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砂漠のお祭り

 さて移動しながら店を冷やかしていたのだが、途中からお買い物はリーク担当になった。

 カーディーンは値切らないのだ。本人は「祭りなのだから多少適正価格より値が上がるのは仕方がない」とのことなので気前よく払っていたらしいが、リークが「高すぎる!」と言って値切り始めた。

 リーク曰く「向こうも多少値切られることは覚悟で吹っ掛けてきている」らしいので、むしろ値切らないとやたらと高額になるらしい。

 そんなことがあり、基本的には私やカーディーンが欲しいと目をつけたものを、リークが値切り交渉して買うことになった。リークは慣れた様子で店主とやり取りしている。

 最初に決めた「お忍びの貴族とその護衛」という役割はどこにいったのだろうと思ったけれど、何も言わないでおいた。

 途中でカーディーンが石彫り人形の店に目をとめた。


「おう旦那、気に入ったのがあったら手にとってくれてもいいんだぜ?」


 石人形をじっと見つめるカーディーンに、手元で石を彫りながら店主が声をかけた。

 カーディーンはひとつの石彫り人形を手に取った。守護鳥を模した人形だ。


「あぁ、それは守護鳥様だよ。お守り代わりにもなるし、人気の品だ」


 店主はにこやかにそう言ったが、私の兄弟達に似たその人形をカーディーンが手に取ったことに、私はちょっと頬を膨らませた。

 すると私が頬を膨らませているのには気がつかないカーディーンは何気ない様子で店主に聞いた。


「頼めばこの場で作ることもできるのか?」

「実物さえありゃあな」


 それを聞いたカーディーンはふむ、と頷いて肩の私をそっとその場に下ろした。


「彼女を模して作ってくれ」


 お?という一瞬の疑問の後、理解した私は大興奮である。

 快く了承した店主が私をじっとみるので、私は自分が一番素敵に見える格好で胸を張った。

 すると店主がおもむろに私の翼を広げる様に掴んだ。そして、くるくるといろんな角度からまじまじ私を確認された。

 店主は手の平より少し大きめな四角く切り出した石に、大まかに私の形をがりがりと刻んだ。え?これ本当に私になるの?

 店主が作るのに時間がかかるからまたあとでとりに来いと言ったので、前金を払ってまた移動する。

 向こうでわぁっと歓声が上がったので見に行くことにした。

 近くに行くと、子供達が歓声を上げながらぐるりと輪になって座っている。

 どうやら見世物が始まったようだ。

 一座が膝に挟んだ太鼓や笛の音を響かせ、手首に鈴の装飾をつけた女性達がくるりくるりと踊っている。


 あのひらひらの布って、なんでこんなにワクワクした気分になるんだろうね。


「なぜだろうな」


 私が首をかしげながら尋ねると、カーディーンも同じように不思議そうにつぶやいた。

 女性達の踊りが終わると、今度は物語の様だ。


 一人の男の人がふらふらとした足取りで歩いている。

 その向かう先には一人の神々しい衣装の人が立っている。

 芝居がかった口調で男の人は告げた。


「太陽の神よ!どうか、この地に恵みを与えたまえ。この地に暮らす人々にお慈悲を!」

「ならばそなたの幸福を捧げよ。さすればこの大地に実りの祝福を授けよう」


 どうやら神々しい衣装の人は太陽の神だったようだ。

 そんな出だしから始まった芝居は、どうやらこの国の創世の物語らしい。

 男は太陽の神から麦の木をもらったようだ。これが実りなんだろう。そして男の目の前には砂漠の獣や数々の困難が襲って、男は何度も倒れそうになった。楽の音と演じる人間達の動きで、砂しかない辺りには時に大きな獣が現れ、時に巨大な麦の木が見えるようだった。

 お芝居だとわかっていても、なかなかの臨場感だった。おもわず翼がぐっとうずいてしまう。

 そして男が太陽の神の試練に倒れそうになった時、ぐったりとした男を抱えて恋人が切々とした声で月に願った。


「月の神よ。どうか彼をお助け下さい。太陽の神の試練に打ち勝つ力を与えて下さいませ!」


 月の神が降り立った。

 月の神は恋人に告げた。


「ならばそなたは月の国の住人となるのだ」


 そして恋人は月に向かうための翼を授けられた。女性がふわりと衣を脱ぐと、まっ白で羽の様な意匠の姿になった。

 そして男に別れを告げると、そのまま月の神と共に月の世界へと行ってしまったようだ。あたりから鼻をすするような音がちらほら聞こえた。

 その後、男に訪れる神の試練が和らいだ。だが男は彼女を想って月に涙した。彼女は月の世界で男を想って彼の幸福を祈り続けた。二人の姿に心打たれた神が自分の支配する夜の世界を月の世界に繋がるようにと、砂漠を海に変えた。

 そして砂漠の海を渡って月から女性が一人やってきた。まっ白な鳥の様な姿の女性だ。

 鳥のような姿の女性は男と話が出来なくなったようだった。男のそばで幸福を歌うその女性は、微笑むばかりで男と会話をしようとしなかった。

 男はそれでもいいんだと笑っていた。

 最後は二人が手を繋いで静かに笑っている。笛の音が静かに静かに最後の音を残して、そこで終わりを告げた。






 まるで鳥みたいだったね。


「いや、あの女性は本当に鳥だったのだ」


 私がカーディーンにそう言うと、カーディーンが答えた。


 どういうこと?


「つまりだな。あれは王家と守護鳥の祖先の物語だ」


 え?私って昔は人間の女性だったの?


 衝撃の事実に私がびっくりしていると、カーディーンが違うと訂正した。


「大まかな筋は間違っていないが、あれは脚色された物語だ。始祖の王の伝承に関しては記録が曖昧でわからない部分が多いのだ。だからアファルダートには、細やかな部分で様々な可能性を示唆する物語が多くある。

 先ほどの物語は始祖の王となった一人の男と、男を助ける為にその身を捧げた恋人の話を中心に描いた悲恋の物語だ。鳥となった恋人と男はしゃべれなかっただろう。けれど再び出会うことは出来た。そういう物語だな」

「ちなみにさっきの話は月の国に行ったと表現されていたが、もしかしたら命を捧げて男を救ってほしいと願ったのかもしれない、という説もあるな」


 カーディーンの説明に、リークが補足をしてくれた。

 他にも男の恋人に月の神が恋をして自分の世界に連れて行ったとか、太陽の神が男に惚れて、けれど恋人がいることに怒って幸福を奪った。それを恋人が月の神に助けを求めたりする話もあるらしい。神様に性別はないようだ。


 色んな物語があるんだね。


「王家としては王家と守護鳥が国民に親しまれて、敬われているのならば、多少の脚色には口うるさくは言わぬのだ」


 他にも子供達が好きそうな、冒険に比重を置いた物語もあるようだ。私はそっちを見たかった。


 でもちょっと人間になれないのは残念だな。


「人間になってみたかったのか?」


 カーディーンが少し意外そうな声で言うので、私はそうだよ、と言った。


「だってカーディーンと直接お話できるじゃない。カーディーンは私の声がわからないから、誰かに通訳してもらわないとお話しできないでしょ?私カーディーンと二人だけの秘密のお話が欲しいの!」


 私がそう言うと、カーディーンが「そうだな」と呟いた。


「私もカティアと話をしてみたいな。だが人間になったら、こうやって手の中に包むことは出来ぬであろうな」


 そういって肩から私を掴んでにぎにぎしてくれた。ふぁー。


 あ、やっぱり私人間にならなくってもいいや。


 私がにぎにぎされつつ目を細めながら言うと、カーディーンとリークが笑った。


 その後、丸くて平たい石を投げて相手の石を弾きながら自分の石を的の中心に置くという、石投げの勝負でカーディーンが複数の客と争い、なかなかの好成績を叩きだした。

 残念ながら前評判で石投げ名人の異名を持つおじさんに負けてしまったが、私は大興奮でカーディーンを応援していた。見守っている他の客に混ざって一緒に一喜一憂するのって楽しい!なんでみんな一斉に「おぉー」とか「あぁー」とか言っちゃうんだろうね。

 そしてその優勝したおじさんが、カーディーンに美味しい砂漠蒸しのお店があるよと教えてくれたらしいので、そこ店に行ってみることにした。

 砂漠蒸しは他のお店と違って敷物が敷いていない。というか正しくは砂漠蒸しのお店は他よりなわばりが広い様だ。そして何かを埋めて、それを掘り起こしてお客に渡している。


 何のお店なの?


「みればわかる。夕長の暦の時しか食べることの難しい料理だ」


 行列に並んでしばらくおしゃべりしながら待っていたら、私達の番になった。

 お店の人にお金を払うと、お店の人が足元の砂を見比べて、厚手の布を巻きつけた手で、もこっとした砂を掘り起こした。そしてお店の人が砂の中から掘り起こしたのはひとつの器だ。

 蓋がついた背の高い花瓶の様な器だ。お店の人が蓋を開けると香草等の香りが溢れてきた。器を傾けて口の広い器に中の料理をごぽっとこぼす。二人分頼んだので器をふたつ器にごぽっとして盛りつけは終了らしい。

 カーディーン達はその器を受け取って、近くの空いている砂漠へそのまま座り込み、お皿代わりの皮布を取り出して食べ始めた。私は事前に買ってきていたカーディーン達の食後の果物を、先に剥いて食べさせてもらう。


 カーディーン、これ何のお肉?


「砂ヤギの肉だな。他にも麦や色々な肉の食材がふんだんに使われている。これは熱を伝えやすい器に食材を入れて、砂漠の砂の熱だけでじっくり蒸し焼きにしてあるんだ。砂漠に食材を長時間埋めていられる夕長の暦の時期しか出来ない料理だ。宮殿や家でも出来なくはないが、とんでもない手間だな。砂漠だと埋めておくだけで火の調節をしなくていいから楽なのだ」


 蒸し焼きにするとお肉が柔らかく、また素材から出てきた水分がたくさんの味を吸って、美味しいスープが出来上がるのだそうだ。みんな周りで同じように、はふはふと頬張っている。どうやら蒸し焼きにされた果物も入っていたようだ。小さい赤い果実がちょっとくったりしている。

 私は果物をもしゃもしゃ食べる。すっぱ美味しい。頬がきゅうっとなるような酸っぱい味とたっぷりの果汁で水分が満たされる。酸っぱい果物は口の中がさっぱりしていて好きだなぁ。果肉がぷちぷちとしているので、口の中が飽きなくって楽しい。見た目もまるできらきらとした宝石の様だ。いや、食べられる分宝石よりも素敵かもしれない。宝石は綺麗だけれど食べられないし。

 ここにお花があれば言うことなしなのだが、さすがに高級品のお花は売ってないそうだ。そういえば私、いつも高級品食べていたんだ。


『月の美貌の乙女』という催し物があるそうだ。


 これなに?


「簡単にいえば、美人を選ぶ催し物だな。たしか初日に美女を、次の日に美男を、最終日に恋人同士を選ぶはずだ」


 月の美貌……私出るよ!!


 優勝賞品の花束が気になるのだ。私が俄然張り切って出場を宣言すると、リークが無理だろと笑った。


 私、月の守護鳥だよ!メスだよ!一番月の美貌の乙女にふさわしいじゃない!!


「出てみりゃわかるだろ」


 リークがそう言ったので、リークの手に乗って出場参加を申し込みに行った。カーディーンはその場で待っていることになった。

 しばらくして頬を膨らませて戻ってきた私とリークに、カーディーンは何があったかおおよそ察したらしい。私はカーディーンの肩に飛び乗ってぷりぷりと言った。


 見る目ない!私守護鳥なのに!!羽の艶々感では絶対負けないのに!鳥はちょっと……とか言われたーっ!


「それはそうだろうな」とカーディーンがしみじみ言いながら私をなだめる。

 私はまだ頬を膨らませながらまだ怒りがおさまらずに続けた。


 しかも鳥はちょっとって言ったその口で、リークに出場しないかって言ったんだよ!?リーク、オスじゃん!


 カーディーンは静かに怒っているリークの表情を見ながらなるほど、と呟いた。


 その後食べ歩きをしたり、珍しい物を物色したりしながら時間を潰し、若い未婚の女性で構成された夕陽に捧げる舞を見に行った。

 お揃いの真っ赤な衣装で露出した女性達が輪のように束ねた真っ赤な花を持って輪になって踊るのだ。これは三日間の祭りの最後の時間に必ず行われる舞なんだそうだ。

 この舞には途中から子供や大人達も参加することが許される。私も参加した。というか私を肩に乗せたカーディーンとリークが参加した。輪の中心の女性達の真似をしてなんとなく音楽に乗ればいいだけと言うお手軽な舞だった。「砂漠を歩かせてくれてありがとう」と夕陽の神に感謝の気持ちさえこめておけば、後は楽しく体を動かしていればいいらしい。

 参加すると真っ赤なお花を一輪もらえるのだ。

 先ほどの見世物の女性達の方がずっと踊りが上手だったが、楽しさはこちらの方が上かもしれなかった。

 ちなみに未婚の女性達が踊っているので、未婚の男性が意中の女性に花をもらって話をするきっかけを作ったり、一緒にお祭りを楽しみませんかと誘ったりもあるらしい。子供達は輪の間を走り回ったり手を引かれて親や友達と一緒に踊ったり、私はカーディーンとリークからもらった花を食べて楽しんでいる。

 そろそろ帰る人達で門が混雑すると言う話だったので、一足先に舞を抜けて門へと戻る。

 その道中でカーディーンが石彫りの店に向かった。


「はいよ、出来てるぜ」


 そう言って店主が石彫りの私をことんと差し出した。

 わざと石の半分をそのまま残して、まるで石から浮かび上がって飛び出したきたかのような私の姿があった。石のひんやりとして硬質な存在感と、ぴんと伸びた尾羽が生き生きとした作品だ。今にも羽ばたきそうに翼を広げている。


 すごい、私がかっこいいよ!


「これはよいな。では残りの金だ」


 カーディーンも満足して石彫りの人形を受け取った。


「すまぬな、カティア。私が祭りに来られるのは今日だけだ。明日からはまた仕事に戻ることになる」


 うん。わかってるよ。カーディーンは忙しいもんね。一日だけでも楽しかったよ!連れてきてくれてありがとね!


 私がくぴーと鳴いてお礼を言うと、カーディーンが目を細めて小さく笑った。



 私は自分の人形にとってもご機嫌になって、くふくふとした気分で夕長のお祭りを後にした。


 お祭り、楽しかった!


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