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不思議なスープと闇のざわめき

 幻想的な麦の木を見た後、また暫く見回りを続けて途中で休憩とご飯の時間になった。カーディーン達は切り立つ崖のような岩山を目指している。どうやらあそこで休憩するようだ。

 ところが小さく見えた岩山は、近くまで来てみるとカーディーン二人分はありそうな高さだった。夜はものの遠近感が分かりにくい。


 カーディーン、この高さじゃ登れないね。


「いや、登れるぞ」


 私が言うと、カーディーンはなんの気負いもない声でそう返した。

 私は何をするのか気になったので、カーディーンの頭から飛び立ち、少し離れた場所で様子をうかがっていた。

 カーディーンはほとんど崖のような岩山に近づくと、亀鯱の銅の上に立ち上がり、亀鯱の首をぽんぽん叩いて頭の上に片足をかけた。

 亀鯱はカーディーンが足を乗せている頭をそのまま上に持ち上げた。

 すると亀鯱のもたげた頭と一緒にカーディーンも上へと持ち上がる。亀鯱の頭が一番高いところまで到達すると、その勢いのまま崖を一、二度蹴るようにしてかけ上がり、縁に手をかけてするりと登りきってしまった。この一連の行動が、一呼吸の間に終わってしまった。すごい。

 見れば部下の人達も同じようにするすると岩山の上に登っていた。これは夜軍において当然の技術のようだ。

 そして亀鯱に乗って行動するのがやっとなリークは出来ないらしい。

 部下の人が壁に手をついてもう一人の手を借りてその背中を登り、さらに上から手を伸ばした部下の人達に引き上げてもらっていた。リークもこれ、出来るようにならなきゃいけないのだろうか。大変だ。


 すごいね、カーディーン!


「そうか」


 カーディーン達が乗っても、 亀鯱って潰れないんだね。


「亀鯱のことだったか」


 だってカーティーン達を頭だけで持ち上げるんだよ?重くないのかな。


 体が大きい分カーディーンや部下の人達は重そうだ。槍や弓なども携えているし、どう見ても亀鯱の頭よりカーディーンの体全部の方が大きい。

 私がカーディーンの頭に乗れるのは、私の体がカーディーンの頭より小さいからなのに、亀鯱はカーディーンの体より小さな頭でカーディーンを乗せたのだ。

 私がすごいすごいと感心していると、カーディーンもそうだな、と同意した。


「亀鯱は首の力がとても強いのだ。獲物をしとめるときにしなるような動きで衝撃を与えたり、獲物を持ちあげて砂面に叩きつけて弱らせたりする為に必要なのだ」


 首が丈夫な理由を聞いて、捕食される側の生き物として背中に震えが走った。そんな理由だったんだ……。

 やっぱり肉食じゃなかったら仲良くなりたかったな…………。種族を越えるのって難しい。


 私が内心そんなことを考えている間に、ご飯の準備が始まった。

 お昼の時と違い、基本的にご飯は現地調達するらしい。海砂と言う人間が歩くことが出来ない不安定な場所で、少しでも荷物を減らす為なんだそうだ。

 どうやって調達するのかと思ったら、リークの補助の為に下に残っていた部下の人達は漁師が使っていたような網を取り出し、二人で大きく広げて砂の下に沈めて持っている。

 そこに別の部下の人達が亀鯱とともに、槍をざくざく突いたり、かき混ぜるようにして大きく輪を描くようにぐるぐる回っている。

 部下の人が乗っていない亀鯱達は、潜って槍が届かない砂の下で、同じようにぐるぐると泳いで回っているらしい。そして段々とその輪がせまくなっていく。

 その輪がある程度狭くなってくると、砂面がばしゃばしゃと不規則に跳ねたり動いたりしている。

 一匹の影がばしゃりと砂を掻きわけて飛び跳ねた。


 お魚だ!


 お魚達は、部下の人達が下から掬いあげるようにして引き上げた網の中に捕らわれた。これが夜軍のご飯の調達方法らしい。

 そしてまた分担作業で調理を始めた。リークはお魚さばきを教わっている。お魚はびちびちと跳ねて抵抗しているので大変そうだ。


「さて、リョンドの洗礼が始まるな……」


 カーディーンがリークを見ながら小さくつぶやいた。



「あの……これは俺が何か調理を間違えたのでしょうか……?」


 出来上がった料理を見て、リークがやや顔を青くしながら部下の人に尋ねていた。

 部下の人はにやにやしながらリークに答えた。


「いんや、お前は何も間違ってないぞ。それは正真正銘夜軍料理だ。さぁ、食え!」


 カーディーン様の次に一番いい部位をわけてやったぞ、と部下の人が朗らかな笑顔で器をリークに差し出した。

 私は器を覗き込んだまま固まっているリークの肩に移動して同じように器の中身を覗き込んだ。

 器の中身は、どろりとしたとろみのあるスープだ。香草や魚の切り身、持ち歩き出来る果実などが浮かんでいる。それはいい。

 問題はスープの色と匂いだ。


 ……汚い泥みたいな色だね。あと妙に鼻につく変な匂いがするよ。


「そうだな……。俺、今からこれを食べなくちゃならないのか?カティア、ムーンローズと交換しないか?」


 絶対にやだよ。それにリークはお花食べられないじゃん。


 夜とは言え灯りは十分にある。暗いせいでこんな色に見えているだけ、と言うことはないだろう。

 ヘドロの様な色のスープから湯気が立ち込めている。せっかくの白い魚の身が、煮込まれたことによってややスープの色に染まっている。

 リークがこれを食べなきゃいけないのかと言わんばかりの表情で葛藤している。

 よかった。私はさっき摘んでもらったムーンローズでよかった。

 リークが苦悶の表情を浮かべながら戸惑っている間に、部下の人達やカーディーンはもう食べ始めていた。

 このままでは一人食べるのが遅れてしまうと感じたリークが、一度ぎゅっと目をつぶった後、思い切ってスープに口をつけた。

 眉を寄せてもごもごと口を動かしていたリークが、途中で不思議そうな表情を浮かべた。そして喉がごくりと上下に動いてスープを飲んだ。

 リークはきょとんと首をかしげてスープを見つめ、そしてもう一口スープを食べて、あとは無言でスープを食べている。

 そしてそっと呟いた。


「こんな色と匂いなのに……美味しい……」


 わなわなとした口調でそう言った後、また無言で食べだした。


 え?美味しいの?嗅いだことのない、何とも言えない匂い出してるけど。


「カティア、これは夜軍の者達が一度は必ず通る洗礼だ」


 カーディーンが妙に厳かな口調で言った。


「これは夜軍秘伝の調理法で、軍の者にしか伝わらない料理だ。見た目の悪さと嗅ぎ慣れない匂いで初めて食する者は躊躇する。しかし一度食べてその味を知った者はその癖のある味が忘れられなくなり、定期的にこれを食べたくなってしまうほど強烈な印象の美味しさを誇る」


 すごいのか怖いのかよくわからない料理なんだね。ちなみにこれ何て言う名前の料理なの?


「泥スープだ」


 見た目も酷いが名前も酷かった。

 とりあえずリークが泥スープの虜になってしまったようだ。そしてそれはカーディーンも例外ではないようだ。

 今も私に泥スープの話をしてくれているが、いつもと違っておしゃべりの合間にさりげなく泥スープを食べている。ちなみにカーディーンが今食べている泥スープは二杯目だ。いつのまにおかわりしたんだろう。

 私はムーンローズに匂いが移らないように、みんなとは少し離れた場所に移動して、一人でムーンローズをもしゃもしゃしていた。



 その後、泥スープでお腹を満たしたカーディーン達は、引き続き見回りをする。

 亀鯱も、カーディーン達が休憩中に各々魚などを食べていたようだ。心なしか元気になっている。

 昼と少し順番は違うが、麦の木林を巡っていく。どの麦の木にも根元にムーンローズの絨毯があった。


 ねぇ、昼間のムーンローズはどこにいるの?


「夜にしか咲かない花なので砂の下にもぐっているか、夜が終わると枯れて砂の下で眠っているのではないかと言われているな。夜になるといつの間にか砂から生えてくるらしい」


 詳しいことはカーディーンにもわからないらしい。砂漠には不思議なことがいっぱいあるんだなぁと思った。


 また次の麦の木林へと移動する途中、ざばんと大きく砂が叩きつけられるような音がした。


「向かうぞ」


 カーディーンのひと声で全員が音のした方へ大きく進路を変えた。

 音は段々と大きくなり、複数の獣の唸り声と砂が波打つ音、そして人が叫んでいるような声がした。そして泣きたくなるほど清らかで高い音色がりーんと夜空に響いた。


 綺麗な音……。


 その音を聞いて、カーディーンが小さくつぶやいた。


「……襲われているのは『渡し』の一族のようだな」


 カーディーンの声に険しさが増した。

 音のする方を見据えても、広がるのは暗闇ばかりだ。しかし断続的に聞こえる音が、確かに何かが闇の向こうで蠢いているのだと本能に訴えかけた。

 私は頬を膨らませながら、夜風を切って高く舞い上がった。


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