通訳士リーク頑張る
リョンドがリークになって、私の友達兼通訳士になった。
私としてはそれでいいんだと思っていたけれど、現実はそうもいかなかった。
国王には許可をもらっても、他の鳥司達は納得しなかったようだ。特に反感を覚えているのが「守護鳥様に向かって敬語を使わないなんてありえない!」という部分だった。
いちばん身近な鳥司のモルシャがにこにこして何も言わなかったから平気なのだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったようだ。
特に特殊な鳥司の抜擢をされた揚句、すぐさま鳥司を辞したリークに対する反発も大きかった。
モルシャ、どうしたらいいの?
私が尋ねると、モルシャは笑って言った。
「カティア様が何かをなさる必要はございません。カティア様はリョンドの御友人なのですから、リョンドと仲良くしてらっしゃるのがリョンドにとっても一番よいでしょう。カティア様の御友人になり、鳥司を辞する決意をしたのはリョンドなのですからねぇ」
モルシャはリークが私に丁寧な言葉を使わないのってどう思う?
「鳥司としては許すことのできない非礼でございますね。ですがリョンドは鳥司ではありません。ましてや気さくな言葉を望んだのがカティア様であるならば、わたくしがリョンドに対して意見することなどございません」
モルシャは私に笑顔でそう言ったが、リークにはなかなか厳しく接しているようだった。
といっても、怒っていたりするのではなく、笑顔で恐ろしい量の仕事を与えていた。
そもそも通訳士が一体何をする仕事か考えたときに、カーディーンが言ったのだ。「鳥司より制約なく自由にカティアについて行き、鳥司のようにカティアの声を届けるのが仕事だろう。ついでに私とも行動を共にするのだから、人手不足の軍の書類仕事を手伝えるようにしろ」と。
こうして通訳士と言う異例の役職のリークには、現在三人の上司がいる。
通訳としての仕事をモルシャから、文官としての仕事をマフディルから、そして私と遊んだり共に行動したりすることをカーディーンから教わっている。
一つ一つに膨大な知識が必要で、失敗すると三人から容赦なく怒られる。リークは日に日にへろへろになっていった。
人間も鳥も、いらいらしたりすると毛が抜けてしまうと聞く。リークの綺麗な銀の髪が抜けてしまわないか心配だ。
リーク、リーク大丈夫?髪の毛抜けちゃわない?
「平気だ。俺が自分で選んだことだからな。それに、これだけ忙しいと、周りの目や声を気にしなくていいから楽だな。心配してくれてありがとな、だが髪の話はするんじゃない」
リークは疲れたような顔で笑った後、私の頭をつんつん撫でた。リーク撫でるの下手だね。
あとでカーディーンに言ったら、男性にとって髪の毛の話は繊細な問題だから、抜けるとか言っちゃだめって言われた。この間リークの髪の毛を引っ張って遊んでいたらものすごく怒られたのは、苛々していたからじゃなかったのか……反省。
そんなリークのはたから見ていても良くわかる忙しさに、段々誰も何も言わなくなった。みんな思ったのだろう。どれだけ特別扱いされても、あの三人にあれだけしごかれるのは嫌だ、と。
私にとってはみんな優しい人達だけど、王族とその腹心の部下と、鳥司の中でもかなり上のモルシャだ。それぞれすごい人らしい。私の周りはすごい人だらけだったようだ。
そんな人達が一丸となってリークを鍛えていた。負けず嫌いなリークは割と意地で食いついていた部分もあるだろう。一番つらそうだったのは、砂漠についてゆけるように大トカゲに乗る練習だった。
ところで一つ問題がある。リークの砂漠でのパートナーとして与えられた大トカゲなのだが、他のトカゲたちより少し小さい。それもそのはず、そのトカゲは私より遅く生まれ、私とサボテンを奪い合った仲であるあの子供トカゲだった。
え?リークを乗せられるぐらい大きくなっているんだけど……?成長速度がおかしいよ。なんでそんなに成長するの?
くやしいので私もその日からしばらく、サボテンをご飯に出してもらった。サボテンを食べたら大きくなるかもしれない。私はそんな期待を込めてサボテンをもしゃもしゃした。
…………毛、一筋分も伸びなかった。
さて、意地で絶対に弱音を吐かないリークが心配なので、私はリークが大トカゲに乗る訓練をしている間、カーディーンの部下の人達に質問をしてみた。
疲れている男性が一番喜ぶ物って何?
モルシャに通訳してもらうと、部下の人達は少し考え込んだ後、皆の意見を代表して一人が答えた。
「そりゃあ女の手料理でしょうな」
皆、うんうんと口々に頷き合っている。とくに若い女性で、気持ちのこもった料理だとなおさら良いそうだ。皆が何故か遠くを見つめながらそう言った。とても気持ちがこもっているように感じた。
そういうことならば、私が友達のリークの為に翼を広げることもやぶさかではない。若くて綺麗なメスの、この私が!
私が気合を入れていると、モルシャが穏やかに笑っていた。いつもより少し肩が震えていて、手の平に乗っている私はその振動を楽しんだ。
リークが全ての仕事を終えてカーディーンの宮に戻ってきた。私はリークを出迎えた後、少し胸を張って翼を広げながらリークに言った。
リーク!いつも大変そうだから、私からリークに贈り物があるの!すごく喜ぶものだよ!
「贈り物?」
リークがきょとんとしたところで、私はモルシャに頼んで贈り物を持ってきてもらう。
リークはモルシャが持ってきたものをみて、ますます首を傾けた。
「皿に乗った……キームの果実か?」
カーディーンの部下の人達が言ってたの、人間の男性は若くて美人な女の子の手料理が一番うれしいって!だから若くて綺麗なメスの私が、リークの為に一番おいしそうな果実を摘んできたよ!!これなら人間も食べれるでしょ?食べていいよ!
私がどうぞと勧めると、リークが小さく笑ってひょいとキームの果実をつまみあげた。
「突っ込みたいところは色々ある……けど、まぁそれは置いておこう。ありがとう、いただくよ……―――っ!?」
つまみあげたキームの果実を、リークはひょいと口に放り込んだ。そして次の瞬間、ものすごい勢いで顔をしかめた。ものすごく酸っぱかったのだろう。リークの声にならない声が聞こえた。
キームは甘酸っぱくて小さな果実だ。指の先くらいの大きさの果実なのに、びっくりするほど沢山果汁が出てくる。そして見た目の変化はまったくないのだが、中身が若い果実は酸っぱく、熟してくると甘酸っぱくなり、成長とともに味が変化していくのだ。
甘酸っぱいキームは既に実が成長しきっていて、栄養が全部なくなっているので美味しい。酸っぱいキームは果汁に成長するための栄養がいっぱいつまっているのでとても体にいいのだと聞いた。
なので私が自身の能力を存分に発揮して、リークに一番酸っぱくて栄養のたくさん詰まったキームの果実を採ってきたのだ。人間にはわからなくても、私には何となくわかるのだ。この感覚を何と説明したらいいのかわからないけど、とても役に立つ能力だ。この能力があるから、私は常に一番おいしい状態の花や果実を見分けることが出来るのだから。
すごく酸っぱいでしょ!その酸っぱい栄養で早く元気になってね!!
「…………あぁ……ありがとう」
リークが口を押さえたまま、もごもごとお礼を言った。そんなに酸っぱかったのだろうか?ちょっと栄養を求めすぎたかもしれない。
お詫びにちゃんとほどよく甘酸っぱいキームも用意したのだが、受け取ってもらえなかった。もう元気になったからいらないのだそうだ。仕方ないので私が食べた。うん、甘酸っぱい。
リークが三人にしごかれることしばらく。段々リークが仕事に慣れてきたようだ。
連日浮かんでた目の下の隈が、少し薄くなってきた。それと同時に、仕事に慣れてきたおかげで自信もついたようだ。リークに不満を持っていた人達とも徐々に仲良くなってきたらしい。
この間、よく私を追いかけてくれる鳥司の人と喋っているのを見た。
リークが元気になったのが嬉しくて、構ってほしくていたずらしたら怒られた。
でも私はリークにひとつだけ不満がある。
リーク、私を撫でるのがものすごく下手なんだよね……。
早くモルシャのくふくふや、カーディーンのにぎにぎの様な技術を身につけてほしいと思った。