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月長の暦の始まり

「まぁ、わたくしにこれをいただけるのですか?」


 モルシャが手に乗せた飾り石と私を交互に見ながら私に尋ねた。私は胸を張って応える。


 そうだよ!私がモルシャの為に選んだの。光が当たるとその部分がモルシャの瞳の色にそっくりなの!


 私がそう言うと、モルシャが石を持ちあげて光にかざす。

 すると、石が反射した光が輝く緑色になる。

 それをみたモルシャの深緑色の瞳が柔らかく細められた。


「カティア様、とても嬉しゅうございます。この石はわたくしの宝物でございます」


 いつもより特別優しく笑うモルシャに私はほっこりした気分になった。

 モルシャにお土産を買ってきてよかった。

 カーディーン達と脱走したことが、タテマエで形式的とは思えないほどしっかりとお説教されたことにちょっとへこんでいたのだが、モルシャの笑顔で尾羽がぴんと上を向いた。


 そんなことがあり、私は夕長の暦の残り二日間は書類仕事をするカーディーンと一緒に過ごしていた。まぁ私はおおむね頭に乗ってうとうとしていただけだ。未だに時間をずらすことに体が慣れなくて眠たくなるのだ。カーディーンは私が眠たくなった時の為に、私がすっぽり入る袋を服の内側につけてくれた。

 私は眠たくなったらカーディーンの襟元からその袋に入り、顔や尾羽をカーディーンの首元から出しながらすやすやする。カーディーンからはなるべく尾羽は出さないでほしいとお願いされた。鎖骨に当たってくすぐったいらしい。



 そんな夕長の暦を終えて、いよいよ本格的に月長の暦が始まった。

 昼が短く、夜が長い季節だ。

 人々の生活にも変化が訪れる。

 まず大きく変わるのは服装だ。

 アファルダートでは朝昼は薄手、夜は厚手の服を着る。

 陽長の暦の間は薄い服を着ている時間が長く、月長の暦は分厚い服を着ている時間が長いのだ。

 なので宮殿に働く皆の服装が少し分厚くなった。寒い時間の方が長いので、途中で着替えるのが大変だから初めから分厚い服を着ておくのだそうだ。王族や貴族は途中で着替える為、朝は今まで通りの薄い服を着ているらしい。

 服装自体が大きく変わったわけではないが、生地の厚みや素材で似た作りの服なのに受ける印象が変わるのって不思議だなって思った。

 私は常に自前の羽毛だから変化がない。人って羽毛がないから布を重ねないと寒いんだそうだ。

 そんなわけで夜に行動するようになったカーディーンの服も生地が分厚くなった。なので服につけてくれた寝袋は、カーディーンの体温で適度に温くなって入っているとすぐ眠たくなる。これは危険な誘惑だ。やはり私の居場所はカーディーンの頭の上に限る。


「カティア、明日からいよいよ夜の砂漠の見回りに出る」


 え?カーディーンはお昼の見回りじゃないの?


 私はカーディーンの言葉に首をかしげて尋ねた。


「私は陽長の暦は昼、月長の暦は夜の見回りをする。砂漠にいる時間が長い方の責任者だ」


 短い時間は副官のササラが責任者になるので、月長の暦はササラが昼に見回りをするらしい。


 だから最近ササラがずっとカーディーンやマフディルとおしゃべりしていたの?


「そうだ。引き継ぎの書類や確認があったのでな」


 じゃあ私、明日から夜の砂漠に行くんだね?楽しみ!


「そうだな、カティアは夜の砂漠を間近で見たことがないから珍しいだろう。砂漠は昼と夜でがらりと姿を変えるからな」


 そういえばトカゲの脱皮は終わったの?


「早いものはもう終えたようだな。まだ完全ではないようだ」


 そっか。苛々してるトカゲに乗るのってちょっと怖いんだよね。


 私がしばらく会っていない大トカゲを思い出すように言うと、カーディーンが言った。


「いや、夜は別の生物に乗るのでトカゲとは会わない。トカゲは夜の砂漠には入れない」


 あれ?あ、そういえばそんなことをかなり前に言っていたような気がする。雛の時だったからあんまり覚えてないけど。


「カティアはまだ、夜軍の騎獣には会ったことがなかったな」


 リークも会ったことないよね?リークは夜の騎獣にちゃんと乗れるのかな?


 私が気付いて大丈夫かと心配すると、カーディーンが問題ないと言った。曰く、リークは夕長の暦の少し前から夜の騎獣に会っていて、訓練を行っているらしい。

 そういえば最近リークが、夜はどこかで別の仕事をしていた。現在も私の通訳をしているのはモルシャだ。どこに行っているんだろうと思っていたのだが、夜の騎獣に乗る練習をしていたようだ。

 私が知らない間にずるい。



 翌日、私はカーディーンやリーク達と夜の見回りに出ることになった。私と夜の騎獣の初顔合わせの日でもある。

 カーディーンはいつもよりつるつるした服を着ている。特に下半身や靴はぎゅっと固定されてある。上半身はつるつるの生地も使用しているが、内側に毛皮を重ねていて動きを阻害しない限界まで防寒対策をしているようだ。宮殿でも寒いのだから、夜の砂漠は遮るものがなくてとっても寒いのだろう。つるつるは持ち歩き出来る皮布と同じ生地らしい。以前にスープは入れられないと言っていたはずだと尋ねたら、あれは器の形じゃないから入れられなかっただけで、このつるつるは水分をはじくのだそうだ。

 あと武器が月刀剣ではなく長い柄の先に刃がついた槍になった。夜の砂漠では槍と弓矢が中心の戦い方になるそうだ。腰には二つの灯りをくくりつけている。丈夫で丸い小さな器に入れられた数匹の灯り魚と、それより少し大きめの四角い器に入れられた小さなクラゲだ。なんで灯りをふたつも用意するのかと尋ねたら、魚は自分の位置を知らせたり周囲を灯す為、クラゲは強い光で遠くを照らしたりするのに使用するらしい。クラゲの器は一面をのぞいて全て光を通さないように加工されており、その一面も開閉式の蓋で光を閉じ込めることもできるようになっている。カーディーンが蓋をかぱりと開けると、クラゲの強い光が遠くまでを照らした。魚の灯りよりずっと強くてはっきりしている。ただ近くで照らされると、ものすごく眩しい。きっと自分の周囲を照らすなら魚の方が向いているから、わざわざふたつ灯りを持ち歩くのだろう。


 器の周囲を覆ってしまうと光の出口が一つしかなくて、そこからだけ強く光をこぼすんだね。


「そうだ。夜の砂漠にいくのならば必要な灯りだ」


 夜の砂漠に向かう準備を終えたカーディーンが移動したが、大トカゲ達がいる厩舎の方角ではなく、砂漠へ続く門の方角に向かっている。


 カーディーン、夜の騎獣はどこにいるの?


 私が頭の上から尋ねると、カーディーンは歩を進めながら教えてくれた。


「夜の騎獣は放し飼いにしている。夜の砂漠を移動する生き物だ。昼間にどういう生活をしているかわからないので王宮で飼うことが出来ぬのだ。夜になると、笛で呼んでやってくるように躾けている」


 そんな話を聞きながら軍の使用する砂漠門に到着した。

 門が開かれると、夜の砂漠が現れた。辺りは真っ暗で、青みを帯びた黒い夜空に輝く白い砂をちりばめたように星がまたたいている。そして月が浮かんでいる。月が見守る夜の世界だ。

 暗い夜の砂漠は月の光に照らされて砂が青白く輝きながら、ゆっくりと互いにぶつかるように揺れている。まるで砂をこぼしているかのようにその動きは流動的で、水のようだった。

 昼の砂漠は風の音くらいしか聞こえないのだが、夜の砂漠は砂がざざん、ざざん、ざぷん、ざぷんと揺れる音が聞こえた。


 不思議……、地面が動いてる!砂漠から音がする!これ波って言うんだよね?なんで海砂ってずっと揺れてるの?波って誰が揺らしてるの?


 私がカーディーンの頭の上で大興奮しながら尋ねると、カーディーンが少し考えるようなそぶりをした後、答えた。


「誰が揺らしているか、か……。考えたこともなかったな。私にとっては夜の砂漠が揺れていることは当たり前のことだったからな。だが、夜の砂漠には沢山の生き物たちがいる。そして上からでは見えぬが、この砂の下で活動しているはずなのだ。おそらくこの揺れは、その生き物たちが動いているから生まれる波ではないだろうか」


 そっかー。波って海砂の生き物たちが生きてる証だったんだね。


「少なくとも私はそう思うな」


 カーディーンが言った。

 そして、門の向こうに向かって小さな笛を力いっぱい吹いた。甲高い悲鳴のような、空を破ってどこまでも遠くへ飛んでいきそうな音だった。

 思わずびくっとカーディーンの頭で縮こまる。

 しばらく待っていると、遠くの方で笛の音に呼応するかのように生き物の鳴き声が聞こえた。

 そして遠くの方で何かがこちらにやってくるのがわかった。私はワクワクと夜の奇獣がやってくるのを待っていた。

 遠すぎて黒い影が砂面に少し頭を出しているようだった。そしてその頭の上からはふたつの角が生えていた。

 その角になぜだか本能的な恐怖を覚え、私のワクワクがびくびくに変わった。

 肉食獣の気配がした。



 ……ちょっと待って。大丈夫だよね?


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