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宴の儀式と砂漠の音色

 カーディーンと一緒にイリーンのお誕生日の宴に出席した。


 広い集いの間には重厚な絨毯が設置され、クッションがたくさん置かれている。

 そして美形な王族が集結している。きらっきらだ。

 どこかでは大興奮で鳴いている鳥の声も聞こえる。知らないふりをしておこう。

 集いの間にはたくさんの料理と、中央にはカーディーンの腰ほどまである、大きなガラスの水花の器が置かれていた。器には大振りな花が彩りよく浮かんでおり、儀式用のクラゲ達が浮いていた。

 あのクラゲ、こういう風に使われたりもするんだ。綺麗だな。

 器の中の儀式クラゲ達はほんのりと発光している。照明クラゲがまぶしいぐらいに広間を照らしているので幻想的な空気はないが、ほのかに光を内包した儀式クラゲがガラスの器越しにゆらゆら、花の影からゆらゆらと姿を見せるのは、なんだか見ていて楽しい。クラゲの動きに合わせて水も動き、花も時折移動している。

 私は器の縁に脚をかけて水の中のクラゲをのぞきこむ。するとナーブやナヘラ達兄弟も似たように器の縁に止まっている。クラゲは我関せずとゆらゆらしている。

 するとカーディーンが従者の人から銀の杯を受け取った。中身はただの水のようだ。良く見れば他の王族たちも同じ杯を持って、器を取り囲むようにぐるりと水花の器の周りに集まった。


 参加できる王族全員が集うと、イリーンが他の王族よりも少し大きな杯を、両手で捧げ持つようにして少し遅れてやってきた。

 そしてイリーンは水花の器の縁に立つと、両手で捧げ持った杯をずいっと水花の器の真上に差し出した。杯の中には水と共に、器の中をぷかぷかしている儀式用のクラゲの半分にも満たない大きさの、小さな儀式用クラゲが一匹ぷかぷかしている。


「わたくしイリーン・モニーレ・ススラ・アファルダートは、始祖の血を受け継ぐ王家の一人として、太陽神に我が幸運を捧げ、我が国の繁栄と太平の世を願います」


 イリーンはそう言って、捧げ持った杯を水花の器の水面で傾けた。小さなクラゲがたぷんと水花の器のクラゲ達の仲間入りをした。

 そういえば、クラゲはここにいる王族の人数と同じ数泳いでいるようだった。

 その様子を見届けた王が、静かに告げた。


「月の光満ちて、砂漠の砂穏やかなこのよき日、我が娘イリーンが我ら王族の一員となる。イリーンが十年と言う月日を生き、太陽神に幸運を捧げ続けていることによって、アファルダートの泰平は守られている。

 こいねがわくはイリーンに太陽神の試練に打ち勝つ強さと月の神の加護のあらんことを」


 そう言って杯の縁に口づけし、少し掲げてから傾けて、水花の器に水を注いだ。


「イリーンに太陽神の試練に打ち勝つ強さと月の神の加護のあらんことを」


 続いてカーディーン達他の王族も王の真似をして、杯の縁に口づけしてから軽く掲げて水を水花の器にこぼした。


 その後は穏やかに食事が始まった。

 王と本日の主役であるイリーンが広く見渡せる一番いい場所に座っている以外は、特に決まりごともないらしい。


「本当に身内の祝いだからな。純粋に王族の仲間入りを果たした異母妹の成長を願うための宴だ。宴の最初の儀式以外は堅苦しいことなどせぬのだ」


 今まではひっそりと宮で生きること、教養を学ぶこと以外は何もしたことがなかった深窓の姫君であるイリーンが、たくさんの人と交流を深める為の練習の場が、今日の挨拶回りであったり宴であるらしい。

 カーディーンが説明してくれたのだが、私は半分聞き流すようにして水花の器を凝視している。それは他の月の兄弟達も同じだ。

 皆が縁から動くことなく食い入るように見つめている。水花の器に浮かぶ、見たこともない美しく芳しい匂いを放つ、一番大きなあの花を。

 互いに姿勢を低く保って、いつでも飛び立つことが出来る構えだ。互いの出方をうかがうように、視線と尾羽で静かにけん制し合っている。さりげなく、私達の父である国王の守護鳥も混ざっている。

 しかしじりじりと心理戦を繰り広げていた私達兄弟は、呆れたような表情をしたそれぞれの名を交わした王族達に回収された。王が呆れたような口調でお説教していた。父は慣れた様子で聞き流していた。というかまだ視線があの花を狙っていた。さすが父。

 私もカーディーンに握られて強制的に移動させられた。あの美味しそうな花……食べ損ねた。

 その後、私は兄弟達とひとつの器に盛られた沢山の花や果実を奪い合うように食べていた。…………主に、兄弟達が。


 カーディーン、カーディーン!


「リョンドにそなたの分は確保させてある。それを食べるといい」


 争奪戦に負けて食事にありつけなかった私がくぴーくぴーと鳴きつくと、カーディーンが心得た様子で私を撫でながらリークを呼んだ。

 リークは「善戦していたと思うぞ?」と私を慰めながら、花や果実を乗せた器を出してくれた。私はそれをもさもさ食べる。

 悔しい……いっつも勝てない!

 途中、目ざとくリークを見つけたナーブが乱入してきて、私と壮絶なケンカを繰り広げた。さらに面白がった他の兄弟達も混ざって、わちゃわちゃと大きなケンカに発展した。王族達はそれを微笑ましそうに見ていた。


 あちこち移動して色んな王族とおしゃべりしていたイリーンが、いそいそとカーディーンの元にやってきた。


「堂々とした見事な口上だったであったな」

「ありがとうございます、カーディーンお兄様」


 その後、イリーンが砂漠の様子を聞かせてほしいとねだったので、主に私が砂漠についてお話した。


 でね、麦の木ってね?地面の下で繋がってるんだって。麦の木って頭の部分しか砂漠の上に出てないんだよ!


「まぁ、私は麦の木をみたことがありません。どんな風ですの?」


 えっとね、手の平みたいな形の枝におひげみたいな麦が上を向いているんだよ!黄緑とか砂色になったりするの。


 私は得意げに様々なことをイリーンに話した。


 それでね、砂漠狼はとっても牙がするどいの。でもカーディーンがすばってやって狼が襲ってきて、そしたら砂で周りが見えなくなったから、私がカーディーンを砂から守ったの!そしたら狼の爪が目の前にあって、カーディーンがやっつけたの。すごいでしょ!


「えっと……カティア様は砂からカーディーンお兄様を守られたのですか?」


 そうなの!


 私が翼をぱたぱたさせながら話すと、イリーンは一度にたくさんのことを聞いたせいか、ちょっと混乱しているようだった。

 カーディーンが「砂漠狼を私が切り伏せ、カティアが突風で舞い上がった砂から私の視界を守ってくれたのだ」と説明したら納得した。

 イリーンは思い出したかのように手を叩いて、カーディーンを見た。


「私、サリュお姉様からカーディーンお兄様は斜笛の名手だと伺っております。よろしければ一曲奏でて下さいませんか?」


 カーディーンはイリーンの言葉にちょっとびっくりした後、さてどうしようかと考えるような表情になった。


 え?カーディーン笛なんて吹けるの?聞きたい!


 私の後押しもあって「仕方ないな」とちょっと笑って従者の人に笛を持ってくるように言った。

 私はイリーンの肩に乗って、二人で一緒にわくわくする。

 斜笛が運ばれると、他の王族もカーディーンによる笛の演奏が始まるとわかって注目が集まった。


「それではイリーンと月に一曲奉じよう」


 そう言って笛を斜めに構えた。あぁだから斜笛なんだ。

 そしてカーディーンが息を吹き込むと、風の音とともに木で作られた笛が鳴いた。

 風の音が混じる笛の音は、まるで砂漠を低く飛んで渡るような心地にさせた。アファルダートにおいてはあまり感じることのできない樹木の力強さを物語るような音が広間に響き、演奏される曲は月に恋して、空に焦がれて、手を伸ばそうとする砂漠の声なき声を思わせた。

 斜笛は生き物のように低く高く鳴いて、それが不思議な砂漠への郷愁を錯覚させた。

 皆が静かに笛の音に聞き入っていた。

 そして、最後の一音が風の音とともに余韻を持って静かに消えた。

 誰も何も言わず、静かに最後の音に浸っていた。

 私はぱたぱたとカーディーンの元へと飛んで行った。


 カーディーン、なんだかぎゅってなる曲だったね。とっても素敵だったよ!


「そうか。久々に吹いたから少し心配だったのだが、指がちゃんと動いてくれて助かった」


 カーディーンは穏やかな声音でそう言った。


「カーディーンお兄様、とても素晴らしい演奏をありがとうございます。言葉にならないほどの感動でした」


 イリーンがため息をこぼすような声音でカーディーンにお礼を言った。他の王族達もカーディーンの笛の音を褒めていた。カーディーンが褒められると私もちょっと気分がいい。なんでだろう?

 そうしてその後、また和やかな食事とおしゃべりに戻って、宴は終了した。


 集いの間を出る時、ちらりと見た水花の器にあの一番大きなお花がなかった。


 え……?誰が食べたのっ!?


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