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友達とシガラミと花の約束

 私は現在、ネヴィラとシャナンの二人とお喋りしている。

 貴族の女性はこうやって女性同士でお喋りするために集うらしい。基本的に家にこもりがちな女性は集いの為にあちらこちらに赴いて、情報を交わしたり素敵な殿方の話を聞いたり、見初められたりする必要があるらしい。


 じゃあ二人も挨拶と情報交換に王宮へ来たの?


「左様でございますね。様々なお話や流行を追うのが仕事と言ってもよいでしょうね」


 ネヴィラが答えた。


「陽長の暦の方が出歩く時間が長いので、こうしてお喋りしやすいのです」


 シャナンも言葉を引き取って続ける。

 そういうものだろうか。私はカーディーンと行動しているので、どちらの暦も活動する時間の長さは同じだ。


 私はどっちの暦も砂漠に行くからわかんない。


「カティア様はカーディーン様の守護鳥様ですものね。夜の砂漠もご覧になったことがあるのですか?」


 シャナンが好奇心いっぱいの声で尋ねてきた。


 そうだよ。私大蛇だって見たことあるんだから!


 私がくふーっと得意げになって言うと、ネヴィラが小さく悲鳴を上げる。小さく震えながら私に尋ねた。


「さ、砂漠にはだ、大蛇がおりますの……?」


 いるよ。みんなで戦ったんだ!


 私は大蛇と戦った時のことを話したり、夜の麦の木林やムーンローズの美しさを話したり、珊瑚の森の話をした。

 二人は砂漠に出たことがないらしく、私の話を楽しそうに聞いていた。


「珊瑚の森は美しそうですね。私も珊瑚の飾りを持っておりますが、あれが木の枝なのですか……。珊瑚の森とはさぞ鮮やかな光景なのでしょうね」

「私、一度宮殿から森を見たことがございますが、砂漠一面がまっ白でございました。あれは葉が白かったのですね」


 ネヴィラとシャナンは口々に呟きながら珊瑚の森を想像しているようだ。ちなみに大蛇の話ではネヴィラが口を押さえて小さく悲鳴を上げてそれでもちゃんと話は聞いていて、シャナンが目を丸くして時々びっくりしながら私に続きを促したりしていた。

 二人の反応が違って面白い。


 もしかしてネヴィラとシャナンってネヴィラの方がお金持ちなの?


「左様でございます、カティア様。グィンシム家は隣国との貿易や交渉事を王家より一任されておりますの」


 ネヴィラが誇らしげに微笑んだ。

 意味がよくわからなかったのでリークを見る。


「我が国の王族は宮殿より出ることが叶いません。なので隣国に赴き他国の王と言葉を交わし、交渉をする権利を許されているのがグィンシム家でございます」


 わかりやすく言えば、他国で王様のかわりをする、すごく偉い役目を持ったすごい家だ、とものすごく小声で補足してくれた。

 小声の補足の方がわかりやすかった。


「シャナンのオーリーブ家は代々武官を輩出する家ですね」

「カーディーン様の御生母様の御実家ほどの名門ではございませんが、健康で丈夫な体格に恵まれた家でございます」


 ネヴィラの説明に、シャナンが少し照れたように言った。

 ちょっと納得した。つまり、シャナンの家よりネヴィラの家の方が偉いのだ。だからネヴィラの方がいっぱいしゃらしゃらしているし、華やかな服装をしているのだ。

 もしかしたらネヴィラの方が先にしゃべったり、たくさんお話しするのも家が関係あるのかな?


 二人は友達なの?


 最近覚えた言葉だ。ラナーが言ってた。


「……どうしても家の力に差がある以上対等な立場とは申しませんが、それでも互いの家が許す範囲で共におりますね」


 ネヴィラが笑いながらそう言ったけれど、友達と言わなかったのが私はちょっと気になった。

 私がもぞもぞとしていると、シャナンがそっと口を開いた。


「私などがおこがましいかとは存じますが、私はネヴィラ様とはカティア様と通訳士殿のような関係でありたいと思うのです。カティア様と通訳士殿にも立場がございますが、おふた方は友人なのだと伺っております。私とネヴィラ様も互いの立場がございます。純粋に友人だと言いきるにはほんの少し、しがらみが多いのです」


 友人と言えないだなんて、シガラミって大変なんだね。


「左様でございますね」


 ネヴィラが困ったように笑いながら言った。


 じゃあ友達って言いきれるのは誰?


「私どもでしたらラナー様でございます。私達がラナー様の友などと恐れ多いことではございますが」


 ネヴィラが答えたのでますますわからなくなって質問した。


 なんでラナーは友達って言えるの?友達って何?


「とても難しい質問でございますね」


 ネヴィラとシャナンが頬に手を当てたり首を傾げたりして答えを探す。

 ネヴィラがそうですね……と呟いて発言した。


「共にいて楽しく、困った時に支えあえる存在……でしょうか」


 だったら私とリークは友達だ。私はリークが困ってたら何とかしたいと思うもん。

 リークを見ると柔らかく笑った。通じ合った様な気がして嬉しかったので、私もくぴーと鳴いた。


 ネヴィラとシャナンは一緒にいて楽しくないから友達じゃないの?


「いいえ。私達は一緒にいて、とても楽しいですよ」


 じゃあ困った時に支えあえない存在だから友達じゃないの?


 私のこの質問には二人とも微笑んだまま答えなかった。ラナーをお友達と言いきってお互いをお友達と言いきらない差がここにあるんだろう。

 これ以上は質問しても答えが返ってこないように感じた。

 私がちょっと尾羽を下げると、シャナンが優しく言った。


「これだけは言いきれることがあります。私はネヴィラ様がとても好きなのです。一緒にいて、とても楽しいのです」

「私もです。一緒にいて楽しくない人といつも一緒にお出かけしたりしませんもの」


 シャナンがそう言った後、ネヴィラを見て笑った。それに答える様にネヴィラもちょっとくすぐったそうな優しい表情でシャナンに微笑み返した。

 私とリークの頬笑みの様で、なんだかよくわからないままだけど納得した。


 ねぇねぇ、じゃあ私はネヴィラとシャナンのお友達になれないの?


「そのようなことはございません!私どもとカティア様の間にしがらみはございませんもの」


 私がちょっと残念そうにくぴー……と鳴くと、ネヴィラが慌てて口を開いた。


「よろしければ私達とお友達になっていただけないでしょうか?」


 シャナンが伺うように私に言った。


 いいよ!お友達になるー!


 私はぴんと尾羽をあげて鳴いた。

 私がそのままちいさく飛んでネヴィラの元へ近づくと、ネヴィラが慌てて手を出した。その手の上にちょこんと乗る。

 カーディーンやリークより手が小さいけどちょっと柔らかいしすべすべしていた。モルシャほどしわしわしていない。ちょっと新鮮な感触だ。

 そういえば私の周囲って若い女性がほぼいないんだ。女性って言われてぱっと思い浮かぶのがモルシャしかいない。ササラはほぼ会わないし。

 そして私は先ほどから気になってしょうがないことがある。


 これいい匂い。見たことないお花だね。


 ネヴィラの手に乗ると必然近づく胸元の花が、その存在感を主張するように私の目の前にある。

 五枚の白い花弁がほんのり黄色みを帯びており、中心に向かうほど鮮やかに黄色くなっている。中心部分は半分だけ重なったようにねじれている。存在感のある白と黄色の花は、ネヴィラの鮮やかな赤い衣装によく映えていた。


「これは隣国の花でございます。この国では現在、我が屋敷の庭にのみ咲いております自慢の花なのです。カティア様のお気に召していただけたのでしたら光栄でございます」


 うん……いい匂いだね……。


 私はまじまじと花を見てる。


「……カティア様?」


 リークが私の様子がおかしいことに気づいて控えめに私を呼ぶが、私は気付かない。

 私はゆっくり体勢を低くして、翼にぐっと力を込めてじっと花を狙っている。それはもうじっと花を見ている。

 食べちゃだめ。いい匂いだけど食べちゃだめ……。これはネヴィラの花、これはネヴィラの……。

 ネヴィラは私が花を気に入ったことが嬉しいのか、花をひとつ胸元からとって私に近づけて見せてくれた。


「屋敷を出る直前に摘んで飾った花ですからまだ瑞々しいでしょう。よろしければ―――……」


 ネヴィラが何やら言ってるが、花を目の前に差し出された私はもうその言葉を聞いていなかった。

 花が目の前にある。これはネヴィラの花。

 でもとってもいい匂いがする。

 美味しそう。美味しそう。


 ―――食べたい!―――


「きゃあぁっ!!」

「か、カティア様っ!?」

「カティア様っ!失礼いたします!!」


 差し出した花を食べられたネヴィラが叫び、シャナンが驚いて口を手で押さえている。

 私はリークにお花と引きはがされそうになったが、意地でも花だけは放すまいとむんずと咥えている。


「な、なりません……いけません!カティア様、すぐに花を吐きだしてくださいっ!!」

「ネヴィラ様お気をしっかりお持ちください!」


 ネヴィラが悲鳴のように声を上げた。シャナンはなだめる様にネヴィラの肩を抱いている。

 リークはネヴィラと私を引きはがしたものの、私が意地でも花をとられまいと暴れているので、人目のある今は私から花を奪えない。


「カティア様お放し下さい!その花はネヴィラ様のものでございます!」


 いやー!絶対に放さない!!


 私はもごもごと必死で咀嚼しながら主張する。

 そのばたばたとしたやりとりは私が完全に花を食べ終えるまで続いた。


 ……ふぅ、満足!


 私が花を食べ終わって満足感でいっぱいになっていると、涙目で私を見ているネヴィラがいた。リークはやってしまったと言わんばかりにうなだれている。

 ネヴィラは私の様子をじっと見た後、リークに向かって言った。


「鳥司、急いでカティア様を医師に!カティア様、カティア様。どこかお身体の具合が悪いなどの異変はございませんか?」


 ネヴィラは祈るような口調で私に尋ねてきた。シャナンも心配そうに私を見ている。

 私とリークはきょとんとしている。


 えっと……お花とっても美味しかったよ……?


「カティア様、美味しく感じられても花は食べるものではないのです。もしカティア様の御身体に何かあったら私……私は……」


 ネヴィラは目にいっぱい涙を湛えたまま、かたかたと震えている。


「あの……ネヴィラ様の財産である花がカティア様に食べられてしまいましたが……」

「そんなことはどうでもいいのです!カティア様が倒れてしまわれるかもしれないでしょう!!早く医師を呼んでっ!!」


 リークがおずおず声をかけるとネヴィラは怒ったように言いかえした。

 何やら誤解が生じているようだ。


 私お花を食べても倒れないよ?


「カティア様の主食は花と果実でございます」


 私の言葉とリークの補足に、今度はネヴィラとシャナンがきょとんとなった。

 言葉にならないネヴィラに代わってシャナンが私に確認する。


「……つまり、カティア様はお花を召し上がっても問題ない……、ということでしょうか?」


 うん。お花、美味しいよ。


 なんならもうひとつぐらい欲しいなーと思い、ネヴィラの胸元の花をじっと見つめている。

 気付いたネヴィラがまた花をとって、おずおずと私に近づける。

 私は遠慮なくぱくりと食べて、もしゃもしゃする。今度こそ味わって食べるお花の味は格別だ。私はご機嫌で花を食べている。

 私の様子をじっと見ていた二人がほっと息を吐き、シャナンが安堵を込めて呟いた。


「……守護鳥様はお花がお好きと伺っておりましたが、召し上がるのですね」


 誤解が解けて、ほっとした空気が流れた。


 結局、ネヴィラが飾っていたお花を全部くれたので、私はいそいそとそれを食べていた。ネヴィラの手の上で。

 ネヴィラとシャナンは夢中で花を食べている私を撫でて、小さな声で囁きながら大興奮していた。どうやらラナーの守護鳥であるナヘラを手に乗せて撫でたことはなかったようだ。「ふわふわ……」「柔らかくてふわふわです……」と呟く声が聞こえる。

 私は全ての花を食べ終わり、満足してリークの手に戻ってきた。


 リーク、美味しかったよ!


「何よりでございます。しかし花は本来、家の財産なのですが……」


 リークの説明によると、花はアファルダートでは貴重品なので、庭があって屋敷に花が咲いていることが貴族の中でも財力と権力を示す証なので、特に自分の屋敷にしか咲いていないと言うネヴィラの花は、まさしく生きた宝石扱いの貴重な財産である。

 リークが慌てていたのは、私が人の財産を勝手に食べてしまったからだと言う。私はその説明を聞いてはっとした。


 そっか……。私にとっては食事だけど、ネヴィラ達にとっては大事なものだったんだね。


 食べちゃったからもう吐き出せないと呟く私に、ネヴィラが言った。


「どうかお気になさらないでください、カティア様。カティア様のお気に召していただけたのでしたら望外の喜びでございます」


 ネヴィラはそう言って笑っていた。どうやら怒ってないようだ。

 しかしお花は財産らしいので、やっぱり勝手に食べたのは悪い気がする。


 えっと、今お花持ってないから後でカーディーンの宮に来て!カーディーンにお願いして、お花もらってネヴィラにあげる!


「あの……、カーディーン様の宮に私が伺ってよろしいのでしょうか……?」


 ネヴィラが確認するように尋ねた。


 いいよ。今からラナーの宮に行くんでしょ?だったらその後来て。


 私が言うと、ネヴィラは頷いて約束した。

 そして私は二人と別れて会議がそろそろ終わるだろうカーディーンの元へと向かった。


 カーディーンと合流して、一緒に宮へと帰る。

 道すがら、リークと一緒に別れている間にあったことを報告していると、カーディーンが頭を抱えた。


「やってくれたな、カティア……」


 どうやら何かやらかしたようだ。

 私はカーディーンの頭上で髪の毛に隠れる様に頭を下げながらくぴー……とひと鳴きした。


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