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変化に戸惑う

 リョンドはゆっくりと頭を上げたけれど、視線は少し下を向いたままで私と視線が交わされることはない。

 逸らされた視線は、まるでリョンドの拒絶のように感じた。

 緊張する空気の中、モルシャがおっとりとした口調で私に言った。


「カティア様。彼は今後、カティア様の世話係候補としてお傍につくことになります。足の悪いモルシャに変わり、彼ならば砂漠でもどこでもカティア様についてゆけることでしょう」


 何言ってるのモルシャ!?私のお世話係はモルシャでしょ?


 私がびっくりしてモルシャを振り返ると、モルシャは言った。


「はい。わたくしもカティア様にずっとお仕えしとうございます。けれどわたくしの体力では、お元気なカティア様を追いかけることもできなければ、共に砂漠に行くことも叶わぬのです。カティア様にご不便な思いをおかけいたしましたのは、わたくしの至らぬせいでございます」


 でも、でも!それなら今までみたいに、追いかけるのは他の鳥司がすればいいことじゃない!


「宮殿内ならばそれも出来ましょう。ですが、鳥司は宮殿の外へは出てゆけぬのです。唯一許されるのが守護鳥様の世話係としての立場を得た鳥司のみ。カティア様について砂漠へ行ける権利は、このモルシャにしかないのです。ですが唯一の権利を持つわたくしが、カティア様について行くことが出来ないのが問題なのです」


 でも、でもぉ……。


「モルシャは今後もずっとカティア様と一緒でございますよ。ただお世話係としての立場から外れるだけでございます。お世話係はリョンドに、その補佐としてモルシャがお傍におりますよ」


 そっか、うん……でも……。


 私の煮え切らない返事に、けれどモルシャは優しく笑って私をリョンドの手の平に渡した。

 くしゃくしゃのモルシャの手から、つるつるしたリョンドの手に移動した。リョンドの手の方がつるつるすべすべで、おんなじ男の人でも節くれだって大きくごつごつのカーディーンよりも、しわしわで小さいからちょっとバランスをとりにくいモルシャの手よりも肌触りはいいと思う。けれど、なぜだかとても居心地が悪かった。

 そのまま私はリョンドの手の上に乗ってカーディーンの宮へと戻った。モルシャは後ろからついて来てくれているけれど、おしゃべりするにはちょっと遠い。

 私がおしゃべりするならリョンドしかいない。

 私はリョンドをじーっと見上げた。

 リョンドは気付いているだろうに、見上げる私にはいっさい目をあわせず、すたすたと歩いている。

 それでも根気強く見上げていると、少し戸惑った様子ながらも静かに私に目線を合わせてくれた。


「…………いかがしましたか、カティア様」


 あ、えっと…………なんでもないんだけど……。


「左様でございますか」


 あ!リョンドってすごく綺麗ね!私が見た人の中で一番……はザイナーヴだけど、その次くらいには綺麗だよ!ナーブが言ってたサイショクってリョンドのこと?


「……私かどうかはわかりかねますが、その噂が私を差すのならば、この身に余るお言葉をいただき恐縮にございます」


 会話が終了した。違う。私の考えていたのと何か違う。

 迷子の時だってこうやって運んでもらった時に、同じやり取りをしたはずだったのに……。




『ん?なんだ。そんなに俺を見つめても何もやらないぞ』


 別にお腹はすいてないからいいけど、あ、そこの角を右ね。


『はいはい、右ね。…………本当になんだよ。そんな隠しもせずまっすぐ見つめられるといい加減気になってくるんだが』


 すごい綺麗だなって思って!私が今まで見てきた人の中で一番綺麗だね!


『お前好みの顔だったわけだな。正直、人からなら言われ慣れているんだが、まさか鳥にまで言われるとは思わなかったな』


 誇っていいよ!私の種族の好みの顔だからメスもオスも群がってくる顔だよ!戻ったら兄に自慢するんだ!


『はいはい。それはなんとも光栄なことだ。好きなだけ自慢するといいさ』


 ちょっと、ちゃんと聞いてるのー!?


『はいはい』


 むーっ!




 そんなやりとりをしながら廊下を歩いたことが嘘みたいだ。

 その気まずい空気のまま、カーディーンの宮まで到着した。


 宮に戻っても空気は重たいままだった。

 お気に入りの遊び場のブランコでぶらぶらしても何となく楽しくない。


 …………つまんないの。


 原因はわかっている。私がリョンドの視線を気にしているのだ。

 リョンドは今、壁の隅に控えている。静かに私を見つめている。それが鳥司のお仕事だからだ。

 リョンドの視線は怒っていない。けれどただひたすらに、私を無感情に見つめようと努めているようだった。

 私のいたたまれなさは、カーディーンが宮に帰ってくるまで続いた。


 カーディーンっ!!


 私はカーディーンが戻ってくるなり、顔面にしがみつくように突撃した。

 カーディーンは私が痛くないよう、両手で器用に衝撃を殺して受け止めてくれた。


「これは熱烈な歓迎だな。……ん?見慣れぬ顔の者がいるな」


 すぐにリョンドに気付いたカーディーンが、モルシャに問いかけた。


「カーディーン様。このたびカティア様の鳥司の任を引き継がせていただくリョンドでございます。少し予定よりは早くなりましたが、そろそろ頃合いかと思いまして本日よりカティア様付きになります」

「お初にお目にかかります。リョンド・セイニと申します」


 モルシャに紹介されたリョンドが丁寧に挨拶をした。緊張して白い頬が赤く紅潮していたけれど、カーディーンを見る視線には怒りなど感じなかった。

 やっぱりリョンドが怒っているのは私なんだとはっきりした。


「そうか、そなたがリョンドか。カティアによく尽くせ」

「御下命賜りました」


 挨拶を済ませると、リョンドはすぐに帰って行った。カーディーンへの挨拶のためだけに来たらしい。

 今日はまだモルシャが一緒だと知ってほっとした。


 ねぇ、なんで急にリョンドに変わったの?ナーブに会ってから?ナーブが変だったから?


「カティア、これは前々から決められていたことだ。少し予定が早まっただけのこと」


 予定ってなんで?


 私の疑問に、カーディーンが答えた。


「カティア、今日はナーブが変だったと言ったが、どう変だったのだ?」


 カーディーンが私に質問した。

 私はナーブのことを思い出しながら答える。


 えっとね。なんか難しい言葉を使ったの。サイショクだって。


「ナーブが難しい言葉を覚えたのはザイナーヴ殿と沢山お話をされたからだな。あとファディオラ様が月に行かれた後、少し塞ぎこんでおられた妹姫に、ザイナーヴ殿が公務の合間を縫ってよく会いに行かれていたと聞く。その時姫とも交流があったのだろう」


 それが、どう関係があるの?


 カーディーンが少し考えるようにしてから答えた。


「簡単に言えば、出来るだけ若い年齢の人間と交流を持つ方が望ましいんだ」


 そう言ってカーディーンが説明してくれた話によれば、私やナーブ達若い守護鳥は、なるべく若い人間と接する方が望ましいのだと言う。その方が、感情が成長しやすいらしい。

 お世話係を若い鳥司から選ぶのも、長く仕えることもそうだが、もう一つの理由としてある程度未熟な人がそばにいて、一緒に成長してゆくことが目的なんだそうだ。

 年齢に開きがある者や、人生経験豊富な者はどうしても幼い者に優しく、理解と察しがよすぎるので幼い者が未成熟なままで感情が育たない。なので幼い者は幼い者同士でケンカしたり遊んだりすることで感情や社交性を育んでゆく方がよいのだそうだ。

 これは人間の子供も、私達鳥も変わらないそうだ。特に人に近い知能の守護鳥は、その傾向が強い。

 それなのに私が一緒にいるのは人生経験豊富なモルシャと、落ち着いていてあまり感情を強く外に出さないカーディーンだ。守護鳥として月の兄弟達とは少し異なってくる私の世話係として経験豊富なモルシャはどんなことにも対処できる心強い鳥司だし、守護鳥として自信のない私に動じることのない性格で、私の全てを鷹揚に受け止めてくれるカーディーンは私にとって必要な相手だった。けれど二人を中心にした交流関係では、私が子供のまま成長することが難しいのだと言う。

 今の私にはケンカをしたら仲直りして、一緒に怒って一緒に笑えて、一緒に成長できる相手が必要なのだとカーディーンは言った。


 その相手として、リョンドがいいの……?だったら他の若い鳥司でもいいと思うんだけど。


「他の若い鳥司は、カティア自身がお世話係としてふさわしくないとして、選ぶことを拒んだと聞いているが?」


 そういえば……若い鳥司から選べなかったから、モルシャを選んだのだったっけ。

 だからリョンドなのかもしれない。私が一度会ったことがあって、親しくお話したことがあるから。


 でも、リョンド怒っていたよ。なんで?


 するとカーディーンはまた少し考えた後、なるべく柔らかな、諭すような口調で私に尋ねた。


「リョンドが怒っている理由を知りたいか?」


 うん。知りたい。


「カティアは、それを私から聞きたいか?」


 だってリョンドは教えてくれそうにないもん。


 私がぺしょんと尾羽をさげて拗ねたように言うと、カーディーンは小さく笑いながらも優しい口調で私に言った。


「私はリョンドが怒っている理由をおおよそ把握していることだろう。本当にカティアが私から聞いていいと思うならば伝えよう。けれど、カティアはリョンドとどうしたい?」


 どうしたいって?


「本当にカティアが一緒にいるのが嫌だと言うならば、私はリョンドを巣の区画に戻して、モルシャをもう一度カティアの鳥司にすることはできる。カティアが心から望むように私はすることが出来る」


 けれど、リョンドを巣の区画に戻すことになれば、カティアがリョンドともう一度仲良くすることは叶わぬであろうな。

 カーディーンはそう言った後、私にどうしたい?ともう一度尋ねた。

 私はちょっとだけ考えた。


 リョンドに、もう一度笑ってほしい。怒っているなら……私が悪いのなら謝って、仲直りをしたい。


「ならば怒っている理由を私から教えようか?それともリョンドから聞くか、カティアはどちらがよいと思う?」


 カーディーンから聞いた方が、簡単だよね?そしたらリョンドに謝るだけでいいもん。


「そうだな。けれど仲良くなりたい相手の話を他の者から聞くのと、仲良くなりたい相手に直接聞くのと、どちらが仲良くなれると思う?」


 仲良くなりたいならその相手と沢山おしゃべりするのがいいと思う。……つまり、リョンドのお話はリョンドに聞いた方がいいってこと……?わかった。明日リョンドに聞いてみる。


 私がそう言うと、カーディーンはよくできましたと言うように、私の頭をちょんちょんと撫でた。

 大丈夫、私は出来る子だもん!ケンカの仲直りなら得意だし、怒っている理由がわかったらきっとなんとかなるよね!そう思ったら下がり気味だった尾羽が少し上を向いた。


「明日、カティアはリョンドと共に我が宮で私の帰りを待っていてくれ。我が宮にも小さな庭園がある。見て楽しいものなど何もないが、リョンドと二人で話をするには良い場所だろう」


 わかった。じゃあカーディーンがお仕事言ってる間に、リョンドとお話してみるね。


 そうカーディーンと結論を出した所で、私はカーディーンとともにベッドに入って眠りについた。


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