閑話:名もなき砂色の鳥の話・中
連続投稿その二。
その一からお読みください。
それから数日後、私はまたライハーネの宮へと遊びに行った。
ライハーネは私が来たことを、とてもとても喜んだ。
それでね、月の二の姉ったらひどいんだよ!いっつも私をいじめるの!!
私が憤慨しながら兄弟の話をすると、ライハーネは鈴の様な声音でくすくすと笑った。
ライハーネは今日は元気なんだね。この間より元気そう。
「そうですね。今日はとても調子がよいのです。砂様にお会いできることが嬉しかったからでしょうか」
ベッドの上で明るく笑うライハーネはきらきらしていた。
ライハーネは国王と王妃の子供で、どちらも強い災い持ちの両親の血を受け継いで、現在生きている守護鳥を持たない王族の中で、一番災いが強いのだそうだ。今年で十三になるのに、身体はとても小さくて、よく体調を崩しては、ギリギリのところで持ちこたえていると言っていた。
私、病気の人を初めて見た。あんなに真っ青で苦しそうなんだね。辛いの?痛いの?
私が尋ねると、ライハーネは「とっても苦しいです」とさみしそうに笑った。
「私は日がな一日、ベッドの上で過ごすことも珍しくありません。王族としての務めも満足に果たせない己の不甲斐なさが、とても悔しいです。私にも砂様の様な翼があれば、好きなところに飛んでゆけるのでしょうね」
羽は素敵だよ!どこでも飛んでいけるの。でも疲れたら飛べないけどね。
私は両の翼をばっと広げてくぴーと鳴きながら言った。ライハーネが羽をちょいちょいとくすぐった。こしょばい。
でも私は人間の手も好きだよ。撫でられるとくふーってなるし。
私がそう言うと、ライハーネは私を優しく撫でた。私は目をつぶってされるがままになっていた。
やっぱりくふーって気分になった。
ね、ライハーネあれ弾いて?糸のやつ。
「砂様は弦箱の音がお気に入りなのですね。私も一番得意な楽器だから嬉しいです」
ライハーネはとても綺麗な音楽を奏でるのだ。楽器も色んな楽器が使えると言っていた。ただ、調子のいい時しか練習が出来ないから上達しないと嘆いていた。
でも、エーラ曰く「ライハーネ様は王族で一番素晴らしい音色を奏でると言われているのです」と言っていたので、やっぱりとっても上手なのだ。
なんか守護鳥の曲ってないの?それがいい!それ聴きたい!
「ふふっ、えぇ喜んで。お前達、出してちょうだい」
ライハーネがそう言って、従者の人がライハーネの膝の上に弦箱を乗せた。
変な形の薄い箱に弦って名前の糸が張ってあるそれは、ライハーネが爪で糸を弾くと綺麗な音を出すのだ。この音は私の羽ではだせないもん。
そわそわとライハーネの肩に乗って、早く早くとせがむとライハーネは小さく笑って私に聞いた。
「さて、それでは砂様への想いをこめて、『月の鳥』」
そう言って、ライハーネは爪で弦をはじいた。
複雑に音が重なり合って、音の世界の中で白い優雅な鳥が月を背に飛んでいた。広い広い夜空に月と鳥だけ。けれどさびしくはなくて、どこか神秘的な空気さえ音にのせて、紡ぎ出した。
風を切る音、鳥の鳴き声すらライハーネは弦箱ひとつで高く、時には低く、世界を織り上げるように音で奏でて見せた。
長かったのか、短かったのか、ライハーネがたっぷり余韻を残して最後の音を奏で終えたとき、まわりで聞いていた従者も、鳥司も、エーラも目を閉じて聞き入って、感動していた。
私は頬を膨らませていた。
「砂様……?私の音は何かお気に障りましたか?」
ライハーネが不安そうに言ったので、私は不満の理由を素直に告げた。
だってとっても素敵な曲だけど、これ月の兄弟達の曲だよ!私の曲じゃない!砂の曲はないの?
「え、えぇ……守護鳥様に奉ずる歌は、白い鳥、月の鳥がほとんどですね。砂色の鳥の曲は聞いたことがございません」
ライハーネが困ったように言うと、私はますます不貞腐れた。
月の兄弟ばっかりずるい!
私がくぴーくぴーと癇癪を起こすと、ライハーネが少し困ったように考えた後、そうだと手を叩いて私に提案した。
「砂様、よろしければ私と曲を作りませんか?砂様の為の曲です」
私の曲?ライハーネが作ってくれるの?
「えぇ、砂様が気に入る曲を共に作りましょう」
作る!作って、作って!
そう言って、二人で私の曲を作ることになった。
基本的には私が弦の中から適当に選んで、選んだ弦をライハーネが奏でる。また次の音を選んで弾いてもらう。そしてその音と音の間をライハーネが曲になるように繋げてくれる。
私はまた次の音を選ぶ。という作業の繰り返しだ。
恐ろしく時間のかかる作業で、ライハーネの従者の人達とエーラが声をかけるまで頑張っていたのに、曲はほんのわずかしか出来上がらなかった。正直曲と言うよりは、音を少し並べただけ、という長さだ。これをもっとたくさん並べると、段々曲と言えるようになって、さらにまだまだ飾り音とかを足していかないと、曲が完成したことにならないのだそうだ。先は長い。
ライハーネ、また明日来るね。
「お待ちしておりますね。では私はこの曲にあう飾り音を考えておきましょう」
そう言ってライハーネにお別れの挨拶をして、私は守護鳥の巣の区画に戻った。
私が廊下を歩いている間中、ずっとライハーネの弦箱が、先ほど作ったばかりのとてもとても短い私の曲を、何度も繰り返して弾いていた。
なんだか音がとっても楽しそうだったので、エーラの手の上で、私もその音に合わせるように鳴いた。
翌日。私はふと気がついて、ライハーネに言った。
ライハーネ。私、とっても大事なことに気がついたよ。この曲の名前考えなくちゃ!
「そうですね……名前から作って、その名にふさわしい曲にするのもよいですね」
一緒に音を選びながら、ライハーネは笑った。
曲はまだまだ短い。やっと少しだけ口ずさめるくらいの長さになった。口ずさんだら何の曲ですか?と聞かれるくらいにはちゃんと形になってきた。ほんとに少しだけれど。
私はうーんと考えてから尾羽をぴっと持ち上げて答えた。
ライハーネと私の曲って名前はどうかな?
「それでは砂様の曲だとわかりにくいです。砂色の曲とはかいかがでしょう?」
砂漠みたいな感じだね。あんまりかっこよくない。なんで月だとかっこいいのに、砂だとあんまりかっこよくないのかな?それにライハーネの名前が入ってないよ。一緒に作ったからライハーネの名前も欲しい。
私が言うと、ライハーネが「光栄です」と、とても嬉しそうに頬を染めた。
結局曲の名前はすぐに決まらなかったので、私が次に遊びに来る時までに考えておくことになった。
ライハーネが音の繋ぎを考える為に、小さく曲を口ずさんだ。
ライハーネは妙なる美声で音を紡いだ。思わずほぅっと息をこぼしてしまうような、美しい音だった。
ライハーネすごい!ライハーネは歌もとっても上手だったんだね!ライハーネは楽師になるべきだと思っていたけれど、歌い手になるべきかもしれないね!
ライハーネは大興奮の私にちょっとびっくりしたように目を丸くしたが、照れくさそうに笑ってお礼を言った。
「ありがとうございます。ですが歌い手にはなれませんね。私は大きな声を出すと苦しくなってしまうのです。下手をするとそのまま倒れてしまうので、大きな声では歌えません。楽器も弾いてるとたまに辛くなることがありますが、歌うよりはまだ辛くないですね。だから楽器を弾いてる方が好きなのです」
そうなんだ……。でも時々で良いから、歌ってほしいな。私はライハーネがどんなに小さな声で歌っても聞こえるよ。私とっても耳がいいんだ!
「でしたら私は砂様専属の楽師で歌い手ですね」
ライハーネはクスクスと笑った。
私達はお喋りしながら曲を作っていく。
「砂様は砂漠をご覧になったことがありますか?」
ないよ。砂風呂なら好きだけど、昼の砂漠も夜の砂漠もまだ見たことがないの。
「私も見たことがないのです。私の宮からは城下の様子は見えるのですが、砂漠はほとんど見えないのです。砂漠ってどのようなものなのでしょうね」
本当に地面一面が砂なのでしょうか?と言うライハーネと、二人でうーんと考える。
でも私達は森で生まれたから、森も少しはあると思うよ!
「そうですね。森には木がたくさんあるのですよね!私、森も見てみたいです。私がよく知るのは自分の宮ばかり、宮殿のことすらも、よくは知らないのです」
私はこの国の王族なのに、と悲しそうにライハーネが言ったので、私は元気を出してほしいと思い、胸を張ってライハーネに言った。
宮殿なら私が知ってるよ!全部は知らないけど、噴水の綺麗な庭や水路が変な形の場所とか、一番美味しいお花が咲いてる庭も知ってるの!よく脱走してるからね!
私がくふーっと胸を張って言うと、通訳しているエーラがちょっと困った顔をした。そしてライハーネは笑っていた。
「では次脱走する時は私もお供させてくださいな。私もベッドから脱走してみたいのです!」
いいよ!従者と鳥司には内緒ね!
「はい」
二人でそれぞれ従者の人とエーラ達に「堂々と脱走のお話をしないでください!」とたしなめられて、二人で顔を見合せて笑った。
私はライハーネと過ごすのが、とても楽しかった。
え?今日ライハーネの宮に遊びに行っちゃだめなの?
「申し訳ございません。ライハーネ様は体調を崩していらっしゃるそうでございます」
エーラが私にそう言ったので、私は仕方なく、一人で遊ぶことにした。
他の兄弟達は加護の候補者達の所に泊まっているので、守護鳥の巣の区画には私だけだ。
普段なら兄弟達が独占するようなものでも、私が一人で好きなように遊べるのだ。
最初の数回はそれも楽しかったけれど、段々つまらなくなってしまった。
独り占め出来なくてもいいから、みんなで遊びたいなぁ……。
「砂様……」
エーラが申し訳なさそうな表情で私を見た。
「そうです!よろしければ楽師を手配いたしましょうか。砂様とライハーネ様がお作りになった曲を弾いてもらいましょう」
エーラがそう言ったので、楽師を呼んで、私達の曲を弾いてもらった。曲はエーラや鳥司達が覚えていたので、それを口ずさんで楽師に伝えた。短い曲だったので、楽師はすぐに覚えて奏でてくれた。
……ライハーネの方が、上手だね。ライハーネの方がいい。
私の尾羽が下がったのを確認して、エーラは楽師を退室させた。
曲のことを思い出したので、私はライハーネと作った曲の名前を考えることにした。
エーラ、曲の名前何がいいかなぁ。
「ライハーネ様と砂様のお作りになられた曲ですもの。きっと後世に残る素敵な曲になることでしょうね」
エーラは自信を持ってそう言った。
じゃあ責任重大だね!何て名前にしようかなー……。
私はうんうんと考えながら時間を過ごした。
結局いい考えが浮かばなかった。
私は砂風呂に入れてもらいながら、たぷんたぷんと揺れる砂を見て、エーラに質問した。
いつ見ても揺れる砂って不思議。早く夜の砂漠を見てみたいな。お昼の砂漠も!
「砂様が成鳥になられたらご覧になることが出来ますよ。砂漠はとっても広いんです」
エーラは私の羽を丁寧に洗いつつ、笑いながら言った。
「夕長の暦に砂漠に出たことがありますが、砂漠は黄金の様に遠くが輝いていて、近くは夕陽に照らされて赤いのです。とてもきらきらして美しいのですよ」
え?砂漠って金色なの?私みたいな色じゃないの?
「砂様の御身体にも似た色でございます。特に朝や昼の砂漠が似ておりますね。砂漠は時間によって姿をがらりと変えるのです。くるくると表情が変わる砂様のようですね」
楽しそうに言うエーラの言葉に私はふむ、と考えた。
曲名が浮かんだので、明日ライハーネに告げよう。
私はわくわくしながら眠りについた。
翌日会ったライハーネは顔色が悪く、ベッドの上で起き上がることも出来ないようだった。
今日は一緒に曲を作ることが出来ないと、ライハーネは申し訳なさそうに私に言った。
じゃあ早く元気になって、今度作ろう?私ね曲の名前ひとつ考えたよ!曲の名前……金色の砂漠、はどうかな。
「金色の……砂漠」
砂漠は私の色、金色はライハーネの見事な金髪だ。砂色だとかっこよくないけど、金色だとなんだかかっこいい。
私がエーラから聞いた話をすると、ライハーネも少し苦しそうに、だが嬉しそうに言った。
「砂漠は……黄金色なのですね。私も見てみたいです」
少し掠れたような声で、ライハーネは無邪気に告げた。
「完成……させましょうね。『金色の砂漠』。完成させて、皆の前で私が弾きましょう。砂様の曲です。きっと、国中に広く弾き語ってみせます」
私と、ライハーネの曲だよ。一緒に砂漠でこの曲を弾こう!
私が言うと、ライハーネはにっこり笑った。
エーラがあまり長くいるとライハーネの身体に障るかもしれないと言ったので、ちょっとだけお話して、また来るねと言って、私はすぐに巣の区画に帰った。
この日を境に、ライハーネの体調が激変した。