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あなたのための月の守護鳥  作者: 七草
ヒナ~成鳥期
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砂風呂が気持ちいい

 モルシャが私のお世話を始めてから、丸い月が減るように消えて、また増えて丸くなった。イッカゲツと言うらしい。ヒトは月の満ち欠けで暦を定めているのだそうだ。

 モルシャは私に色んな事を教えてくれた。

 例えば私が兄弟達と暮らしているここは、王宮の中の守護鳥の巣という守護鳥と守護鳥に仕えるヒト「鳥司ちょうし」が暮らす区画だと言うのだそうだ。鳥司は守護鳥のお世話を受け持つヒトという意味合いらしい。

 この砂漠に来た一番初めのヒトが倒れて死にそうになっていた時に、私達のセンゾの鳥が加護を与えて助け、幸福と未来をもたらしたらしい。

 ヒトは鳥に感謝して、鳥の子供をヒトが守り育てると約束したそうだ。

 そしてそのヒトが鳥の加護を借りて造ったのがこの砂漠の国アファルダートで、王族はそのヒトの子孫らしい。

 だから代々、王族は守護鳥が子供を産む砂漠に唯一の小さな森を直轄地として守り、そこで産まれた守護鳥の子供を世話してきた。

 かわりに守護鳥は王族の中から一人を選び、生涯そのヒトに加護を授けて過ごすらしい。

 私が選んだのはモルシャだからモルシャに加護をあげるの?と尋ねると、モルシャは王族じゃないから違うと笑って言っていた。

 モルシャ達鳥司は、ヒトの中でも選ばれた存在らしい。モルシャは私の言葉がわかる。けれど普通のヒトは私達の言葉がわからないそうだ。ヒトの中に稀に生まれる特殊な力で、守護鳥の声が聞こえることだけが鳥司になる条件で身分や年齢は問われないと言う。

 この国では誰もが憧れる、名誉ある仕事なのだそうだ。


「砂様ももうしばらくしたら王族の方々とお会いになって、その中から一人、加護を与えて生涯隣にある方を選んでいただくことになります。砂様はどなたを選ばれるのでしょうね」


 モルシャの言葉に、私は自分が選ぶ王族のヒトはどんなだろうと考えた。モルシャの様に優しく撫でてくれるヒトがいいなぁと、ぼんやりと考えた。




 私は主にモルシャにお世話されながら、守護鳥の巣ですくすくと成長していった。

 色んな言葉を教えてもらったし、色んな知識も増えた。空だって飛べるようになった。

 それと同時に、私と兄弟達の差がとても顕著になってきた。

 守護鳥は、アファルダートの民が尊ぶ夜空に浮かぶ月のように青白い羽毛と尾羽と翼の先だけが鮮やかな青色をしているのだ。壁画に描かれる守護鳥や私の兄弟も、多少の差はあれどほとんど美しい白い姿をしていた。

 私は鏡のようにぴかぴかの石柱に映る、自分の姿を見た。

 兄弟達と同じ姿。けれど私の方が少しふわふわしてる。そして一番顕著なのは砂漠の様な砂色の羽毛だ。これが私が砂様と呼ばれる所以なのだろう。

 何よりも国民が愛するのは夜空の月。だから月と同じ色の守護鳥も月様と呼んでいる。

 そしてどうやらこの国では、緑の育たない砂漠はさほど喜ばれていないのだそうだ。昼は照りつける太陽の熱でじりじりと熱く、夜は海になるので地上の生物は足を踏み入れることが叶わない砂漠の大地。

 それと同じ色の私は、実は嫌われているのではと心配したものだ。守護鳥の中には時折砂色の私と同じような姿の雛が生まれるのだそうだ。

 私達守護鳥が言語を解する知能と知識を有するのは、卵の時に親鳥が注ぐ魔力によるものだそうだ。

 そして私が砂色なのは魔力が十分に与えられなかったため、魔力が他の兄弟達より弱いせいなのだろうというのが、鳥司の見解らしい。

 守護鳥については、わからないことも多いのだそうだ。特に出産時期は、人間がそばにいると親鳥がピリピリし続けるので、森にこもっている間は近寄ることすら禁じているらしい。

 あれから父にまったく会わないなと思っていたのだけれど、どうやら父はこの国の王のそばにいるらしい。別にモルシャや兄弟、鳥司がいるのでさみしくはないからいいのだけれど。

 父が一番大切なのは自分が選んで加護を与えた王で、守護鳥はみんな自分の選んだ王族が一番大切なのだという。いずれ私も相手を見つけたらそうなるのだとモルシャは言った。ちなみに私の母は、森で外敵から私達兄弟の卵を守って亡くなったのだそうだ。

 そんな自分のことをモルシャや他の鳥司達から教えてもらった。

 私達はたくさん色んな事を知って、大きくなる時期なのだと教えてもらった。そしたら王族の人達と顔合わせをするらしい。そうして生涯加護を与える相手を決めるのだそうだ。


 ところで加護ってどうやって与えるの?


 私の疑問に、モルシャが困ったように笑って言った。


「難しい質問でございますねぇ。ですが守護鳥様は皆自然と身につけておられたようですので、砂様もその時がくればお分かりになられますよ」


 そういうものなのだろうか。


 私が首をかしげるように言うと、モルシャはそういうものですよ、と目尻の皺を深くして言った。


「さぁさもう御休みなさらないと大きくなれませんよ。本日は砂の沐浴になさいますか?」


 おっとそれはいけない!大きくなって月の一の兄を抜くのが私の目標なのだから。砂風呂にする!


 私はモルシャの手に飛び乗った。モルシャは腰を曲げるのが辛そうだから、私が手の平まで飛んでいけば腰を曲げなくていいよね。


「砂様はお優しいですねぇ」


 モルシャが笑いながら指で私の胸の羽をこしょこしょする。これ気持ちいい。くふくふする気分になる。

 私をそうやってくふくふしてる間に、モルシャは待機していた他の鳥司達に何か言って、どこかに行った鳥司の一人が浅い器の様なものと肉厚な花弁の花をお盆に載せて持ってきて、月の光がよく当たる場所の一段高くなっている床の上に置いた。

 陶石で作られたと言う花と美しい月の意匠が凝らされた器には、運ばれてきた振動で流れるように揺らめく砂が入っている。夜の砂漠から汲んできた砂だ。


 いつみても不思議。なんで砂漠の砂は夜になると海になっちゃうんだろう。


「月の神がわたくしたち民が飢えてしまわないようにと、夜の間だけ砂漠を海にして魚が獲れるようにしたと伝えられておりますね。他にも夜に海になってしまうせいで道は毎日変わるし、昼は灼熱の砂の大地なので他国から侵略されることも、またすることも難しいので我が国の平和を保つためとの説もございます」


 だからアファルダートでは、夜になると砂漠に舟が浮かんで漁を始めるそうだ。砂漠の魚は淡白で美味しいそうだ。器を運んでくれた鳥司が嬉々として私に教えてくれた。

 その様子を私を手の平に乗せて後ろから見ていたモルシャがそっと口を挟んだ。


「学んだ知識を砂様にお伝えできて嬉しいのは私もよくわかるんだけどね。今は沐浴にしようか。海砂がただの砂に戻ってしまうよ?」

「あっ、申し訳ございません。それでは砂様、本日はわたくしが月光浴をお手伝いさせていただきます」


 モルシャに指摘された若い鳥司が少し恥じたように真っ赤になった後、切り替えるように一度小さく咳払いしてから改めて私に笑顔で頭を下げた。


 うん、お願い。


 私はそう言って、器の中に飛び込んだ。私のふわふわの胸の下くらいまでが砂に浸かっている。砂は私が動くたびに、たぽんたぽんと滑らかに揺れている。

 鳥司がそっと手を入れて、砂で私を洗うように全身くまなくごしごしし、肉厚の花弁を千切ってそれを私の羽に丁寧に塗りつける。花弁から出る少量の油分を羽に塗りつけるのだ。

 私は他の兄弟達より砂風呂が好きなので水風呂より砂風呂の頻度が高いのだけれど、砂風呂は私の羽油を落としてしまうので、花弁の油を塗ったり混ぜたりして補っている。なので私は他の兄弟よりも良い花の香りがすると他の鳥司も言っている。私のひそかな自慢なのだ。

 私自身もせっせと油がまんべんなく行き渡るように動きながら自分の羽の調子を整える。とても大事なことだ。毛づくろいだけは常に欠かさないようにしている。

 あらかた点検が終わると後は鳥司の手に任せてマッサージしてもらう。全身を軽くぐいぐいと押すようにしてもらうのだ。私は首の後ろをくいくいと押されるのが一番好きだ。月の一の兄はお腹だと言うし、月の八の姉はお尻だと言うからみんなそれぞれ好きな場所が違うみたいだ。

 マッサージを堪能すると、そろそろ海砂が普通の砂に戻ってしまう頃だからと言われていそいそと器から出て、ふるりと体を震わせた。砂がさらさらと零れていく。

 私が海砂からあがると程なくして先ほどまでたぷんたぷんと水の様に揺れていた砂が、さらさらと動きを変えてやがてそのまま揺らめく形で止まってしまった。


 もうこれで普通の砂に戻っちゃったんだよね?


「はい。砂漠から切り離された海砂は、しばらくすると砂に戻ってしまいます。月の光を当てることで長持ちさせることは可能ですが、それでも限界がございます」


 砂風呂は好きなんだけれど、長くゆっくりできないのがちょっと残念だな。


「そうでございますね。砂様はいつも砂風呂で艶やかな羽を保っていらっしゃいますものね」

「さぁ砂様。そろそろお休みになられませんと、夜空の月が逃げてしまいますよ」


 それはいけない。月が太陽になってしまう前に眠らなきゃ!


 モルシャがからかうように言って、私は慌ててモルシャの手に飛び乗り、モルシャに運ばれて籠へと向かう。

 籠には既に兄弟達がひっつくようにして身を寄せていた。日中はそれぞれの世話係と自由に過ごしてたまに一緒にじゃれたりする程度なのだが、寝るときだけは常に一緒にみんなで眠るのだ。私もそこに加わって皆でひっついて眠る。


 おやすみモルシャ、鳥司達。また明日ね。


「おやすみなさいませ、砂様。月の導きで砂様に安らかな眠りが訪れますように」


 モルシャが代表して私に答え、他の鳥司達と共に頭を下げた。私は他の兄弟に埋まるように顔をうずめて眠りについた。


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