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様々な視点での、守護鳥

 ナーブは周囲の空気が一段重くなったことなど全く気にせず、ザイナーヴの所へ戻って行った。


『カティア、ありがとう。アーリヤに謝ってレーヴと仲直りしてくる!』


 そう告げたナーブは私にすりすりと別れの挨拶をして、ちょっと離れた場所からカーディーンにも挨拶をして、嬉々としてザイナーヴの宮に飛んでいった。

 そして残されたのは、衝撃の事実を突き付けられた私と、カーディーン達である。

 誰もが静かに私の様子をうかがっていた。

 私は誰とも目を合わさないようにして、そっと告げた。


 カーディーン、ちょっとだけ。ちょっとだけ、宮殿の庭を見に行ってきてもいい?


「かまわぬ。ただし必ずリョンドだけは連れてゆくこと。そして必ず私の元に帰ってくることを約束してくれ」


 わかった。


 私はそう言って、逃げるように飛んでその場から離れた。リークがそっと私の後を追った。






 私はお散歩のときによく立ち寄る大きな中庭にやってきた。噴水が水路の様に張り巡らされ、周囲には美しい花と草木がある庭だ。


 リーク、ちょっとだけ一人で考え事をしたいの。


「わかった。カティアが望むなら、そうしよう。私はそこの廊下の柱の向こうにいるから、必ずこの庭から出ないと約束してくれ。どこかに行きたくなったら声をかけること、いいな?そのかわりに、俺はカティアが呼ぶまで絶対に姿を見せないから」


 リークは私がくぴーと了承の返事をしたのを確認して、そっと柱の向こうに姿を消した。

 私は噴水の縁に立って、水を覗き込んだ。

 そこに映るのは、小柄でふわふわした茶色い羽毛をした一羽の鳥だ。


 こうしてると私って守護鳥らしくないなぁ……。


 ぼんやりとそう考えた。

 眺めれば白くなってくれないかな?ならなくても、加護の力って強くないのかなと考えながら、私は水面に移る自分を見ていた。


 どれくらいそうして自分の姿を眺めていただろうか。どこからともなく、人のやってくる気配がした。

 やってきたのは三人の女性だ。みんなきらびやかで、手首から手の甲を装飾品で隠している。

 その中の、一番小柄な人物に見覚えがあった。


「あら?そこにいらっしゃるのはカティア様でしょうか?」


 私に声をかけたのは、カーディーンと一緒にお祝いの儀式をした、異母妹のイリーンだった。

 イリーンは私の元へやってくると、ご一緒してもいいですか?とその場で噴水の縁に腰掛けた。当然のごとく、従者が用意した厚手の絨毯が敷かれている。

 女性二人も、従者の用意した厚手の絨毯を庭に敷いて、みんなで私を囲むように座った。


「その小鳥はカティア様とおっしゃるのですか?とても愛らしいですね。どなた様の小鳥なのですか?」


 イリーンと一緒にいた二人の内、イリーンに負けないほど華やかな衣装を纏った、すらりと背の高い黒髪の女性が尋ねた。

 その女性が当然のように言った「小鳥」という言葉にたいそう傷ついた。スーハの時も思ったけど、私はまったく知らない人には守護鳥に見えないんだ。


「ネヴィラ、カティア様はカーディーン殿下の守護鳥様です。無礼な口を聞いてはなりません」


 イリーンが少し強めに言うと、ネヴィラは目を丸くした後、私をじっと見ながら少し困惑した表情でイリーンに尋ねた。


「でもイリーン様、守護鳥様は白い羽を持っているのではないのですか?」

「確かに守護鳥様の多くは白い羽を持っているので、王族や鳥司でもない人々は知らぬことでしょうが、守護鳥には白い羽の月様と、砂漠色の羽を持つ砂様がいらっしゃるのです。砂様は非常に稀にしかお生まれにならないので、国民は、皆守護鳥は月様方しかいないと思っているのですよ」


 イリーンが説明すると、二人はなるほどとうなずいた。すると、もう一人の女性が控えめに私に声をかけた。亜麻色の髪の優しげな表情の女性だった。


「月様は皆白くて美しいお姿だと伺っておりますが、砂様はとても愛らしいお姿でとてもお優しい御顔立ちでいらっしゃるのですね。私は砂様の方が……不敬かもしれませんが、親しみが持てて素敵だと思います」


 柔らかい声音が、私の心に優しく沁み渡った。



「先ほどは大変申し訳ございません。よろしければ、私達にカティア様に名前を告げる栄誉をお許しいただけませんか?」


 黒髪の女性が祈るように頭を下げた後、私とイリーンを交互に見た。

 私がくぴーと鳴くと、イリーンが私に二人を紹介してくれた。


「二人はラナー姉さまの友人です。黒髪の女性がネヴィラ、亜麻色の髪の女性がシャナンと申します」

「カティア様、ネヴィラ・ビビ・グィンシムと申します」

「シャナン・リダ・オーリーブと申します」


 黒髪の女性が堂々と、亜麻色の髪の女性が柔らかく、それぞれ優雅に挨拶した。

 私はくぴーと鳴いて挨拶をしておいた。

 私はイリーンの手の上に座って、三人の話をぼんやり聞くことにした。気分転換によいかもしれない。

 どうやら今日はイリーンの為に、二人が社交のお勉強の一環で女主人のお客様として招待されていたようだ。二人で多少慣れたら、今度は同年代の女の子を招いて、本格的なイリーンの友人を作っていかなくてはならないらしい。

 三人は絶えず色んな事を話してくれるので、私が黙ってイリーンに撫で撫でされているだけでいいのが楽だ。

 しばらく他愛ない装飾品の話や、貴族の礼儀作法の話に耳を傾けていると、話がひと段落したところで、シャナンが朗らかに言った。


「私がナヘラ様とカティア様の二羽の守護鳥にお会いできるだなんて、身に余る光栄です」

「私達のような貴族でも、守護鳥様は王族の方々の肩に留まっていらっしゃるのを遠くから拝見することがほとんどですものね」


 ネヴィラがシャナンに同意するように頷いた。

 私は自分がそんなに珍しい存在なのだろうかと首をかしげる。


「あら、ネヴィラやシャナンにとって、守護鳥様とはどのような存在なのでしょう」


 イリーンが少し好奇心をのせて問いかけた。

 この言葉には、シャナンが答えた。


「私たち国民にとって、守護鳥様とはこの国に安らぎとめぐみの夜をもたらす月の神の御使い様です。王族の方々が神に祈り、その王族の方々をお守りし、支えるのが月の神が遣わして下さった守護鳥様です。アファルダート国を支える敬愛する王族の方々をお守りする、貴い国鳥です」

「月と鳥は王を守り、太陽と王は国と民を守り、民は王と鳥に国を奉ずる。古くから伝わるアファルダートの三つの約束ですね」


 ネヴィラが教えてくれた。


 月と鳥は王を守る……。


 いつもならば、この辺で私は尾羽と胸をはってくふーと自慢げになれるのだろうが、残念ながら今の私はそんな気分になれなかった。


「皆にとって、守護鳥様とはその様な存在だったのですね」

「あら?王族の、イリーン様にとって、守護鳥様はどのような存在なのですか?」


 今度はネヴィラがイリーンに尋ねた。


「私はまだ守護鳥様と出会ったことはないのでわからないのですが、ラナー姉さまは安息の夜をもたらす存在だとおっしゃいました」


 イリーンがほうっと吐息をこぼすようにして呟いた。


「安息の存在、ですか?」


 ネヴィラが尋ねた。

 イリーンは頷いて姉さまの言葉ですが、と続けた。


「守護鳥様がいらっしゃるだけで、心に安息が訪れるのです。いつ怪我をするかわからない、病気になるかわからない。そんな毎日が、たった一羽の存在で変わるのだと、ラナーお姉さまはおっしゃいました。病気になってベッドに伏せた後、もう二度と起き上がれないかもしれないと言う恐怖から、その姿を見るだけで解き放たれるのだと。そう言っておりました」


 私も早くそんな安堵を知りたいものです、となんでもない口調で語るイリーンの言葉の重みに、私は潰されてしまいそうになった。


「私も早く、私の守護鳥様に出会いたいものです。私の守護鳥様はどのような方かしら」


 イリーンが少しさみしそうな表情で、私の背をそっと撫でた。


「ラナー姉さまやカーディーン殿下が羨ましいです。ナヘラ様やカティア様に出会うことが出来たのですもの。私も守護鳥様と出会えるまで生き延びることが出来るかしら」


 イリーンはしんみりした声でそう言った。


「イリーン様、きっと出会えますよ。ラナー様もカーディーン様も、生き延びたからこそ、守護鳥様に出会われたのですから」


 シャナンがイリーンを労わるようにそう言った。

 次いでネヴィラも励ますようにイリーンに言った。


「シャナンの言うとおりです。カーディーン様はカティア様に出会われたのが、三度目の顔合わせだったと伺っております。それまでは守護鳥様を持たぬ王族の方々の中では、最年長でいらっしゃいました。カーディーン様が生き延びたからこそ、カティア様と出会うことが出来たのです」


 ネヴィラの言葉に私は驚きを隠せなかった。

 そんな話知らなかった。カーディーンは私に出会うまでに二回も守護鳥との顔合わせをしていたのだ。

 そして…………その二回とも選ばれなかったのだ。

 私は顔合わせの時の様子を思い出した。私が行くまで、カーディーンの周りにだけ、守護鳥は誰も近寄ろうとしていなかったのだ。他の王族は、選ばれなくとも少なくともそれぞれ一度か二度くらいは守護鳥が挨拶に来ていたのに、だ。

 カーディーンはどんな思いで、あの場に立っていたのだろう。


「ラナー様や、カーディーン様にとって……王族の方々にとって、守護鳥様とはその様な印象の、とても……とても大切な存在だったのですね」


 ネヴィラがそっと言葉を紡いだ。


「カティア様はカーディーン様をお守りする、かけがえのない存在でいらっしゃるのですね。ここにカティア様の鳥司がおらず、とても残念です。そうすればカティア様にとって守護鳥様とはどのような存在なのか、お話を伺うことが出来ましたのに」


 笑って言ったシャナンの言葉が、私の心に深く突き刺さった。

 私にとっての守護鳥とは、そんなの決まってる。カーディーンを守る存在だ。

 私ここで何をしていたんだろう。


 今、私カーディーンに加護を与えてないじゃない!


「あ、カティア様?どちらへ?」


 私は慌ててイリーンにくぴーと鳴いて挨拶をして、ぱたぱたと飛んでカーディーンの宮へと戻った。


 リーク、リーク!今すぐにカーディーンの所に戻らなきゃ!!


「カティア!?」


 リークに声をかけたら、リークが慌てて私を追いかけて走った。


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