忙しい尾羽とお祝いの花
どお?どお?すごいでしょ!
「まぁまぁ、魔力で石を弾いておりますねぇ。ご立派ですわ、カティア様」
モルシャが目を細めてにこにこしている。私は尾羽の先まで高らかに上を向いて胸を張っている。
リークを魔力の壁で守るようにして鳥司達に訓練用の布で包んだ石を投げてもらう。石はリークの少し手前で見えない壁にぶつかったかのように止まるのだ。
私は上機嫌で何度も繰り返してやって見せた。
モルシャや鳥司達も手を叩いて褒めちぎってくれる。くぴー!と鳴いて称賛をうける。
あれから何度も練習して、正面にすぐに壁を張ることはできる様になった。後は必要に応じて後ろや横にも同じぐらい瞬時に張れるようになればいいだけだ。私、出来る守護鳥だよ!!
「はいはい」
付き合わされているリークは適当に流している。
もー!ちゃんと聞いてよ。
「もう何度も聞いた。しつこいぐらい聞いた。あれだけ色んな人に褒めてもらっておいてまだ足りないのか」
褒め言葉が足りる瞬間ってあるのかな?褒められてもういいよって一回くらいなってみたい!
私がうきうきと言うとリークがため息をついた。
「カティア。本日は砂漠から戻った後の予定がいつもと変わるので、そのつもりで心積もりをしていてくれ」
ある朝、身支度をしながらカーディーンが私にそう言った。
基本的に私はカーディーンの予定を、その日の朝に教えてもらうことになっている。寝ると忘れてしまうからだ。とっても大事な用事とかは、前の日から繰り返し教えてもらうのだが、私の印象に残らなければすぐに忘れる。目先の楽しいこと最優先になってしまうんだもん。
ということで本日の予定をカーディーンから教えてもらう。
へぇ~。今日がお誕生日な王族がいるんだ?
「そうだ。十歳という節目の年だから、可能な限り王族全員で祝うんだ。王族としては十まで生き残ることが一つの壁だからな」
王族は生まれてすぐに死んでしまう者や、年齢が上がると同時に徐々に強くなっていく王家の血の災いとの戦いになるのだそうだ。なので王家の子供は十歳までお披露目されないのだ。同腹の兄弟でもなければ名前どころか、下手すれば性別すら知らされることがないのだと言う。あまりにもすぐになくなってしまうからだ。
だから十歳まで生き延びたことを称え、祝い、健やかな成長を願って盛大にお誕生日の宴をするのだと言う。
じゃあいいことなんだね!王族のお誕生日だから国がお祭りになったりするの?
「いや、宮殿内の身内で祝うだけだ。王族の子供は非常に多くいるからな」
もっと大きく祝うのは十五歳の誕生日なのだそうだ。十歳になるまでに半分の子供がなくなり、十五歳になるまでにその子供がさらに半分以下になる。
そして守護鳥の加護を受けられない者は、十五歳からはいかに死を先延ばしにしてゆくかという過酷な戦いになるそうだ。
王族って大変なんだ。
私がちょっとしんみりしていると、カーディーンが申し訳なさそうに私をそっと撫でた。
「そんな十年を生き延びてくれた私の異母兄弟だ。カティアも心から我が兄弟を祝ってやってほしい」
わかった!お誕生日ってとっても特別なんだね!私おめでとうって言ってあげる。
「感謝する。我が異母兄弟は、朝から王族の元をあちこち尋ねて挨拶をしているのだ。私の所へは夕方にやってくる予定だ」
そんな話をして、そこからはいつも通り砂漠に向かった。
砂漠では特に大きな問題はなかった。しいて言えば、リークが仕留めた獲物を捌くのにおっかなびっくりで、ナイフで指を軽く切ったぐらいだ。
砂漠から戻ってきた私とカーディーンは、いつもはマフディルを従えて書類仕事をしに行くのだが、今日はこのままカーディーンの宮へと戻った。マフディルが「書類がたまる……」と嘆いていた。
カーディーンは汗をさっと流して着替えた。
なんかカーディーンがその恰好してるのみるの久しぶりかも。
カーディーンは、守護鳥と王族の顔合わせの時に着ていた様な恰好をしている。襟の詰まったぴったりした服だ。上等な生地の縁や袖には豪奢な刺繍が刺してある。
肩や腕のあたりに軽く纏わせた、額に巻いた長い帯が差し色になっている。大きな丸い形の、カーディーンの瞳に似た薄い青色の宝石が連なった大振りな金細工の首飾りと、似たような耳飾りも付けている。焦げ茶の髪とよく焼けた肌に金が映えてかっこいい。
カーディーンは普段、仕事の邪魔にしかならないと飾りは何もつけていないのだが、こうやって大きな飾りをいっぱいつけるとすごく存在感がある。そして迫力も増す。
私は砂ほこりを柔らかい刷毛で丁寧にはたき落してもらった。
カーディーンの着替えが整った頃に、挨拶に来る兄弟から面会を求めるお手紙が来た。カーディーンがそれにお返事を出して、どんな子がくるのかとお話しながら待っていた。
部屋ではカーディーンの従者の人達が沢山のクッションを並べている。私は自分が一番お気に入りのクッションだけはカーディーンの脇において、自分がいつでもそこに座れるように確保した。
従者の人が浅くて広い綺麗な器を持ってきた。複数のお水とお花も一緒に抱えている。
カーディーン、この器は何?
私は長椅子の目の前にある、机の上に置かれたその器を見て言った。
「祝いの水花だな。水を張った器に花を浮かべて目で涼をとるためのものだ。クッションは普段の客人を招くときでも用意するが、水花の器は特別な祝い事のときにのみ用意する飾りだ。カティアが花を選んでみるか?」
やるー!
相手と親しい場合は相手の好きな花を、そして小さな花よりは大きな花をたくさん浮かべるのがいいらしい。ただしお花を浮かべ過ぎてもだめなんだそうだ。水が見える範囲で、というのが大事なんだそうだ。この水花の器で私のセンスが問われるらしい。
ムーンローズはないの?私あの花が一番好きなんだけど。
「こちらにございます」
従者の人がムーンローズを二輪出してくれたので、食べたい気持ちをぐっとこらえて二輪とも浮かべてもらった。そしてその周りに淡い桃色の、ムーンローズの半分ほどの大きさの花をみっつ、そして我慢できずに食べ散らかした花の花弁を言い訳のように浮かべた。これは花弁をむしるために食べたんだよ?
出来たー!
白い器に青い月の意匠があり、器の底は淡い水色で水がほのかに色づいて見える。その水の上を波紋とともに、白いムーンローズと桃色の花がぷかぷかと揺れている。皿の縁と波紋の上には三日月のような形の黄色い花弁がふわりと浮かんでいる。
「なかなか見事な水花の器だな」
カーディーンの言葉に私は上機嫌でくふーっと胸を張る。
お部屋の準備は整った。私はカーディーンと長椅子に座っておしゃべりしながら時間を潰した。
しばらく待っていると入室を求める声が上がり、カーディーンがそれに許可を出すと二人の王族が入室してきた。
本日、誕生日を迎えたのであろう小柄な王族が、少し緊張した面持ちでしずしずとやってくる。その後ろから見守るように一人の王族が少し遅れてこちらは堂々とやってきた。二人とも手首から甲までを装飾品で隠しているので女性だ。
小柄な王族がカーディーンの座る長椅子まで来たところでカーディーンが立ちあがった。私はカーディーンの肩から小柄な妹を見降ろしている。
「お初に、お目にかかります。私はイリーン・ススラ・アファルダートと申します。カーディーン様の異母妹として、本日よりアファルダートの王族を名乗ることを許され、御挨拶に参りました」
そう言ってイリーンと名乗ったカーディーンの妹は、両手を横に水平に持ち上げてそのまま軽く膝を折って、挨拶をする。下から上に巻きつけるような形で身につけた肩布の模様が皺なくちゃんと見えるのが綺麗な挨拶らしい。
「この宮の主として、そなたを心から歓迎しよう。私はカーディーン・トゥラ・アファルダート、そして我が守護鳥のカティアだ。そなたが十年という歳月を生き延び、王族に名を連ねることになったこのよき日に心からの祝福と感謝を捧げよう」
カーディーンは柔らかな声音でそう言って、軽く握った右手を胸の真ん中にあててお辞儀をした。私は肩でくぴーと鳴いて挨拶した。
その後、後ろで見守っていたもう一人の王族の人も挨拶をした。イリーンと違って妙齢の美女だ。胸とお腹を大きく露出させて、下から巻きつけるように豪奢な肩布と、頭には額飾りで固定した肩布と同じ生地のしゃらしゃらとなる鱗石を縁にたっぷりと縫いつけたヴェールをつけた、貴族の女性の正装をしている。
「カーディーンお兄様、お久しぶりでございます。我が妹ススラの付き添いとして共に参りました、ラナーと我が守護鳥ナヘラです」
どうやらラナーはイリーンの同腹の姉らしい。イリーンを幼名で呼んでいる。そしてラナーもイリーンと同じお辞儀をカーディーンにしたが、ラナーの方がずっと優美で、腕の飾りがしゃらんと鳴って、肩布も皺ひとつなく綺麗に模様を見せていた。
「久しいな、ラナー。二人とも掛けてくれ」
二人が長椅子に腰かけると、私の元にぱたぱたとやって来て、私お気に入りのクッションの上に着地したのはラナーの肩に乗っていた月の三の姉だ。三の姉はラナーがつけている緑色の宝石の耳飾りと同じ意匠の首飾りをつけていた。
そのお揃いの首飾りいいなぁ。砂漠に出るときは私も付けているけど、あれは意味合いが違うし、カーディーンとお揃いじゃないもん。私も今度カーディーンとお揃いつけようかな……。
砂色の妹、久しぶりね。カティアって名前になったのね。……少し縮んだ?
久しぶり、縮んでないからね!あとナヘラって名前なんだね。
私もクッションの上に降りてナヘラと頬をすりすり合わせて挨拶する。この感覚、とっても久しぶりだ。互いに互いの周りをくるくる回って、互いの成長した姿を確認したりしている私達のやりとりを、王族の三人が微笑ましげに見ている。
イリーンがカーディーンに話しかけた。
「この水花の器はとても素敵ですね。カーディーンお兄様が私の為に作ってくださったのですか?」
「本当に素敵ですわね。以前カーディーンお兄様の水花を見たときより遊び心があって、私はこちらの方が好きですわ」
「いや、この水花は私ではなくカティアが作ったものだ」
カーディーンが私の名前を出したので、私は二人に向かって得意げに胸を張る。
「まぁカティア様は水花を作るのがとっても上手なのですね!」
「カティア様は水花の才能が御有りなのですね、羨ましいわ。散らした花弁で月を現すのがとても斬新ですこと。全体的に月を見立てた水花ですわね」
絶賛された。嬉しいのと同時に、二人が褒めてくれる散らした花弁は、食べ散らかした花弁なのだとは言えなくなった。
私が水花を作った様子を知っているカーディーンが、すごく面白そうな顔をしている。生真面目な顔していてもわかるからね!
王族三人がお喋りしている間、私はナヘラと遊んでいいと言われたので、リークにお気に入りのクッションごと運んでもらって私の遊び場へとナヘラを案内した。
ナヘラは運ばれている間、リークを穴があくほど見ている。
カティア、あなたの鳥司いつの間に若返ったの?
若返ってないよ、モルシャはあっちにいるもん。リークはお友達で通訳士なの!
「はじめまして、ナヘラ様。カティア様の通訳士のリョンドと申します」
リークが余所行き用の柔らかい笑顔で挨拶をした。ナヘラは気に入ったようで尾羽をふりふりしている。
……カティアの通訳士?とっても綺麗ね。一の兄が好きそうだわ。
うん、ナーブがすごく好きそうだよね。
兄弟共通の意見だ。間違いない。
そしてナヘラの話し方は、ラナーとイリーンに似ていると気付いた。似てるねって言ったら「セヘラがイリーンに、『素敵な貴族の女性は、こんな風に話すのよ』って教えていたから、私も素敵なメスの守護鳥になるために一緒に覚えたの」と言っていた。
遊び場に到着したので、私が先導してナヘラと一緒に遊んだ。二人で遊ぶといつもより楽しい!
ナヘラ、聞いて!私魔力の壁を作ることが出来るようになったの!
なぁに、それ?
ナヘラが首をかしげたので実践して見せた。
私が誇らしげに胸を張ると、ナヘラがへぇ、と言った感じで言った。
カティア、魔力の膜がうまく張れないのね。そういえば魔力も成長していないみたいだし、だからかしら?
魔力って成長するものなの?
そうよ、でないと使える魔力が増えないじゃない。カティアは砂だから増えないのかしら?体も小さいし。
体に関しては余計だ。ほんの少しずつだけどちゃんと大きくなってる……たぶん。
せっかくなので、ナヘラに魔力の膜を張って見せてもらった。ナヘラはなんでもないかのように、リークを包むように大きな膜を張った。
私の張る膜と違って、層が厚くて安定している。私の魔力の壁をそのまま膜にしたらこんな感じだろう。
魔力が足りないってこういうことなんだ。
私がちょっと尾羽を下げてしょんぼりしていると、ナヘラが首をかしげながら言った。
何を落ち込んでいるの?
私って魔力がすごく足りないんだね。
そうね。もっと増えるといいわね、魔力。
そう言ってナヘラは私にすりすりと体を寄せた。私もナヘラにぴったりとくっついた。これ、眠くなる。
カーディーン達のお話も終わったようで、イリーンとラナーが別れの挨拶をした。私はくぴーと鳴いて挨拶をした。ナヘラも私にぴーと鳴いて挨拶をくれた。
ナヘラ達が出て行った後、カーディーンが私を覗き込むように見ながら声をかけた。
「カティア、何やら元気がないようだがどうした?」
私元気ないように見える?
「尾羽がずっと下を向いている」
尾羽は正直だ。
私はナヘラとのやりとりをカーディーンに話した。
私、魔力増えるかな?
「増えるとよいな。だが増えなくとも、カティアは私を守ってくれているだろう?砂漠の砂からも、ナイフからも守れる。少ない魔力をうまく使いこなして私を守護してくれている。カティアは立派な守護鳥だ」
そう言ってカーディーンは私の頭を優しく撫でてくれた。
私ちゃんと守護鳥してる?
「もちろんだ」
そっか、よかった。
ちょっと元気になった。
私の尾羽がちょっと上を向いたのを確認して、カーディーンは微笑んだ。
「この後はイリーンの祝いの宴に出席する。その後、帰ってきたら水花にした花は、カティアの好きなようにして構わない」
ほんと!?ムーンローズ食べていい?
「あぁ」
やったー!カーディーン、早く宴に行こっ!
私の尾羽はぴんと上を向いている。
カーディーンに宴はまだ始まっていないと笑われた。
結局待ちきれなくて、宴に行く前にムーンローズは私の胃袋に収まった。
ムーンローズ、美味しい!