砂漠での、色々な発見
リークが大トカゲに乗って、部下の人達にほぼ遅れることなく大トカゲを操って移動できるようになった。
「リョンドを砂漠に連れていく」
カーディーンのその一言で、リークの初の砂漠行きが決定した。
リークはカーディーンのすぐ後ろに位置する場所に整列した。これは初心者のリークを慣れた部下の人達で囲めるようにと、私の通訳がしやすいようにとの配慮らしい。
ちなみにリークは今後護身術も習っていくことになるそうだ。最低限自分の身を守る術を持つ必要があるそうだ。たしかにリークは、カーディーンの頭の上やいざとなったら首元の服の中に隠れることが出来る私とは違うから、荒事になると危ないんだ。
リークは小さめの護身用のナイフを所持している。使い慣れない月刀剣を持たせても、逆に危ないと言う理由だそうだ。リークは周りを固める部下の人達にがっちがちに緊張しているのをからかわれている。
実は当初、文官出身のリークと軍の荒くれ者なカーディーンの部下の人達がちゃんと仲良くなれるだろうかと、私はひそかに心配していた。
だってマフディルが初めて部下の人達にリークを顔合わせした時に、部下の人達がとてもそわそわしたのでなんだろうと思ったら、「カティア様の友人で、すごくきれいな顔の通訳士がくる」という噂が流れ、リークを女性だと思っていたらしい。実際のリークを見て、すぐに男性だとわかってみんなはとてもがっかりしていた。「初めての女性の仲間だと思ったのに……」とか「久々の女性の軍人じゃなかったのか」や「さらば俺達の癒しの女性……」とのつぶやきが聞こえた。
どうやらもう一人の副官ササラは女性扱いされていないのだと感じだ。
そして同じく私も女性扱いされていないと見た。とっても失礼だと思ったのであとでササラに言いつけに行った。後日ササラがいい笑顔で汗をかいていて、部下の人達が地面と仲良ししていたので、ササラが女性扱いされない原因はこれだと気がついた。けどそれなら私のことは、もうちょっと女性扱いしてくれてもいいと思うんだ。私は部下の人達を投げ飛ばしたりしたことなんてないのに……。
その後、ササラにぼこぼこにされたことか女性だとぬか喜びさせられた八つ当たりなのか、部下の人達のリークへのあたりが強くなった気がした。けれどリークは、お兄さんとのやりとりの延長線上な感じだと言ってけろりとしていた。実際部下の人達も、新入りをいじってからかったりするような扱いで、彼らなりに可愛がっているようだった。扱いはものすごく雑だったけれど。
そんなやり取りを経て、どうやらリークはからかうと面白い新入りの後輩のような扱いが定着したようだ。まぁ軍の中でリークが一番年少なこともあるので仕方がないのかもしれない。
部下の人達が初砂漠に緊張しているリークをからかっているのを、カーディーンがそろそろやめろと諌めて門がゆっくりと開いた。
私はいつも通り、カーディーンの頭の上に乗っている。
「出立する!」
既に聞き慣れたカーディーンの合図で大トカゲたちが砂漠に両足を踏み出した。
私が頭上で振動を楽しみながら時々背後を振り返ると、リークがあちらこちらをきょろきょろしたり、トカゲの手綱を確認したりしながらなんとかついてきているようだった。
リーク、初めての砂漠はどう?
「別に砂漠に出るのが初めてなわけじゃないんだが、宮殿が見えなくなるほど遠くに来たのは初めてだ。すごいな……見渡す限り空と砂しかない」
ちょっとおもしろそうな声でリークが返事をした。そしてその後「だが熱いな」とぼやいた。そうだね、ここにくると宮殿がいかに涼しいのかよくわかるよね。
その時、砂漠に鳥の影が小さく横切った。
あれ何の鳥?
「あれはメイシュラという鳥だ。かなり大きな鳥だが、こちらを攻撃してくるわけでもなければ食べられるわけでもないので、放っておいても大丈夫だ」
私が頭上高くを飛ぶ鳥の名前を尋ねると、リークが通訳してカーディーンが答えてくれる。
宮殿じゃ当たり前だったこのやりとりが、砂漠で出来ることに感動した。これからはわからないことにすぐ答えがくるんだ!
カーディーン、カーディーン!じゃああの茶色い生き物は?
「砂ヤギだな。砂漠の生き物の中ではかなり美味しい肉だ。基本的にはすぐに逃げてしまうのだが、一匹はぐれた個体は逆に最後の力を振り絞ってこちらを攻撃してくるので、なるべく群れを襲うのが一番効率のいい方法だ」
じゃああの犬みたいなのは?
「砂漠狼だな。砂ヤギを狙おうとしているのだろう。攻撃的で凶暴、集団で襲ってくるので非常に危険だ。肉は不味くて食べられない。さすがにここらを狩り場にされると麦の木林の者達が危険なので、背後から襲って移動させよう」
基本的にカーディーンの説明には襲うか否かと、その肉は食べられるかどうかという情報が重視される。自給自足を求められる砂漠での必須項目なのだろう。すごいね、カーディーン!
私が嬉しくなってさらにあのサボテンの名前は何?や、この砂山に名前はあるの?やら、どうでもいいことからカーディーンですら答えを知らないような瑣末なことまで質問責めにした為、リークが私の通訳に大トカゲの扱いにと大変そうだった。がんばってね、リーク。私は質問するのをやめない。
リークは砂漠に来るのは初めてじゃなかったようだが、麦の木林は初めて見たようで感嘆の声を出していた。
「砂漠に木が生えている……っ!」
まぁそこだよね。
感動するリークとこっそり共感している私に、カーディーンが補足説明をくれた。
「ちなみに昔から麦の木は、夜の砂が少ない時に見ると、とある一つの木ともう一つの木の根が繋がり合ってひとつだったという話があるそうだ。つまりもしかしたら、私達が見ているこの幹の部分すら麦の木のほんの一部でしかなく、麦の木林だと思っているこれは、ひとつの大きな麦の木かもしれないと言う仮説があるな。残念ながらそれを確かめるすべはないのだがな」
つまり麦の木って頭以外全部砂漠に埋まっててみえないってこと?
「そういう可能性があると言う話だ。木の根が繋がっていたというその話自体が作り話だと言う者もいるので、どれが正しいかは分からないのだ」
そっか、麦の木ってどうやって砂漠に生えているのかと思ったら、もっと大きくて埋まっているかもしれないのか。
私は砂漠には何度も来ているのに、意外と知らないことがたくさんあるのだなぁと実感した。
さて、お昼御飯の時間だ。今日は砂漠狼と砂ヤギを追い回したので砂ヤギを一匹捕らえた猛者がいたようだ。
ついでに休憩前に頭上を飛んでいた鳥を仕留めた部下の人もいたので、今日のお昼は豪華になりそうだとみんなが喜んでいた。
そしてカーディーンの号令でお昼作りが始まる。勝手のわからないリークが私を肩に乗せて、少し離れた場所できょとんとしていた。
暇な私はリークに説明をしてあげる。
あのね、今から見張りの人とお料理する人にわかれてお昼ご飯を作るの。今日は砂ヤギと何かの鳥を仕留めたから、それをさばくところから始まるんだね。
「携帯食があるじゃないか」
それだけだと足りないんだって。だから一応最低限の食事はもってきているけど、美味しくないし量が足りないから自分達で作ってるの。だからみんな道中で生き物を仕留めてトカゲにくくりつけてるの。ただし、襲われている人がいたり、獣の群れを追い払ったり誘導したりするときは荷物になっちゃうから、その時は捨てたり餌として利用したりしなきゃいけないのだって。だからお昼まで何事もなかった場合のみ、捕らえた獲物を調理して食べることが出来るの。みんなが喜んでいるのはそこだね。
ちなみにそもそも勝手な行動などほとんど取れないし、野生の食べられる動物が矢の届く範囲に現れることなどめったにない。なので獲物をしとめ、お昼までトカゲに乗せて持っていられるのは貴重な幸運で、砂漠が平和な証拠だとカーディーンは笑っていた。
「なるほどなぁ。確かにこれじゃ俺でも少し食べたりないと思うだろうな」
私の説明にリークが自分の持っていた携帯食を見ながら納得の声をあげた。しかも水分をものすごく持っていかれそうな乾燥具合だしね。
その間にも調理作業はてきぱきと進んでいる。そして調理担当を見ながらぽつりとつぶやいた。
「カーディーン様は将軍なのだから、何もしないか見張りの指揮官をすると思っていたんだが……」
そう言ってカーディーンを見つめるリークに習って私もカーディーンの方を向いた。
カーディーンは、本日は調理担当だったらしく、作業ナイフで部下の人達が大まかにさばいた砂ヤギ肉を一口サイズに切っていた。非常に手慣れた無駄のない動きだ。
リークが意外に思ったことから見て、王子様だろうが将軍だろうがみんなで分担作業をするこの光景は普通じゃないのかもしれない。作業担当は立場関係なく順番にまわってくるようだ。それはたとえ王子様で将軍でも変わらないらしく、意外なことにカーディーンは料理もできる。男の野営料理だが、割と美味しいらしい。なのでカーディーンが調理担当で味付けをする日はちょっと嬉しいと部下の人達が言っていた。
確かね、全部の役割をぐるっとまわしていくのは、誰が一人で遭難しても生きていける術を身につけられるようにだって。全ての役割を一通りこなせるように、全部のことをするんだって。
すべての説明を終えて私がふふんと胸を張った。
私が誰かにものを教えるのは初めてかもしれない。
どう?私物知りなんだよ!
「はいはい、カティアはよく知ってるな」
そう言ってリークは私を適当につんつんした後、カーディーンの方に向かった。
「ならば俺も出来るようにならないといけないな。……カーディーン様に教えを乞いに行く」
そう言ってリークもカーディーンの調理作業に混ざりに行った。リークは一番偉いカーディーンにものを教えてもらうのに躊躇しているようだが、私の通訳という一番大事な仕事がある以上私の近くにいなくてはならない。そうなると必然的にカーディーンのそばにもいなきゃいけないので、リークはどんな些細なことでもカーディーンから教えてもらわなくてはならない。
リークとしてはこれがとても気まずいそうだ。今はだいぶ慣れてきたらしいけれど、まだカーディーンとお話しする時は少し緊張している。私はカーディーンの頭の上にちょこんと移動して尋ねる。
カーディーン、今日は何作るの?
「砂ヤギの蒸し焼き料理だ」
そう言って部下の人達が持ってきた黒こげに焼けた大きな実をナイフで真っ二つにした。真っ二つにされた黒こげの実は中が空洞の様にからっぽだった。カーディーンはリークに指示してその空洞に細切れにしたヤギの肉を詰めさせた。指示を出しながらもってきていたらしい調味料となる何かの枝や乾燥した草を、もみつぶしたりナイフで削ったりしながらヤギ肉の上にまいている。
そうしている間に部下の人が両手で大事そうに持ったたぷんたぷんとした薄い袋をカーディーンに渡した。
それ何?
「砂ヤギの水肺だ。砂ヤギは体に水分を貯蔵することが出来る。これがその部位だ。この水分は砂漠では貴重な水分だ」
そういって水肺を傾けると切り取られた部位の先からちょろちょろと水が出てきた。実の縁まで水を注いだら、部下の人に水肺を返した。水肺を受け取った部下の人はまた別の調理担当の所に水肺を届けに行く。
そうしてもう一度半分に割った実をきちんと閉じる様に戻して、あらかじめ乗せて用意していた真ん中をくぼませた砂の穴の上に置いた。
砂の穴の下には食べられない部位や毛皮が入れられている。
カーディーンがリークに尋ねた。
「チャカの実を使ったことはあるか?」
「いいえ。ございません」
リークが答えると、カーディーンがごそごそと袋を探ってチャカの実を取り出した。赤茶色の小さな実だ。
出た、チャカの実!
「ならば使ってみろ。この実を口に含んで唾液で湿らせろ。そして実全体を湿らせたらすぐにこの穴に向かって吐きだすんだ。含むときはあらかじめ唾液を溜めておけ。三つ数えるうちに吐きだすんだ、いいな」
「は、はい」
リークは緊張した面持ちで受け取った実を口に含み、少しもごっと転がしてから口に指を突っ込んで実を取り出し、穴に放った。が、実は穴の底に落ちる前にばちっと音を立てて火花を散らしはじけた。
「うわっ!」
リークがびっくりしている。私とカーディーンは、これは間に合わないと思っていたので、予想通りだった。リークの指の近くで弾けなくて良かった。
カーディーンはもう一度実を取り出すと、リークに「見ていなさい」と言って口に含んだ。
するとひとつ数える間に、カーディーンがプッと実を勢いよく穴に向かって飛ばした。
ヤギの毛皮の上に見事に着地した実は、次の瞬間先ほどと同じようにばちんと火花をちらして弾けた。そしてその火花で毛皮に火が付き燃え始めた。
「チャカの実は火つけの実だ。着火の実、が語源と言われている。普通に暮らしているとまず使用しない実であろう。水分を含むと火花を散らして弾ける実だ。内側の種の部分が濡れると破裂するんだ。だから種の部分に水分が浸透する前に口から出さないと口の中で破裂する。火傷になるから口の中で破裂させないように気をつけろ」
ちなみに種の部分はすりつぶして粉末にしたものなら「火着け粉」という名前で知られているらしい。リークも知っていたようで「あぁ、あれはこの種をすりつぶしたものだったんですね」と言っていた。アファルダートで料理を作ったりする際に使用する粉末なのだそうだ。燃料を準備して粉末を適当にふりかけ、手を濡らして水気を飛ばすように粉末にかけると同じように火花を散らして燃料に火が付き燃える仕組みなのだそうだ。
砂漠で粉末を持ち歩くと汗を掻いた手で触ると危険だし、風で飛ばされる危険もある。なので粉末ではなく実を持ち運ぶのだそうだ。実だと全体を唾液などである程度しっかり湿らせて実の内側に水分を浸透させない限り火花を出さないので、粉末よりはまだ着火しにくく安全だと言う理由で砂漠の移動の際は実を持ち歩くらしい。リークはなるほどと理解した後、他の調理担当の所に行ってチャカの実の練習をさせてもらいに行った。新人はだいたい同じように練習するため、部下の人達はからかいながらもリークに唾液をうまく溜めるコツや唾液を浸透させて効率よく舌の上で転がす方法を教えていた。狙った場所にチャカの実を飛ばすのが難しいらしく、うまく毛皮に着火させることが出来ずに部下の人達に笑われていた。
そんな感じでリークにいろいろ教えながら料理が完成した。
火から外した黒焦げの実を開けると、中でほとんど水分がなくなっており、ヤギ肉の色が生肉色から少し白みがかった煮込まれた色に変わっていた。ヤギ肉の臭みは調味料や香草でごまかしているらしい。
食事はみんなで一斉に食べる。
リークはカーディーンの隣に座る。自分に配られた鳥の煮込みスープを見て、そしてカーディーンの膝の上でサボテンや木の実をうまうま食べている私を見て、さらに私を膝の上に乗せて鳥の肉を食べているカーディーンを見て何とも言えない表情をした。
カーディーンはリークが見ているのに気がつくと、私をちらりと見てから声をかけた。
「リョンド、カティアのことは気にせず食べるとよい。カティアはこのようなことで気分を害するほど器の小さな守護鳥ではない」
私はカーディーンの言葉にそうだよ!と言わんばかりにリークを見た。口にはサボテンを頬いっぱいに詰め込んでいる。うまうま。
そうだね。別にリークが鳥肉食べても私は気にしないよ?だってそれ私じゃないしね。動物が死んだら食べられるのは当たり前のことだよ?
リークは「そういうものなのですか……」と呟いて初めは私にやや遠慮しながら、その後は黙々と鳥のスープを食べていた。どうやら美味しかったらしい。よかったね。
食事を終えたらしばしお腹を休める時間だ。
私はカーディーンと部下の人に付き合ってもらい、魔力の膜を張る練習になる。
現状でも視界確保に役立っているけれど、突風による砂しか防げない現在の私ではいざというときカーディーンを守れない。なのでこうして時間の隙間を見つけては私も訓練しているのだ。遊んでばっかりいるわけじゃない!
ということで本日も部下の人が迷いなくカーディーンの顔面めがけてナイフを飛ばす。隣で見ていたリークがひっ!と声を上げていた。私はびびりながらも魔力の膜を張る。ナイフはぱちんと膜を突き破り、何にも遮られることなくカーディーンの鼻先へ飛んでゆき、瞬きすらしないカーディーンがナイフを指で受け止める。
むぅ、どうやっても魔力が均一にならないし薄くなっちゃう……。
何度か繰り返した後、私が膨れてそう言うと、ようやくナイフを王族に投げると言う暴挙に慣れてきたらしいリークが口を挟んだ。
「もういっそ全体に魔力を張るのをやめてしまえばいいのでは?」
カーディーンと私が「ん?」となり、リークに説明を促した。
「守護鳥様は皆、自分を包み込むように魔力の膜を張るのだろ?本来はそれが一番安全だからだろう。だがカティアは魔力が足りない。だから自分の体を覆うくらいはできても、カーディーン様や人を包み込むほどの魔力を維持できないし、膜が均一じゃないから安定しなくてすぐに壊れてしまうんだろう。魔力に揺らぎが見える」
え?リーク魔力の膜が見えているの!?
「見えているな」
魔力は透明で人間は見ることはできない、それが私達の認識だ。モルシャ達だって私が魔力の膜を張っているのは何となくわかるけれど、魔力の膜を認識すること自体は出来ないはずだ。それなのにリークはあっさりと魔力が見えると言った。
カーディーンはその言葉を聞いて、思い出したようにリークに言った。
「そう言えばモルシャが、リョンドは歴代でも鳥司の能力に関してはかなり高いと評していたな」
「これは私独自の見解なのですが、モルシャ殿の言う鳥司の能力とは、魔力を感知する力のことだと私は認識しております。鳥司が守護鳥様の言葉を読み取れるのも、守護鳥様が伝える魔力を無意識にでも感じることが出来るからでしょう」
なるほど、まぁ私達守護鳥って音を出してしゃべっているわけじゃないからね。感情に合わせて口は開いたりするけれど。
カーディーンと二人、リークの考えに納得の声をもらした。そんなこと考えたこともなかった。たぶん鳥司達も意識的にやっているわけじゃないし、当たり前のことすぎてわからないのだろう。
「俺が見るに、カティアの膜は脆くて安定していない。自分の使える魔力をむりやり引き延ばしているからなんだと思う。だから自分が使いやすくて安定させられる範囲に限定するべきだろう。試しにカーディーン様の正面だけに、壁の様に魔力を張ってみたらいいと思う」
リークがそう言うので、初めての試みだがやってみることにした。
いつもは自分とカーディーンを包み込むように張っている魔力を正面にのみ、そそり立つ壁を創造しながら注ぎ込む。すごく違和感がすごい。そしてやりにくい。
これなんかもやもやするしやりにくい。
「でも魔力は先ほどよりずっと厚いぞ?」
そういったリークが、正面に移動して部下の人達が練習用に持っていた石を受け取って、大きく振りかぶって投げつけてきた。
リークの投げた石はちゃんと投げることが出来なかったのか、カーディーンの右手方向を霞めるか否かと言う魔力を張っていなくても当たらない方向に飛んできたが、そこには魔力の壁がぎりぎり張っている場所だった。
そして魔力の壁は飛んできた石を弾くことに成功した。今度はリークが部下の人にお願いして、ナイフを投げてもらう。カーディーンは受け止める準備をしている。
しかし鋭く飛んできたナイフは、カーディーンの手が届かない範囲でまるで見えない壁に阻まれた様にカランと地面に落ちた。カーディーンが大きく目を見張った。私もくぴーと鳴いた。
すごい……ナイフを通さなかった……。
「今はまだ気持ち悪いかもしれないけれど、カティアにはこちらの方があっているんだろう。カティアの魔力は他の守護鳥様より少ないんだ。同じ方法ではなく少ない魔力を可能な範囲で安定して維持できる方がいいだろうな。あとは必要に応じて正面や横、背後に壁の様に張ればいざと言う時には対応できるだろう。砂から視界を確保する時と使い分けをできるようにすれば十分じゃないか?」
そもそもカーディーン様が敵に後れを取る事態などほぼありえない。ならばその一瞬敵から守るだけでいいのだ。そう締めくくったリークに私は飛び付く勢いですりすりした。
すごいすごい、リーク!私初めてナイフからカーディーンを守ったよ!!守護鳥みたい!
私が大興奮でくぴーくぴー鳴いていると、頬に張り付いた私をつんつん撫でながらリークが「よかったな」と言ってくれた。
カーディーンは大興奮で「カーディーンを守ったよ!」とさえずる私を、目を細めて柔らかな声で褒めて、感謝してくれた。上機嫌になった私は、いつもより長めに訓練を続けた。ナイフがカーディーンの目の前で私の魔力によって弾かれる。すっごい!!
ただリークも言ったように、この魔力の壁は正面しか守れないので、ナイフを飛ばされている最中に横から砂をかけられると、砂は遮られることなく私とカーディーンを襲ってしまう。なので瞬時に使い分けをできる様に訓練が必要だと言う結論になった。
私はリークの助言にすごく感謝した。カーディーンもリークの着眼点を褒めていた。
リークは「役に立てて良かった」と、照れくさそうに笑っていた。
ただ、慣れない魔力の張り方をしたせいか、私はちょっと疲れてぐったりしていた。移動中、カーディーンににぎにぎしてもらって疲れを癒していた。
頑張った後のにぎにぎは格別だ!
その後も、比較的特に問題もなく本日の見回りが終了した。
太陽が赤くなってきたのでそろそろ宮殿に帰る時間になる。
私達は太陽を背に宮殿に向かってざくざくと進んでゆく。リークは方向感覚がわからなくて混乱しているようだった。そうだよね、砂しかないもんね。
トカゲの影が進行方向に長く伸びている。カーディーンの頭の上の私も長ーい影になっている。あれくらい大きくなればいいのに……。
もうすぐ宮殿が見える段階になったので、私は後ろについてきているリークに声をかけた。
リーク、今から宮殿だよ。
「そうなのか?」
うん。あの砂山を越えたらみえるんだ。宮殿がすっごいんだよ!ちゃんと見ててね。
「宮殿ぐらい見たことあるぞ?」
リークが笑って言うけれど、そうじゃないんだ。リークは宮殿が見えなくなるほど遠くまで来たことはないって言っていた。ならこの景色は絶対に見たことがないはずなんだ。
私の言葉に「楽しみだな」と笑っていたリークだが、砂山を越えて、その光景が目の前に広がった瞬間に言葉を失くした。
目の前にみえるのは遮るもののない砂漠と、空、そして城壁と宮殿だ。
空は広く広く世界を覆っていて、雲は赤く、空はくすんだような青と夕陽の赤が混ざり合って段々と薄紫色になっている。砂は夕陽を受けてきらきらと黄金に輝いている。そしてまるで黄金の絨毯の上に佇むかのように夕陽を受けて赤く染まった白亜の宮殿がある。
空と砂漠と太陽の光を受けて、色は金色と赤と薄紫と、そのすべてを受け止めて繋ぎとめる様に宮殿が視界の中心にある。なんとも幻想的な光景なのだ。近くで見たら大きな宮殿も、広がる空と砂漠の向こうに見ると、本当に小さく感じるのだ。
「すご……い…………」
リークは呆けたように小さく呟いた。
その言葉を聞いたカーディーンが、誇らしげな声でリークに言った。
「砂漠と国を守り、夕陽の中戻ってくる我らだけにしか見られぬ光景だ。美しいであろう。我らは今からあの美しい場所へと帰るのだ。そのことを誇らしく思えるようになれば、リョンドも我が軍の者となった証だ」
そう言って笑うカーディーンの表情が、なんていうかとても王子様しているのだ。私はこの光景も好きだけれど、あの宮殿を見つめるカーディーンの表情も好きなのだ。
そしてこの瞬間は、普段は荒っぽくてがさつなカーディーンの部下達が、すごくかっこよく見えるんだよ、とリークの肩に移動して教えてあげた。
「本当だな」
そう言ってリークも笑った。リークも汗にまみれて頬に砂とかつけて、砂漠の風に晒された髪はややぱさぱさしている。でもいずれリークもかっこいい表情になるのだろうか、と私は宮殿を見つめて呆けているリークの横顔を眺めながらカーディーンの頭の上に戻った。
黄金と薄紫の世界の中、私達は門をくぐって宮殿へと帰ってきた。