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にぎやかな砂漠

 やや静かな町をぬけて砂漠へ続く門にたどりつく。

 カーディーンもリークもいつもより簡素な服だ。生地の触り心地が悪いのでずっとカーディーンの頭に乗っていたいのだが、ただでさえ長身で存在感があり目立つカーディーンと、見る人が振り返るリークの容姿があるのに、私が頭に乗っているとさらに目立つからという理由で私はカーディーンの肩に乗っている。

 あと私が野鳥でないと証明するために、首に簡素な生地の布を巻かれた。いつもの鱗石の首飾りで良いじゃんと言ったら、高級品すぎてカーディーン達の恰好と違和感があると言われた。うぅ、擦れる生地の感覚がやだなぁ……。

 門をくぐると世界が変わったかのように賑やかだった。

 いつもは青い空と砂漠が広がり風の音しかしないのに、今日は空が赤くて砂漠はきらきらして、人がたくさんいて活気にあふれている。賑やかな喧騒や音楽、笑い声があちらこちらから聞こえる。

 なんでこんなにワクワクするんだろう。楽しい空気って伝染するんだね。

 あちらこちらに砂漠の上に直接敷物を敷いて、長い棒をひとつ突き刺して棒の先と地面の二か所に三角の布を器用に張って日よけにしている。

 そして敷物の前にはずらりと籠が並び、様々な品物が入っている。あちらこちらで並んだ品物を見たり、店主と値切ったり合戦をしている人達がいた。

 どうやらお店はだいたい似たような商品を並べるように場所が固まっているようだ。カーディーンに聞くと「服の布を売っている隣で食べ物を売ると、匂いが移ると店同士のもめ事になるから」と言っていた。あと場所が固まっている方が、同じ目的のお客さんが集まりやすいからだとも教えてもらった。

 大人から子供まで、お祭りの期間は上機嫌でお金を出してくれるので、お店の人達はこの時期が稼ぎ時なのだそうだ。楽しそうにお店を巡る人と、そんなお客相手に一生懸命自分の売り物を紹介しているお店の人はそれぞれの在り方でお祭りを楽しんでいるようだ。

 子供達は笑い声をあげて砂漠を走り回って転んで砂まみれになっている。近くの大人達はそんな様子を見て笑いながら、品物を楽しそうに眺めている。お店の人達はそんなお客の相手をしながら値切り合戦を繰り広げ、ひとつでも多くの品物が売れる様に色んな人に声をかけている。

 なるほど、楽しいが伝染するわけだ。みんなが楽しい時間を共有しているんだ。

 私達もさっそく小物を売っているお店に向かって人の流れに乗った。



 いつもはカーディーンに半歩遅れてついていくリークだが、今回はほとんど隣に並んで歩いている。

 二人が並ぶとどうしても目立つので、リークが貴族のお忍び役でカーディーンはお目付役兼護衛役といった体で通すようだ。実際他の人にもそう見えているらしく、二人が並んで店を見ていると店主は必ずリークに声をかける。リークには繕ったような丁寧な言葉で、カーディーンにはぞんざいな口調で気さくに話しかけるあたり、ただ単にリークの方が話しかけやすいからというわけではないだろう。どっちにしても主はカーディーンの方なんだけれど。

 カーディーン自身は全く気にしていないようだが、リークは恐縮しっぱなしだ。ちょっと動揺して目が泳いだりしているところが、余計に慣れない場所に来たお貴族様にみえるのだろう。

 堂々と隣の店の果物を眺めて、店主の説明を受けながら一番新鮮なものがどれか目利きしているカーディーンを見習ったらいいのに。あ、私としてはその隣の果物が美味しそうな予感がする。

 結局、私目利きの新鮮な果物を二人分購入した。手の平サイズの実がぎっちり詰まっていそうな橙色の果物だ。店主が慣れた様子で果物に長い串を刺し、そのまま隣に用意してあった火であぶり始めた。


 ちょっと何してるの!?


「大丈夫だ、あれは炙って食べる果物だ」


 カーディーンがそう言っている間にも、果物は煙を出しながらどんどん焦げていく。……燃えちゃわない?

 店主がくるくると器用に串をまわしていき、果物はあっという間にまんべんなく真っ黒に焦げた。あぁ……。

 店主は全身くまなく焦げた果物から串を抜いて、ナイフで大きな十字の切り目を入れてカーディーン達に差し出した。

 そのままだと熱そう、と思っていたらカーディーンもリークも懐からつるつるした手の平より少し大きな厚手の布を取り出して、そこに果物を乗せて持っていた。

 持ち歩きのできるお皿代わりの布で、元は動物の皮を加工したものらしい。スープ等の液体は入れられないが、祭りの店で売っているのは大半が食べ歩きするものなので、みんなこの布で受け取って食べるんだそうだ。よくみると、確かに他の人達も食べ物を似たような布で包んで食べている。匙も持参しなければならないそうだ。

 カーディーンが匙で切れ目をべりべりと広げた。黒焦げの果物は中身の方は焦げていなかったらしく、実は皮より少し黄色みが強い橙色で、外はちりちり中はじゅわじゅわと湯気を出している。

 炙られて実が減ってしまったのか、半分より少し多いほどしか実がない。そのかわりに果汁が煮汁のごとく詰まっていた。浮かんでいる緑の粒は種だろうか?

 カーディーンが匙で実を掬って、少し息を吹きかけてから食べた。匙で掬っている様子に果実の弾力感はなかった。とろとろになっているんじゃないだろうか?

 カーディーンはもぐもぐと咀嚼した後、小さく一度頷いてから、今度は先ほどより少し少なめに実を掬い、先ほどよりも息を何度も吹きかけた。時々唇の先で果実にちょんちょんと触れてはまた息を吹きかけるを繰り返した後、私に匙をずいっと出してきた。どうやら私の為によく冷ましてくれたらしい。

 実を食べると、とろりとした滑らかな食感が口の中に入ってきた。続いて芳醇な香りと、果物特有の瑞々しい甘さが口の中いっぱいに広がった。種らしき粒はぷちぷちとした食感で、潰すと口の中に酸味が広がって、実の味が変化して飽きることがない。


 何これ美味しい!


「それはよかった。これは炙って食べる代表的な果物だ。そのまま食べようとすると歯がやられる硬さの上、とても食べられたものじゃない苦みがある。だが炙るとこの苦みが甘みに変化するんだ」


 そう説明しながらカーディーンはもぐもぐと果物を食べている。代表的な……つまり他にも炙って食べるものや、もしかしたら湯がいて食べる果物もあるのかもしれない。アファルダートは日中とても熱い国なので、大抵の料理は一度何らかの形で必ず熱してから食べる。私は基本的に鮮度が命の食事なので、炙った食べ物など出てこなかったから知らなかったが、アファルダートでは火を通せるものならば、果物でも熱して食べるのが普通の様だ。リークはカーディーンよりも冷ましている時間が長い。熱いのが苦手なのだろうか。

 私はカーディーンとリークに交互に果物をもらった。美味しい。煮汁の様な果汁も美味しかった。不思議なことに、果汁もまるで生の果物を絞ったかのような瑞々しさがあった。それなのに、やはり火で炙った通りの実の旨みが凝縮されたような濃厚さも持ち合わせているから不思議だ。私はよく冷ましたものをもらったのでわからないが、熱々でも瑞々しいのだろうか。

 食べ終えた焦げた皮はどうするのかと聞いたら、お店に渡すのだと言う。どこのお店でもいいので食べ終えたものを渡すと店の人がにこやかに受け取ってくれるのだ。これはあとで全部集めて肥料にするらしい。お店側は集めると量に応じて報奨がでるらしい。なのでどのお店でも食べ物の残りもの集めには協力的なのだそうだ。

 そんな雑談を交えながら飾りもののお店や服のお店を見て回る。浅くて広い籠の中に乱雑に置かれた飾り石が夕陽を反射して輝いていた。ただの綺麗な紐を通しただけの石なのに、お祭りの雰囲気の中だと欲しくなってしまうようだ。女性達が石を見比べて唸っている。その少し後ろでは男性達が仲良く何かを食べながら雑談をしていた。女性はわかるけれど、男性は何をしているんだろう?

 私もちょっと石選びに混ざりたいと思った。しかし置いてある石は私がつけるには重くて邪魔になりそうだ。それにきらきらぐあいでは鱗石には勝てない。


 そうだ、モルシャ!モルシャにあの石あげたい!!


「そうか、では土産にひとつ選ぶといい」


 わーい!


 理由を見つけて私は嬉々として石選びに混ざりに行った。

 籠の上にでんと私がやってきたことに、女性や店主がびっくりして追い払おうとしたが、カーディーンが「その鳥は私の連れだ。女として自分も石を選びたいらしい。金は私が払うから好きなように選ばせてやってくれ」と言うと、くすくすと笑いがおこって「売物に傷をつけないならば」との条件で了承された。

 籠の前にしゃがみこんで手を伸ばし合う女性達と違って、私は籠の中に直接立っているので自由に動き回れる。だが売物の石を踏まないように歩こうとすると、これがなかなか難儀だった。籠の上はぐらぐらと安定が悪くて素材に爪がよくひっかかるのだ。その上石も避けなくてはならないから、転びに転ぶ。羽毛がふかふかでよかった。なんか周りからほっこりした目で見られている。

 私はそんな周りの目は気にせずに石を吟味する。モルシャに似合うのはどれかなー?


「おちびさん、好きな色の石はあるの?」

「普通は目の色や髪の色にあわせたりするんだよ」

「あとは良く着る服の色なんかにも合わせたりするが、鳥のあんたには関係ないねぇ」


 女性達が真剣に悩む私を面白がって見つめながら、選び方の助言をくれた。なるほど、目や髪の色かぁ……。


 モルシャの目は深い緑色だから、緑の石にしようかな?


 私が緑の石を中心に悩みだしたのを見て、さらに女性達がこっちの石は色がいいとかあっちの石は形がいいだとか、いろいろ言ってくる。

 あんまりたくさん言われるとわかんなくなるから、ちょっとほっといてほしい。

 なかなか選べずに、石の間を行ったり来たりしながら見比べる。途中でめんどくさくなって、気になる石を全部近くに集めてきた。男性が後ろで雑談している理由が分かった。女性達と一緒にお祭りにきた人達だったんだ。

 私は様々な意見に翻弄されながらも、ひとつの深くて暗い色の緑の石を選んだ。綺麗な丸い形だが、女性達からは色がよくないと反対されてしまった。だが、私が頑なにその石の紐を咥えて放さないでいると、カーディーンが私の意図をくんでその石を買ってくれた。私はカーディーンにすりすりして感謝を伝えた。カーディーンは私の頬ずりを受け入れながら小さく笑った。

 値切りもせずに言われた値段をぽんと出したカーディーンを店主が大いに褒めちぎって「小鳥を連れた旦那は飾り石を気前よく買ってくれるいい旦那だ。女を連れた旦那方はさぞや気前のいい旦那なんだろうね」と言ってにやりと笑った。それを聞いて後ろの男性達がぎくりとした表情や声をあげ、男性の一人が同じように少し上ずった声で石をいい値で連れの女性に贈ったらしい。女性は私と同じようにするりと男性に近寄って頬ずりして感謝を伝えたらしい。まわりの人達が歓声を上げていた。


「どうやらあの二人は若い恋人だったようだな」


 なんでそう思ったの?


 店を離れながらカーディーンがそう言ったので、私は聞き返した。


「男から女に首飾りを贈るのは貴族の求婚の真似事なのだ。王族や貴族は男が首飾りと手首を隠す飾りを、女が首飾りと額を隠す布を贈り合って互いに求婚して婚姻の約束をするのだ。民が首飾りだけを贈るのはそれに倣った恋人に愛を伝える作法のひとつだな」


 民は求婚の際に改めて首飾りを贈り合ったりはしないので恋人同士、とくに男が女に贈ることが多いようだとカーディーンが続けて説明し、リークがさらに「だから首飾りを贈っていいのは同性か恋人の異性だけなんだ」と補足説明をくれた。私がモルシャに首飾りを贈っても大丈夫らしい。よかった。

 そういえば首は神様の使いが住んでいる場所だったっけ。そこに身につけるものだから、贈る相手や作法の決まりごとがあったりするんだろう。


 じゃあ私がカーディーンやリークに、首飾りを贈ったりするのはよくないんだ?


「通常であればその通りだが……そもそも種族が違うので、カティアからならば贈られても気にならないかもしれぬな」

「まぁどうしても異性に贈り物をするなら男性相手は腕輪、女性相手なら額飾りなんかが無難だな」


 一番いいのは服に使用する布や耳飾りを贈るのが、男女関係なく問題がなくていいらしい。そういえばリークの身分を証明する私の羽をあしらった装飾品も、耳飾りで作られている。これも一応私からの贈りもの扱いになるから、耳飾りだったのかと理解した。

 そこでふと気がついた。


 あれ?そういえば私カーディーンから鱗石の首飾りをもらったよね。


 二人が私の言いたいことを察して、ぴたりと黙った。カーディーンに至っては少しびくりと肩を揺らした。

 私はそんなカーディーンを見ながら、申し訳なく思いそっと言った。


 ごめんね。私カーディーンのこと大好きだけど、カーディーンの子供は産めないだろうから結婚はできないよ。でもあの首飾りは大事に使うね!


 カーディーンが何とも言えない表情になり顔を手で覆い、私の言葉を通訳するリークの声と肩は震え、涙目になっていた。



 石はリークに持ってもらい、次のお店へと移動した。


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