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リョンドと私の証の形

 私がリョンドと咲かずの花の種を植えてから、四回空に月が昇った。

 私とリョンドの関係は相変わらずだ。リョンドは初めて会った頃の様に瞳に怒りを宿してはいないけれど、あくまで仕事といった接し方で、迷子の時の様な関係には至っていない。

 リョンドが私の鳥司に慣れていないのもあり、リョンドは砂漠には同行していないので、私は砂漠ではカーディーンと意思疎通できない状態のままだ。

 けれど五回目の月が空に昇り、リョンドが退室してモルシャだけが残った状態で、カーディーンが私に告げた。


「そなたの願ったことがようやく形になった。私に可能な限りのことはした」


 ありがとうね、カーディーン。


 私はカーディーンが差し出した紙を見せてもらった。……うん、読めない。

 カーディーンに教えてもらいながら内容を確認し、私は足にインクをつけて、カーディーンのサインの下にぺしょりと自分のサインをした。


 翌日、本日もカーディーンと砂漠に向かい、夕方前に帰って来てリョンドとモルシャに門の所で出迎えを受けた。


 あ、リョンド。今日はこのままカーディーンの宮に帰るから。


「畏まりました」


 途中で執務室に向かうカーディーン達と別れて、私はリョンドとモルシャ達鳥司を連れてカーディーンの宮へ戻ってきた。

 カーディーンの宮に戻った私は、リョンドの手から飛び立って庭園に向かった。

 庭園のとても目立つ場所にぽつんと植えた、未だ芽を出さない咲かずの花の近くへと降り立った。

 そんな私のそばに、しゃがみ込むようにしてリョンドが座った。手には水の入った器を持っている。

 私はリョンドが地面に置いた器の水を、ばしゃばしゃと咲かずの花にかかるようにこぼした。この花は私が自分でお水をあげて育てているのだ。……花咲かないけど。


 あのねリョンド、お話があるの。モルシャあれもってきて!


 私が言うと、リョンドは少し小首をかしげ、モルシャは心得たようにすっと小さな紙をリョンドに渡した。

 リョンドが受け取って内容に目を通し、ぎょっとした表情で私を見た。


 それが私からリョンドに出来る全部だよ。


「…………この書面には、私に、鳥司を辞する権利を与える……と書いてあるのですが……。それも、国王陛下、カーディーン様、鳥司大仕長の署名付きで……」


 少し震えるような口調で、リョンドはそう言った。

 それが、私がカーディーンにお願いしたことだからだ。


 私の署名もあるよ、ちゃんと見て!あともうちょっと下も読んでほしいんだけど、リョンドに「鳥司をやめることが出来る権利」と「私のお友達になる権利」をもらったの。リョンドは鳥司になりたくない、嫌いだって言ってたからやめることが出来たらいいのかなって思ったけど、リョンドは全部選ばせてもらえなかったとも言ってたから、リョンドが選べるようにしといたよ。


 私の説明を受けながら、じっと食い入るように書面を見つめるリョンドの表情には困惑が広がっている。


 ごめんね。お家の名前を戻すことはできなかったの。それだけは絶対だめって国王に言われちゃった。だから私に出来るのはこれだけだったの。だからリョンドに選んでほしいの。リョンドが何を選んでも、国王にリョンドを怒らないでって言ってあるから大丈夫だよ!


 それだけは保障すると言わんばかりに私が自信満々に胸を張ってリョンドを見上げると、リョンドは私を見つめてぽつりとつぶやいた。


「なんで……俺の為に、ここまでするんだ……?」


 なんだか迷子の子供の様な声で言われたので、私は親鳥の様な心境で尾羽をぴんと上げて言った。


 私リョンドに借り、作ってたでしょ?まだ返してないのにお礼も言えないような関係嫌だもん!あと、鳥司のリョンドは守護鳥の私が謝ったら絶対許さなくちゃいけないって言ったでしょ。だから、リョンドの意思で私を許すかどうか決めてもらうために、私にできることをしてみようと思ったの。許すのも許さないのも、鳥司をやめるのもやめないのも、全部リョンドが決めていいんだよ。


 絶対許さなきゃいけない謝罪って謝る意味がないって思うからね、と私が言えば、リョンドは小さくつぶやいた。


「俺が……選んでいいのか?」


 そうだよ!


 私が両の翼を広げてそう言うと、リョンドは小さく唇を噛みしめた。

 実を言えばリョンドが鳥司をやめること自体も、慣例を破ることになるのでかなり議論があったのだ。けれど最終的には「歴代初の砂様が御加護をくださるという奇跡の前には、鳥司の慣例など些細な問題」ということで、私にとって一番いいようにとカーディーンやモルシャが頑張ってくれた結果なのだ。

 ……私自身は何にもしてない。カーディーンとモルシャにお願いして、なんとかしてもらっただけだ。これ私がしたって言っていいのかな……。いいんだよね、たぶん。あとで改めてカーディーン達にお礼言っておこう。


 カーディーンもモルシャも、大事なことはいつも私に選ばせてくれたの。だから私もリョンドに選んでほしいの。だから選んで。


 私は広げていた翼をはばたかせ、リョンドの目線に並ぶ位置に飛び上がった。リョンドがその場に手を出してくれたので有難く手の平に乗る。

 あらためて、リョンドに告げた。


 迷子の私を助けてくれてありがとう。そして私のせいでお家の名前を捨ててしまうことになってごめんなさい。


 そう言って、リョンドの手の平に頭をすりすりと押し付けた。

 長い、長い呼吸が止まってしまいそうなほど長い静寂の中で、リョンドの声音が静かに響いた。


「…………許しません」


 私はその言葉に、すりすりをやめてリョンドの顔を見つめた。


「許しません、今はまだ……。家の名を捨てたことは、私にとって小さな問題ではなかったのです。けれど、カティア様の気持ちが……私は、とても嬉しかったのです。だから私の友達になってください。私は新しい知識を得るのが好きなのです。一緒に色んなものを見せて下さい。そうしたら、きっといつか、カティア様を許すことが出来ると思います」


 そういって笑ったリョンドの表情が、答えだった。私がまた見たいと思っていた、花がほころぶような綺麗な綺麗な笑顔だった。尾羽の内側がむずむずするような喜びが広がった。


「こんな形で貸しを返されるとは思いませんでした。でも私に選択の自由をくれて、ありがとうございます」


 リョンド、違うよ。これは借りじゃないよ。これは私がリョンドを巻き込んだことに対する、私の償いの証だから。迷子の時の借りはまた別の形で返すよ。何がいい?


 私がそう言うと、リョンドがきょとんとして首をかしげた。


「また別なのですか……。これ以上特にして欲しいことなどないのですが……」


 あ、じゃあじゃあ!リョンドが私とおしゃべりするとき、私に丁寧な言葉使わなくっていいっていうのはどう?お友達って丁寧な言葉でおしゃべりしないんでしょ?だからリョンドが私に丁寧な言葉を使ってなくても誰にも怒られない権利をお返しにする!


 私が言うと、リョンドは何がおかしいのか、お腹を抱えて笑いだした。


「あははっ!そっか、えらくたいそうなお返しをもらったな。王族に加護を与えている守護鳥様の友達で敬語を使わなくていい権利か、くくっ……ほんと、とんでもないな。意地を張っていた自分が、馬鹿みたいだ……ははっ」


 え?……だめ?


 私が小首をかしげると、リョンドはちょっと涙目になりながら「だめじゃない」と苦しそうな声で言った。笑いすぎだよ。


「名前も呼び捨てでいいのか?」


 いいよ。私も呼び捨てしているしね。


「じゃあ友達のカティアに俺の大切な名前を告げよう。これが俺からの友の証だ」


 そう言ってリョンドは、まっすぐ私を見つめて囁くような声音で告げた。


「リョンド・リーク・セイニ。クォンバーツの名は捨てたから、これが俺の名のすべてだ。リークが俺の御魂名になる。友の証にカティアにリークと呼んでほしい」


 先ほどとは違う理由で、全身の羽毛がぶわりと震えるようだった。リョンドが私に御魂名を告げたのだ。それがどれほどの決意を持ってなのかは御魂名を持たない私にはわからないが、御魂名がとても大切で、おいそれと人に教えないのだと言うことだけは私も知っている。安易に呼ぶことすら許さないと言うことも。

 そんな名前を友の証として教えてもらったのだ。それが、言いようもなく嬉しかった。


 リーク……リークだね!今日からリョンドはリークになって、私のお友達になるんだね!


「そうだ。リークという名は今のところカティアだけが呼べる名だ。特別な友の証だ。俺は鳥司をやめて、カティアの友達になるよ」


 やったー!よかった!!じゃあこれからはお友達としてずっと一緒なんだよね?


「そうだな。友達だからカティアと一緒にいるよ。まだ許してないからな。色んなものをカティアと一緒に見て回ろう」


 いいよ!色んなもの見せてあげる!あのね、知ってる?麦の木って手の平みたいな形をしてるんだよ!


「麦は収穫されたものしか見たことないな」


 じゃあね、じゃあね!一番美味しい花の見分け方と、虫の上手な追いつめ方法も教えてあげる!


「いや、それはいらない」


 えー!私の一番自信のある知識なのに……いつか役立つかもしれないから聞いてよー!


「はいはい、気が向いたらな」


 むー!


 私が頬を膨らますと、指でつんつんつつかれた。ぷすーっと口から空気が漏れる。それをみてまた笑われた。

 私は怒っているけどなんだか嬉しいという、よくわからない気分になった。でもリョンド……違う、リークが笑っているからなんかそれでいいかなって思えた。


 こうしてリョンド改めリークは御魂名をもって私の友となり、以後は「通訳士」という特別な称号をもらって私のそばにいてくれるようになった。

 服装は鳥司の特別な服装から、動きやすいカーディーンの従者と似たような服になった。私のお友達の証として、私が成鳥する際に抜けた雛の毛をあしらった耳飾りを贈った。

 髪も肌も色が白めのリークの耳元で、私の砂色の羽がリークの動きに合わせて揺れているのは、なかなか似合っていて素敵だと思った。

 あとカーディーンがせっかく私のそばにいて、元々文官を希望していたのだからと、リークにマフディルの仕事を任せようと言い出したので、現在リークは私と共に砂漠に同行し、帰ってきたらマフディルの指示の元、軍での文官の仕事を叩き込まれている。少しでも仕事が分散出来ていいと、マフディルは嬉々としてリークに仕事を教えている。

 あとリークとはケンカもよくするようになった。

 カーディーンは自分の仕事が忙しい時に私が構ってほしくて邪魔をしても、私を優先してくれるか丁寧に諭してモルシャと遊ぶようにと促すのだが、新しいことを覚えるのが大変で、しかも元来少し短気なリークは忙しい時に私が邪魔をしようとすると、迷うことなく「今忙しいから邪魔だ!」と私に言うのだ。

 もちろん、ちゃんと時間が出来た後で謝って遊んでくれるのだが、そんなリークとケンカしながらも楽しく過ごす日々だ。

 本日も私はぷんすか頬を膨らませながら、結局私のお世話係のままおさまったモルシャのところへ飛んできた。


 モルシャー!聞いてよ!リークが酷いんだよ!!


「おやおや、カティア様はリョンドとケンカなさっている時が一番お元気でございますねぇ。本日はいかがなさいましたか」


 私はにこにこ笑うモルシャにリークの話をして、そしてひとしきり怒りが収まったら、またリークの所へ戻るのだ。

 ごめんなさいの準備をして、そしてリークからのごめんなさいを受け入れる準備をして。


 結局、私とリークで植えた咲かずの花は、何が悪かったのかわからないが芽吹くことすらなかった。そのかわり、私とリークに友情が芽生えた。


 友情の花は食べることが出来ないけれど、なんだかお腹いっぱいな気分になれるんだなぁと、私は初めて知ったのだ。


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