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珊瑚樹林と迫りくる砂の恐怖

 私がせっせとカーディーンの袋に自分のおやつを詰め終え、近くの木で一休みをしながら、カーディーン達の様子を眺めている。

 今、頭や肩に乗ると振り落とされてしまいそうだ。

 カーディーン達の亀鯱が引っ張っている小舟には、まだまだ半分ほど収穫出来る余裕がある。これいつまで続くのだろう。

 カーディーン達は朝から今まで、ずっと働き続けている。これはきついなぁ。

 そして眠たい。


「カティア、こちらへ。辛いだろう、しばらく眠るがよい」


 カーディーンがそう言いながら私に片手を伸ばしたので、私は大人しくぱたぱたとその手に乗り、カーディーンの首元に縫い付けてある袋に入って眠りについた。



 うとうとまどろんでいると、音が聞こえた。


「……―――そうか、波が荒いか。渡りのお前が言うのであればそうなのだろうな」

「あぁ、漁師の者とも話してみた。やはり皆少し気になると言っていた」

「ならば早めに戻ることにしよう」


 音を誰かの話声だと認識した瞬間、私はぱちりと目を開けた。

 目の前にはカーディーンとリーク、それに近くで収穫していた部下の人が二人とスーハがいた。

 私が袋から出てきてカーディーンの肩に留まると、カーディーンが「起きたか」と呟いて私をちょいちょいと撫でた。スーハは「カティアだったな」と言いながら挨拶してくれた。くぴーと鳴いて返事をしておく。


「では部下達への伝令はこちらで行う。その方が話が早い」

「私は将軍様と共にいた方がいいのか?」

「そうだな、その方が面倒がないだろう」


 カーディーンとスーハは話を終えたようだ。カーディーンが部下の人達に伝令をするように命じ、部下の人二人がどこかに消えた。

 樹林の隙間から見える空で、月が中天にかかっている。

 私はカーディーンに尋ねた。


 もう帰るの?


「あぁ、あと少しばかり樹林が消えるには時間があるのだが、どうも波の様子が穏やかではないようだ」


 私は足元の砂面を見る。波は小さく船の揺らぎもほとんどない。


 全然揺れてないし、荒れてないけど?


 私が小首をかしげながら言うと、スーハが答えた。


「…………お前は話を聞いていなかったのか?渡りの私と漁師の者が気にしているんだ。傍目には荒れていない様でも、砂の下はそうではない。今は珊瑚樹林があるから表面上落ち着いているだけだ。見たところ漁師でも軍の者でもなさそうだが、あんたは一体何のためにここにいるんだ」


 スーハが私の言葉を通訳したリークに、呆れたような視線を向けた。その視線に、リークの柳眉がぴくりと動いた。しかしリークは唇を引き結んで何も言わなかった。まぁ、無関係のスーハに守護鳥の通訳ですとは言えない。

 ……ごめんね、リーク。



 カーディーンは亀鯱を呼ぶときに使う笛を、細かい区切りをつけて吹いている。するとある一定の距離であれば亀鯱であればその音を拾うことが可能なのだそうだ。なので亀鯱がその音に反応して「けけけけけ」と同じように短く鳴くのを利用して、離れた部下の人達と連絡を取ったようだ。カーディーンが全員の部下の人と漁師の人の帰還命令の伝達を確認してから移動し始めたので、おそらく私達が最後なのだろう。

 そして合図があったので、私とカーディーン、そしてリークとスーハは宮殿へ向けて移動している。

 と言っても樹林で遮られていて、まっすぐ進むことも難しければ、本当にこっちであっているのかも普通の人間ならわからないだろう。私は何となく方角がわかるのでいいのだけれど。

 私は自信満々にカーディーン達を宮殿の方角へ案内するつもりだったのだが、スーハが先頭を進み、真ん中にリーク、最後にカーディーンの順番で、スーハについて行っている。一応スーハに案内してもらっている形ではあるが、どうやらカーディーン自身もちゃんと方角を把握しているらしい。……私の出番はないようだ。

 これまでの砂漠でも、カーディーン達は一度も迷子になったことがない。私のささやかな特技は、今後も鳥司から逃げ出す為にしか使われないのだろうか。現在私の活躍の機会がない。特に夜の砂漠を巡回するようになってからは、砂からカーディーンを守る機会も減ってきた。海砂は風に巻き上げられて飛んでくることがないからだ。それに夜の砂漠では誰かが襲われていたりしない限りは戦闘を避ける方針なので、私はいつもカーディーンの頭の上に乗っているだけで終わってしまうことが多いのだ。

 こう……私このままだと自分が守護鳥なことを忘れてしまいそうだ。

 私はぱたぱたとリークの肩に移動して、リークに話しかけた。


 リーク。リークが迷子になったら私が道を教えてあげるからね。


「……なぜ俺にだけ言うんだ」


 リークがちょっとむすっとしたような口調の小声で言いかえしてきた。


 この中でリークが一番迷子になりそうだから。


「おい、嬉しそうに言うな。期待しても迷子にならないぞ。砂漠で迷子だなんて笑えない」


 別に砂漠で迷子になれなんて言ってないよ。町で迷子になっても私が助けてあげるからね!


 私が胸を張って言うと、「アファルダートの町はどこにいても宮殿が見えるから迷わない」と言われてしまった。なんだぁー……。

 そんなことを考えながら、ちょっとリークとじゃれて遊ぶ。基本的に砂漠ではカーディーンは遊んでくれない。それどころではないのはわかるので、私も構ってとは言わない。そのかわり砂漠では出来ることの少ないリークに構ってもらうことの方が多い。まぁ基本的に砂漠では危険が付きまとうので、私もよほど退屈な時以外は遊んでと言わないのだけれど。

 主にリークの髪を引っ張ったり、頭、肩、腕と移動しながらリークの追いかけてくる手から逃げたりしている。

 そうして遊んでいた私とリークを、じーっと見つめる視線があった。スーハだ。


 何?


「なんだ?」


 リークが尋ねると、スーハはちょっと照れた様な表情で告げた。


「……か、可愛いなと思って」


 可愛い?


 スーハはこくんとうなずいた。


「私の相棒達は強くて凛々しくてかっこいい。だが、カティアは撫でると柔らかそうだなと思って……」


 おずおずと、小さな声で呟いた。


「……だから、触って、みたかったんだ」


 その言葉にリークは私を見て、私はカーディーンを見た。カーディーンが好きにするといいという視線をくれたので、私はぱたぱたとスーハの所へ飛んでいった。

 スーハはちょっとびっくりしたものの、慣れた動作で硬い皮に包まれた腕を差し出してきた。え、そこに乗れと?

 一応乗れたけど……留まりにくい。

 猛禽用の硬い皮におおわれた腕を、小さな私の爪でしっかり掴めるわけがない。私は腕をぴょんぴょん伝って手に移動し、スーハの握りこぶしの指にちょこんと乗った。

 スーハがびっくりしながらおずおずと私に手を伸ばす。

 頭を指でそろっと撫でられた。


「ふわふわだ……」


 スーハが感動したように呟いた。

 そして胸元も同じように撫でられ、私はくぴーと声を出す。スーハの目がちょっときらきらしていた。その表情は柔らかい。スーハはするどいぴんと張った糸の様な表情が多いので少年の様に見えるのだが、こうしてみるとあどけない少女のようだった。いつも緊張しているのかな。

 私は自慢の羽を見せつけるように胸を張っていたのだが、上からの殺気にすばやく近くにいたリークの所に逃げた。

 けーんと鳴いて私が留まっていた腕にどこからかするどく舞い降りたのは、スーハの猛禽だった。

 完全に私を捕食しにかかる目だった。私は頬を膨らませてリークの首にぴったりとひっつくようにしてリークの髪に隠れる。

 スーハは猛禽のご機嫌をとるように撫でながら私に言った。


「驚かせてしまってごめんな。触らせてくれてありがとう。素晴らしい触り心地だった。こらこら嫉妬するな。私の相棒はお前達だよ」


 猛禽は威嚇するように私を睨みながら、スーハの指を抗議するように噛んでいた。……あれ甘噛みだよね?あんな鋭いくちばしで噛まれて痛くないのだろうか。

 あと砂走り達は私を睨まないでほしい。スーハをとったりしないから!


 そうだ、忘れていた。スーハ、あの種何?美味しかったから欲しいんだけど。


 リークが通訳しながら尋ねると、スーハが私や猛禽に見せていた柔らかな表情を消して、答えた。

 それによれば何の変哲もない果物の種だった。通常は煮込み料理に使う果物なので、種はごそっと捨ててしまうらしい。今度からとっておいてもらうように言っておこう。


 そんな話をしながら宮殿を目指していた。今どこら辺なのかな……。

 すると、スーハとカーディーンが同時に「そろそろ来るな」と言った。

 私とリークが何のことだろうと首をかしげていると、あちらこちらでちらちらと舞い落ちる白いものがあった。

 はじめは一枚はらりと砂面に落ちてゆっくりと沈んでいった。次に二枚の葉が砂の上へ、次は三枚と段々落ちる葉が増えていった。


 葉っぱが、落ちてる……。


 視界に映る珊瑚樹林の全てが、風もないのに葉をはらはらとこぼしていた。まるで白い羽が空から降ってきたかのようだ。

 白い羽と言えば、真っ先に思いつくのが月の兄弟だ。兄弟の羽がばさばさと抜け落ちていると想像すると、背中がぞわぞわする。きっと兄弟達がこの光景を見たら、自分の羽が大量に抜け落ちた、あの痒くて苛々する生え換わりの時期を思い出したことだろう。……私、砂色でよかった。


「時間がないな。急ぐぞ」


 どこかものさびしくて、なかなか綺麗な光景だが、カーディーンやスーハに言わせると最悪の状態らしい。

 まず大量の葉が落ちることで悪かった視界がさらに悪くなるらしい。そして次に砂の上にたまった葉が邪魔になるそうだ。たしかに亀鯱達は、体に張り付く葉を煩わしそうにほぉんと鳴きながらかき分けていた。

 そして白い葉の絨毯が出来上がると、次は幹が枝の先から崩れてゆく。さらさらと砂の様に崩れていった。赤や青や白の枝が砂の様にさらさら零れる。ただ眺めるだけならば綺麗でも、その中をかき分けて進もうとすると、驚くほど視界をふさいで煩わしい。

 頭に砂が零れる。ふるふると頭を振って砂を落とす。また砂が零れる。また振る。零れる。振る。…………くぴー!!

 怒った私は幹より高い場所にいけば、砂が頭に振ってくることもないだろうと空を目指す。ついでにあとどれくらいで宮殿につくのかも確認したい。

 魔力の膜を張りながらふわりと空に舞い上がり、珊瑚樹林を見降ろす。白い大地に、いびつな丸い縁の様に砂が広がっていくのがわかった。そして少し遠くに目をやると、意外にも宮殿はすぐそこに見えていた。こんなに近くにあったのに、珊瑚樹林があると見えないんだ。

 美しくて恩恵をもたらす珊瑚樹林だけれど、カーディーン達が憂鬱になるくらいには危険もたくさんあるのだと思った。

 そしてなんとはなしに背後を振り返って私は尾羽を震わせた。

 大きな砂の山が珊瑚樹林を飲み込むようにして、こちらに迫っていた。スーハが気にしていたのはこれのことだったのだ。

 同じように空を旋回していた猛禽がけーんと鳴いた。


 カーディーン!大きな砂の山が迫ってくるっ!後少しだから宮殿に急いで!!


「急げ!大波がくるぞ!」


 私が大声で叫ぶのと、スーハが叫ぶのはほとんど同時だった。

 カーディーン達は速度を上げて、宮殿を目指す。そのころには枝が半ばから折れるように砂になり、頭上から降り注いでいた。危ない!

 カーディーンに合流しようとしたが、崩れ落ちるように進路をふさぐ枝に邪魔されて空から降りられない。

 その時ひときわ大きな幹が横からなぎ倒されるように、カーディーンに向かって落ちてきた。

 カーディーンと亀鯱はそれを避けるが、進路を阻まれてしまった。


「カーディーン様っ!!」


 振り返ったリークが叫んだ。


「お前はスーハとともに先に行け」


 カーディーンは幹の向こうのリークに向かって叫んだ。

 足手まといになるとわかったのだろう。リークはすぐさまスーハとともに宮殿に急いだ。

 カーディーンは亀鯱に繋いでいた小舟を切り離し、すぐさま迂回路をとった。背後には波が迫っている。幹が砂になるまで待っていられない。

 私はおろおろしながらその場でカーディーンを見つめている。


 急いでカーディーン!砂が来ちゃう!


 カーディーンと亀鯱は枝を薙ぎ払い、葉をかき分けるようにして進むが、なかなか前に進めない。


 カーディーン!


 砂の波はすぐそこまで迫っていた。

 私がくぴーと大きく鳴くと、カーディーンが背後を確認し、ちらりと私の方を見た。


「逃げろカティア!」


 するどく叫んだカーディーンの声に、私は恐怖と不安がいっぱいになった。

 そしてそれ以上に、カーディーンを一人にしてはいけないと思った。

 どうして私はカーディーンのそばを離れたのだろう。ここにいてはいけない。カーディーンと共にいなければ。

 理由はわからないけど、強烈にそう思った。


 無我夢中で、私は自分に魔力の膜を目いっぱい纏わせて、枝と砂の零れる樹林のなれの果てへと落下するかのように降りて行った。

 カーディーンがまっすぐ自分の方へと向かってくる私に目を丸くして、何かを叫んでいる。カーディーンの腕がまっすぐ私に伸ばされた。


 私がその腕の中に抱きこまれた瞬間、カーディーンと私は砂の波に飲み込まれた。


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