やってきた潤いの変化
私が起きると、カーディーンはマフディルやリークと一緒に、書類仕事をしていた。
スーハは?
「部下に任せてある。渡しの一族は良くも悪くも目立つ姿なので、事実確認は数日ですむであろう」
そういえばお祭りでもあの肌の色、褐色だっけ。見たことなかったもんね。
陽によく焼けているカーディーンや部下の人達でもせいぜいが小麦色だ。
それにしてもスーハのくれた種が美味しかった。またスーハに会いたい。あれが何の種か聞くのを忘れていたのだ。
また今度あったら必ず聞かなくては、とそんなことを考えている私とは違い、カーディーン達は大蛇の卵を盗んだ人間に関する情報を集めたり、大蛇を倒したことを軍で通達したりと目まぐるしく動き回っていた。
密輸の男達は隣国で売りさばく当てがあったようなのだ。
卵をどうするのかと思ったら、殻を薬にしたり、生まれてきた子供の蛇を食べたりお酒につけたりすると、不老の効果があったりすると言われているらしい。あと単純に美味しいそうだ。
だが、過去に卵を奪って逃げてきた人間を追いかけて、大蛇が国で大暴れしたという記録があり、それ以降国は大蛇に触れることを禁じた。だからこっそり持ちこもうとしたんだそうだ。そこまでして食べたいのかな、大蛇の子供。
しばらくは同じように卵を孵している大蛇がいたら、誰かが悪さをしないか身張ったりしなければならなかった。
けれど大蛇にとっては卵を奪う人間も、守ろうと身張る人間も、どちらも区別なく人間だ。
大蛇から威嚇され、時には襲われそうになりながら卵を見張るのはなかなか恐怖だった。私の尾羽と頬がふるふるし続けていた。
その間にスーハの確認が終わったらしい、スーハは無事に無関係であったことが証明されたそうだ。よかった。
あ、証明されたってことはスーハもうどこかの里に帰っちゃったの!?
種の名前を聞き忘れた!と私ががっかりしていると、カーディーンの部下の人が私に教えてくれた。
「いえ、まだしばらくは滞在すると言っていたので帰ってはいないようです」
じゃあ今度会って種の名前聞かなきゃ。
私がうきうきそう言うと、カーディーンが同意して頭をちょいちょい撫でてくれた。
数日後、私は本日も夜の見回りを無事終えて、カーディーンのお仕事に付き合っていた。
といっても私は邪魔にならないように遊んでいるだけだ。カーディーンの肩から肩を渡ったり、頭に乗ってうとうとしたり、リークの髪の毛を引っ張って怒られたりする。二人の邪魔をしないことが私の仕事だ。
それにしても、さっきからカーディーンがやたら私をふこふこしている。カーディーンは普段のお仕事中は、私が構ってほしくて邪魔しに行かない限りは遊んでくれない。
それなのに今は、机の端っこで私専用クッションの房をひっぱって遊んでいる私を定期的に撫でる、と言うよりは私の羽毛に指を埋めるようにふこふこしてくる、無表情で。まぁ私は別にふこふこされても気にしない。今はカーディーンよりもこの房の微妙なほつれが気になって仕方ないのだ。……あ、とれた。
私がこの房はあとで鳥司に縫い付け直してもらおうと考え、そっとクッションの下に隠していると、しばらく私をふこふこしていたカーディーンが、神妙な表情で私に尋ねた。
「カティア、何やらいつもよりもこもこしているような気がするのだが、私の気のせいか?」
そうかな?
私が首をかしげると、控えていたモルシャがカーディーンの意見に同調した。
「カーディーン様のおっしゃる通りでございますね。いつもより、わずかに御羽が膨らんでいらっしゃるようにお見受けいたします」
リークはわからないと言ってモルシャにわかるようになりなさいと怒られていた。でもモルシャが言うならそうなのかもしれない。私がもこもこする原因ってなんだろう。
そしてカーディーンはそれを確認するために、やたらと私を撫でていたんだね。私の羽毛を触りたくて仕方ないのかと思っていた。
「カティア様、お寒ぅございませんか?御気分がすぐれないなどございませんか」
起きたばっかりだし、元気だよ。うーん、でもいつもよりちょっと寒いかなって感じるかも。お水が多い感じがする。
私がそういうと、モルシャが持参していたらしい夜用の厚手で、肌触りのよい布でくるんでくれた。あったかだ。
カーディーンは私の言葉が気になったようで、立ち上がり外を眺めた。
珍しいことに空には雲がたくさん浮かんでいた。
「明日は雨が来るかもしれぬな……」
カーディーンが呟くと、その場にいた人間の反応はふたつに別れた。
従者や鳥司達は喜ぶような表情に、カーディーン達軍の人は嫌そうな顔になった。
私はどっちの真似をしたらいいのかわからずにきょとんとした。
その後、早く眠ろうとカーディーンが部下の人達に言って、仕事を切り上げて宮殿へと戻ってきた。
私達は水のお風呂を済ませて、モルシャやリーク達から就寝の挨拶を受けて眠りについた。
私は慣れない音に目を覚ました。
外はまだ明るくない。日はまだ昇りきってないの?
さっきから断続的に続くこの水の音はなんだろうとぐるりと周囲を見回した。
音は外から聞こえてくるようだ。重たい布を持ちあげて外をちらりと覗いてみた。
空から水が零れ落ちていた。
か、カーディーン!!空から水が降ってる!!
私は眠っていたカーディーンの元へ飛びつくように戻って、つんつん髪を引っ張って起こす。
私に起こされたカーディーンが、私の慌てっぷりをなだめつつどうしたと聞いてきた。
お水が!お水降ってるよ!!
私は必死にくぴーくぴー鳴くが、この場にはリークもモルシャもいない。
私はもう一度重い布の方へと飛んでいき、布の端を咥えて外!外!とカーディーンに伝えた。
カーディーンが私に促され重い布を持ちあげると、先ほどと同じ光景があった。
カーディーンが手を伸ばすと、手首と手の平がぽたぽたと水滴まみれになった。
私は空を見たが、雲しかない。けれど空から私の頭上に水滴がぽたんと落ちてきた。わりと痛い。
私は体をひっこめてからぷるぷる頭を振って水を飛ばした。毎日全身を油分で整えているからこれくらいの水は弾くけど、この水の中を飛びたいとは思わない。
空が自由に飛べないじゃないか!私はちょっとだけ空をにらんだ。この水滴は誰がこぼしているんだろう。雲かな?
カーディーンはぬれた手を見つめて呟いた。
「雨がきたな……」
どうやらこの水滴は雨と言うらしい。
「……今日は収穫日だな」
カーディーンは憂鬱そうにつぶやいた。
私はそんなカーディーンと雨を交互に見つめながら小さくくぴーと鳴いた。
知らなかった。雨が降ると、砂漠がまっ白な森になるんだね。
カーディーンの宮は砂漠が一望できる。私が見つめた砂漠は、たくさんの白い木々が生い茂っていた。
私が生まれてから初めての雨の日が始まった。