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私の砂色の守護鳥

カーディーン視点です。

 幼いころから、私は母に鍛えられていた。


『トゥラ、お前は王妃様のお腹にいらっしゃる御子様にお仕えするのですよ。国の為にその身を捧げた王族をお守りする強さを授けましょう』


 将軍妃と呼ばれた母は、容赦なく私を鍛えたが、幼い私はいくつもいくつも傷を負った。

 母は息子の私に武才がないのかと嘆いていたが、あまりにも私の能力に関係なく怪我をすることが増え、誰かが気付いた。


『トゥラ様は、王家の血の災いに見舞われているのでは……?』


 誰もが信じようとしなかった。

 カーディーンの容姿はあまりにも母の一族の血を色濃く映していて、特別美しい容姿をしていたわけでもない。父である国王との共通点など、せいぜい瞳の色が青いことくらいだったのだ。

 だが年齢を重ねるとともに、私が王族の血の災いを受けていることが誰の目にもはっきりと見て取れた。それほどに私は常に絶え間なく怪我を増やしていた。

 私が王族籍に入ったのは、齢八つの時だった。

 母は、私にもう王妃様の御子に仕えろとは言わなかった。けれど、私を鍛えることはやめなかった。


『お前も王族として、この国を支えなさい。母はお前を助けません。母の命は王と、そして王妃様に捧げたのです。ですからお前には私の強さの全てを残しましょう。トゥラ、強くおなりなさい。己の力で、全ての災いに打ち勝てるように』


 母の訓練は時に命の危険すら伴った。

 災いに殺されるか、母に殺されるかわからないと言った状況が続いた。

 周囲の者が止めようとしても聞かなかった。


『災いに殺されるならば、この母が殺してあげましょう。それが私のトゥラへの愛情です』


 母の瞳は一切揺らがなかった。


 私は母に本当は愛されていないのではと何度か考えたが、私が昼間につけた傷にうなされていると、必ず母がやって来て、傷口に冷たい布を当てて冷やしたり、包帯を丁寧に取り替えたり、私の汗を拭いて一晩中私の手を握って付き添っていたことも知っていた。

 そんな時、母の瞳はずっとこぼされることのない涙を湛えていた。

 幸いにして、私の体は丈夫で病を患うことはほとんどなかった。そのかわりに常に生傷絶えない幼少期を過ごした。

 母は私が誰かに守ってもらうと言うことを一切許さなかった。

 その理由は、二度目の守護鳥との顔合わせで知ることになった。

 守護鳥にとって、私の姿は「怖い」のだ。

 私の容姿が守護鳥に選ばれないことなど、少し考えれば簡単にわかることだった。守護鳥に選ばれるために王族は皆、美しいのだから。

 私は加護を与えられることのない王族の一人だ。王族の最上級の美しさは受け継がず、しかしその血は受け継いだ。母が己のことは己が守れといった理由はこの為だったのだ。

 常に自分を守るのは自分だけ、国の為に、己の為に、血の呪いに抗い続けて一日でも長く生きていようと、そう思った。




 何かが唇に押し付けられる感覚に目を開けると、薄暗い場所に横たわっていた。どうやら意識を失っていたようだ。さすがに今回は死を意識したためか、懐かしい夢を見た。

 視界にぼんやりと砂色の羽毛が見えた。どうやら私を起こしたのはカティアだったようだ。

 カティアがせっせと私の唇に額を擦りつけるようにして何かを押し付けていた。少し身動きすると、私が起きたことに気がついたカティアがくぴーと嬉しそうに鳴いた。

 ゆっくりと起き上がって両手足を確認する。両手を握ったり開いたりしながら体に欠損がないか確認した。あちこちが軋むように痛み、特に右足の痛みが熱を持っているようだが、この痛みであれば折れてはいないだろう。

 四肢が繋がっていて命があれば、まだ何とかなるだろう。

 次にカティアが私の顔にへばりつくような勢いで飛びついてきた。

 くぴーくぴーと鳴きながら、私の頬に額を擦りつけている。たしか守護鳥が額と額を擦りつけるのは謝罪の意味があったはずだ。私の額は額帯を巻いているのですり合わせることが出来ないから頬なのだろう。


「カティア、何を謝っているのだ。そなたが謝ることなど何もないぞ」


 私がそう告げても、カティアはすりすりと額を擦りつけていた。よほど私の危険に驚いたのだろう。カティアがそばにいるときは、私はめったなことでは傷を負わないので、カティアが私の危険を目の当たりにしたのは初めてだ。

 尾羽がぺたりと下を向いて、鳴く声にも元気が感じられぬので、もしかしたら私のそばを離れた自分を責めているのかもしれない。

 カティアの気が済むまで謝罪を受け入れることにして、片手でカティアの頭から背を撫でる。ふわりとした羽毛が指に心地よかった。

 謝罪を受け入れている間に、さきほどカティアが私に押し付けていた何かを探した。私が起きたことで私の膝に落ちていたそれは、小さな果実だった。どこから持ってきたのかと思えば、腰の袋が緩んでいた。

 そういえば夜に私が収穫をしている間、カティアが私の真似をして収穫をしているようだったので、腰の袋をカティアの好きに使えるようにしていたのだった。おそらくこれはカティアが収穫した果実なのだろう。

 どうやら私に果実を食べさせようとしていたらしい。道理で口のまわりがべたべたとするわけだ。おそらく果実を口に含ませようとして何度か潰したのだろう。手の甲で口を拭うと、いくつかの果実の味がした。

 気になって袋の中身を確認すると、ほとんどが果実だった。袋の底の方にわずかばかり葉が敷き詰められていた。

 初めは私の真似をして、途中からは自分の食事用として、いそいそと果実を詰め込んだのだろう。容易に察することが出来るその姿に口元が緩んだ。

 私が笑ったことに、カティアが反応してくぴっと鳴いて首をかしげた。

 カティアが鳴くのは何か強い感情を伝えるときだ。それも怒りや悲しみ、食事を求めるときが顕著だ。嬉しい時はどちらかと言うと飛び回ったり尾羽を振ったり胸を張ったり、体で表現することが多い。

 今も悲しそうに鳴いている。今は悲しみ、食事…………おそらく両方だろう。

 その口元に果実をひとつ近づけると、いつものように迷いなく口を開こうとして、途中ではっと気がついたかのように果実を頭で押した。私に食べろと言っているようだった。

 私が果実をひとつ食べ、袋からもう一つ取り出してカティアの口にまた近づけると、二つ目は迷わず食べた。目をつぶって食べるその顔はまるで味わっているかのようだ。


「カティア、感謝する。そなたがいるから助かったのだ」


 私がそう告げると、ようよう浮上しかけていた尾羽が、またしゅんと下を向いた。

 私は肩に止まっているカティアを手の平に乗せ、目線を合わせるようにして告げた。


「そなたがいたから私は今、生きているのだ。いなければ恐らく死んでいただろう。カティアが私を守ったのだ。それだけは忘れないでほしい」


 そう言うと、カティアはくぴーと静かに鳴いた。カティアが私に何を伝えたいのかわからない。ここにリョンドかモルシャがいればと思ったが、いれば巻き込んだと言うことなので、いなくてよかったと思い直すことにした。宮殿に戻ってから聞けばいいだけの話だ。

 私は周りを見回した。暗くて視界が悪い。

 足元の感触を手で確かめると、石ではないようだ。冷たくも滑らかでもない。手の平に伝わる硬さと質感は木の様だが、そもそもここはどこなのだろうか。

 蕾の様な空間の中に入っているようだ。入れたからには出ることもできるのだろうと辺りを見回すと、天井のすぼまったあたりに星が見えた。

 どうやらあそこから入ってきたようだ。だが、あまりにも高い場所にあって出られそうにない。周囲は足をかけようにも反り返るようにすぼまっているので、よじ登ることも出来ないだろう。

 私はじっと星を見上げた後、どうしたのかと私をうかがうように見つめるカティアを、ぎゅっと柔らかく握った。

 されるがまま握られているカティアは状況がいまいちわからないらしく、混乱したように私を見つめていたが、潰さぬように力を加減しながら何度か圧迫するように握ったりほぐしたりを続けていると、目を細くして締め付けを堪能しているようだった。

 カティアが「にぎにぎ」と呼んでいる遊びだ。ほどよい締め付けが好きらしい。私の手の大きさと力加減が丁度よいらしく、よくやってほしいとねだられる。

 ひとしきり握った後、どこか夢見心地のカティアに優しく告げた。


「カティア、どうやら私達はあそこからここに入り込んだらしい。私は登ることが出来ないから、カティアが外に出て、助けを呼んできてくれないか」


 カティアは私の言葉に、はっと私を見上げた。

 そして出口を見て、しばらく考えるようにした後、尾羽がぴんとのびた。

 くぴーと鳴いて飛び上がり、私の頭の上で一度旋回した後、出口に向かってはばたいていった。カティアの姿はすぐに見えなくなった。

 私は蕾の底で静かにそれを見送った。

 カティアと入れ替わるように、ざばんと砂が穴から流れ込んできた。波の荒れ具合によってはすぐに海砂で満たされて、砂ごと蕾の中に閉じ込められてしまうかもしれない。

 カティアは助けを呼べるだろうか。

 守護鳥は長距離を飛ぶことは出来ない。知性や魔力が発達した分、野生の鳥に身体能力で劣っているからだ。

 カティアは他の守護鳥よりも活発で、幼いころから鳥司を巻いて脱走を図ることが多かったと聞くが、ここは宮殿など比べ物にならないほど広い砂漠だ。

 運よく宮殿の近くに位置しているならばいいだろうが、おそらくそれなりに遠い距離になるだろう。王族は自分の運を信じない。

 血の呪いは年を経るごとに強くなり、私の年齢ならば常に死をもたらす災いばかりを与えてくるのだ。

 今回の大波事態は天災だとしても、私の往く手が阻まれ、波にのまれたこと事態は呪いの効力だ。

 亀鯱は私からすぐに離れただろうか。

 私からすぐに離れていれば無事だろう。血の呪いは王族以外を巻き込んだりはしない。


「私が助かったのは……私がカティアとともにいたからなのだろうな……」


 逃げろと言った私に、カティアはまっすぐ飛んできた。

 このままではカティアまで波に巻き込まれると、守るために手を伸ばし、しっかりと両手で包むように抱きしめた。

 カティアを守らなければと伸ばした手は、本当は誰かに救いを求めていたのかもしれない。

 その手をとってくれたのがカティアだった。

 腰の袋から果実を取り出し、口に含んだ。

 口の中に、ほんのりと甘い果実の味が広がった。


「例え私が死んだとしても、カティアが己を責めるようなことがなければよいが……」


 カティアの為にも、死ねないなと小さく笑った。カティアはあれでなかなか責任を感じやすい、繊細な感性の持ち主だから。

 どこかもわからぬ真っ暗な木の蕾の中、隙間から見える星を見上げた。

 蕾にぶつかる海砂の音、時々入口から入り込んでくる海砂は少しずつ足元を満たしていく。

 戦うのは恐怖とではない。己の心だ。

 己の心が死を受け入れたとき、人は死んでしまうのだ。

 抗おう。三度目の顔合わせで、初めて私に声をかけた守護鳥がいたのだ。

 私の姿に怯え、警戒心をたっぷりと出しながらも、私と出会ってくれたのだ。最終的に花につられた部分があったような気もするが、私の手の平で花を食べていた。

 思い出したらおかしくなって、笑みがこぼれた。

 どうか、カティアが道中何者にも傷つけられることのないようにと月の神に祈りを捧げた。


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