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季節の変化

爬虫類の話再びです。

苦手な方はご注意ください。

 リョンドがリークになって、私がもう呼び間違えるどころか以前の名前なんだっけ?となってリークに「リョンドだ!」と言われるほどリークと呼ぶのに慣れてしまった頃、私の周りで少しずつ変化が訪れた。

 大トカゲが段々白くなってきたのだ。

 カーディーンやリークのトカゲは黒曜石色なので白くなる過程がよくわかった。褐色のトカゲも白っぽくなっている。


 なんかぱさぱさしてる。お水足りないんじゃないの?


 トカゲの頭の上で表面がものすごく乾燥しているのを見た私が言うと、カーディーンは「問題ない。そういう時期なのだ」と言った。病気とかじゃないならいいか。

 と思っていたら、ある日、トカゲの皮膚が割れた。


 か、カーディーン!!割れちゃった!皮膚が割れちゃったよ!?私のせい?私がちょっと爪ひっかけたから!?


「大丈夫だ、カティアのせいではない。これはそろそろ時期が近づいてきているだけだ」


 カーディーンは、ひび割れた部分を軽く撫でた後そう言った。


 時期ってなんの時期?


「脱皮だ。大トカゲは脱皮をして皮膚を新しくするのだ」


 古くなった服を脱ぐようなものだと教えてもらった。私と同じくトカゲについて詳しくないリークも、それを聞いてホッとしていた。

 トカゲは日に日にひび割れる部分が大きくなって、ひび割れた部分は透明な少し固い衣の様に反り返ってまとわりついている。


「中途半端にまとわりついているのを見ると、いっそひと思いにずるりと剥いてやりたい衝動に駆られるな」


 リークがもだもだしたような表情でそんなことを言っていた。部下の人達も似たような衝動に駆られるらしい。勝手にはがれるのを待たなくてはいけないので、気になる人にとってはちょっと苛々してしまうようだ。

 そんなある日、衝撃的な出来事があった。


 トカゲの鼻から白いキノコが生えていた。


 キノコだ……。


「キノコだ…………」


 私が茫然と、リークが気持ち悪そうな表情でつぶやいた。


「キノコにみえるが鼻の裏側の皮膚がはがれて出てきているだけだ」


 軍のお世話係の人に餌をもらってばくばく食べているトカゲたちが、それぞれ鼻からキノコをちらほらと出している光景を眺めながら、カーディーンが説明してくれた。

 このキノコもしばらくの間生えっぱなしなのだそうだ。トカゲは体がかゆいのか、あちらこちらに体をごしごしと擦りつけている。両鼻から白いキノコを生やした巨大なトカゲたちが、あちらこちらでごそごそもそもそしている姿は、良くも悪くも言葉にできない感情が背中からぞわりとこみあげてくる。好きな人はそれがたまらなく好きだし、嫌いな人はしばらくここには近寄りたくないとまで言う極端な反応になるようだ。ちなみにリークは後者らしい。部下の人達の中には、いそいそと砂漠の熱で水を温め、トカゲにかけてあげつつ脱皮を見守っている人達もいる。本当に極端だ。

 そして私の羽の生え換わりと同じようにトカゲも脱皮中は大なり小なり感情が高ぶるし、鼻の脱皮だけは我慢できないと言う部下の人もいるので、この時期は十日ほど砂漠の見回りがなくなるのだ。とはいっても一応、徒歩で見回りできる範囲や麦の木林だけはきちんと確認しに行くのだが、徒歩だとそれだけで夕方になってしまう。ずっとカーディーンの頭に乗っている私と違って体力がものを言うので、他のみんなより体力のないリークがものすごくへばっていた。

 そしてさらに気がついたのだが、最近カーディーンがお寝坊さんだ。

 私がいつもと同じ時間に目覚めても、カーディーンがまだ起きないのだ。私が起こしてあげると「もう少し寝ていても大丈夫だ」と言って私に寝る様に促すのだ。

 そしていつもよりずっと遅い時間に起きてきたカーディーンを、特に怒ったり注意したりもせずに従者の人が出迎えた。どうやら本当に寝坊しても大丈夫なようだ。

 かわりに少しだけ長く夜にお仕事をしている。いつもなら眠る時間になってもまだ書類を書いていたりするのだ。


「これから私の仕事時間が変わるのだ。カティアにとっては辛いだろうが、私と共に、徐々に夜の活動ができるように睡眠時間を変えていってはくれないだろうか」


 わかった。私カーディーンの守護鳥だもんね!頑張る!


 そう言って少しずつ少しずつ、眠る時間をずらす生活が始まった。従者の人達もカーディーンに合わせているのだそうだ。

 まだちょっと慣れなくて眠たい時間が多いが、カーディーンもそれは同じらしく、ほとんどの時間うとうとしても大丈夫な書類仕事を多くこなしているようだった。

 そうやって私やカーディーン、そしてリークはいつもばたばたとケンカしたり仕事したり忙しいのだが、最近は宮殿全体が忙しいような気がしたので、カーディーンに尋ねてみた。


 なんか最近みんな忙しくない?なんだかそわそわしてる気がする。


「もうすぐ祭りの季節だからな。皆、浮足立っているのだろう」


 祭り?お祭りがあるの?


 その後カーディーンやリークが説明してくれたところによると、アファルダートの季節は陽の登りが早くて長く太陽が空にいる陽長の暦ようちょうのこよみと、月の登りが早くて月が長く空にいる月長の暦げっちょうのこよみの大きくふたつに分かれるのだそうだ。

 だが陽長の暦から月長の暦に移りゆく五日間だけ、夕方が一番長い時期があるのだと言う。それが夕長の暦ゆうながのこよみというそうだ。なので厳密にいえば、季節は三つあることになる。

 そしてこの五日間ある夕長の暦のうち、真ん中の三日間がお祭り騒ぎになるのだ。


 なんで夕方が長いとお祭りなの?


 私がカーディーンの頭の上に乗って小首をかしげて尋ねると、カーディーンの書類仕事を手伝っているリークが答えをくれた。


「アファルダートは国土の半分以上が砂漠の国だからな。そして夕方は砂漠から全ての生き物が姿を消す時間だ。つまり夕方が一番長いその時期だけは、アファルダートの人々が砂漠を自由に闊歩出来るんだ」

「私やカティアは砂漠を移動しているので砂漠に出てもさほど何も感じぬであろうが、普通の国民にとって、その五日間だけが砂漠を自由に歩くことが出来る時期なのだ。見渡す限りの砂漠を自由に走り回ることが出来るのは何にも代えがたい解放感なのだ」


 カーディーンが書類をリークに渡しながら、さらに詳しい説明をしてくれた。祭りに正式な名前はなく、夕長の暦と言う名前そのものが、ほぼ祭りのことを差すのだそうだ。「夕長の祭り」や「黄金の祭り」と呼ぶ人もいるらしい。

 三日間は砂漠へ通じる門が完全に開かれ、砂漠に沢山の出店が立ち並び、多くの人が砂漠でほとんどの時間を過ごすのだそうだ。


 それは楽しそうだね。私もお祭りみたい!カーディーンお祭り連れてって!


 私が机に降りてカーディーンを見上げておねだりすると、カーディーンがピタリと手をとめて考え込むようにじっと沈黙した。私は大人しくうずうずした様子で、じっと期待のまなざしを向けている。

 長い沈黙の後、カーディーンが口を開いた。


「駄目だな」


 なんでー?


 私が抗議の声を上げると、カーディーンが理由を説明してくれた。


「私はこれでも王族だ。私の移動にはかならず従者の追従や部下の護衛が必要なのだ。たとえ私が自分の身は自分で守れるとしても、だ。そして護衛をつけると、その者が祭りを楽しむことが出来なくなる。私は祭りを楽しみにしている部下が多くいるのを知っている。しかし私が祭りに赴くとなると、非番をとっている部下達を呼びつけなくてはならない。そしてそのための手続きをしなくてはならないのだが、今からしてもとてもじゃないが間に合わないだろう」


 以上の理由で私が祭りに行くことはできない、と言われてしまった。

 私は拗ねて頬を膨らませた。私は守護鳥としてカーディーンのそばにいなくてはならない。ここで私だけが行きたい!というわがままが駄目なことぐらいは理解している。カーディーンが行けないと言った時点で私もお祭りには参加できない。

 私がリークの肩に乗ると、リークがよしよしと頭を撫でてくれた。むしゃくしゃしたのでリークの髪をひっぱって八つ当たりをしていたら、しばらくしたところで怒られた。モルシャにくふくふしてもらいながらも、私の頬はずっとふくれたままだった。


 私が祭りに行けない事実に打ちのめされている間に、夕長の暦の一日目が訪れた。

 本当に、一日の大半が夕方なのだ。朝と夜が驚くほど短い。アファルダートが黄金色に包まれ、沈みそうで沈まない夕陽が空を赤く染めていた。

 明日からいよいよお祭りが始まるのだ。宮殿でも多くの従者の人達がそわそわを隠しきれずにいた。どうやら祭りは若い男女にとっては、異性との仲を発展させる重大な使命もあるらしい。

 カーディーンの部下の人達も、いつもよりかなり短い砂漠巡回での休息時間に、誰を誘うのかと言う話題がちらほら出ていた。……ずるい。


 そして祭り初日となる夕長の暦二日目、夕方が始まった途端門が開かれ、人々が一斉に砂漠に足を踏み出した。

 基本的に砂漠の行動範囲は暗黙の了解で宮殿が見える範囲と決まっていたので、町から放射状にあちらこちらに人が移動し、あるところでは踊りの輪が出来、あるところでは酒盛りが始まり、あるところでは音楽が鳴り響き、またあるところでは所狭しと店が並んで人々が品物を物色していた。

 その様子が、砂漠を一望できるカーディーンの宮からばっちりと見えた。ここからだと人が黒い点となってうごうごしているぐらいしかわからないのだが、賑わいだけはここまで届く勢いだった。

 私はその様子を眺めて不貞腐れているだけだ。


 つまんないの。


 部屋にはいつもより従者の数が少ないし、なんだかさみしかった。

 すると、さきほどまでどこかに行っていたカーディーンが、リークを連れて私の元にやってきた。


「カティア、移動するぞ」


 はぁい。


 いつもより元気のない返事をして、私はカーディーンの頭の上に乗った。

 するとカーディーンはリークと従者を連れて、いつものように廊下をずんずん移動する。


「カティア、落ちないようにしっかりつかまっていてくれ」


 心配しなくてもちゃんと頭に乗ってるよ。


 私がそう返事をし、カーディーンがわかったと小さく呟いた。

 そしてある場所で大きく角を曲がった途端、カーディーンとリークが全力疾走を始めた。

 曲がった途端の出来事だったので、リークに続いて角を曲がってきた従者は、いきなりぐんと主に引き離されて驚いて……いなかった。

 私が後ろを振り返ってみたときは、従者達は頭を下げて見送っているように感じた。モルシャも笑って頭を下げている。

 私が頭に疑問符を飛ばしながらカーディーンにしがみつき直すと、カーディーンが私に言った。


「カティア、このまま宮殿を出て祭りに向かうぞ」


 え?でも行けないって言ってたのに……。


「手続きをしていると間に合わないからな。手続きをしない。そのかわり戻ったら一緒にお説教を聞くのに付き合ってくれ。一応の体裁はとっておかないとならんのでな」


 私がまだ理解できずにいると、少し遅れて一緒に走っているリークが教えてくれた。


「カーディーン様がおっしゃっているのは建前なんだ。王族のカーディーン様は常に従者を連れて誰かに守られていなければならない。たとえカーディーン様自身が一番強くても、だ」


 うん。だからお祭りにはいけないって言ってたんだもんね。


「だが建前は別にして、カーディーン様だってお祭りに行きたいし、一人で冒険だってしてみたいんだ。カティアが鳥司を巻いてまで冒険するのと同じようにな」


 冒険は楽しいもんね、カーディーンも冒険してみたいんだ。


「だから従者を振り切ってきたんだ」


 でも従者の人達見送っているみたいだったよ?


「みんな知ってるんだよ。『カーディーン様とカティアと俺は突然宮殿を脱走してどこかに消えてしまった』って言うのが今日の予定だ。カーディーン様が事前にどこに行きたいといえばついて行く人が必要だ。だから脱走の様に出発するんだ。そうしたら従者はいらないからな」


 そういえばカーディーンもリークも服装がいつもと違うね。じゃあこれは計画していた予定なの?じゃあカーディーンはなんで私に教えてくれなかったの?ずっと行けないっていってたじゃない!


 私がぷんすかしても、カーディーンは無言で走っているだけだ。またリークが答えをくれた。


「カティア、カーディーン様の口からは絶対に『行ける』とは言ってはいけないんだ。今回のことはみんなわかってる、みんな知っている、だけど知らなかったという事実が大切だったんだ」


 何それ、わかんないよ。みんなで私に嘘ついてたの?


「本音と建前って言うんだ。だからみんな知ってるけどこれは『脱走』で『お忍び』で『従者達は皆置いて行かれた』、そして『帰って来てから怒られて反省する』という事実が必要なんだ。だからカーディーン様はカティアに行くと言えなかったし、みんなも行けないつもりで話をしなければならなかった」

「すまなかったな、カティア」


 私はまだもにょもにょする気分で頬を膨らませたまま言った。


 よくわかんないけど……みんなが私に嘘ついたってわけじゃないよね?


 私が確認するように言うと、カーディーンもリークも「もちろんだ」と言った。


「これは冒険するために必要な決まりだったんだ。俺達は、本当のことをいわずにカティアに本当のことを伝えることが出来なくて、今日まできてしまったんだ」


 リークが申し訳なさそうに言った。私にはホンネとタテマエが難しいから、真実をうまく伝えることが出来ずにそうなってしまっただけらしい。

 カーディーンとリークが二人揃ってごめんなさいと私に謝った。私はカーディーンの頭の上でもぞもぞしながら言った。


 みんなして、私に嘘ついてたわけじゃないならいいよ。けど、美味しい果物買ってもらうからね!


 私がそう宣言すると、カーディーンが小さく笑った声がした。


「わかった。カティアが一番気に入った果物を買おう」


 カーディーンのその宣言と同時に、私達は宮殿の外へと飛び出した。

 あちらこちらから聞こえる祭りの熱気に、私はうきうきが止まらなかった。


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