王族との顔合わせ
一月って……早い!
「さようでございますねぇ」
のほほんとモルシャが私に相槌を打った。
結局王族との顔合わせまでに月の一の兄は抜かせなかった。月の八の姉にぎりぎり追いついた……と言える程度だった。
今日は朝から他の兄弟もみんなそわそわワクワクとしている。
王族との顔合わせがあるからだ。毛繕いもいつもより入念だ。
モルシャ!私の羽どう?変じゃない?
「砂様はいつでもとても美しい艶やかな羽でございますよ」
ならよし!私はいつだって隙のない美鳥なんだから!
他の鳥司達も私を口々に褒める。
「そうですわ。砂様はいつも愛らしくていらっしゃいます!」
「つぶらな瞳とふわふわの胸元が愛くるしいですね」
「砂様はお可愛らしいです」
モルシャ以外なんで美しいって言ってくれないの……?
違う。これ私の求めてる褒め言葉と違う。
面白くなくて頬を膨らませると、モルシャに胸元をこしょこしょされる。やめてー、くふくふする!
入念に準備を済ませ、いよいよ王族との対面に向かう。
私達はそれぞれの世話係の手の平に乗って守護鳥の巣の区画を抜けて、宮殿の謁見の間に向かった。
政を行い、一番人がたくさんいて一番広い大きな宮殿を挟んで巣の区画と反対側に、王族の住まう区画があるのだそうだ。
その王族の住まう区画と本宮殿の間ぐらいにある渡りの間で王族と対面した。
開かれた扉の向こうには顔が映り込むほどぴかぴかつるつるの白い石柱に支えられた高い天井と、寝ころんだら気持ちよさそうなふかふかの絨毯が床に広がっていた。
そしてその絨毯の上には幾人かの人が並んで立っていた。絨毯の向こうにはもっとたくさんの人がいたけれど、鳥司曰く「王族側の鳥司の様な存在」なのだそうだ。つまりお世話係だね。
「お初にお目にかかる、次代の守護鳥殿。吾が当代のこの国の王だ。そなたたちの父から加護を受けている。どうか我が子らにも月の加護を与えてやってくれ」
肩に大きな守護鳥を乗せた男の人が進み出て私達に声をかけた。肩にいたのは産まれたとき以来会っていない父だった。
けど父も兄弟達も「あ、久しぶりー」ぐらいの感覚で、特にさみしいとか嬉しいとかないようだ。私もだけれど、そんなものなのだろうか?
それよりも兄弟達の視線は、完全に王の背後にいる王の子という人達に注がれている。私も倣って同じように王族の人達を眺めた。
私達が待ちきれないのを察したのか、堅苦しい挨拶などは抜きで、思い思いに自由行動をとることになった。
王族の人達が絨毯いっぱいに適当に広がる。私達はその間をちょろちょろと興味のある人の所へ行ってお話する。話は私達に随伴する世話係が通訳してくれる。
そんなわけで絨毯には私達兄弟と、王族の兄弟と、御世話係の鳥司達だけが残り、後は絨毯のない壁の窪みに埋め込むように設置されたクッションがいっぱい置いてある長椅子に腰かけたり、そのそばに立ったりしている。
世話係を選んだ時と似ているなと感じた。ただし、今回は今この場で選ぶわけではないようだ。
加護を与える人物は生涯に一人だけなので、慎重にある程度の時間をかけて選ぶのだ。守護鳥が気に入った相手に数日ひっつくようにして見極めを行い、最終的に決めるそうだ。
そしてふと気付いたのだが……守護鳥って美形が好きなのだろうか?
兄弟達が真っ先に向かったのが、パッと目につく中で最も美しい顔立ちをした男性だった。特に美形が好きな月の一の兄が、真っ先にその男性の元へ向かった。一の兄のほかにも数匹兄弟達がその男に群がっている。
そして私はさてどうしようと考えあぐねて、モルシャの掌の上でぼんやりしている。
王族みんな美形だな~……。
「さようでございますねぇ」
モルシャとのんびりしてる。しかし私も交流しないといけない。正直めぼしい王族の所には他の兄弟達がいる。
私どうしたらいいかな?
「砂様も王族の方の所でお話をしてみてはいかがでしょう?わたくしが間に入らせていただきますよ。お喋りしてみませんと、仲良くなれるかどうかわかりませんものね」
モルシャの勧めもあったので、私もとりあえず兄弟達の多い一番美形な男の所に向かってみた。
「はじめまして砂殿。砂殿はとても愛らしいな。お会いできて光栄だ」
一番美しい男は、近くで見てもとても美しかった。きらきらの金色の髪を揺らして深くて青い瞳を細め、私にも丁寧に挨拶してくれた。
だが月の一の兄がこの男をお気に入りの様で、ずっと肩に乗っている。
月の一の兄ばっかりずるいと思ったので、私も肩に乗ってみたいと抗議したけど譲ってもらえなかった。他の兄弟達も一の兄に不満げだ。
月の一の兄は知らん!と言わんばかりの表情で美形な男にすりすりとすり寄っている。ものすごく気に入ったのだろう。一の兄は自分の一番大事なものだけは絶対に少しも譲ってくれないところがある。食事だって、一の兄の好物のコムの実は、絶対に私や他の兄弟に渡ったことがない。
これはもう一の兄がこの男を手放すことはないだろうと思い、私は他の場所へ向かった。
先ほどの一の兄お気に入りの男が抜きんでて美しかっただけで、他の王族もみな美しい。どこへ行っても私のことをみな「愛らしい」と褒めて快く迎えてくれた。
決して無下にされているわけではないけれど、何か心惹かれるものがなかったので、私はふらふらとあっちへこっちへ移動しては何を感じることもなくてそのうちぼんやりとしてしまった。
これじゃあモルシャが疲れるだけだよね。
「わたくしのことはよいのです。これは砂様のとても大切な儀式なのですから。たくさんの方を見て、悩まれることは間違っておりませんよ」
でも他の兄弟達はだいたい数人で決めたみたいだよ?
「直感も大切でございます。けれど慎重に見定めることが間違っているわけでもございませんよ。直感で選んでも、数日過ごしてやはり会わなかったということもございましたし、その逆も然りです。砂様は砂様の感覚を大切になさってくださいませ」
うーん。モルシャがそういうのなら、きっとそうなのだろう。
けれど月の一の兄は極端だったが、他の兄弟も二、三人の内で決めたようで、その王族とずっと話をしているようだった。
他の兄弟達がいるところに今から行って、兄弟と加護の相手を奪い合いする度胸は私にはない。月の八の姉にだって勝てるかどうかわからないのだから。
なので私はあえて他の兄弟達がいかない人の所に行こうと思った。
一人いるのだ。兄弟達がまるで近づかない相手が一人。
なので私はモルシャにお願いしてその人の所へと向かってもらった。
「お初にお目にかかる、砂殿。私はカーディーン・トゥラ・アファルダートという名だ」
か、かーでぃ、とら……なんて?
「カーディーン、と呼んでくれ」
そう言って私に挨拶してくれたのは、とっても背の高くて大きな男で、こげ茶の髪と薄い青の瞳のよく日に焼けた王族だった。筋肉がすごい。腕がぼこぼことしている。モルシャの二人や三人くらいなら平気で抱き上げてしまいそうだ。
他の王族の男だって決して貧弱ではない。みんな程良い引き締まった筋肉をしていると思った。なのにこのカーディーンだけが一人だけ場違いなほど筋肉質だ。
あと怖い。正直、近くに来た瞬間に頬が無意識に膨れてしまった。なんだろう。目つきや引き結ばれた薄い唇など、全ての顔の配置がいかつく感じるのだ。
容姿だけで言えばよく……よく見れば、整っていると言えなくもないと思うのだが、なぜこんなに人に威圧感を与える方向に特化してしまったのだろう。他の兄弟が寄りつかないはずだ。美形だけれど怖い、ではなく怖いけれど実は顔の造形の一つ一つは整っている、と言った感じだ。
とりあえず私は当たり障りのない言葉を選んでみた。
王族で一番大きいね。
「私は国の軍を率いているからな。誰よりも強くなくてはならないのだ」
軍って?
「国と王を守る者の集まりだ」
何から守るの?
「大抵は砂漠の生き物からだな。国の賊から守ることもある。あとは交易の為の護衛を務めたりだな」
へぇ~。大変そう。
「大変だな。だが私はとてもこの仕事に誇りを持っているのだ」
誇りはわからないけれど、カーディーンが自信にあふれているのはわかった。自分が守護鳥であることに自信がない私は、少しカーディーンを羨ましいと思った。
ちなみに私の言葉は、さりげなくモルシャが通訳してくれている。
アファルダートの人達は、女性は首と手首を見せないけれどそれ以外の場所は胸元やお腹は見せつけるような露出の高い服装で、大きな布を体に巻きつけるようにしている。男性は額と首を隠すのが決まりらしく、カーディーンも襟の高い首の詰まった体に比較的ぴったりと添うような上衣と、裾をたるませたようなゆったりとしたズボンをつけていた。
その服の細部に至るまで緻密な刺繍と宝飾品が品よく縁どられていてカーディーンによく似合っている。
私はふと、気になっていたことを聞いてみた。
カーディーンは私のことをどう思う?
私が見せるように羽を広げてみると、カーディーンはまじまじと私を見て、そして生真面目な口調で言った。
「艶やかで手入れの行きとどいた、とても美しい羽の持ち主だと思う」
それまで膨らんでいた頬がゆるゆると緩むのがわかった。かわりに胸を張って誇らしげに自分の羽を見せた。カーディーンはうんうんと真面目に頷いてくれる。
この人、良い人だ!!
「あぁ、そういえば……。砂殿にぜひ受け取ってもらいたいものがある」
そう言うと、カーディーンは壁際にいたお世話係らしき人―――後でモルシャに従者と言うんだと教えてもらった―――を呼んだ。従者は小さな花の束を持ってきた。
大きくてやや丸い花弁が重なった、白に青みがかった花だ。大きくて重たそうな花弁で存在感があるのに、軽やかな透明感と清涼感もある不思議な花だった。あとすごくいい香りがする。その花が三輪、束になっている。花の一つ一つが大振りなので、それだけでかなり立派な花束にみえる。
従者からカーディーンが花束を受け取って私に差し出しながら言った。
「砂漠バラ、もしくはムーンローズと呼ばれている。私は花には詳しくないのだが、私が唯一知っている一番好きな花だ。守護鳥は香りのよい花を好むと聞いたから夜の砂漠から少し摘んできた。夜の砂漠にしか咲かない花だ」
苦労して夜に咲いたままの花を摘んで、咲かせたまま持ってきたらしい。挨拶に来てくれた守護鳥に渡そうと思っていたのだが、自分の所に誰も来なかったので、無闇に枯らしてしまうかと思っていたそうだ。相変わらず引き結んだ無表情のままだけれど、それを私に恭しく差し出す姿は物語の乙女に求婚する王子様そのものでとても素敵でした、と後でモルシャが言っていた。
だが私は目の前に差し出されたムーンローズを見つめてうずうずと尾羽をふるわせた後…………ぱくりとその花を口いっぱいに頬張った。
もしゃ、もっしゃ、もしゃ…もご、……美味しいね、これ。
花の蜜がすごくいい!なんかこう……いいっ!
花が大きいので一口で全部は食べれなかった。頬をパンパンに膨らませながら花をもしゃもしゃしてる私を、カーディーンが無残に残ったムーンローズを無表情に見つめた後、モルシャに問いかけた。
「守護鳥はムーンローズを食べても大丈夫なのか?」
「砂様が美味しそうに食べておられるので大丈夫でしょう。幼くとも、ご自分が食べられないものを口に入れたりはなさいません」
「ふむ、ならばよい。好むと言うから愛でるものかと思っていたが、花を食べるのだな。予想していたものとは違うが、喜んでくれたならばそれでよい」
そう言って花のひとつをぷつんと千切って自分の手の平においた。
私は花を食べるためにモルシャの手から飛び移って、カーディーンの手の平にちょこんと乗った。
カーディーンの手は大きくてがっしりしている。
私はもっしゃもっしゃと花を食べている。夢中で食べたのでぱらぱらと花粉や花蜜をカーディーンの手にこぼしているのだが、カーディーンは何も言わずにうまうま食べてる私を見つめていた。
美味しかった!
「そうか。それは何よりだ」
カーディンは部下をねぎらうかのように、生真面目にひとつ頷きながら返事をくれた。
カーディーンが私の乗っている手の、親指だけを私に触れるように少しだけ上に向けた。お礼の意味も込めてその親指にすりすりすると、くちばし周りについていた花粉と花蜜がべっちょりと親指に付着した。
あ、えっと……ふくつもりじゃなかったんだよ……?
カーディーンは親指に付着したべとべとの汚れを気にするでもなく、モルシャがそっと渡した肌触りのよい布で私のくちばしをそっと拭った後、自分の親指をついでに拭いた。
いい人だ!すごくいい人だ!!
私はカーディーンの手の平に乗ったまま、モルシャを振り返って言った。
私カーディーンがいい!
「左様でございますか。でしたら本日はカーディーン様の所にお泊まりなさいますか?他の月様方も、それぞれ気に入った方の所でご就寝されますので丁度ようございますね」
にこにことモルシャがそう言ったので、私はカーディーンの手の上で小さく飛び跳ねながら尾羽をふるふるさせた。
泊まる~!カーディーン、今日は私と寄り添って寝よう!
「我が宮に来るのは歓迎するが、私と共に寝たら、砂殿を潰してしまいそうで怖いな」
カーディーンは真剣な表情でそう言った。
え~……と声を上げる私と、真剣に私の願いを考えようと悩んでくれているカーディーンを、モルシャが微笑ましそうにおっとりと眺めていた。
こうして私のカーディーンの宮へのお泊まりが決定した。