王族の隣
「カーディーンお兄様は意中の方はいらっしゃるのですか?婚約の申し込みがあると伺いました」
食後、私達兄弟がそれぞれの相手に撫で撫でされながらうとうとと目を細めていた時、イリーンがわくわくとした表情でカーディーンに尋ねた。
カーディーンが私をにぎにぎしていた手に力を入れすぎた。痛い。
「私はまだ伴侶を持つにふさわしくないのでな」
「あらカーディーンお兄様が伴侶を持つのにふさわしくなければ、私達皆ふさわしくないと言うことになってしまいますよ」
ラナーがくすくすと笑いながら言った。
「私が言っているのは年齢の話ではない。それに父親が私との縁組を望んでも、その娘までもがそうとは限らないだろう」
カーディーンが困ったような口調で言った。
「婚姻を結ぶのにある程度の覚悟が求められるのは兄上に限った事ではありませんよ?」
ザイナーヴがナーブの尾羽を、一枚一枚確認するように広げながら撫でて言った。
ナーブはされるがままに膝の上だ。
「その覚悟ではない。……私はあまり年若い娘にとって好ましい容姿をしていないからな。私を初めて間近で見て怯えなかった貴族の娘など、ササラぐらいしか私は知らぬ」
そなたたち兄弟ですら、私と初めて顔を合わせたときはやや怯えていたぞ、とカーディーンはからかうように言った。
ザイナーヴ達は思い当たる節があるのか、互いに顔を合わせて気まずそうに笑った。
私も初めて見たときは警戒した記憶があるしね。私の兄弟に至っては、今でも手の届く距離に近づこうとしない徹底ぶりだ。
カーディーンは間近で見ると迫力が増すのだ。私はもう慣れたけれど。
「おそらく私達の中で最初に婚姻を発表するのはラナーだろうな」
カーディーンがそう言うと、ラナーがくすりと笑ってそうですねと言った。
ラナー結婚するの?
「えぇ、私は従兄弟にあたる王族の守護鳥様がいらっしゃる方に嫁ぐことが決定しております」
私が尋ねると、ラナーが教えてくれた。
ラナーがそういうと、ナヘラがむかむかと頬を膨らませて私に教えてくれた。
私は嫌よ!あんなやつセヘラの伴侶だなんて認めないわ!
嫌なやつなの?
私が尋ねると、ナヘラは尾羽をせわしなく動かしながら言いにくそうに告げた。
伴侶はまぁ……悪くないわ。けどセヘラの方が美人なんだから!
ナヘラは拗ねたようにラナーの腕にすりすりしていた。
ラナーは小さく笑いながらナヘラをなだめている。
ザイナーヴがラナーに心配するような声で問いかけた。
「うまくいっていないのか?」
「私と従兄弟の仲はおおむね良好です。ですがナヘラと従兄弟の守護鳥様が自分の加護する相手の方が美しい、素晴らしいと譲らないのです。
私達もなんとか時間を作って二人を引き会わせて交流を図っているのですが、普段は仲良く遊んだりおしゃべりしたりしているのに、ふとしたきっかけで加護の相手の話になると大喧嘩に発展してしまうのです。
おかげで私達は顔を会わせるたびに仲を取り持とうと必死になったり、歌や楽器の腕を競わされたり、宝石や服で着飾ったりと振り回されておりますね」
困ったような疲れた様な声で言いながら、まだ拗ねているナヘラの頬を挟むようにかまいつつ、ラナーが笑った。
「私の父と母の時もそうだったと聞く。守護鳥同士が己の相手こそが一番だと喧嘩するため、守護鳥持ち同士の婚姻はそこが一番大変だと」
国王と王妃の子供であるザイナーヴがそれも守護鳥の試練だな、とラナーに言った。
「それはそれで大変なこともあるだろうが、私としては羨ましい限りだな。婚姻相手で悩むことがないと言うのは」
ザイナーヴも王族と番えばいいんじゃないの?
ザイナーヴがそう言うので私が尋ねると、カーディーンがそれは出来ないと言った。
「現在の守護鳥の加護がある王族で、私やザイナーヴと伴侶になれる女性がいないのだ」
ラナーがいるじゃない。他にもたしか王族で守護鳥持ちの女性って見たことがあるはずだよ?
「ラナーやその女性は私達と父が同じなのだ。人間は父と母のどちらかが同じであれば、その子供達が結婚することは禁じられている」
「だからカーディーン兄上や私は貴族の女性から選ぶしかないのです。守護鳥殿のいない王族であれば釣り合いのとれる年齢の女性はいるのですが、相手はなるべく長く共にあることが出来る女性が望ましいので」
カーディーンの説明に続いて、ザイナーヴも教えてくれた。
「私は健康で年齢が釣り合い、適度に見目麗しければ誰でもいいと思うのだがなぁ……」
伴侶はレーヴの隣に常にいる女だろ。当然レーヴに釣り合う美貌の持ち主でしか許さないからな!!
それまで大人しくザイナーヴに撫でられていたナーブが、きりりと尾羽と胸を張って高らかに主張した。
「ナーブの意見を尊重するのが非常に難しいのだ。既に見合いの場で幾人かの女性を泣いて帰らせてしまった。今や私の見合いの場ではなく、ナーブに気に入られるかどうかの場となりつつある」
ザイナーヴがため息をつきながら言った。
ナーブは特に美しさへのこだわりが強すぎると思う。
理想はラナーやイリーン、ついでカティアの鳥司ぐらいは美しくないと嫌だ!
それ全員ザイナーヴと番えない人ばっかりじゃない……。あとリークは鳥司じゃなくて通訳士!
ナーブはわがまますぎると思うの。加護相手と鳥司、他にも見目麗しい従者達に囲まれて過ごしているのに、まだ欲張り言うつもりなの?
私達兄弟がそれぞれ呆れた様な口調で言うと、ナーブはむすっと尾羽を下げた。
「次代の血の災いを考慮するならば私は貴族の娘を妃にする方が都合がいいんだ。ラナーの子と縁づく可能性がある以上は、その方が血が強くなり過ぎないだろう」
血が強いとだめなの?
私が首をかしげてカーディーンを見上げると、カーディーンがそうだなと同意した。
「血が強いと言うことは災いが強いと言うことだ。父母共に血が強いと産まれてくる子が呪いに抗うことが出来ず、すぐに月の元に行ってしまう。ザイナーヴは特に、始祖王の血を色濃く継いだので、少し血を和らげる意味も込めて王族でない貴族の娘を伴侶にするのがいいだろうな」
極端な言い方をすれば、血が強ければ強いほど容姿は美しく、災いが強い。しかしすぐに死んでしまうんだとカーディーンは言った。本当に美しい王族ほど、その美しさが花開く前に亡くなると言う。
そう考えると、王族の美貌ってなんだか怖い様な気がした。そして同時にナーブがザイナーヴを選んだ理由も、何となく理解できたような気がした。ザイナーヴは兄弟の中で一番魔力の強いナーブに選んでもらうために、一番美しいのだ。守護鳥とは王族に美しさを求める生き物だから。
兄弟達がそれぞれ気に入った美しさで王族を選ぶのが理解できなかったけれど、きっとあれは本能的に自分を必要とする王族を見極めようとする本能なのかなと思った。
それならば、やはり王族としては変わり種なカーディーンには、守護鳥としては変わり種の私がふさわしいと肯定された様な気がして、嬉しくてくふーっと尾羽を震わせた。
「いずれにしても、次期国王はザイナーヴだろう。ラナーと同じくらい優先されるべきがザイナーヴの婚姻だ。私はザイナーヴの婚姻を見届けてから、ゆっくり伴侶を探す予定だ」
え?ザイナーヴが次の王様なの?
「まだ決定していませんよ、兄上」
「ほぼ決定事項だろう。政治向きの能力と現国王と王妃の子。そしてナーブ殿がいるのだ。迷うことがなくていい」
次の王様は守護鳥がいることが一番の条件らしい。次いで国を治める能力があることだそうだ。その条件を満たした王族なら誰でもいいんだって。ちなみに他国だと現国王の子供が選ばれるって教えてもらった。アファルダートはちょっと他国と違うようだ。
ザイナーヴがいなければラナーも国王候補だったそうだ。
国王って大変そうだね。
「そうですね。きっと大変でしょうね」
イリーンが優しく笑いながら言った。
だって国王って番いをいっぱい持つんでしょ?全員ナーブやナヘラが納得する美しさじゃないといけないだなんて大変だよ。
私の一言で皆がハッとしたようにザイナーヴとナーブを見た。
「……気付かなかった……」
ザイナーヴが顔を青くしていた。静かにうなだれている。
ナーブはザイナーヴの顔色が悪くなったのを心配しておろおろしている。
「王になるより伴侶を得る方が難しそうですね。私の友人を紹介いたしますよ?」
ラナーがからかうようにザイナーヴに言った。
「ラナーの友人を泣かすわけにもいかぬだろう。条件を考慮して自分で探すから気持ちだけ受け取っておくよ」
ザイナーヴは息を吐きながら、ラナーに茶化したような声で返事をした。
どうやらカーディーンもその兄弟も、番うことを迫られている割にはやる気がないようだった。
芽ぶきの季節を待つと嬉々として報告していたササラとは、驚くほど違う。そういえばササラはもう番っていたのだっけ?番うより子供を産む方が嬉しいことなのだろうか。
そんなことを考えながら、私はカーディーンに言った。
ねぇ、カーディーン。なんだか結婚って夢がないものなんだね。
私がくぴー……と呆れたように言うと、カーディーン達が一斉に笑った。
「まさか守護鳥のカティアに夢がないと言われるとは思わなかった」
「あまり夢を見ていないのは事実ですけれど、私達とて恋はするのですよ」
そうなの?
「えぇ。伴侶となる相手に、ですけれど。王族で情熱的な恋愛の末に結ばれたと言う人はあまりいないのですよ」
「どちらかといえば恋愛をしているよりも、まず己の明日を案じることの方が重要ですしね」
ラナーやザイナーヴが口々に言った。
そう言うものかと頷いておいた。
「はっきり言えば、私達は夢を与える側の人間であるし、兄弟がこれだけ美しいと王族以外の美しい女性や男性と結ばれる夢を見る、などと言う気持ちにならないのだ」
愛される側であってする側ではない、とカーディーンがこっそり教えてくれた。あぁ、なるほど。美に対する感覚がマヒしてくるんだろうね。
実際、この場の従者達や鳥司も誰一人として集う王族達に見惚れたりなどしていない。……リークを除いて。
リークは間近で見るラナーとイリーンに見惚れているようで、ちょっとぼーっとしている。ちゃんと仕事はしているようだけれど、そっと控えているモルシャがものすごい笑顔でリークを見てるから、たぶん後で怒られるんだろうな。
「まぁ私達の伴侶もそうだが、ナーブ達にも伴侶を持ってもらいたいものだね」
ザイナーヴがナーブをつんつんしながら言った。
嫌だ!レーヴのそばを離れることなど考えられない!
ナーブはザイナーヴの手に噛みつきながら拒んでいる。身体の角度をぐるんぐるんと変えて何度も噛みついているが、ザイナーヴが平気そうな顔をしているので遊び噛みしてるんだろう。
そういえばナーブが番うなら相手は私達兄弟の誰かかもしれない。それは絶対に嫌だと私とナヘラが抗議する。だってナーブって終始煩いし、追いかけまわして喧嘩しかしないもん。
するとナーブがかちんときたのか、恐ろしい速さで追いかけてきた。私とナヘラはラナーの宮中を駆けまわって逃げる。張り巡らされた風呼びの石にぶつからないように必死だ。
なんでナーブは私を集中的に狙うの!!だから嫌なんだよ!
私は自慢の速さでナーブの体力が尽きるまでひたすら逃げ続けていた。
そんな感じで終始お見合い話が中心だったラナーの宮での挨拶を終え、カーディーンはまた移動する。
私はそろそろ挨拶まわりに飽きてきた。遊びたい。
そんな思いを抱えてうずうずしつつ、私は大人しくカーディーンの頭の上に座っていた。