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砂漠を渡り、求めたぬくもり

 夜風が翼を叩くように唸っている。

 私はまるで果てが見えない砂漠と夜を、ひたすら飛び続けている。

 カーディーンと砂に飲まれた後、気がつくとカーディーンが倒れていたのだ。どれほど鳴いても起きてくれないカーディーンに、心の底から恐怖したのだ。

 カーディーンは私が助けたと言ったけれど、きっと私があの砂の大波を呼んだんだ。

 私が守護鳥として活躍したいだなんて考えたから……。

 私が活躍するってことは、カーディーンが危険な目にあうことなんだって、少し考えたらわかることだったのに。

 カーディーンはあの真っ暗な場所に一人で待ってるんだ。あそこは砂面より低い場所にあった。波が大きく揺れるたび、あの入口から砂が入り込んで、カーディーンが溺れてしまわないかと不安に駆られた。

 私がカーディーンを一人ぼっちにしてしまった。

 だからせめて、カーディーンに頼まれたことだけは絶対に果たさなきゃ。

 私は宮殿を目指す。方向は、わかってる。何となくこっちだって思うから。

 ゆらゆらと波打つ砂漠を見渡す。揺らめく波のせいで距離感が掴みにくい。

 途中、大蛇が大きな岩にとぐろを巻いて、卵を守っているのを見つけた。

「砂色の蛇に近づいちゃだめ」って言うことは痛いほどよく知っている。私は自分の心を落ち着かせるようにして、高度を上げながら大きく迂回した。

 段々疲れが出てくる。いくら私が飛ぶのが好きでも、ひたすら飛び続けるのは疲れてくる。

 けれど、おそらく月の兄弟達では到底飛び続けられないだろう距離を、疲れながらもひたすら飛んでいる自分に少し驚いた。身体能力の優れた自分にほんの少し感謝した。いくら魔力がたくさんあっても、砂漠を渡ることが出来なければ、今カーディーンを助けることは出来ないだろうから。

 一人で渡る夜の砂漠は、波と風の音しかしなくて、見渡す先は真っ暗で、時折誘うように波に反射した月の光が心を揺らすようだった。

 一人で飛ぶのってさみしい。


 急がなきゃいけないけど、急いじゃだめだ。早く飛んだらたくさん疲れちゃう。長く長く飛ぶために、なるべく体力を残しておかなくちゃ。


 自分に言い聞かせて飛び続けた。

 途中で休憩も挟んだ。ムーンローズの絨毯を見つけて、花の上で蜜を飲みながら疲れを癒す。いつ何かに襲われるかわからなくて、ずっとびくびくしていた。ムーンローズのこぼれる光も、私の心を落ち着けてはくれなかった。何かあったら魔力の膜をはる、と唱えるようにして周囲を警戒していた。十分に体の疲れが癒えたら、またすぐに宮殿を目指した。

 飛べなくなったら砂の底だ。そうしたらカーディーンの居場所を伝えることが出来なくなってしまう。

 大きな月は、砂漠の全てを見守るように青白く光り、海砂を青く輝かせていた。


 どうかカーディーンが、ちゃんと果実を食べて元気でいますように。


 月を見上げてそう願った。



 飛び続けることしばらく、ひときわ遠くに輝くともしびを見つけた。

 白い灯がいくつもいくつも散らばっている。月の光にも似たその白い光が、いくつもいくつも砂の海を照らしていた。

 何の光だろうと警戒した後、すぐにクラゲの光だと気がついた。

 そして近づくにつれてその気持ちは確信に変わった。


 あれはカーディーンを探す光だ!


 私はくぴーと力の限り鳴いた。

 何度も何度も鳴くと、砂を照らすクラゲの光がぴたりと止まり、今度は空を照らし始めた。

 そして私を一瞬かすめた光が、ぴたりと私を照らしてきた。


 眩しいっ!


 どうやらカーディーンのくれた鱗石の首飾りが、きらりと光を反射して見つかったようだ。


「カティア様だ!カティア様がいたぞっ!」


 誰かの声が大きく響き、それに沢山の声が返ってきた。

 私は一番近くにいた船の所へと降り立った。

 カーディーンの部下の人だ。名前はわからないけれど、顔は知っている。


「カティア様、御無事で何よりです。カーディーン様はどちらで!?」


 切羽詰まったような声で尋ねられ、私もくぴーくぴーと切羽詰まった鳴き声で返すが、当然ながら部下の人には伝わらない。

 部下の人は舌打ちしそうな勢いであたりを見回した。


「えぇい、リョンドの野郎はどこだ!早く呼んで来い!!」


 私と部下の人は、じれじれとした気持ちでリークの到着を待った。



 少し待つと、リークと副官ササラが共にやってきた。

 リークの姿が見えた瞬間、私はリークの胸元に飛び込んだ。リークが「ぐぅっ」とうめき声をあげながらも、私を包み込むように両手に乗せた。


「カティア様ご無事の帰還何よりです。お疲れではございますが、カーディーン様と波にのまれた後、どうなったのか教えていただいてもよろしいでしょうか」


 ササラが努めて冷静な口調で労わるように聞いてきた。

 私はリークの手に包まれながら、きりりと気持ちを引き締めて答えた。


 私とカーディーンが波にのまれた後、目が覚めたらどこか暗い所にいたの。そしてカーディーンが私を抱きしめたまま倒れていたから、私一生懸命カーディーンを起こしたの。


 ササラとまわりの部下の人達は静かにリークが通訳する私の言葉を聞いていた。


 しばらくしたらカーディーンが目を覚ましてね。それからカーディーンとおしゃべりしてね。えっと、カーディーンが助かったのは私のおかげって言ってね、えっと……えっと、それからね……。


「大丈夫ですよ、カティア様。落ち着いて、ゆっくりお話ししてください」


 考えがまとまらなくて思いついたまましゃべっている私に、ササラは根気強く付き合いながら、続きを促した。


 それでカーディーンが私なら入口から出られるから、助けを呼んできてくれって言ったの。だから私はカーディーンを木の蕾に残して宮殿まで飛んでこようとしてここまできたの。


 私が何とか説明し終えると、ササラは難しい顔をして考えた。部下の人達はじっとササラの言葉を待つ。

 ササラは一度空を見てから、息を大きく吸い込んで部下の人達に告げた。


「一度宮殿に戻る!全員仮眠をとったのち、朝一番でカーディーン様の捜索に向かう!」


 なんで今すぐ向かわないの!私ちゃんと道を覚えてるよ!!


 私が言うと、ササラは申し訳なさそうに小さく首を振った。


「今からだとじきに夜が明けてしまいます。そうなれば亀鯱は役に立たない。そこから徒歩で向かうより、一度引き返して朝を待ってからトカゲで移動した方が、何倍も速いし危険も少ないのです。我々はカーディーン様をお助けするために、万全の状態で向かわねばならないのです。御理解下さいませ」


 私が不満げに睨むと、リークが優しく私を抱きしめた。


「カティア、皆ずっとカーディーン様をお探しし続けていたんだ。お姿が見えなくなってから丸一日経った。その間誰も眠らずに探し続けていた。何の準備もなく今向かえば、カーディーン様をお助けする前に砂漠の獣に襲われてしまう。そうなったらカーディーン様をお助け出来ない。

 それにカティアだって疲れているはずだ。朝までのほんの少しの間でも、疲れを癒す為に眠ろう。カーディーン様をお助けするためだ。そうして朝になったらすぐ出発だ。俺達はカーディーン様の元に向かうのが目的じゃない。カーディーン様を宮殿へとお連れするのが目的なんだ」


 リークに言われて、リークや部下の人達に疲労の表情が色濃く出ていたのがわかった。私はごめんとササラに言った。


「お気になさらないでください。わたくしもカティア様と同じ思いです」


 私達は軍の門から宮殿に戻ったが、そのまま軍の区画の仮眠室で休憩をとった。

 私はリークがマフディルと同じ部屋に与えられた文官専用の仮眠室で、リークにぴたりと寄り添って眠った。リークもよほど疲れていたらしく、ベッドに倒れ込むようにして眠ってしまった。目の下には疲労が影を作っていた。

 いつもとベッドが違うこと、隣に眠る相手が違うことが私をほんの少し不安にさせた。


 カーディーンの匂いが恋しい。


 私はさらさらしたリークの髪の触り心地を意識しながら、何かが違うと小さく鳴いた。



 朝、陽が昇りきらないうちに起きた私は、ササラ達と地図を見ている。

 地図には岩の特徴と麦の木林しか書かれていない。それ以外は常に移ろいゆく地形のせいで、地図として記していても役に立たないのだ。

 私がやってきた方角と、何度ムーンローズで休憩し、こんな形の岩ととぐろを巻いた大蛇を見たというと、麦の木林から大きく外れる場所だったらしく、軍の者だけでは場所がつかめなかったので、はぐれた時からずっと一緒に捜索を手伝っていたらしいスーハが呼ばれた。

 スーハにはカーディーンがはぐれた時点で事情を説明していたらしく、仮眠室から叩き起こされてきたらしいスーハは眠たい目を擦りながらも、私に向かって「カティア様は守護鳥様だったんだな」と小さく笑った。

 そして夜の砂漠ならば軍より詳しい渡しの一族として、私が先ほどと同じように断片的な説明をすると、その説明からおおよその私がたどってきた道筋を割り出した。ムーンローズの群生場所や、小さな岩場の特徴、大蛇の産卵場所まで全て把握しているようだった。

 大体この付近にカーディーン様がいるはずだと割り出したスーハは、しかし難しい顔で言った。


「ひとつ気になるのは、一体カーディーン様がどちらにいらっしゃるかと言うことだな。カティア様の言う木の蕾の様な場所と言うのがわからない。あの辺りには麦の木も、サボテンも岩場もなかったはずだ。一体カーディーン様はどうやって助かったのだろう」

「行ってみるまでわからないだろう。我々にできることは、一刻も早くカーディーン様を見つけだすことだ」


 ササラがそう言って、部下の人達に指示を出して砂漠へ向かう準備を始めた。

 私もリークからご飯をもらって、じっと出発の時を待った。


「門を開けよ!出発する!!」


 ササラのカーディーンに負けない怒声と、部下の人達の応えを受けて、大トカゲで砂漠に向かった。

 いつもより、大トカゲも急ぎ足で砂漠を移動しているようだった。

 私はササラの大トカゲの頭に乗って、時々方向を修正しながらやってきた道を戻ってゆく。大丈夫、カーディーンの居場所もちゃんと覚えている。

 途中、砂漠狼の縄張り争いに巻き込まれたが、ほとんど突き切るようにして進んでいく。


 ほとんど休憩もなしに砂漠をまっすぐと進んできた。

 近くまで来くると確かこのあたりだったはずと、じっとしていられず、パタパタと飛んでカーディーンを探した。

 見渡す限りの辺り一面は、何の変哲もない砂漠だった。

 確か木の匂いと麦の匂いがしたはずだ。


 カーディーン!カーディーンどこっ!!


 確かにこのあたりに入口があって私はそこから出てきたはずなのに、どうして何もないのか。

 夜は地面が絶えず動いている。もしかして私が道を間違えた?そんなはずはない。焦りから来る動揺を必死で押さえてカーディーンを探す。

 地形が変わったまま朝になったから、私の知っている姿と形を変えてしまっただけだ。

 しかしそうなっているということは、あの入口も砂に埋もれてしまったのではないか、と考えた。砂の中に埋もれてしまうカーディーンを想像して、そんなはずないとふるふると尾羽を振って気持ちを切り替えた。焦りといらたちばかりが募った。

 くぴーと鳴きながら空を旋回してカーディーンを探すと、砂漠からほんの小さな芽が出ていた。


 芽?


 普段ならば見逃してしまうような小さな芽が気になって、私は砂漠に降り立った。


 何これ、麦みたい……。


 そう思った瞬間、たしかカーディーンと一緒にいた場所は、麦の匂いがしたはずだと思いだす。

 追いついたササラ達に、ここを掘ってと言うと、ササラ達はすぐに持ってきていた道具で麦の芽の周りを掘り始めた。

 麦の芽は小さな枝から生えているようだった。

 その枝はまるで芽に覆いかぶさる土の様にすぼまっており、まるでいくつもの枝で作った小さな山のようだった。

 掘れば掘るほど大きくなる枝の山は、途中で大きな隙間があった。

 私がそこからひょいと中を覗き込むと、砂に埋もれてカーディーンが倒れていた。


 カーディーン!


 私が鳴きながらするりと穴の中に入ると、体が半分埋まったカーディーンがぐっしょりと汗を流しながら目をつぶっていた。

 呼吸があるからまだ生きてる。

 私がくぴーくぴーと鳴いて呼びかけると、小さく目を開けて、私を視界に入れると小さく笑ってまた目を閉じた。


「カーディーン様はこの中だ!急いで!もっと深く掘って!」


 ササラが穴を覗き込んで、部下の人達を叱咤した。

 穴がようやく人一人通れそうな大きさになると、一番小柄なササラがするりと入ってきた。


「カーディーン様!」


 カーディーンに声をかけながら、ゆっくりと自分にもたれさせるようにして抱え、砂から引きずりだす。

 穴は部下の人達がこじ開けるようにして広げた。

 幸い砂が詰まっていたせいで、入口との高さが近づいており、ササラともう一人するりと穴の中に入ってきた部下の人でカーディーンを抱え上げ、穴の外の部下の人が受け取るようにして引き上げて、カーディーンは穴の外に出てきた。

 半分は周囲を警戒し、もう半分で影になるように布を張って、カーディーンを横たえて、簡単な怪我の応急手当と、水分を補充してから、なるべく負担がかからないように注意をしつつ、すぐに宮殿へと引き返した。

 カーディーンの宮に運び込んで、従者の人達と医師が付きっきりでカーディーンの看病に当たった。

 私はモルシャと部屋の隅っこで、それを静かに眺めていることしかできなかった。リークは後処理のために、マフディルと書類仕事をしているらしい。


 カーディーンは、大丈夫だよね。


「えぇ、きっと大丈夫でございますよ。月の神とカティア様がついておられます。カーディーン様は、カティア様を悲しませるようなことはなさりません」


 私がくぴーと鳴くと、モルシャは私の胸元を撫でるようにくふくふしてくれた。

 私は、じっとカーディーンのそばを離れなかった。

 カーディーンが一度目を覚ましたのは、宮殿に戻って来てから半日ほど経った時だった。

 カーディーンの顔の横にぴったりと寄り添っていた私は、カーディーンが身動きした動きで、カーディーンを覗き込む。


 カーディーン!


 私がくぴーと鳴くと、カーディーンがゆっくりと片手をあげて私を撫でようとして、途中で力尽きたのか、ぺたんと私を潰すように片手が私の上に落ちてきた。すごく重い……。

 今の衝撃でカーディーンが起きたら言おうと考えていたことが、全部頭から抜け落ちてしまった。どうしよう……後で思い出せるだろうか。

 されるがままにカーディーンの手に潰されていると、私を下敷きにしているカーディーンの手がくいくいと小さく動いた。どうやら私を撫でてくれているらしい。

 全然気持ちよくないし、手は重いけれど、カーディーンが私を気遣って構ってくれているのだとわかったので、私はその手にすりすりしながら目を閉じた。

 そうしたらカーディーンの匂いがして、あんまり柔らかくない硬い皮膚の感触にはカーディーンの体温があって、なんだかそのことにとてつもなく安堵して、私はすやすやと眠ってしまった。

 うとうとしながら、ひとつだけ言うことを思い出した。


 おかえりなさい、カーディーン。


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