂

 風呼びの儀式が終わった。

 現在の私は、カーディーンに合わせてまた陽長の暦での砂漠巡回だ。

 部下の人達やリークは泥スープがしばらく食べられないと嘆いていた。あのヘドロのスープは一体どれほどの美味しさなのだろう。変なにおいの汚いスープなのに……。

 久しぶりな気分で大トカゲの頭に乗っての巡回だった。亀鯱の頭には怖くて乗れないので、この感覚懐かしい。トカゲと会話が出来るわけではないけれど、なんとなく絆の様なものは感じている。私の一方的なものだとは思いたくない。

 しかしおやつのサボテン争奪戦に慈悲はなかった。ひとかけらくらい私に分けてくれてもいいと思うんだ……サボテン。

 リークは亀鯱よりも大トカゲの方が好きらしい。単純に大トカゲの方が騎乗者の技量を求められないからかもしれない。でも軍の人達はどちらかといえば亀鯱を好きな人の方が多かった。亀鯱の方が好奇心旺盛で、感情が伝わりやすいからかもしれない。トカゲの表情って読みにくいし。

 でも私はトカゲの方が好きだ。おっとりした性格だし、亀鯱のようにぎらりと私を狙ったりしないし。

 そういえばリークの乗る、かつて私とサボテンを取り合ったあの子供トカゲは、今や完全に他のトカゲと区別がつかない立派な大トカゲになっていた。トカゲの成長が早すぎる。

 もう誰も、あの大トカゲが私より後に生まれた子供トカゲなんだと言っても信じてくれないだろう。

 大トカゲとお話しできたらいいのに……。

 大きくなる秘訣をこっそり教えてほしい。


 砂漠から帰って来て、カーディーンが書類仕事をするために執務室に向かった。そこでカーディーンとリークが書類と格闘している間何をしようかと考えていたのだが、カーディーンに呼びとめられた。


 なぁに、カーディーン。


「伝えるのが遅くなったが、大事な話がある。私が海砂の大波に飲まれ、カティアに守られてたどり着いた木の蕾のことを覚えているか?」


 あぁ、あれね。覚えてるよ。


 木の蕾は私命名だ。なんだか蕾みたいな所にカーディーンがいたんだと説明した際に定着したらしい。あの後、実はあの蕾まで何度かカーディーンや軍の人達を案内するために往復したから覚えてる。

 私が案内するのはカーディーンと行動を共にする夜だったので、道案内にスーハも一緒だった。

 雨の後の森のせいで時折地形が変わり、目印の岩場やムーンローズ、サボテンの場所が動いてしまうことがあるので、カーディーン達がスーハを呼びつけて一緒に目印の覚えなおしや確認をしている時によくおねだりした。

 スーハは軍の人達と一緒に行動するのは不本意だと言っているけれど、カーディーンが気前よく案内料を払ってくれるので、年齢のせいで舐められ、足元を見られる荷運びや言うことをきかない商人達の案内より危険はあるけれど、専門家として意見を尊重してもらえるし稼げると、最近はもっぱらアファルダートの城下に常駐するようになった。今はササラの部隊がお世話になっているかもしれない。

 スーハはねだるといつも果実や種をくれるので好きだ。しかしスーハの相棒の猛禽がいつも私を狙ってくるのであんまり仲良くは出来ない。

 ろくな目印もないまま、どこからでも難なく蕾まで到着する私の体力と方向感覚の素晴らしさを皆が絶賛してくれたので、道は未だにちゃんと把握している。いつでも案内できるよ!


「実はあれの調査をササラの部隊が行っていたのだが、あれは麦の木の蕾だということがわかった」


 え?麦の木?あの蕾が?


「どうやらそうらしい。あの蕾は徐々に砂の上へと押しあがるように成長している。そして完全に蕾が砂から出たら、カティアも良く知る麦の木の形へと広がり始めるのではないかと言われている」


 へぇ。あれが麦の木みたいに広がるんだね。不思議!


 そう考えると、私達は麦の木の手の平に守られていたことになるのかな?助かって本当によかったと思う。


「麦の木の発見は久方ぶりのことだし、麦の木は必ず群生するので、あの蕾の周囲にはいずれ麦の木林が出来る予定だ」


 私とカーディーンを助けたあの木の蕾が、いずれ砂漠に広がる麦の木林となるだなんて不思議な気分だ。


「少しアファルダートからは離れているので世話係をやるのが大変だが、麦の木が発見されることも久方ぶりの出来事であるし、さらに蕾の状態での発見は記録にもないのではと言われている。これは麦の木の生態を知るのにまたとない機会だ」


 よくわからないけれど、とにかくすごいんだね。


「あぁ、それに麦の木は見つけた時点で国の所有物となるのだが、最初の発見者に収穫された麦のいくらかの権利が与えられる」


 麦の木を発見しただけで子々孫々まで困らないほどの富豪になれる。それほどめったに発見されないし、富と名声をもたらす発見なのだと言う。


「そして所有者を明確にするため、発見された麦の木には持ち主の名前をつけるしきたりがある」


 砂漠を巡る時、麦の木林に名前がついているのを聞いて、なんだか人の名前みたいだなぁと思っていたのだが、あれは発見者の名前なんだ。


 へぇ、じゃああの木はカーディーン麦になるの?


 カーディーンは王族だし、将軍もしてるからお金には困ってないだろうけど、麦に名前がつくのはいいんじゃないかな。

 人間って名誉とかを重視するみたいだし。


「いや、あの麦の木はカティア麦と名付けた」


 なんで?カーディーンの名前にしたらいいのに。私、名誉とか名声っていらないよ。食べられないもん。


 私が小首をかしげながら言うと、カーディーンの目が柔らかく笑った。


「私だけならば海砂の底に沈んでいたことだろう。だからあれはカティアが見つけたものだ。それに麦の名になれば長く世にその名が残る。私を救った砂色の守護鳥の名が、国中に残るのだ。カティアはこのことを誇ってよいのだぞ」


 カーディーンがそう言って、私は気付いた。

 カーディーンは私に自信をくれようとしたんだ。私がいたから見つけた麦で、名が残る私の麦。砂色の私だから手に入れたものだと胸を張れるように、私の名前をつけてくれたのだろう。

 なんだか尾羽がむずむずするような喜びがじわじわと広がった。


 カーディーン、本当にいいの?


 私がそれでも確認するように問いかけると、カーディーンが少し悪戯っぽい声音で軽やかに告げた。


「私は構わぬ。それに、カーディーン麦よりカティア麦の方が名が呼びやすく、愛らしいだろう?」


 茶化したように言うカーディーンに、私は尾羽をぴんと上げて、胸を張ってくぴーと鳴いて返事をした。



 さて私は現在お散歩の時間だ。

 私は執務室でお仕事しているカーディーン達を横目に一人楽しく遊んでいたのだが、カーディーンに会議が入った。

 陽長の暦はカーディーンが昼に活動しているので、どうしても会議が多くなる。かわりに月長の暦は書類が多くて、リークとマフディルが悲鳴を上げていた。

 カーディーンが会議をしている時間は私の自由な時間になった。

 私はモルシャを連れて宮殿の散策をすることにした。

 なぜモルシャなのかと言えば、カーディーンとマフディルがリークを手放そうとしなかった上、リークはモルシャにもうちょっと王宮や貴族のやりとりに慣れなさいと笑顔で延々駄目だしされたらしい。

 そんなわけでモルシャと移動なのだが、リークの時は私が好き勝手飛びまわっても文句を言いながら追いかけてくれるのだが、さすがにモルシャに同じことは出来ない。なので今はモルシャの手に乗ってあっちに行きたいこっちに行きたいと指示している状態だ。

 自由に飛べないけれど、これならモルシャの歩調で歩くので負担がかからないだろう。ずっとは私が辛いが、たまには悪くないと思う。


「カティア様はお優しゅうございますねぇ。ありがとうございます」


 気にしないで、モルシャ。たまにはゆっくりのお散歩も悪くないしね。


 そんな感じでゆっくり流れる風景を楽しみながら当てもなく宮殿を散策する。

 すると、廊下の向こうからナヘラが飛んできた。ナヘラは鳥司を振り切るかのごとく自由に飛んでいるが、月色の守護鳥であるナヘラは私と違ってさほどの距離も飛べないし、速度も遅い。鳥司は一生懸命追いかけているが、私の鳥司の様な必死さはない。私を追いかける鳥司などたまに狩人の目をしているもん。あれはもはや戦いだ。

 そう考えると、守護鳥の飛翔ってすごく優雅なんだね。一緒に遊んでいる時は気付かないものだ。


 モルシャ、守護鳥ってすごくふわふわ優雅に飛ぶものなんだね。


「左様でございますね。ですがモルシャはカティア様の生命力に溢れた力強い飛翔も守護鳥様らしくて素晴らしいと思いますねぇ。砂漠を高く飛ぶカティア様の御姿をこの目で見れぬことが、とても残念でなりません。空を舞うカティア様の御姿はさぞ美しいことでしょうに」


 うん!空をいっぱいに飛ぶの楽しいよ。それにふわふわ飛んでたら狼に食べられちゃうもんね!


 私が胸を張って自慢すると、モルシャは柔らかく微笑んだ。

 ふたりで和んでいると、優雅にナヘラがやってきた。


 あら、カティアじゃない。


 ナヘラ!ナヘラもお散歩?


 ナヘラがモルシャの手に脚をかけて、私と身体をあわせてすりすりと挨拶する。


 私はお散歩なんかじゃないわよ。時間を潰していたの。


 何の時間を潰すの?それって踏みつぶすの?


 ならば一緒にやってみたいと私はモルシャの手の平で足を踏みならす。

 するとナヘラが違う違うと私の間違いを指摘した。


 今からね。セヘラの友人を呼んでみんなで得意なことを披露するの。でもセヘラが一番美しいのにセヘラ以外の芸を見ても私は楽しくないから遊んできていいよって。


 へぇ~、面白そうだね。


 ラナーの友達と言うことは、シャナンやネヴィラもいるのだろうか。

 二人がいるなら行ってみたい。

 基本的にカーディーンの周囲には女性がいないので、私は荒っぽい遊びしか見たことがない。女性の芸の披露だなんてきらきらして楽しそうだと思う。

 少なくとも砂ヤギの早捌き競争よりは、よほど目に優しいのではないだろうか。

 私が考えていると、ナヘラが私に尋ねてきた。


 興味があるなら参加する?


 するー!


 というわけでナヘラと一緒にラナーの宮へ行って、ナヘラからラナーに頼んでもらった。

 ラナーは私の参加を快く了承してくれた。

 ただし、従者にいたるまですべて女性であることが必須だと言われたので、私はモルシャ以外の鳥司には戻ってもらうことにした。

 ラナーと一緒に待っていると、続々とラナーの友人の女性達が集まってきた。

 みな私のことが気になるようだが、私が鳥司のモルシャの手に乗っていることから、笑顔でとても丁重な挨拶をしたにとどまった。鳥司の服ってこういうときとても便利だなと思う。

 ネヴィラとシャナンの姿もあった。

 嬉しくなって私はシャナンの手に乗ることにした。シャナンの手に乗った理由は、ネヴィラはお花の匂いがするからだ。今日はお花を挿していないのだけれど、良く挿しているからだろうか、とても花の匂いがするのだ。

 いい匂いなのだけれど、お腹がすく。

 私のそんな理由を知らないネヴィラは、手に乗らない私にちょっと悲しそうな顔をしていた。ごめんね。

 全員が到着すると、ラナーを中心にみんなで和気あいあいとお話をしていた。

 美味しいお茶の話や、流行の髪飾りの形、服の色、新しく入ってくる交易品の話など様々な話題があった。ネヴィラは積極的に色んなお話をしていたし、シャナンは聞き手にまわっていた。

 そしてやはり人気があるのが男性の話題だった。誰と誰が婚約の噂があるとか、あの人はこんな女性が好きらしいとか、嘘かほんとかよくわからない話が飛び交っていた。

 人気はやはり王族の結婚適齢期の男性達だった。

 ラナーが質問攻めにあっていた。

 私は名前を知らない王族がほとんどだったけれど、一人だけわかる名前があった。


「ナーブ様はどのような女性がお好きなのでしょうか?」

「ナーブ様はどのような女性ならば美しいとおっしゃるのでしょう……」

「私、ナーブ様に私程度の美しさではふさわしくないとのお言葉をいただいたのですが、具体的に何がいけなかったのでしょう……」

「砂色の守護鳥様はナーブ様の御兄弟でいらっしゃるのですよね?ナーブ様の好みの女性を御存じですか?」


 口々に出てくるナーブの名前。

 私はとりあえずナーブが美しいと言った人物の名前を挙げた。


 ラナーでしょ、イリーンでしょ?あと女性じゃないけどリークかなぁ……。


 ラナーやイリーンのことはラナーの友人である皆はよく知っている。ここにいるラナーの友人も、ネヴィラを始め皆美しい女性ばかりだと思うけれど、ラナーの美しさは別格だ。

 となると焦点が当たるのはリークである。

 私の通訳士だと紹介すると、皆が好奇心いっぱいでリークについて尋ねてきた。肌の白さや髪の色や顔立ちだ。

 王族には敵わないので、次点で美しいと言われているリークを目標にするそうだ。

 しかし私はさっきから気になることがある。

 私はこそっとシャナンに話しかけた。


 ねぇ、皆に教えてあげるべきかな?ナーブは守護鳥だから人間とは番えないよって。


 シャナンはきょとんとした後、くすくすと笑いながら言った。


「大丈夫でございますよ、カティア様。皆はナーブ様と婚約したいわけではございません。ザイナーヴ殿下の伴侶になりたいのです。ですが殿下よりもまずはナーブ様のお心を射止めないといけないようでございますね」


 そう言えば前に王族の兄弟で集まっていた時に、ナーブが女性を追い返すとザイナーヴが零していたっけ。

 だから皆ナーブに取り入ろうと必死なわけだ。


 皆そんなにまでザイナーヴの伴侶になりたいのかな?


「次期国王ではと噂されておりますし、あの美しさですもの。女性が心惹かれるのも当然でございますね。

 私も一度だけ、恐れ多くもご尊顔を拝す機会をいただいたことがございますが、夢の様に美しい方ですね。ナーブ様と語らう姿は壁画から抜け出したような神秘的な光景でした。それに……私の様な者にも、とてもお優しい方でございました」


 二人の会話と言えば「レーヴはいつも美しいな。今日は一段と輝いている!」「そうかい。それは何よりだ」みたいなやり取りなんだけど、遠くから見ると神秘的の様だ。

 それならば私がカーディーンにムーンローズをねだる姿も、遠くから見たら神秘的に見えないかな?

 そしてほぼ王族の名前が出尽くしたと思うのだが、カーディーンの名前が出ない。一度も出ない。

 私はちょっとおもしろくないので頬を膨らませる。

 もしかしてカーディーンのことを知らないのだろうか?


 私、ナーブやザイナーヴのことはあんまり知らないけれど、カーディーンのことならよく知ってるよ!


 私がシャナンの手の上で力いっぱい主張すると、皆が一瞬ぴたりと静まり返った後、私にとてもにこやかに言葉を紡いだ。


「まぁ、カティア様はカーディーン様の守護鳥様でいらっしゃったのですね」

「とてもお強い将軍なのだと伺っております」

「えぇ、まさにアファルダートを守る守護神でございますね」

「王族であらせられますのに昼夜を問わず砂漠に赴き、危険を顧みず私達の生活をお守りくださっているのだとか」

「身分が混合することの多い軍の部下の方にも分け隔てなく接する、とてもお優しいお人柄と父から聞いたことがあります」

「素晴らしい将軍でいらっしゃるのですね」


 皆が口々にカーディーンを褒めたたえるので、嬉しくなって私もくふーっと胸を張る。

 シャナンが私ににっこり話しかける。


「カティア様はカーディーン殿下をとてもお慕いしていらっしゃるのですね」


 うん、カーディーン大好きだよ!


 よかった。カーディーンは年頃の女性にちゃんと知られているようだった。

 せっかくなので私はカーディーンがいかにかっこいいのかお話しておいた。これで一人ぐらいカーディーンを素敵って思う女性がいてもいいと思うんだ。

 私はカーディーンがいかに素晴らしくてかっこよくて優しいかを語った。

 皆私の話をにこにこ聞いて、とても素晴らしい将軍だと口々に讃えた。

 私は満足した気分で尾羽を高らかに上げていた。


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